33 / 197
ヴィリディアンの街道1
21 馬車に揺られるふたり2-3
しおりを挟む
メルリアの様子を窺いながら喋ったおかげで、完全な棒読みにはならなかったが――素人でももっとうまい演技をする。
まるで本を音読しているかのように、当事者でありながらも他人事のようにクライヴは言った。
お互いの皿は空であり、ピザを頼んだのはメルリアではなくクライヴだったのだが、空になってしまえば元の料理がなんだったのかは誰にも分からない。おまけにここの宿酒場も金は前払いであるから、料理からは嘘がバレる心配もない。
クライヴとメルリアの視線が合う。クライヴの言葉の真意を理解したメルリアは、クライヴの嘘に同意するように苦笑してみせた。
「へー。あー、でもなんか分かる気がするわ。なんだか抜けてそうだよね、君」
メルリアはその言葉になお苦笑を浮かべる。そこそこの頻度で言われるが、メルリアは一切自覚がなかった。
「そうだ、君、ヴェルディグリに用事があるって言ってたよね。何しに行くの?」
メルリアはその言葉に眉をひそめる。無意識だった。
心臓の鼓動が嫌に耳につくような不快感。しかしここで場の空気を悪くするわけにはいかない。それは理解していた。
わざわざクライヴが話題を逸らしてくれたし、今もこうしてかばってくれたのだ。三度も迷惑をかけるわけにはいかない。
メルリアはいくらか引きつった笑いを浮かべて、男に行った。
「えっ……と、調べ物があるので、図書館に――」
「図書館!」
その言葉に、男はぐっと身を乗り出した。メルリアと男の距離が縮まる。驚きと若干の不快感で、メルリアは萎縮した。テーブルを挟んでいる事が幸いし、悲鳴のような声を上げるには至らなかったが。
見かけ通り、この男はパーソナルスペースが極端に狭かった。
「君、小説は読む方? 読んでも読まなくても、ヒガンザカ先生の本は読んだ方がいいよ! 面白いから!」
男は早口でまくし立てる。
「『浄霊師ナツメ』が人気あるみたいだけど、オレは短編集が好きだな。聖夜前に恋人が別れる話は、『もうあの頃の二人には戻れないのね』って台詞がジーンと来るし、職人同士がお互いの作品で対決するヤツは、片方が相手の作品を転売したのがくだらなくって――」
「ちょ……! 少し落ち着いてください!」
身を乗り出して話し続ける男を、クライヴがたしなめた。その瞬間、男の目の前に料理が運ばれる。男は背筋をただすと、待ってましたとばかりにニカッと笑みを浮かべ、食事に手をつけた。
やれやれとクライヴはため息をつくと、向かいに座るメルリアの方を伺う。メルリアは完全に固まっていた。よくできた置物のように、一ミリも動かない。
「うっまー! 労働の後のメシ、うまー!」
食事が始まれば静かになるだろうと高をくくっていたが、どうやらそうじゃないらしい――クライヴは頭を抱えた。
ただでさえ常時酔っ払っているようなノリの人だから、この後がどうなるか分からない。この様子だと、酒の注文を入れて、本当に手がつけられなくなる危険性がある。クライヴは置物になったメルリアに声をかけた。
「メルリア? 疲れてるみたいだし、今日は早めに休んだらどうだ?」
置物だったメルリアが、その言葉にはっと顔を上げる。すっかり思考が止まっていた。
「え、あ……、はい……」
メルリアに迷いはなかった。そう言ってくれたなら、早めに休ませてもらおう――。メルリアは手早く荷物をまとめると、席を立った。
「それじゃ、失礼します」
「ああ、また明日」
メルリアが軽く会釈すると、クライヴは手を上げた。その様子に、メルリアは小さく「あ」と声を漏らす。
メルリアがシーバを後にしてから、一週間が経過した。
思うようにヴェルディグリまでたどり着けず、もどかしい気持ちを抱えながら街道を歩く日々。傍には誰もおらず、またずっと一人だった。疲れた心に、気遣いの言葉が染み込んでいた。先ほどとは違った意味で、目頭がじんと熱くなった。
メルリアはクライヴにもう一度頭を下げてから、二階に借りた部屋へ向かった。
まるで本を音読しているかのように、当事者でありながらも他人事のようにクライヴは言った。
お互いの皿は空であり、ピザを頼んだのはメルリアではなくクライヴだったのだが、空になってしまえば元の料理がなんだったのかは誰にも分からない。おまけにここの宿酒場も金は前払いであるから、料理からは嘘がバレる心配もない。
クライヴとメルリアの視線が合う。クライヴの言葉の真意を理解したメルリアは、クライヴの嘘に同意するように苦笑してみせた。
「へー。あー、でもなんか分かる気がするわ。なんだか抜けてそうだよね、君」
メルリアはその言葉になお苦笑を浮かべる。そこそこの頻度で言われるが、メルリアは一切自覚がなかった。
「そうだ、君、ヴェルディグリに用事があるって言ってたよね。何しに行くの?」
メルリアはその言葉に眉をひそめる。無意識だった。
心臓の鼓動が嫌に耳につくような不快感。しかしここで場の空気を悪くするわけにはいかない。それは理解していた。
わざわざクライヴが話題を逸らしてくれたし、今もこうしてかばってくれたのだ。三度も迷惑をかけるわけにはいかない。
メルリアはいくらか引きつった笑いを浮かべて、男に行った。
「えっ……と、調べ物があるので、図書館に――」
「図書館!」
その言葉に、男はぐっと身を乗り出した。メルリアと男の距離が縮まる。驚きと若干の不快感で、メルリアは萎縮した。テーブルを挟んでいる事が幸いし、悲鳴のような声を上げるには至らなかったが。
見かけ通り、この男はパーソナルスペースが極端に狭かった。
「君、小説は読む方? 読んでも読まなくても、ヒガンザカ先生の本は読んだ方がいいよ! 面白いから!」
男は早口でまくし立てる。
「『浄霊師ナツメ』が人気あるみたいだけど、オレは短編集が好きだな。聖夜前に恋人が別れる話は、『もうあの頃の二人には戻れないのね』って台詞がジーンと来るし、職人同士がお互いの作品で対決するヤツは、片方が相手の作品を転売したのがくだらなくって――」
「ちょ……! 少し落ち着いてください!」
身を乗り出して話し続ける男を、クライヴがたしなめた。その瞬間、男の目の前に料理が運ばれる。男は背筋をただすと、待ってましたとばかりにニカッと笑みを浮かべ、食事に手をつけた。
