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貿易と海の街シーバ
14 灯台祭、四日目-2
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もう少しここにいても迷惑にはならないかな――振り返ると、漁船に目を奪われ、立ち尽くす男の姿がに気がつく。見知った人物だった。
「こんにちは、その後大丈夫でしたか?」
魂を奪われたかのように、巨大な船体に見入っていた男は、メルリアの声で我に返る。誰だろうか、人違いで声をかけられたのかと男は警戒したが、メルリアの声と言葉が記憶に引っかかった。
「あ……ああ、みさきの家の」
男がメルリアにすぐ気がつかなかったのは、メルリアが普段二つに結っていた髪を下ろしていたせいだ。髪型が違うから気づかなかった――なんて、ほぼ初対面の人間に言うことだろうか。それに。一瞬脳裏に浮かんだ感想を飲み込む。無意識に喉元に触れ、男は苦笑を浮かべた。
「病院、手違いで祭り中は受け付けてもらえなくなってさ」
祭りの期間中は様々な人間がシーバを訪れる。人が多ければ多いほどトラブルは起きやすいものだ。その上、ユカリノ国からシーバに来る観光客もいる。シーバの総合病院は多忙を極めていた。
「まあ、来る時期を間違えた俺が悪いんだけど」
メルリアは男の言葉を黙って聞いていた。病院に用事があるのは彼の身内ではなく彼自身であるようだが、表情や言葉から察するに、差し迫った危機という風ではないように思える。数度瞬きを繰り返し、メルリアは静かに問う。
「すぐに診てもらわなくても大丈夫なんですか?」
怖ず怖ずとメルリアが尋ねると、男は笑った。それは少し陰りのある笑みだった。
「大丈夫だ。多分、ここでも結果は出ないだろうから」
吐き出すつもりのなかった弱音が、口をついて出てしまう。彼の思っていた以上に重い声になってしまったと気づいて、男は訂正しようと慌てて顔を上げた。しかしそこには、言葉の内容を正面から受け取るメルリアの姿があった。
なんだか自分以上に落ち込んでいるように見えるけど――。男は腕を組んで悩む。と、ある事実を思いつき、男は極めて明るい口調で言う。
「そういや、まだ名乗ってなかったよな。俺はクライヴ。クライヴ・シーウェル。君は?」
どんよりと落ち込み、考え事が続いていたメルリアの背筋が急激に伸びる。学園での授業中、居眠りをしていた事を先生に指摘された生徒のような俊敏さであった。
「めっ、メルリア・ベルっていいます」
「よろしくな」
差し出された手を、メルリアはぎこちない動きで握り返す。その瞬間、メルリアはクライヴの体温に驚いた。雰囲気や声からはあまり想像できないほど指先が冷たい。人は見かけによらないのだろうかと疑問に感じたが、それを尋ねようとは思えなかった。
「そういえば、前は街道で会ったけど……。メルリアはこの街の人なのか?」
「いえ。元々はベラミントに住んでいて、今は旅をしている途中なんです」
メルリアはクライヴに自身が旅をはじめた経緯について説明した。
不思議な花を探していること。それは祖母との約束で、二人で叶えられなかった約束を自分一人でも叶えたいということ。その情報を得るためにヴェルディグリに向かおうとしていたこと。わけあって、その前にシーバに来たということ。みさきの家にお世話になる経緯――一通り、すべてを。
「こんにちは、その後大丈夫でしたか?」
魂を奪われたかのように、巨大な船体に見入っていた男は、メルリアの声で我に返る。誰だろうか、人違いで声をかけられたのかと男は警戒したが、メルリアの声と言葉が記憶に引っかかった。
「あ……ああ、みさきの家の」
男がメルリアにすぐ気がつかなかったのは、メルリアが普段二つに結っていた髪を下ろしていたせいだ。髪型が違うから気づかなかった――なんて、ほぼ初対面の人間に言うことだろうか。それに。一瞬脳裏に浮かんだ感想を飲み込む。無意識に喉元に触れ、男は苦笑を浮かべた。
「病院、手違いで祭り中は受け付けてもらえなくなってさ」
祭りの期間中は様々な人間がシーバを訪れる。人が多ければ多いほどトラブルは起きやすいものだ。その上、ユカリノ国からシーバに来る観光客もいる。シーバの総合病院は多忙を極めていた。
「まあ、来る時期を間違えた俺が悪いんだけど」
メルリアは男の言葉を黙って聞いていた。病院に用事があるのは彼の身内ではなく彼自身であるようだが、表情や言葉から察するに、差し迫った危機という風ではないように思える。数度瞬きを繰り返し、メルリアは静かに問う。
「すぐに診てもらわなくても大丈夫なんですか?」
怖ず怖ずとメルリアが尋ねると、男は笑った。それは少し陰りのある笑みだった。
「大丈夫だ。多分、ここでも結果は出ないだろうから」
吐き出すつもりのなかった弱音が、口をついて出てしまう。彼の思っていた以上に重い声になってしまったと気づいて、男は訂正しようと慌てて顔を上げた。しかしそこには、言葉の内容を正面から受け取るメルリアの姿があった。
なんだか自分以上に落ち込んでいるように見えるけど――。男は腕を組んで悩む。と、ある事実を思いつき、男は極めて明るい口調で言う。
「そういや、まだ名乗ってなかったよな。俺はクライヴ。クライヴ・シーウェル。君は?」
どんよりと落ち込み、考え事が続いていたメルリアの背筋が急激に伸びる。学園での授業中、居眠りをしていた事を先生に指摘された生徒のような俊敏さであった。
「めっ、メルリア・ベルっていいます」
「よろしくな」
差し出された手を、メルリアはぎこちない動きで握り返す。その瞬間、メルリアはクライヴの体温に驚いた。雰囲気や声からはあまり想像できないほど指先が冷たい。人は見かけによらないのだろうかと疑問に感じたが、それを尋ねようとは思えなかった。
「そういえば、前は街道で会ったけど……。メルリアはこの街の人なのか?」
「いえ。元々はベラミントに住んでいて、今は旅をしている途中なんです」
メルリアはクライヴに自身が旅をはじめた経緯について説明した。
不思議な花を探していること。それは祖母との約束で、二人で叶えられなかった約束を自分一人でも叶えたいということ。その情報を得るためにヴェルディグリに向かおうとしていたこと。わけあって、その前にシーバに来たということ。みさきの家にお世話になる経緯――一通り、すべてを。
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