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ヴィリディアンの街道1
21 馬車に揺られるふたり2-3
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メルリアの様子を窺いながら喋ったおかげで、完全な棒読みにはならなかったが――素人でももっとうまい演技をする。
まるで本を音読しているかのように、当事者でありながらも他人事のようにクライヴは言った。
お互いの皿は空であり、ピザを頼んだのはメルリアではなくクライヴだったのだが、空になってしまえば元の料理がなんだったのかは誰にも分からない。おまけにここの宿酒場も金は前払いであるから、料理からは嘘がバレる心配もない。
クライヴとメルリアの視線が合う。クライヴの言葉の真意を理解したメルリアは、クライヴの嘘に同意するように苦笑してみせた。
「へー。あー、でもなんか分かる気がするわ。なんだか抜けてそうだよね、君」
メルリアはその言葉になお苦笑を浮かべる。そこそこの頻度で言われるが、メルリアは一切自覚がなかった。
「そうだ、君、ヴェルディグリに用事があるって言ってたよね。何しに行くの?」
メルリアはその言葉に眉をひそめる。無意識だった。
心臓の鼓動が嫌に耳につくような不快感。しかしここで場の空気を悪くするわけにはいかない。それは理解していた。
わざわざクライヴが話題を逸らしてくれたし、今もこうしてかばってくれたのだ。三度も迷惑をかけるわけにはいかない。
メルリアはいくらか引きつった笑いを浮かべて、男に行った。
「えっ……と、調べ物があるので、図書館に――」
「図書館!」
その言葉に、男はぐっと身を乗り出した。メルリアと男の距離が縮まる。驚きと若干の不快感で、メルリアは萎縮した。テーブルを挟んでいる事が幸いし、悲鳴のような声を上げるには至らなかったが。
見かけ通り、この男はパーソナルスペースが極端に狭かった。
「君、小説は読む方? 読んでも読まなくても、ヒガンザカ先生の本は読んだ方がいいよ! 面白いから!」
男は早口でまくし立てる。
「『浄霊師ナツメ』が人気あるみたいだけど、オレは短編集が好きだな。聖夜前に恋人が別れる話は、『もうあの頃の二人には戻れないのね』って台詞がジーンと来るし、職人同士がお互いの作品で対決するヤツは、片方が相手の作品を転売したのがくだらなくって――」
「ちょ……! 少し落ち着いてください!」
身を乗り出して話し続ける男を、クライヴがたしなめた。その瞬間、男の目の前に料理が運ばれる。男は背筋をただすと、待ってましたとばかりにニカッと笑みを浮かべ、食事に手をつけた。
やれやれとクライヴはため息をつくと、向かいに座るメルリアの方を伺う。メルリアは完全に固まっていた。よくできた置物のように、一ミリも動かない。
「うっまー! 労働の後のメシ、うまー!」
食事が始まれば静かになるだろうと高をくくっていたが、どうやらそうじゃないらしい――クライヴは頭を抱えた。
ただでさえ常時酔っ払っているようなノリの人だから、この後がどうなるか分からない。この様子だと、酒の注文を入れて、本当に手がつけられなくなる危険性がある。クライヴは置物になったメルリアに声をかけた。
「メルリア? 疲れてるみたいだし、今日は早めに休んだらどうだ?」
置物だったメルリアが、その言葉にはっと顔を上げる。すっかり思考が止まっていた。
「え、あ……、はい……」
メルリアに迷いはなかった。そう言ってくれたなら、早めに休ませてもらおう――。メルリアは手早く荷物をまとめると、席を立った。
「それじゃ、失礼します」
「ああ、また明日」
メルリアが軽く会釈すると、クライヴは手を上げた。その様子に、メルリアは小さく「あ」と声を漏らす。
メルリアがシーバを後にしてから、一週間が経過した。
思うようにヴェルディグリまでたどり着けず、もどかしい気持ちを抱えながら街道を歩く日々。傍には誰もおらず、またずっと一人だった。疲れた心に、気遣いの言葉が染み込んでいた。先ほどとは違った意味で、目頭がじんと熱くなった。
