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ヴィリディアンの街道1
22 馬車に揺られるふたり3
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不安定な土の道を進む馬車がガタンと大きく揺れる。
でこぼことした道を回転していた車輪が、ゴロゴロと小気味よい音を立て回り始めた。
黒い楕円の影のでしかなかったものが、くっきりとその形を表す。
ヴィリディアン国の王城だ。メルリアは初めて見るその姿に、わぁっと声を上げた。
御者の男は上機嫌そうにメルリア達へ声をかけた。
「――そろそろヴェルディグリに到着だぞ!」
ヴィリディアン国の都市、ヴェルディグリ――。
北のひときわ高い丘の上には、この国を治める王エドムンド・ウォレストンの住まう王城が、その存在を主張していた。
二人を乗せた馬車がヴェルディグリにたどり着いたのは、それから二日後の日暮れ時だった。
空はまるで太陽に燃やされているかのように赤く染まっている。
その赤は空のみに留まらず、建物のベージュの壁面や、石造りの道の灰色、果ては王城の白い壁面までもを染めていた。その色を残し、時刻は夜へと着実に向かっていく。
城門を通り過ぎたばかりのところで、メルリアは馬車から降りた。コツン、と石畳の固い感触がつま先から足全体に伝わってくる。実に軽やかな音だった。
「お世話になりました。これ、今日の分です」
メルリアとクライヴは男に本日分の利用料金を渡す。男は硬貨を財布に入れた後、財布をがっしりと握りしめた。
「本ッ当にありがとう~! おかげさまでオレ、野垂れ死なずに済んだよ!」
男はわざとらしい涙声で言うと、腕を顔に当て号泣するフリをした。二人は苦笑を浮かべる。
あの宿の女の人が行ったとおりだったな、と、メルリアは思った。馬の扱いは確かに素晴らしかったけれど、積極的すぎるのが玉に瑕だな、と。
二人が御者の男にもう一度挨拶をすると、男は馬を連れながら手前の道を折れていく。のんびりと歩く馬に優しい活を入れながら、男は都市の喧噪に消えていった。
どうしよう、とメルリアが辺りを見回すと、道の脇に大きな案内板を見つける。案内板は北の広場をまっすぐに指している。図書館、の文字に、メルリアは目を輝かせた。
「せっかくだし、広場まで行くか?」
「はい!」
頷くメルリアは、これからの期待と希望に満ちた表情をしていた。
二人が大通りまで真っ直ぐ進むと、噴水のある広場までたどり着いた。
そこを中心に十字路が広がっており、四方に設置されている案内板が、それぞれの施設を指し示す。病院と図書館は東側と西側。それぞれ反対方向を指していた。
「それじゃあ、私はここで。短い間でしたが、ありがとうございました」
「こちらこそ、どうもありがとう。なんかごめんな、勝手についてきて」
謝るクライヴに、メルリアはぶんぶんと首を横に振って否定した。
メルリアは誰かと街道を共に歩いた記憶はほとんどかった。
つい先日、シーバまでグレアムの荷台を押したことはあったが、グレアムとメルリアは年が三十近くも離れている。何かと気を遣うことも多かったのだ。それに、あの時は事情が少しばかり特殊だ。
「いえ、ありがとうございました。とっても楽しかったです」
メルリアはもう一度西側の案内板を確認する。案内板には確かに中央図書館と記載があった。行くべき道を確認した後、メルリアはクライヴにもう一度伝えた。
「どうか答えが見つかりますように。お気を付けて」
家々や木々を遮り差し込む光が、メルリアの背に当たる。細く長い髪が、夕日の光を受けてきらりと輝いた。
クライヴはメルリアの言葉を一拍遅れて理解すると、慌てて口を開く。
「ありがとう。メルリアも見つけられるといいな」
「はい!」
メルリアは笑うと、西側の中央図書館に向かう。
シーバとはまた違う石の道に軽やかな音を残して、メルリアは黄昏の空の下を歩いて行った。
そんな中、クライヴはその場に立ち尽くしていた。
クライヴの目には、メルリアが夕日の中に溶け消えるように映った。右手が無意識にメルリアの方に伸びる。が、伸ばしきる前にその腕を下ろした。
