幾望の色

西薗蛍

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貿易と海の街シーバ

14 灯台祭、四日目-1

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 慌ただしい日々が過ぎ去り、灯台祭は明日までとなった。

 一日目や二日目と比べると、街の活気は落ち着いている。しかし、祭りは祭りである。メルリアがシーバに来た初日とは比べものにならないほどの賑わいであるのは変わらない。
 最終日である明日の夕方にはエピナールから神父が訪れ、灯台と地の神・セイアッドへ祝詞をあげる。その一時間後には灯台に明かりが灯ると、セイアッドの灯台祭は幕を下ろすのだ。


 時折大きい雲が太陽を覆い隠し、シーバの街に影を落とす。

 メルリアはこの日休みをもらい、目的もなくシーバの街を歩いていた。石造りの道を踏みしめると、こつこつと小気味よい音が響く。

 メルリアは人通りの少ない道にいた。この道を選んだわけではなく、たまたま道なりに進んだ結果だ。一本向こうの大通りは雑貨屋や土産物屋、飲食店などが並ぶ通りであるが、一本外れたこの道に面する店はない。人もほとんどおらず、時々通りを間違えて迷い込んだ観光客数組とすれ違う程度だ。

 お祭り、見るだけでも見てきた方が楽しいのかな――。

 家々の間から見える一本向こうの景色。露店に並ぶ土産物はどれもキラキラと輝いていた。メルリアは頭を振る。だめだ。あの場所を通ってしまったら、固く縛った財布の紐が緩んでしまいそうだ。祭り独自の熱気に当てられて浮かれてしまいそうになる自分に、どこか恐れを感じていた。このままではいけない――メルリアの足は、自然と海の方へ向いていた。


 港のすぐ近くでは、ユカリノの人間と見受けられる服装の人間が次々に船へ乗り込んでいく。

 メルリアは少し距離を置きつつも、その様子をまじまじと見つめた。
 メルリアは船を見るのが初めてだったからだ。

 茶色い船体に大きな帆。一軒家よりも広いそれに、乗船する人々は、まるで吸い込まれていくようだ。何人乗っても船体自体はびくともしない。不安定に揺れているのは波のせいだ。これが海の上を進み、水平線に青く影のように浮かぶ島の向こうへと連れて行くというのだ。科学力も魔術や魔法技術と引けを取らないほど不思議だ。メルリアはぼんやりと旅客船を眺めていた。

「ユカリノ、アイハトバへの船は間もなく出発します」

 そのアナウンスと共に、慌てて船の中へ向かう観光客が三組。やがて船は発進準備を整えると、波を割るようにのんびりと進んでいく。
 海の向こうに薄ぼんやりと浮かぶ島をまっすぐ目指した。船体が遠ざかると波の喧噪が鎮まり、カモメののんきな鳴き声が波止場に広がる。

 人がはけた後も、メルリアはその場から動かなかった。
 海の青は深く濃い。波の音と海の青は何時間でも見つめていられるような、不思議な魅力がある。
 すぐ近くで聞こえる波の音を聞いていると、潮の匂いが鼻腔を刺激する。少し湿度が高くはあるが、海が近い街もいいなと感じた。心地のよい潮風がメルリアの髪をふわりと揺らす。普段と違い、下ろした髪が空気を含んで長く風に漂った。彼女の視線は、ただただ白い波を作る青の海にあった。

 この場所にずっといたいけれど、そうしたら迷惑になるだろうか。

 振り返って様子を確認するが、人の姿は多くはなかった。旅客船の見物に来た観光客は止まることなく通り過ぎていくし、立ち止まった人がいるかと思えば、それはユカリノ行きの船を逃した観光客だ。がっくりと肩を落とし、次の出発時刻を確認して立ち去っていく。
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