メルリアはクライヴにもう一度頭を下げてから、二階に借りた部屋へ向かった。
まるで本を音読しているかのように、当事者でありながらも他人事のようにクライヴは言った。
お互いの皿は空であり、ピザを頼んだのはメルリアではなくクライヴだったのだが、空になってしまえば元の料理がなんだったのかは誰にも分からない。おまけにここの宿酒場も金は前払いであるから、料理からは嘘がバレる心配もない。
クライヴとメルリアの視線が合う。クライヴの言葉の真意を理解したメルリアは、クライヴの嘘に同意するように苦笑してみせた。
「へー。あー、でもなんか分かる気がするわ。なんだか抜けてそうだよね、君」
メルリアはその言葉になお苦笑を浮かべる。そこそこの頻度で言われるが、メルリアは一切自覚がなかった。
「そうだ、君、ヴェルディグリに用事があるって言ってたよね。何しに行くの?」
メルリアはその言葉に眉をひそめる。無意識だった。
心臓の鼓動が嫌に耳につくような不快感。しかしここで場の空気を悪くするわけにはいかない。それは理解していた。
わざわざクライヴが話題を逸らしてくれたし、今もこうしてかばってくれたのだ。三度も迷惑をかけるわけにはいかない。
メルリアはいくらか引きつった笑いを浮かべて、男に行った。
「えっ……と、調べ物があるので、図書館に――」
「図書館!」
その言葉に、男はぐっと身を乗り出した。メルリアと男の距離が縮まる。驚きと若干の不快感で、メルリアは萎縮した。テーブルを挟んでいる事が幸いし、悲鳴のような声を上げるには至らなかったが。
見かけ通り、この男はパーソナルスペースが極端に狭かった。
「君、小説は読む方? 読んでも読まなくても、ヒガンザカ先生の本は読んだ方がいいよ! 面白いから!」
男は早口でまくし立てる。
「『浄霊師ナツメ』が人気あるみたいだけど、オレは短編集が好きだな。聖夜前に恋人が別れる話は、『もうあの頃の二人には戻れないのね』って台詞がジーンと来るし、職人同士がお互いの作品で対決するヤツは、片方が相手の作品を転売したのがくだらなくって――」
「ちょ……! 少し落ち着いてください!」
身を乗り出して話し続ける男を、クライヴがたしなめた。その瞬間、男の目の前に料理が運ばれる。男は背筋をただすと、待ってましたとばかりにニカッと笑みを浮かべ、食事に手をつけた。
やれやれとクライヴはため息をつくと、向かいに座るメルリアの方を伺う。メルリアは完全に固まっていた。よくできた置物のように、一ミリも動かない。
「うっまー! 労働の後のメシ、うまー!」
食事が始まれば静かになるだろうと高をくくっていたが、どうやらそうじゃないらしい――クライヴは頭を抱えた。
ただでさえ常時酔っ払っているようなノリの人だから、この後がどうなるか分からない。この様子だと、酒の注文を入れて、本当に手がつけられなくなる危険性がある。クライヴは置物になったメルリアに声をかけた。
「メルリア? 疲れてるみたいだし、今日は早めに休んだらどうだ?」
置物だったメルリアが、その言葉にはっと顔を上げる。すっかり思考が止まっていた。
「え、あ……、はい……」
メルリアに迷いはなかった。そう言ってくれたなら、早めに休ませてもらおう――。メルリアは手早く荷物をまとめると、席を立った。
「それじゃ、失礼します」
「ああ、また明日」
メルリアが軽く会釈すると、クライヴは手を上げた。その様子に、メルリアは小さく「あ」と声を漏らす。
メルリアがシーバを後にしてから、一週間が経過した。
思うようにヴェルディグリまでたどり着けず、もどかしい気持ちを抱えながら街道を歩く日々。傍には誰もおらず、またずっと一人だった。疲れた心に、気遣いの言葉が染み込んでいた。先ほどとは違った意味で、目頭がじんと熱くなった。
メルリアはクライヴにもう一度頭を下げてから、二階に借りた部屋へ向かった。
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