幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
22 / 197
貿易と海の街シーバ

15 灯台祭、最終日-1

しおりを挟む
「ボンゴレパスタ二人前、メンチカツ三人前、スコッチエッグ五人前!」

 灯台祭の最終日、みさきの家には初日同様、山のように客が押し寄せていた。

「お姉さん注文いい?」
「取り皿もう一枚もらえなーい?」
「ごめん、スプーン落としちゃった!」
「しばらくお待ちください!」

 完成した料理を客に届ける間、注文を申し出る客が次々と声を上げる。その姿をメルリアは一人一人確認した後、手を上げた順番通りに接客を行っていた。

 一日休みをもらったとはいえ、連日働きづめでメルリアの疲労は溜まっていた。時折足がもつれそうになったり、注文の復唱を噛みそうになったり。注文自体の間違いはないが、効率は確かに落ちている。しかし客はこちらの事情を知るよしもなく、次々に声を上げる。それは、たった一人で接客と提供をこなすメルリアを確実に追い詰めていた。

「ありがとうございました。いらっしゃいませ、二名様ですね。ご案内致しますので少々お待ちください」

 客が帰れば客がひっきりなしに押し寄せる。客の動きが止まる気配はなく、ただただ営業終了まで走り続けるしか選択肢はなかった。

 今日は激務だ。会計を行うテレーゼですら、客を席へと案内する役も担っていた。彼女もまた疲労がたまっているが、疲れた顔一つ見せずに接客を続ける。グレアムは料理補佐と皿洗いという二つの仕事を回し、キッチンに立ちっぱなし。フィリスは客からの注文を捌き料理を作り続ける。グレアムはデカイ邪魔だとフィリスの体当たりを頻繁に食らったが、恰幅のよい彼がその程度でよろけることはない。

 グレアムが手の回っていないメルリアに助け船を出そうと、彼女の代わりに出来上がった料理を客に提供する。その笑顔は普段の五分一ほどだった。

 それぞれがそれぞれ働ける量のギリギリで動いていた。それはつまり、少しでもトラブルが発生しようものなら決壊してしまう危うさを意味している。灯台祭は毎年忙しいが、ここ数年でここまで忙しい日は初めてだ。テレーゼも、フィリスも、メルリアも限界であると言うことは誰が見ても明らかだった。

 それはグレアムから見ても理解できる。このままではよくない。最終日に誰か雇っておけば良かった、とグレアムは後悔していた。誰かいないだろうか。突然頼めば力になってくれそうで、オレがこうして客席に出なくてもいいような……そんな、都合のいい人間は。特に、メルリアの補佐をやってくれるような人が欲しい――。グレアムは頭の中で祈る。誰か来い、と。

 再び店の扉が開いた。テレーゼのいらっしゃいませという柔らかい声が響く。客かよ! グレアムは頭の中で己の膝を叩く様子をイメージした。

「次! プリン! カレー! アイス! そば!」
「はいっ!」

 もはや何人前も言わずに出来上がった料理の名前を口にし、その度にメルリアが料理を受け取りにカウンターへ向かう。

「す、すごい客だな……」

 みさきの家の扉を開けた男――クライヴは、その姿に愕然とした。
 彼がこの店に来た理由は食事のためだけではない。昨日の件をメルリアに謝りたかったのだ。

 彼女がみさき家に世話になっているのは聞いていたから、営業時間ならば大丈夫だろうと訪ねてみたのが……。

 どうやら時期を間違えたらしい。絵に描いたような多忙の光景に、クライヴは言葉を詰まらせた。祭りの最終日とは思えないほどの活気だったからだ。

「お一人ですか?」

 そんな中でも、忙しいことを一切表情に出さず接客するテレーゼ。クライヴははっと顔を上げた。

「あ、いえ、お忙しそうですし、また後で来ます――」

 この状況ではきちんと話をすることは困難だろう。それに、こんな状況で彼女たちの仕事を増やすのは気が引ける。クライヴは店を後にしようと背を向けた。が、その肩を掴む大きな手があった。

「同情するなら接客、手伝ってくんない? 奥で手洗って、エプロンあるからそれ着てくれりゃいいから! あっ仕事はホールね。ほらほらそうと決まったら早く早く~」
「えっ、あ、はい!?」

 グレアムはクライヴの返事を聞くことなく、店の入り口で立ち尽くしていた彼を店の厨房へと押しやる。グレアムがクライヴを連れて厨房へ戻ると、慌ただしくフライパンを振るフィリスに本気の目で睨まれた。

「こんの忙しい時に油売ってるとかバカなの!?」

 そして真面目にキレられた。相当余裕がないなあ、とグレアムはため息をつく。言おうか迷った冗談やツッコミ諸々を飲み込んで、グレアムは親指を突き立てた。

「働き手」
「助かる、さっさと手洗ってメルリアを手伝って」

 グレアムが機嫌良く口にすると、フィリスはすぐさま表情を切り替えて指示を出した。周囲の状況を見たクライヴは、働く以外の選択肢がないことに気づく。

 ……これ、やるしかないのか。

 状況がいまいち理解できないまま、クライヴはみさきの家の臨時アルバイトとして働くことにされた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界でスキルを奪います ~技能奪取は最強のチート~

星天
ファンタジー
 幼馴染を庇って死んでしまった翔。でも、それは神様のミスだった!  創造神という女の子から交渉を受ける。そして、二つの【特殊技能】を貰って、異世界に飛び立つ。  『創り出す力』と『奪う力』を持って、異世界で技能を奪って、どんどん強くなっていく  はたして、翔は異世界でうまくやっていけるのだろうか!!!

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。 他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

ちっちゃい仲間とのんびりスケッチライフ!

ミドリノミコト
ファンタジー
魔獣のスケッチは楽しい。小さい頃から魔獣をスケッチすることが好きだったリッカは、生まれた頃から見守ってくれていた神獣、黄龍から4体の小さな赤ちゃん神獣を任せられることになった。数多くの有能なテイマーを輩出しているリッカの家は8歳で最初の契約を結ぶのだが、そこでまた一波乱。神獣と共に成長したリッカはアカデミーへ入学することになり、その非凡性を発揮していくことになる。そして、小さな仲間たちと共に、さまざまな魔獣との出会いの旅が始まるのだった。 ☆第12回ファンタジー小説大賞に参加してます!

処理中です...