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都市ヴェルディグリ
26 陰雨に愁う3-1
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エルヴィーラに付き合ってくれた君に、きちんと礼が言いたい――。
男の一言で、メルリアはエルヴィーラ達が利用している宿へ向かうことになった。
ホテル・ウェイブ――高級住宅街付近に位置するそこは、メルリアの知る宿とは大きく異なっていた。
彼女がまず好んで入る事がないであろう、屋敷のような外観。
彼女が普段使う宿酒場何軒分の広さだろうという面積はもちろん、内装もすさまじい。
広々としたエントランスには、ソファが十脚設置されている。ダマスク柄の黒いフェザーに金色の装飾など、一見しただけでも高級感が漂っていた。
ドアマンの身なりもきちんとしているし、何より人数が多い。床一面に敷き詰められたレッドカーペットは、中央図書館の比ではない。
一歩足を踏み入れただけで、自分の体がふわりと包み込まれた。踏んではいけないものを踏んでしまったかのように小さな奇声を上げてしまったメルリアは、横に立つエルヴィーラにくすくすと笑われていた。男はドアマンから真っ白いタオルを渡され、気遣いの言葉を伝える。
ヴィリディアンで最も有名な画家シュラミトがこのホテルに贈ったとされる、草原から見下ろした家々を描いた絵画が飾られるのを横目に、エルヴィーラと長身の男は平然とその空間を横切っていく。借りてきた猫のように落ち着かないメルリアの手をエルヴィーラはしっかりと握っていた。
部屋の鍵を解錠すると、エルヴィーラはメルリアの手を引いたまま部屋の奥へと進んだ。手前の扉と二つのベッドを通り過ぎ、窓際の二人がけのソファへ向かう。そんな二人の背中に、男は声を投げかけた。
「着替えてくる。少しだけ待っていてほしい」
「好きにして」
エルヴィーラは素っ気ない態度をとると、メルリアの肩をそっと抱いた。
「私も好きにしているから」
男は困ったようにため息をついた後、入り口付近の扉へ消えていく。
静かに扉が閉まり、施錠の音を聞いた後、エルヴィーラはソファに腰掛けた。座るように促され、メルリアも恐る恐るソファに腰掛ける。体がふわりとソファに沈んでいくようで、メルリアは呆然とした。あまりの柔らかさに、体が勝手に背もたれへと吸い込まれていく。包まれているような感覚が心地よかった。
先よりは弱まったものの、未だに雨は降り続いている。しとしとと地面を濡らす静かな音、そして心地のいいソファのクッションがメルリアの眠気を誘った。
「さっきからどうしたの? なんだか落ち着かないみたいだけれど」
メルリアはエルヴィーラの声に姿勢を正した。周囲をきょろきょろと見回すと、照れくさそうに笑う。
「あんまりこういうところに来たことがなくて……。お部屋もこんなに広くて、ベッドも二つあって……」
自分の知る部屋というものはもっと狭い。ベラミント村の自分の部屋でも、借りていた宿の部屋でも、こんなに広い場所は知らなかった。部屋の灯りの装飾も豪華で、宝石をちりばめたようにキラキラと光っている。
ベッドだってそうだ。こんなに幅が広いベッドは知らないし、シーツの白さがまぶしい。それに、エントランスの床と同様、部屋までもこんなにふかふかしているなんて。
ソファの脇に置いた手を動かすと、肌触りのよい感触が返ってくる。メルリアは思わず手を引っ込めた。
「ツインの部屋だから、ベッドが二つあるのは普通じゃない?」
「えぇと、そうじゃなくて……」
こんな非現実的な場所でも、エルヴィーラは事ともしない。メルリアにはそれが眩しすぎて、一瞬めまいがした。
そういえば、最初に会った時からどこか雰囲気のある女性だと思っていた。どこか懐かしい気はするけれど、エルヴィーラはあまりにも静かで、綺麗で、落ち着いていて。いいところのお嬢様なのではないか、と考えたこともあった。
やはりそうなのだろうか――と視線を巡らせると、ふと手前のベッドの上にあるものを見つける。
「あれ……、エルヴィーラさんのですか?」
そこには、真っ黒なうさぎのぬいぐるみが寝転がっていた。胴体がやたらと長い、いわゆる抱き枕だ。
「取り引き相手からもらったんじゃない?」
エルヴィーラは立ち上がると、うさぎのぬいぐるみを手に取る。つまらなそうにぬいぐるみの全身をぐるりと回し見た後、メルリアの膝に置いた。
「ここにあるってことはシャムがもらったんだろうし……。メルが使っていいわ」
恐る恐るメルリアはぬいぐるみを抱きしめる。毛並みの肌触りが心地よく、どこかいい香りがした。
その様子を正面から見つめていたエルヴィーラは、ふっと笑う。
「メル、可愛い」
エルヴィーラは手を伸ばすと、抱き枕ごとメルリアをぎゅっと抱きしめた。
「え、エルヴィーラさん……!?」
突然のことに驚き、声がうわずってしまう。しかしエルヴィーラはそんなことは一切気にしない様子で、背中に回した手に力を入れる。どうしようとメルリアは慌てた。腕をじたじたと動かそうにも両腕をそのまま抱きしめられているせいで身動きがとれない。
