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ヴィリディアンの街道1
19 助け舟?-2
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「――財布が魔獣に食われただって!?」
「ぁい……」
机に頭をつけたまま、男は肯定のような声を漏らす。
「あの……大丈夫なんですか?」
後ろでおずおずと話を聞いているだけだったメルリアは、ゆっくりと手を上げた。乾物のようになった男にちらりと視線を向けた後、それとは対照的に堂々と構える女に尋ねる。男本人に尋ねるのが一番だと理解はしていたが、直接声をかけるのは気後れした。
「さてねぇ……」
「財布に入れてた金運上昇の石、宝物だったのになぁ……」
ヴィリディアンの街道には、魔獣が飛び出さないよう魔術士が結界を張っている。が、それも完璧ではない。魔力が尽きれば結界は薄れ、次第に消えていく。
おまけに、魔獣は魔術の流れや結晶を狙う傾向がある。エルフの魔法には見向きもしないことから、魔獣は人間の魔力を餌にしているのではないか――という説が現在の一般常識だ。
男は運悪く結界が途切れたタイミングで街道を進み、さらに運悪くそこにいた魔獣に襲われ財布を盗られてしまったのだ。もっとも、魔獣の真の目的は金運上昇をうたう石だけだったのだが。
「無事でよかったじゃないですか」
「あぁ、オレの今月の生活費ぃ……唐草模様のがま口ぃ……明日のオレのメシ代~……」
クライヴの言葉など上の空と言った風に、まるで宝石を落としたかのように男は財布を惜しむ。机の上に伸ばした手が、食われた財布を掴むように閉じたり開いたりを繰り返していた。
「まあ、アタシは助けないけどね。コイツに何度も付き合っていたら、この店が潰れちまうし」
「いわゆる『常習犯』、ってことですか」
「そうだねぇ、大体一月に一回は面倒ごとを持ち込むんだ。付き合いきれないさ」
クライヴと女の会話に、男はちろっと舌を出す。その動きを見ていた女は男の右足を思いっきり踏みつけた。声にならないうめき声を上げ、男は気絶したようにぐったりと頭を机に預けた。
「でもまあ、この男、私生活はだらしないが、勤務態度はそこまでじゃあない。だからアタシは、稼ぎは自分で作れっていっつも教えてるんだ」
「この人、何のお仕事をされているんですか?」
メルリアの問いに、女は入り口の扉を指さした。そこには馬が二頭、のんきに店の中を覗いている。いつの間にか宿を覗く馬が一頭増えていた。
「あれだよ、あれ。運送業、馬車の。こいつは御者だ」
「へ」
入り口からこちらを伺う馬は、ずっと主人である男を待ち続けているのである。
「だからさぁ」
呆気にとられるメルリア、そして馬を見て驚くクライヴに、女は投げかける。
「アンタ達、もしヴェルディグリ方面に行く用があるなら、コイツの馬車を使ってってくれないかい? 迷惑料って事で、一人なら三割、二人来てくれるなら半額に値引かせる」
その言葉に、誰よりも先にメルリアは女の目を見た。その瞳は期待に満ちている。今のまま街道を進めば、いつヴェルディグリにたどり着けるか分からない。
馬車であれば、速度がある上に安定しているから、普通に歩くよりもずっと早くヴェルディグリに到着できる。それも、普通に利用するよりも値引いてくれるというのだ。
エプリ食堂で稼いだ資金に加え、灯台祭での給料もある。ほんの少しだけ、メルリアには資金面に余裕があった。まさに渡りに船である。
しかし……。すっかり魂の抜けた様子で机に突っ伏している男の様子を見つめる。じっくり考えてから、ようやく口を開いた。
「分かりました、お願いします」
メルリアはお人好しだ。
困っている人間は放っておけない性格をしている。今回はこちらに益があったが、たとえ値引きの話がなかったとしても、メルリアは喜んで引き受けたことだろう。
しかしすぐ決断できなかったのは、この男が信用に足る人物かどうか判断に悩んだからだった。不安よりも、お人好しの性格の方が勝ってしまった。
メルリアが返事をすると、枯れ木のようにぐったりとしていた男がガバッと起き上がる。
男は大げさに咳払いを一つすると、メルリアの手を取った。いかにもといった風に作り笑顔を浮かべ、わざとらしく低い声で言う。
「ありがとうお嬢さん。誠心誠意、エスコートさせてもらうよ」
状況を理解できないメルリアは僅かに首をかしげる。
「えっと……よろしくお願いします」
メルリアは頭を下げると、男はなお芝居がかった様子で続けた。
「ははは、任せてくれたまえ」
そんな二人の様子に――男の方に気味の悪さを感じたクライヴは、俺も、と手を上げる。すると男はメルリアの手を取ったまま、顔だけをクライヴに向けた。
「君も、どうもありがとう。感謝するよ」
男はクライヴにもわざとらしい対応をした。
「はは……、よろしく頼むよ」
クライヴは引きつった笑みを浮かべた。口には出せないが正直気味が悪いなと思った。
クライヴの自身も、メルリアほどではないが困っている人間は放っておけない質だった。
