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貿易と海の街シーバ
15 灯台祭、最終日-1
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「ボンゴレパスタ二人前、メンチカツ三人前、スコッチエッグ五人前!」
灯台祭の最終日、みさきの家には初日同様、山のように客が押し寄せていた。
「お姉さん注文いい?」
「取り皿もう一枚もらえなーい?」
「ごめん、スプーン落としちゃった!」
「しばらくお待ちください!」
完成した料理を客に届ける間、注文を申し出る客が次々と声を上げる。その姿をメルリアは一人一人確認した後、手を上げた順番通りに接客を行っていた。
一日休みをもらったとはいえ、連日働きづめでメルリアの疲労は溜まっていた。時折足がもつれそうになったり、注文の復唱を噛みそうになったり。注文自体の間違いはないが、効率は確かに落ちている。しかし客はこちらの事情を知るよしもなく、次々に声を上げる。それは、たった一人で接客と提供をこなすメルリアを確実に追い詰めていた。
「ありがとうございました。いらっしゃいませ、二名様ですね。ご案内致しますので少々お待ちください」
客が帰れば客がひっきりなしに押し寄せる。客の動きが止まる気配はなく、ただただ営業終了まで走り続けるしか選択肢はなかった。
今日は激務だ。会計を行うテレーゼですら、客を席へと案内する役も担っていた。彼女もまた疲労がたまっているが、疲れた顔一つ見せずに接客を続ける。グレアムは料理補佐と皿洗いという二つの仕事を回し、キッチンに立ちっぱなし。フィリスは客からの注文を捌き料理を作り続ける。グレアムはデカイ邪魔だとフィリスの体当たりを頻繁に食らったが、恰幅のよい彼がその程度でよろけることはない。
グレアムが手の回っていないメルリアに助け船を出そうと、彼女の代わりに出来上がった料理を客に提供する。その笑顔は普段の五分一ほどだった。
それぞれがそれぞれ働ける量のギリギリで動いていた。それはつまり、少しでもトラブルが発生しようものなら決壊してしまう危うさを意味している。灯台祭は毎年忙しいが、ここ数年でここまで忙しい日は初めてだ。テレーゼも、フィリスも、メルリアも限界であると言うことは誰が見ても明らかだった。
それはグレアムから見ても理解できる。このままではよくない。最終日に誰か雇っておけば良かった、とグレアムは後悔していた。誰かいないだろうか。突然頼めば力になってくれそうで、オレがこうして客席に出なくてもいいような……そんな、都合のいい人間は。特に、メルリアの補佐をやってくれるような人が欲しい――。グレアムは頭の中で祈る。誰か来い、と。
再び店の扉が開いた。テレーゼのいらっしゃいませという柔らかい声が響く。客かよ! グレアムは頭の中で己の膝を叩く様子をイメージした。
「次! プリン! カレー! アイス! そば!」
「はいっ!」
もはや何人前も言わずに出来上がった料理の名前を口にし、その度にメルリアが料理を受け取りにカウンターへ向かう。
「す、すごい客だな……」
みさきの家の扉を開けた男――クライヴは、その姿に愕然とした。
彼がこの店に来た理由は食事のためだけではない。昨日の件をメルリアに謝りたかったのだ。
彼女がみさき家に世話になっているのは聞いていたから、営業時間ならば大丈夫だろうと訪ねてみたのが……。
どうやら時期を間違えたらしい。絵に描いたような多忙の光景に、クライヴは言葉を詰まらせた。祭りの最終日とは思えないほどの活気だったからだ。
「お一人ですか?」
そんな中でも、忙しいことを一切表情に出さず接客するテレーゼ。クライヴははっと顔を上げた。
「あ、いえ、お忙しそうですし、また後で来ます――」
この状況ではきちんと話をすることは困難だろう。それに、こんな状況で彼女たちの仕事を増やすのは気が引ける。クライヴは店を後にしようと背を向けた。が、その肩を掴む大きな手があった。
「同情するなら接客、手伝ってくんない? 奥で手洗って、エプロンあるからそれ着てくれりゃいいから! あっ仕事はホールね。ほらほらそうと決まったら早く早く~」
「えっ、あ、はい!?」
グレアムはクライヴの返事を聞くことなく、店の入り口で立ち尽くしていた彼を店の厨房へと押しやる。グレアムがクライヴを連れて厨房へ戻ると、慌ただしくフライパンを振るフィリスに本気の目で睨まれた。
「こんの忙しい時に油売ってるとかバカなの!?」
そして真面目にキレられた。相当余裕がないなあ、とグレアムはため息をつく。言おうか迷った冗談やツッコミ諸々を飲み込んで、グレアムは親指を突き立てた。
「働き手」
「助かる、さっさと手洗ってメルリアを手伝って」
グレアムが機嫌良く口にすると、フィリスはすぐさま表情を切り替えて指示を出した。周囲の状況を見たクライヴは、働く以外の選択肢がないことに気づく。
