幾望の色

西薗蛍

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ヴィリディアンの街道1

21 馬車に揺られるふたり2-2

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 ……今から二年前のことだった。
 エプリ食堂で旅の資金を貯めていたメルリアは、店に来る客に、探している花の事を尋ねていた。メルリア自身、そう簡単に答えが見つかるとは思っていなかった。

 けれど万が一、似たような花を知っている人がいたら、祖母に早く花を届けられるかもしれない。
 全く手がかりがつかめなかったとしても、祖母のために頑張っている話をしている間は、まだ前に進める。

 そう思っていたから、メルリアは聞き込みを続けた。

 しかし、結果は芳しくない。何人もの人間に聞いたが、皆、口をそろえて知らないと答えた。そんな人が二、三十を超えた頃だ。あれは五十代半ばの男だった。いつもと同じように花について尋ねると、男はメルリアの言葉を鼻で笑って言った。

 ――光る花? そんなものがあるわけない。いい年して、そんな事を本気で信じているのか。

 その言葉に、メルリアは何も言い返せなかった。相手の男を恐ろしく感じたというのもある。だが、その言葉は自分の中の記憶を――かつて生きていた祖母の存在すら、否定されたように感じたからだ。

 その日以降、メルリアは他人にこの話を一切しなくなった。
 概要は言えても、詳細を話すことには、ずっと抵抗があった。
 あの過去の記憶が、今のメルリアをそうさせてしまった。


 クライヴは病気のことを教えてくれたんだから、自分だって話さなくてはいけない。
 でも、あんな風に反応されたら怖い。メルリアの頭の中で、その二つの思考がぐるぐると回っていく。 
 どちらかに舵を切ることができず、口が曖昧に動いた。切迫感と困惑の中、過去にできた心の傷がちくりと痛む。

「メルリア?」

 クライヴに名前を呼ばれても、メルリアは返事ができなかった。俯いているせいで、クライヴからメルリアの表情は分からない。

 が、おそらく容易に聞いてはいけないことを聞いたらしいと言うことは理解できた。この状況はあまりよくないだろうと考えたクライヴは、あえて明るく振る舞う。

「無理に聞き出したいってわけじゃないからさ……あ、そうだ、メルリアは外国に行ったことあるのか? ベラミントからじゃ、ルーフス……いや、ユカリノの方が近いかな」

 喉の奥にツンとした痛みを感じながらも、メルリアは唾液を飲み込んでそれを誤魔化した。
 気遣わせてしまっているのは分かっていたからだ。かろうじてクライヴと視線を合わせ、ゆっくりと首を横に振る。

「外国には……まだ」

 涙声のまま言うと、クライヴは僅かにほっとした表情を見せた。

「ユカリノは面白い国だよ。船の移動があるけれどシーバから近いし、異国の雰囲気が強い場所で――」

 なんとか会話を続けようとクライヴが言葉を絞り出していると、コツコツと軽やかな足取りが近づいてきた。

「おっ、……ってなんだ、二人とも食べ終わってるのか! 若者は早いなぁ」

 テーブルの脇には、御者の男が立っていた。手を上げて会釈すると、断りを一切入れずにクライヴの隣の席に腰掛ける。手早く注文と支払いを済ませた。

 メルリアの背筋がピンと伸び、手足に力が入る。緊張から来る無意識がそうさせた。

「あ、あの、今日はありがとうございました」

 先ほどよりマシになったものの、うるんだ声が出てしまった。泣きそうになっていた事をはっきりと相手に伝えるような、分かりやすい涙声である。

 男はあっけらかんとした表情で、まじまじとメルリアを見つめる。困ったとメルリアは思った。しかしどうすることもできない。

「何? 君、辛いものでも食ったの?」

 その言葉に、メルリアは困惑した。男の言葉を理解するのに、ほんの少し時間がかかったほど。

 お互いの前には、食事の終わった空の皿。テーブルの脇には、注文したピザと共に用意されたペッパーソースソースがある。
 クライヴはそれを見てはっとした。

「あれだろ、さっきのペッパーソースソースだろ? うっかり手を滑らせちゃったーって言ったやつ……や、やっぱり、辛かったんだなあー……」

 視線が曖昧に泳ぎながら、クライヴはチラチラとペッパーソースソースを見ながら言う。
 声に抑揚はあまりなく、感情もこもっているかどうかは怪しい。
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