この場合、困っているように見えるのは男ではなくメルリアの方であるのだが。
「ぁい……」
机に頭をつけたまま、男は肯定のような声を漏らす。
「あの……大丈夫なんですか?」
後ろでおずおずと話を聞いているだけだったメルリアは、ゆっくりと手を上げた。乾物のようになった男にちらりと視線を向けた後、それとは対照的に堂々と構える女に尋ねる。男本人に尋ねるのが一番だと理解はしていたが、直接声をかけるのは気後れした。
「さてねぇ……」
「財布に入れてた金運上昇の石、宝物だったのになぁ……」
ヴィリディアンの街道には、魔獣が飛び出さないよう魔術士が結界を張っている。が、それも完璧ではない。魔力が尽きれば結界は薄れ、次第に消えていく。
おまけに、魔獣は魔術の流れや結晶を狙う傾向がある。エルフの魔法には見向きもしないことから、魔獣は人間の魔力を餌にしているのではないか――という説が現在の一般常識だ。
男は運悪く結界が途切れたタイミングで街道を進み、さらに運悪くそこにいた魔獣に襲われ財布を盗られてしまったのだ。もっとも、魔獣の真の目的は金運上昇をうたう石だけだったのだが。
「無事でよかったじゃないですか」
「あぁ、オレの今月の生活費ぃ……唐草模様のがま口ぃ……明日のオレのメシ代~……」
クライヴの言葉など上の空と言った風に、まるで宝石を落としたかのように男は財布を惜しむ。机の上に伸ばした手が、食われた財布を掴むように閉じたり開いたりを繰り返していた。
「まあ、アタシは助けないけどね。コイツに何度も付き合っていたら、この店が潰れちまうし」
「いわゆる『常習犯』、ってことですか」
「そうだねぇ、大体一月に一回は面倒ごとを持ち込むんだ。付き合いきれないさ」
クライヴと女の会話に、男はちろっと舌を出す。その動きを見ていた女は男の右足を思いっきり踏みつけた。声にならないうめき声を上げ、男は気絶したようにぐったりと頭を机に預けた。
「でもまあ、この男、私生活はだらしないが、勤務態度はそこまでじゃあない。だからアタシは、稼ぎは自分で作れっていっつも教えてるんだ」
「この人、何のお仕事をされているんですか?」
メルリアの問いに、女は入り口の扉を指さした。そこには馬が二頭、のんきに店の中を覗いている。いつの間にか宿を覗く馬が一頭増えていた。
「あれだよ、あれ。運送業、馬車の。こいつは御者だ」
「へ」
入り口からこちらを伺う馬は、ずっと主人である男を待ち続けているのである。
「だからさぁ」
呆気にとられるメルリア、そして馬を見て驚くクライヴに、女は投げかける。
「アンタ達、もしヴェルディグリ方面に行く用があるなら、コイツの馬車を使ってってくれないかい? 迷惑料って事で、一人なら三割、二人来てくれるなら半額に値引かせる」
その言葉に、誰よりも先にメルリアは女の目を見た。その瞳は期待に満ちている。今のまま街道を進めば、いつヴェルディグリにたどり着けるか分からない。
馬車であれば、速度がある上に安定しているから、普通に歩くよりもずっと早くヴェルディグリに到着できる。それも、普通に利用するよりも値引いてくれるというのだ。
エプリ食堂で稼いだ資金に加え、灯台祭での給料もある。ほんの少しだけ、メルリアには資金面に余裕があった。まさに渡りに船である。
しかし……。すっかり魂の抜けた様子で机に突っ伏している男の様子を見つめる。じっくり考えてから、ようやく口を開いた。
「分かりました、お願いします」
メルリアはお人好しだ。
困っている人間は放っておけない性格をしている。今回はこちらに益があったが、たとえ値引きの話がなかったとしても、メルリアは喜んで引き受けたことだろう。
しかしすぐ決断できなかったのは、この男が信用に足る人物かどうか判断に悩んだからだった。不安よりも、お人好しの性格の方が勝ってしまった。
メルリアが返事をすると、枯れ木のようにぐったりとしていた男がガバッと起き上がる。
男は大げさに咳払いを一つすると、メルリアの手を取った。いかにもといった風に作り笑顔を浮かべ、わざとらしく低い声で言う。
「ありがとうお嬢さん。誠心誠意、エスコートさせてもらうよ」
状況を理解できないメルリアは僅かに首をかしげる。
「えっと……よろしくお願いします」
メルリアは頭を下げると、男はなお芝居がかった様子で続けた。
「ははは、任せてくれたまえ」
そんな二人の様子に――男の方に気味の悪さを感じたクライヴは、俺も、と手を上げる。すると男はメルリアの手を取ったまま、顔だけをクライヴに向けた。
「君も、どうもありがとう。感謝するよ」
男はクライヴにもわざとらしい対応をした。
「はは……、よろしく頼むよ」
クライヴは引きつった笑みを浮かべた。口には出せないが正直気味が悪いなと思った。
クライヴの自身も、メルリアほどではないが困っている人間は放っておけない質だった。
この場合、困っているように見えるのは男ではなくメルリアの方であるのだが。
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