男の一言で、メルリアはエルヴィーラ達が利用している宿へ向かうことになった。
ホテル・ウェイブ――高級住宅街付近に位置するそこは、メルリアの知る宿とは大きく異なっていた。
彼女がまず好んで入る事がないであろう、屋敷のような外観。
彼女が普段使う宿酒場何軒分の広さだろうという面積はもちろん、内装もすさまじい。
広々としたエントランスには、ソファが十脚設置されている。ダマスク柄の黒いフェザーに金色の装飾など、一見しただけでも高級感が漂っていた。
ドアマンの身なりもきちんとしているし、何より人数が多い。床一面に敷き詰められたレッドカーペットは、中央図書館の比ではない。
一歩足を踏み入れただけで、自分の体がふわりと包み込まれた。踏んではいけないものを踏んでしまったかのように小さな奇声を上げてしまったメルリアは、横に立つエルヴィーラにくすくすと笑われていた。男はドアマンから真っ白いタオルを渡され、気遣いの言葉を伝える。
ヴィリディアンで最も有名な画家シュラミトがこのホテルに贈ったとされる、草原から見下ろした家々を描いた絵画が飾られるのを横目に、エルヴィーラと長身の男は平然とその空間を横切っていく。借りてきた猫のように落ち着かないメルリアの手をエルヴィーラはしっかりと握っていた。
部屋の鍵を解錠すると、エルヴィーラはメルリアの手を引いたまま部屋の奥へと進んだ。手前の扉と二つのベッドを通り過ぎ、窓際の二人がけのソファへ向かう。そんな二人の背中に、男は声を投げかけた。
「着替えてくる。少しだけ待っていてほしい」
「好きにして」
エルヴィーラは素っ気ない態度をとると、メルリアの肩をそっと抱いた。
「私も好きにしているから」
男は困ったようにため息をついた後、入り口付近の扉へ消えていく。
静かに扉が閉まり、施錠の音を聞いた後、エルヴィーラはソファに腰掛けた。座るように促され、メルリアも恐る恐るソファに腰掛ける。体がふわりとソファに沈んでいくようで、メルリアは呆然とした。あまりの柔らかさに、体が勝手に背もたれへと吸い込まれていく。包まれているような感覚が心地よかった。
先よりは弱まったものの、未だに雨は降り続いている。しとしとと地面を濡らす静かな音、そして心地のいいソファのクッションがメルリアの眠気を誘った。
「さっきからどうしたの? なんだか落ち着かないみたいだけれど」
メルリアはエルヴィーラの声に姿勢を正した。周囲をきょろきょろと見回すと、照れくさそうに笑う。
「あんまりこういうところに来たことがなくて……。お部屋もこんなに広くて、ベッドも二つあって……」
自分の知る部屋というものはもっと狭い。ベラミント村の自分の部屋でも、借りていた宿の部屋でも、こんなに広い場所は知らなかった。部屋の灯りの装飾も豪華で、宝石をちりばめたようにキラキラと光っている。
ベッドだってそうだ。こんなに幅が広いベッドは知らないし、シーツの白さがまぶしい。それに、エントランスの床と同様、部屋までもこんなにふかふかしているなんて。
ソファの脇に置いた手を動かすと、肌触りのよい感触が返ってくる。メルリアは思わず手を引っ込めた。
「ツインの部屋だから、ベッドが二つあるのは普通じゃない?」
「えぇと、そうじゃなくて……」
こんな非現実的な場所でも、エルヴィーラは事ともしない。メルリアにはそれが眩しすぎて、一瞬めまいがした。
そういえば、最初に会った時からどこか雰囲気のある女性だと思っていた。どこか懐かしい気はするけれど、エルヴィーラはあまりにも静かで、綺麗で、落ち着いていて。いいところのお嬢様なのではないか、と考えたこともあった。
やはりそうなのだろうか――と視線を巡らせると、ふと手前のベッドの上にあるものを見つける。
「あれ……、エルヴィーラさんのですか?」
そこには、真っ黒なうさぎのぬいぐるみが寝転がっていた。胴体がやたらと長い、いわゆる抱き枕だ。
「取り引き相手からもらったんじゃない?」
エルヴィーラは立ち上がると、うさぎのぬいぐるみを手に取る。つまらなそうにぬいぐるみの全身をぐるりと回し見た後、メルリアの膝に置いた。
「ここにあるってことはシャムがもらったんだろうし……。メルが使っていいわ」
恐る恐るメルリアはぬいぐるみを抱きしめる。毛並みの肌触りが心地よく、どこかいい香りがした。
その様子を正面から見つめていたエルヴィーラは、ふっと笑う。
「メル、可愛い」
エルヴィーラは手を伸ばすと、抱き枕ごとメルリアをぎゅっと抱きしめた。
「え、エルヴィーラさん……!?」
突然のことに驚き、声がうわずってしまう。しかしエルヴィーラはそんなことは一切気にしない様子で、背中に回した手に力を入れる。どうしようとメルリアは慌てた。腕をじたじたと動かそうにも両腕をそのまま抱きしめられているせいで身動きがとれない。
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