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都市ヴェルディグリ
24 陰雨に愁う1-2
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メルリアは傘を差し、急ぎ足で噴水広場へ向かう。
「急がないと……!」
傘を持たず慌てて走り去る人物と何度かすれ違い、メルリアは広場にたどり着いた。
案内板を探すべく、周囲を見回すと、ベンチに人影を見つける。
この雨の中、人が座っている?
疑問に思ったメルリアは、そちらに視線を向けた。
そこにいたのは、一人の女だった。
闇に溶けるような真っ黒な服装に、ふんわりと癖のあるセミロングの髪。ベンチに深く腰掛け、静かに目を閉じている。雨に気づいていないかのように、微動だにしない。端から見れば眠っているようにすら思えた。
メルリアは女を見つけた途端、胸の奥がじんわりと痺れるような懐かしさを覚えた。
女に駆け寄ると、手にした傘をそちらへと傾ける。女の体に薄い影が落ちた時、女はゆっくりと目を開く。瞼からのぞいた瞳が、静かにメルリアを捉えた。
「雨、降ってきましたよ。大丈夫ですか?」
「そうね……」
女は、メルリアの背後に広がる空を見つめる。濃い灰色が広がっていた。
「今晩はひどい雨になりそう」
水滴が傘の骨をつたってぽたぽたと落ちていく。その雫を気だるげに目で追った後、女は再び目を閉じた。
……間違いない、あの人だ!
メルリアは今の会話で確信する。この女は、エピナールの湖で一緒に月を見た女だと。
再び、あの時感じた不思議と懐かしい感覚が、メルリアの胸の内に広がっていく。理由は分からないが、メルリアはそれを嬉しく思った。
しかし、それを今口にするのは憚られる。彼女が捉えどころのない人物である事は理解しているが、今日は気分が沈んでいるように見えたからだ。
メルリアがどう声をかけるべきか悩んでいると、雨音を聞くように目を閉じていた女が、再び目を開く。真紅の瞳が悪戯に揺れた。
「あなた、これから用事は?」
「この後は特にありませんけれど……」
女はフッと笑って立ち上がる。女の髪に零れた雨の雫が風で跳ねた。
「決まりね。ついてきて」
女は微笑む。つかの間、メルリアの左手を握り、何も言わずに駆け出した。
「あっ、あのっ……!?」
メルリアの制止の声が雨にかき消されたかのように、女は振り返らない。
そのまま、二人は走り抜けるようにヴェルディグリを回った。
午前中、住宅街の家々に干されていたまぶしすぎるほどの白いシーツの数々は今やほとんど姿を消し、取り込まれなかった洗濯物が雨を吸って寂しそうに揺れている。
メルリアが朝通ったパン屋の前――つい立ち止まってしまうほど香ばしい香りは、雨にすべて流されてしまった。
昼、行列を成していたレストランの前には人がいない。
飲食店の看板が風が揺れる音はどこか控えめだ。
警備に回る衛兵の鎧が雨に濡れ、湿気を鬱陶しそうに、言葉にならない呻き声を上げる。
女がどこを目指しているのか分からない。まるで気まぐれな猫のように、ヴェルディグリの街をぐるぐると回る。
メルリアはただただ翻弄されるだけだった。
同じ都市でも、午前と午後、晴れと雨でここまで違った印象を受けるものなのか。
メルリアは女の方に一生懸命に傘を傾けながらも、ヴェルディグリの景色に驚いていた。数時間前の景色がまるで夢のような――もしくは今見ている景色が夢なのではないかという感覚に襲われる。
そんな建物を通り過ぎ、二人はやがて画家や彫刻師の工房が立ち並ぶ区域にたどり着く。
今まで立ち入ったことのない区画に、メルリアは周囲を不思議そうに見渡しながら、女の後ろについていく。
女はこぢんまりとした店の入り口で立ち止まると、木製の扉をゆっくりと引く。
湿気を含んだカランという音にメルリアが顔を上げると、店の脇には猫の顔を模った黒い看板が揺れていた。そこには、白い文字でシャノワールと書かれている。
女は手を離し、店の中へと入っていく。
メルリアも傘を閉じてから、彼女に続いた。
「急がないと……!」
傘を持たず慌てて走り去る人物と何度かすれ違い、メルリアは広場にたどり着いた。
案内板を探すべく、周囲を見回すと、ベンチに人影を見つける。
この雨の中、人が座っている?