やれやれとクライヴはため息をつくと、向かいに座るメルリアの方を伺う。メルリアは完全に固まっていた。よくできた置物のように、一ミリも動かない。
「うっまー! 労働の後のメシ、うまー!」
食事が始まれば静かになるだろうと高をくくっていたが、どうやらそうじゃないらしい――クライヴは頭を抱えた。
ただでさえ常時酔っ払っているようなノリの人だから、この後がどうなるか分からない。この様子だと、酒の注文を入れて、本当に手がつけられなくなる危険性がある。クライヴは置物になったメルリアに声をかけた。
「メルリア? 疲れてるみたいだし、今日は早めに休んだらどうだ?」
置物だったメルリアが、その言葉にはっと顔を上げる。すっかり思考が止まっていた。
「え、あ……、はい……」
メルリアに迷いはなかった。そう言ってくれたなら、早めに休ませてもらおう――。メルリアは手早く荷物をまとめると、席を立った。
「それじゃ、失礼します」
「ああ、また明日」
メルリアが軽く会釈すると、クライヴは手を上げた。その様子に、メルリアは小さく「あ」と声を漏らす。
メルリアがシーバを後にしてから、一週間が経過した。
思うようにヴェルディグリまでたどり着けず、もどかしい気持ちを抱えながら街道を歩く日々。傍には誰もおらず、またずっと一人だった。疲れた心に、気遣いの言葉が染み込んでいた。先ほどとは違った意味で、目頭がじんと熱くなった。
メルリアはクライヴにもう一度頭を下げてから、二階に借りた部屋へ向かった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
コインランドリーの正しい使い方
菅井群青
恋愛
コインランドリーの乾燥機をかけた時のふわっと感が大好きで通う女と……なぜかコインランドリーに行くと寝れることに気が付いた男の話
「今日乾燥機回しに行かれるんですよね?」
「いや、めっちゃ外晴れてましたけど……」
コインランドリーの魔女と慕われ不眠症の改善のためになぜか付きまとわれる羽目になった。
「寝させてください……」
「いや、襲われてる感出すのだけはやめようか、うん」
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
『踊り子令嬢』と言われて追放されましたが、実は希少なギフトでした
Ryo-k
ファンタジー
サーシャ・フロイライン公爵令嬢は、王太子で『勇者』のギフト持ちであるレオン・デュボアから婚約破棄を告げられる。
更には、実家である公爵家からも追放される。
『舞踊家』というギフトを授けられた彼女だが、王国では初めて発見されたギフトで『舞踊』と名前がつくことからこう呼ばれ蔑まれていた。
――『踊り子令嬢』と。
追放されたサーシャだが、彼女は誰にも話していない秘密あった。
……前世の記憶があるということを。
さらに『舞踊家』は前世で彼女が身に着けていた技能と深くかかわりがあるようで……
追放された先で彼女はそのギフトの能力を発揮していくと……
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
女神の代わりに異世界漫遊 ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~
大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。
麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。
使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。
厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒!
忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪
13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください!
最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^
※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!
(なかなかお返事書けなくてごめんなさい)
※小説家になろう様にも投稿しています
【完結】聖女ディアの処刑
大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。
枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。
「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」
聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。
そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。
ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが――
※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・)
※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・)
★追記
※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。
※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。
※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。
異世界でのんびり暮らしたい!?
日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる