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都市ヴェルディグリ
27 錬金術師ネフリティス1-1
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街をゆくエルヴィーラの足取りは軽やかだ。
それについて行くメルリアは、自分の体重が軽くなったような不思議な感覚があった。
冷たい石畳の色が、無機質に積み上げられたレンガの模様が、色の薄い夜景が、街を濡らす雨が、傘からこぼれ落ちる雨粒が――目に見えるすべてのものがキラキラと輝いているように見えていた。
まるで、エルヴィーラにこの街を美しく見える魔法をかけられているようだ、とメルリアは思った。
エルヴィーラと共にいると、不思議な気分にさせられることばかりだ。今まで見ていた景色が全く異なって見える。あの月を鏡のように写した湖の景色も、雨に濡れるヴェルディグリの街並みも。
やがて、二人は他の通りと変わった住宅街に入り込む。
周囲の家々がやたら特徴的な形をしているのだ。屋根の形が丸かったり、四角い形をしていたり。窓の形も、菱形、星形、三角形など様々だ。街並みに合う配慮か、建物はどれも同じレンガ造りであるが……この通りに建つ建物は、どこか強い個性を持っていた。
そんな中、平凡な建物にたどり着く。窓は横に長い長方形、屋根は他所の通りでよく見える三角形。一般的な家の形だが、ここでは逆に個性として成り立っていた。
エルヴィーラはその家の前で足を止めた。待っていてと片目を閉じてみせると、戸を数回叩く。
しかし、扉が開かれることはなかった。
「お留守でしょうか?」
メルリアがエルヴィーラに尋ねると、彼女は濡れた扉に手を置いた。目を伏せ、数秒。すぐに首を横に振る。
「人の気配がある。外の音も聞こえないくらい忙しいのね。もしかしたら、雨にも気づいていないかもしれないわ」
エルヴィーラはメルリアに微笑みかけると、ドアノブに手をかけた。そのまま捻ると、抵抗なくドアノブが回る。家に鍵はかかっていなかった。傘を閉じ、エルヴィーラはすたすたと中に入っていく。
勝手に入ってしまっていいのだろうか? メルリアは困惑し、立ち止まる。
「このまま外にいると風邪をひいちゃうから。ほらほら早く。湿気っちゃうわ」
エルヴィーラは扉の前で立ち尽くすメルリアの腕をつかむと、半ば強引に部屋の中へ引きずり込んだ。
外の温度差と体内にまとわりつく湿気。暑さと不快感。メルリアは一つため息をついた。
玄関には申し分程度に仄かな灯りがついている。入り口の左脇には二階へと続く階段。右側の部屋からはわずかに橙色の光が漏れていた。
そこからは湯が煮えるような音、食器を片付けているような高い音が聞こえる。それに混じって、ツンと鼻を刺激する酸っぱいにおいも充満していた。
「……本当に忙しそうね、あの人」
右側の漏れた光を見つめながら、エルヴィーラは呟く。
ひとつ息を吐くと、右側の扉に向けて声を張り上げた。
「忙しいところ悪いけれど、用があるの! そちらへ行ってもいい?」
「エルヴィーラか。勝手にしろ」
金属の音に混じって、メルリアの知らない声が玄関に響く。女の声だった。
「行きましょう」
エルヴィーラはメルリアの手を取った。迷いなく、真っ直ぐ女のいる部屋に向かう。
メルリアは手を引かれたまま、何に使うのか分からないガラクタの山や立ち入り禁止の札が下げられた扉に目を向けながら歩いて行った。
それについて行くメルリアは、自分の体重が軽くなったような不思議な感覚があった。
冷たい石畳の色が、無機質に積み上げられたレンガの模様が、色の薄い夜景が、街を濡らす雨が、傘からこぼれ落ちる雨粒が――目に見えるすべてのものがキラキラと輝いているように見えていた。
まるで、エルヴィーラにこの街を美しく見える魔法をかけられているようだ、とメルリアは思った。
エルヴィーラと共にいると、不思議な気分にさせられることばかりだ。今まで見ていた景色が全く異なって見える。あの月を鏡のように写した湖の景色も、雨に濡れるヴェルディグリの街並みも。
やがて、二人は他の通りと変わった住宅街に入り込む。
周囲の家々がやたら特徴的な形をしているのだ。屋根の形が丸かったり、四角い形をしていたり。窓の形も、菱形、星形、三角形など様々だ。街並みに合う配慮か、建物はどれも同じレンガ造りであるが……この通りに建つ建物は、どこか強い個性を持っていた。
そんな中、平凡な建物にたどり着く。窓は横に長い長方形、屋根は他所の通りでよく見える三角形。一般的な家の形だが、ここでは逆に個性として成り立っていた。
エルヴィーラはその家の前で足を止めた。待っていてと片目を閉じてみせると、戸を数回叩く。
しかし、扉が開かれることはなかった。
「お留守でしょうか?」
メルリアがエルヴィーラに尋ねると、彼女は濡れた扉に手を置いた。目を伏せ、数秒。すぐに首を横に振る。
「人の気配がある。外の音も聞こえないくらい忙しいのね。もしかしたら、雨にも気づいていないかもしれないわ」
エルヴィーラはメルリアに微笑みかけると、ドアノブに手をかけた。そのまま捻ると、抵抗なくドアノブが回る。家に鍵はかかっていなかった。傘を閉じ、エルヴィーラはすたすたと中に入っていく。
勝手に入ってしまっていいのだろうか? メルリアは困惑し、立ち止まる。
「このまま外にいると風邪をひいちゃうから。ほらほら早く。湿気っちゃうわ」
エルヴィーラは扉の前で立ち尽くすメルリアの腕をつかむと、半ば強引に部屋の中へ引きずり込んだ。
外の温度差と体内にまとわりつく湿気。暑さと不快感。メルリアは一つため息をついた。
玄関には申し分程度に仄かな灯りがついている。入り口の左脇には二階へと続く階段。右側の部屋からはわずかに橙色の光が漏れていた。
そこからは湯が煮えるような音、食器を片付けているような高い音が聞こえる。それに混じって、ツンと鼻を刺激する酸っぱいにおいも充満していた。
「……本当に忙しそうね、あの人」
右側の漏れた光を見つめながら、エルヴィーラは呟く。
ひとつ息を吐くと、右側の扉に向けて声を張り上げた。
「忙しいところ悪いけれど、用があるの! そちらへ行ってもいい?」
「エルヴィーラか。勝手にしろ」
金属の音に混じって、メルリアの知らない声が玄関に響く。女の声だった。
「行きましょう」
エルヴィーラはメルリアの手を取った。迷いなく、真っ直ぐ女のいる部屋に向かう。
メルリアは手を引かれたまま、何に使うのか分からないガラクタの山や立ち入り禁止の札が下げられた扉に目を向けながら歩いて行った。
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