疑問に思ったメルリアは、そちらに視線を向けた。
そこにいたのは、一人の女だった。
闇に溶けるような真っ黒な服装に、ふんわりと癖のあるセミロングの髪。ベンチに深く腰掛け、静かに目を閉じている。雨に気づいていないかのように、微動だにしない。端から見れば眠っているようにすら思えた。
メルリアは女を見つけた途端、胸の奥がじんわりと痺れるような懐かしさを覚えた。
女に駆け寄ると、手にした傘をそちらへと傾ける。女の体に薄い影が落ちた時、女はゆっくりと目を開く。瞼からのぞいた瞳が、静かにメルリアを捉えた。
「雨、降ってきましたよ。大丈夫ですか?」
「そうね……」
女は、メルリアの背後に広がる空を見つめる。濃い灰色が広がっていた。
「今晩はひどい雨になりそう」
水滴が傘の骨をつたってぽたぽたと落ちていく。その雫を気だるげに目で追った後、女は再び目を閉じた。
……間違いない、あの人だ!
メルリアは今の会話で確信する。この女は、エピナールの湖で一緒に月を見た女だと。
再び、あの時感じた不思議と懐かしい感覚が、メルリアの胸の内に広がっていく。理由は分からないが、メルリアはそれを嬉しく思った。
しかし、それを今口にするのは憚られる。彼女が捉えどころのない人物である事は理解しているが、今日は気分が沈んでいるように見えたからだ。
メルリアがどう声をかけるべきか悩んでいると、雨音を聞くように目を閉じていた女が、再び目を開く。真紅の瞳が悪戯に揺れた。
「あなた、これから用事は?」
「この後は特にありませんけれど……」
女はフッと笑って立ち上がる。女の髪に零れた雨の雫が風で跳ねた。
「決まりね。ついてきて」
女は微笑む。つかの間、メルリアの左手を握り、何も言わずに駆け出した。
「あっ、あのっ……!?」
メルリアの制止の声が雨にかき消されたかのように、女は振り返らない。
そのまま、二人は走り抜けるようにヴェルディグリを回った。
午前中、住宅街の家々に干されていたまぶしすぎるほどの白いシーツの数々は今やほとんど姿を消し、取り込まれなかった洗濯物が雨を吸って寂しそうに揺れている。
メルリアが朝通ったパン屋の前――つい立ち止まってしまうほど香ばしい香りは、雨にすべて流されてしまった。
昼、行列を成していたレストランの前には人がいない。
飲食店の看板が風が揺れる音はどこか控えめだ。
警備に回る衛兵の鎧が雨に濡れ、湿気を鬱陶しそうに、言葉にならない呻き声を上げる。
女がどこを目指しているのか分からない。まるで気まぐれな猫のように、ヴェルディグリの街をぐるぐると回る。
メルリアはただただ翻弄されるだけだった。
同じ都市でも、午前と午後、晴れと雨でここまで違った印象を受けるものなのか。
メルリアは女の方に一生懸命に傘を傾けながらも、ヴェルディグリの景色に驚いていた。数時間前の景色がまるで夢のような――もしくは今見ている景色が夢なのではないかという感覚に襲われる。
そんな建物を通り過ぎ、二人はやがて画家や彫刻師の工房が立ち並ぶ区域にたどり着く。
今まで立ち入ったことのない区画に、メルリアは周囲を不思議そうに見渡しながら、女の後ろについていく。
女はこぢんまりとした店の入り口で立ち止まると、木製の扉をゆっくりと引く。
湿気を含んだカランという音にメルリアが顔を上げると、店の脇には猫の顔を模った黒い看板が揺れていた。そこには、白い文字でシャノワールと書かれている。
女は手を離し、店の中へと入っていく。
メルリアも傘を閉じてから、彼女に続いた。
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