……これ、やるしかないのか。
状況がいまいち理解できないまま、クライヴはみさきの家の臨時アルバイトとして働くことにされた。
灯台祭の最終日、みさきの家には初日同様、山のように客が押し寄せていた。
「お姉さん注文いい?」
「取り皿もう一枚もらえなーい?」
「ごめん、スプーン落としちゃった!」
「しばらくお待ちください!」
完成した料理を客に届ける間、注文を申し出る客が次々と声を上げる。その姿をメルリアは一人一人確認した後、手を上げた順番通りに接客を行っていた。
一日休みをもらったとはいえ、連日働きづめでメルリアの疲労は溜まっていた。時折足がもつれそうになったり、注文の復唱を噛みそうになったり。注文自体の間違いはないが、効率は確かに落ちている。しかし客はこちらの事情を知るよしもなく、次々に声を上げる。それは、たった一人で接客と提供をこなすメルリアを確実に追い詰めていた。
「ありがとうございました。いらっしゃいませ、二名様ですね。ご案内致しますので少々お待ちください」
客が帰れば客がひっきりなしに押し寄せる。客の動きが止まる気配はなく、ただただ営業終了まで走り続けるしか選択肢はなかった。
今日は激務だ。会計を行うテレーゼですら、客を席へと案内する役も担っていた。彼女もまた疲労がたまっているが、疲れた顔一つ見せずに接客を続ける。グレアムは料理補佐と皿洗いという二つの仕事を回し、キッチンに立ちっぱなし。フィリスは客からの注文を捌き料理を作り続ける。グレアムはデカイ邪魔だとフィリスの体当たりを頻繁に食らったが、恰幅のよい彼がその程度でよろけることはない。
グレアムが手の回っていないメルリアに助け船を出そうと、彼女の代わりに出来上がった料理を客に提供する。その笑顔は普段の五分一ほどだった。
それぞれがそれぞれ働ける量のギリギリで動いていた。それはつまり、少しでもトラブルが発生しようものなら決壊してしまう危うさを意味している。灯台祭は毎年忙しいが、ここ数年でここまで忙しい日は初めてだ。テレーゼも、フィリスも、メルリアも限界であると言うことは誰が見ても明らかだった。
それはグレアムから見ても理解できる。このままではよくない。最終日に誰か雇っておけば良かった、とグレアムは後悔していた。誰かいないだろうか。突然頼めば力になってくれそうで、オレがこうして客席に出なくてもいいような……そんな、都合のいい人間は。特に、メルリアの補佐をやってくれるような人が欲しい――。グレアムは頭の中で祈る。誰か来い、と。
再び店の扉が開いた。テレーゼのいらっしゃいませという柔らかい声が響く。客かよ! グレアムは頭の中で己の膝を叩く様子をイメージした。
「次! プリン! カレー! アイス! そば!」
「はいっ!」
もはや何人前も言わずに出来上がった料理の名前を口にし、その度にメルリアが料理を受け取りにカウンターへ向かう。
「す、すごい客だな……」
みさきの家の扉を開けた男――クライヴは、その姿に愕然とした。
彼がこの店に来た理由は食事のためだけではない。昨日の件をメルリアに謝りたかったのだ。
彼女がみさき家に世話になっているのは聞いていたから、営業時間ならば大丈夫だろうと訪ねてみたのが……。
どうやら時期を間違えたらしい。絵に描いたような多忙の光景に、クライヴは言葉を詰まらせた。祭りの最終日とは思えないほどの活気だったからだ。
「お一人ですか?」
そんな中でも、忙しいことを一切表情に出さず接客するテレーゼ。クライヴははっと顔を上げた。
「あ、いえ、お忙しそうですし、また後で来ます――」
この状況ではきちんと話をすることは困難だろう。それに、こんな状況で彼女たちの仕事を増やすのは気が引ける。クライヴは店を後にしようと背を向けた。が、その肩を掴む大きな手があった。
「同情するなら接客、手伝ってくんない? 奥で手洗って、エプロンあるからそれ着てくれりゃいいから! あっ仕事はホールね。ほらほらそうと決まったら早く早く~」
「えっ、あ、はい!?」
グレアムはクライヴの返事を聞くことなく、店の入り口で立ち尽くしていた彼を店の厨房へと押しやる。グレアムがクライヴを連れて厨房へ戻ると、慌ただしくフライパンを振るフィリスに本気の目で睨まれた。
「こんの忙しい時に油売ってるとかバカなの!?」
そして真面目にキレられた。相当余裕がないなあ、とグレアムはため息をつく。言おうか迷った冗談やツッコミ諸々を飲み込んで、グレアムは親指を突き立てた。
「働き手」
「助かる、さっさと手洗ってメルリアを手伝って」
グレアムが機嫌良く口にすると、フィリスはすぐさま表情を切り替えて指示を出した。周囲の状況を見たクライヴは、働く以外の選択肢がないことに気づく。
……これ、やるしかないのか。
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