……引き留めて何になるんっていうんだ。
無意識とはいえ、己の行為に自嘲する。
このままではいけないと頭を振った後、クライヴは宿へ向かうために来た道を戻っていった。
でこぼことした道を回転していた車輪が、ゴロゴロと小気味よい音を立て回り始めた。
黒い楕円の影のでしかなかったものが、くっきりとその形を表す。
ヴィリディアン国の王城だ。メルリアは初めて見るその姿に、わぁっと声を上げた。
御者の男は上機嫌そうにメルリア達へ声をかけた。
「――そろそろヴェルディグリに到着だぞ!」
ヴィリディアン国の都市、ヴェルディグリ――。
北のひときわ高い丘の上には、この国を治める王エドムンド・ウォレストンの住まう王城が、その存在を主張していた。
二人を乗せた馬車がヴェルディグリにたどり着いたのは、それから二日後の日暮れ時だった。
空はまるで太陽に燃やされているかのように赤く染まっている。
その赤は空のみに留まらず、建物のベージュの壁面や、石造りの道の灰色、果ては王城の白い壁面までもを染めていた。その色を残し、時刻は夜へと着実に向かっていく。
城門を通り過ぎたばかりのところで、メルリアは馬車から降りた。コツン、と石畳の固い感触がつま先から足全体に伝わってくる。実に軽やかな音だった。
「お世話になりました。これ、今日の分です」
メルリアとクライヴは男に本日分の利用料金を渡す。男は硬貨を財布に入れた後、財布をがっしりと握りしめた。
「本ッ当にありがとう~! おかげさまでオレ、野垂れ死なずに済んだよ!」
男はわざとらしい涙声で言うと、腕を顔に当て号泣するフリをした。二人は苦笑を浮かべる。
あの宿の女の人が行ったとおりだったな、と、メルリアは思った。馬の扱いは確かに素晴らしかったけれど、積極的すぎるのが玉に瑕だな、と。
二人が御者の男にもう一度挨拶をすると、男は馬を連れながら手前の道を折れていく。のんびりと歩く馬に優しい活を入れながら、男は都市の喧噪に消えていった。
どうしよう、とメルリアが辺りを見回すと、道の脇に大きな案内板を見つける。案内板は北の広場をまっすぐに指している。図書館、の文字に、メルリアは目を輝かせた。
「せっかくだし、広場まで行くか?」
「はい!」
頷くメルリアは、これからの期待と希望に満ちた表情をしていた。
二人が大通りまで真っ直ぐ進むと、噴水のある広場までたどり着いた。
そこを中心に十字路が広がっており、四方に設置されている案内板が、それぞれの施設を指し示す。病院と図書館は東側と西側。それぞれ反対方向を指していた。
「それじゃあ、私はここで。短い間でしたが、ありがとうございました」
「こちらこそ、どうもありがとう。なんかごめんな、勝手についてきて」
謝るクライヴに、メルリアはぶんぶんと首を横に振って否定した。
メルリアは誰かと街道を共に歩いた記憶はほとんどかった。
つい先日、シーバまでグレアムの荷台を押したことはあったが、グレアムとメルリアは年が三十近くも離れている。何かと気を遣うことも多かったのだ。それに、あの時は事情が少しばかり特殊だ。
「いえ、ありがとうございました。とっても楽しかったです」
メルリアはもう一度西側の案内板を確認する。案内板には確かに中央図書館と記載があった。行くべき道を確認した後、メルリアはクライヴにもう一度伝えた。
「どうか答えが見つかりますように。お気を付けて」
家々や木々を遮り差し込む光が、メルリアの背に当たる。細く長い髪が、夕日の光を受けてきらりと輝いた。
クライヴはメルリアの言葉を一拍遅れて理解すると、慌てて口を開く。
「ありがとう。メルリアも見つけられるといいな」
「はい!」
メルリアは笑うと、西側の中央図書館に向かう。
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そんな中、クライヴはその場に立ち尽くしていた。
クライヴの目には、メルリアが夕日の中に溶け消えるように映った。右手が無意識にメルリアの方に伸びる。が、伸ばしきる前にその腕を下ろした。
……引き留めて何になるんっていうんだ。
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