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ヴィリディアンの街道1
20 馬車に揺られるふたり-2
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「ほ、本当に。本当だから」
その表情を見て、罪悪感でたまらなくなったクライヴは、慌てた様子で念を押す。クライヴは目の前で誰かに泣かれるのは苦手だった。それも、自分のせいとあらば、罪悪感で押しつぶされる感覚になる。彼は生真面目だった。
メルリアは涙で歪んだ視界をなんとかしようと、指で目を擦る。
「病気を治療できるお医者さんがいないのかなって、勝手に思っちゃって……ごめんなさい」
じくりとした胸の痛みを感じながら、メルリアは力なく笑う。自分の想像していた状況とはかなり異なっていたようだ。安心したとは口が裂けても言えないが、自分の悪い想像通りでなくてよかったと思っていた。
メルリアに身寄りはいない。祖母も、両親も。彼女は死そのものが怖いわけではないが、誰かが死んでしまう事に恐怖を感じていた。一見矛盾する話であるが、はっきりと違うものだと認識している。
「いや、ちゃんと説明しなくてごめん。思わせぶりな事ばかり言って」
その言葉に、メルリアは黙って首を横に振る。声を出す元気はまだ出ていなかった。
クライヴは少し逡巡した後、口を開く。
「症状……というか、病気だって言われてないから、異常って言う方がいいのかもしれないけど」
クライヴは苦笑を浮かべ、己の悩む身体の異常について話し始めた。
クライヴには、彼が七歳の頃から間間悩まされている心身の異常がある。何もない時に、過剰なほど喉が渇く、という異常だ。
いくら水を飲んでもその渇きが治まることはない。逆に、飲めば飲むほど渇きは悪化する。液体を飲み込みたいという衝動は理解できるが、どうすれば正しいのか、何を飲めば解決するのか、クライヴには判らなかった。渇くと感じた時の衝動、苦しさ、治まるまでの時間が、その異常を感じてから十四年間経った今、初期と比べて確実に悪化している。
日常生活に支障を来すようになった今、家族に相談の上、ヴィリディアンの病院を転々とすることとなった。しかし、地元のグローカス含め、ベラミント、シーバ、エピナール――彼が立ち寄ったどの病院でも、医師は口を揃えて「異常はない」と言う。いくら問うてもその判断を覆さなかった。
クライヴは事情をかいつまんで説明した後、視線を左下へと逸らす。
「……実は、シーバの時と、昨晩の件がそれだったんだ。そこまで時間は経ってないし、何かの異常くらいは見つかると思ったんだが」
クライヴは目を閉じ、先ほど医師に聞かされたばかりの言葉を思い出す。
喉は荒れていないし、炎症すら起こしていない――医師は淡々とそう言い放った。終いには、どうしてそのような状態になるのかむしろこちらが聞きたいくらいだと肩をすくめられてしまった。
カラカラと馬車の車輪が回り続ける。行商の荷台とすれ違い、規則的な車輪の音に不規則な車輪の音が混じった。それらの音や風の音、馬の声や御者の鼻歌も、二人にはどこか遠い出来事のように感じていた。
「……私は、なんのお力にもなれませんけれど」
メルリアは静かに言う。その声は、辛いというにも、恐れというにも、悲しいというにも、どれに当てはめても異なった。それら全てが混ざった重々しい声だ。
メルリアは顔を上げると、クライヴの目を真っ直ぐ見据えた。
「きちんとした答えが見つかるよう、祈っています」
その声に迷いはなく、心から出た素直な言葉だった。
その表情を見て、罪悪感でたまらなくなったクライヴは、慌てた様子で念を押す。クライヴは目の前で誰かに泣かれるのは苦手だった。それも、自分のせいとあらば、罪悪感で押しつぶされる感覚になる。彼は生真面目だった。
メルリアは涙で歪んだ視界をなんとかしようと、指で目を擦る。
「病気を治療できるお医者さんがいないのかなって、勝手に思っちゃって……ごめんなさい」
じくりとした胸の痛みを感じながら、メルリアは力なく笑う。自分の想像していた状況とはかなり異なっていたようだ。安心したとは口が裂けても言えないが、自分の悪い想像通りでなくてよかったと思っていた。
メルリアに身寄りはいない。祖母も、両親も。彼女は死そのものが怖いわけではないが、誰かが死んでしまう事に恐怖を感じていた。一見矛盾する話であるが、はっきりと違うものだと認識している。
「いや、ちゃんと説明しなくてごめん。思わせぶりな事ばかり言って」
その言葉に、メルリアは黙って首を横に振る。声を出す元気はまだ出ていなかった。
クライヴは少し逡巡した後、口を開く。
「症状……というか、病気だって言われてないから、異常って言う方がいいのかもしれないけど」
クライヴは苦笑を浮かべ、己の悩む身体の異常について話し始めた。
クライヴには、彼が七歳の頃から間間悩まされている心身の異常がある。何もない時に、過剰なほど喉が渇く、という異常だ。
いくら水を飲んでもその渇きが治まることはない。逆に、飲めば飲むほど渇きは悪化する。液体を飲み込みたいという衝動は理解できるが、どうすれば正しいのか、何を飲めば解決するのか、クライヴには判らなかった。渇くと感じた時の衝動、苦しさ、治まるまでの時間が、その異常を感じてから十四年間経った今、初期と比べて確実に悪化している。
日常生活に支障を来すようになった今、家族に相談の上、ヴィリディアンの病院を転々とすることとなった。しかし、地元のグローカス含め、ベラミント、シーバ、エピナール――彼が立ち寄ったどの病院でも、医師は口を揃えて「異常はない」と言う。いくら問うてもその判断を覆さなかった。
クライヴは事情をかいつまんで説明した後、視線を左下へと逸らす。
「……実は、シーバの時と、昨晩の件がそれだったんだ。そこまで時間は経ってないし、何かの異常くらいは見つかると思ったんだが」
クライヴは目を閉じ、先ほど医師に聞かされたばかりの言葉を思い出す。
喉は荒れていないし、炎症すら起こしていない――医師は淡々とそう言い放った。終いには、どうしてそのような状態になるのかむしろこちらが聞きたいくらいだと肩をすくめられてしまった。
カラカラと馬車の車輪が回り続ける。行商の荷台とすれ違い、規則的な車輪の音に不規則な車輪の音が混じった。それらの音や風の音、馬の声や御者の鼻歌も、二人にはどこか遠い出来事のように感じていた。
「……私は、なんのお力にもなれませんけれど」
メルリアは静かに言う。その声は、辛いというにも、恐れというにも、悲しいというにも、どれに当てはめても異なった。それら全てが混ざった重々しい声だ。
メルリアは顔を上げると、クライヴの目を真っ直ぐ見据えた。
「きちんとした答えが見つかるよう、祈っています」
その声に迷いはなく、心から出た素直な言葉だった。
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