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貿易と海の街シーバ
13 灯台祭、二日目-2
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「今日も激務だったけど、大丈夫だったかい?」
作業を進めながら、グレアムがメルリアに声をかける。
作業中にもかかわらず、その声は周囲の音にかき消されることなくメルリアの耳に届いた。メルリアもグレアムの声に合わせて、仕事中と同じような大きい声で伝えた。
「大丈夫でした! 今日のお昼の後半から、大変だとか辛いとか、そういうのなくなっちゃって。後五時間は頑張れそうです」
グレアムは手を止めると、メルリアの顔をまじまじと見た。メルリアは嘘を言っているわけでもないし、見栄を張っているわけでもない。
彼女の本質に薄々気づきながら、グレアムは首に巻いたタオルで頬の汗を拭った。腕や肩を数度回すと、グレアムは雲一つない空を見上げた。青空だけでも眩しすぎると感じるほどの晴天だった。
「私の方こそ、お仕事と場所を用意してくださって……、ありがとうございます」
「いやいやいやいや……」
グレアムはわずかにメルリアの口ぶりから遠慮を感じ取り、なんとか否定の言葉を述べようとした。
が、特にそれらしい言葉は出なかった。全く駄目だなぁとグレアムは首にかけたタオルで顔全体を雑に拭く。
「そういや、前々から思ってたんだけど……。注文よく取り違えないな、おじさんびっくり。何か秘訣とかあるの?」
極めて明るい口調で尋ねるグレアムの言葉を聞き、メルリアは少し考え込んだ。
「特には……」
「記憶力がすごいんかね? おじさん、昨日の夕飯すら思い出すの厳しい時もあるんだがなぁ」
冗談交じりでグレアムは言いながら、昨日の夕飯を思い出そうと頭をひねった。
出なかった。
「昨日ですか? こういう時は麺類だーって、フィリスちゃんがお蕎麦……? でしたっけ、灰色の。あれをいただきました」
「あ……あーあー! そういえばそうだったよな、うんうん」
グレアムが十秒程度悩んでも一向に出る気配がなかった答えを、メルリアは即座に思い出した。
若いっていいなぁと細い目を更に薄くしながら、グレアムは一人感心したように頷く。
「『よく覚えてるね』って言われることは多いです。自分じゃそうは思わないんですけど」
メルリアは苦笑交じりに先ほどの問いを返した。
よく覚えているね――メルリアが生きてきた中で、何度も聞いた言葉だった。言葉の感情は様々である。驚きであり、感嘆であり、尊敬であり、嫌味であり、恐怖でもある。
一週間分の食事を全て言い当てることができたり、少し喋っただけの人の顔を覚えたり、一度見ただけのレシピを再現できたり、会話の詳細を覚えていたり。今のグレアムの会話しかり、先日店に顔を出した青年の顔しかり。
数年前の記憶がまるで昨日のことのように鮮明に思い出せるメルリアは、それが当たり前のことだと思っていた。
周囲の当たり前は自分の認識と違うらしいと薄々気づき始めたのは、祖母が他界した後のことだった。
「そっかそっか。若いって素晴らしいな。オレ最近忘れっぽいし、若い脳が欲しいわ……っと、よし。ありがとさん、一段落ついたからそろそろ休憩しよう」
メルリアが顔を上げると、そこには一回り小さくなった木の板があった。四角く切り取られていた板の四隅は丸みを帯びた形へと変わっており、無骨だった最初の頃と比べると、どこか可愛らしくも見える。
「直射日光浴びるのは健康にいいけど、長時間は疲れるからなぁー」
グレアムは大げさに腕を伸ばすと、店の方へ歩いて行く。
木の板の残骸を興味深そうに眺めながら、メルリアもその後に続いた。
作業を進めながら、グレアムがメルリアに声をかける。
作業中にもかかわらず、その声は周囲の音にかき消されることなくメルリアの耳に届いた。メルリアもグレアムの声に合わせて、仕事中と同じような大きい声で伝えた。
「大丈夫でした! 今日のお昼の後半から、大変だとか辛いとか、そういうのなくなっちゃって。後五時間は頑張れそうです」
グレアムは手を止めると、メルリアの顔をまじまじと見た。メルリアは嘘を言っているわけでもないし、見栄を張っているわけでもない。
彼女の本質に薄々気づきながら、グレアムは首に巻いたタオルで頬の汗を拭った。腕や肩を数度回すと、グレアムは雲一つない空を見上げた。青空だけでも眩しすぎると感じるほどの晴天だった。
「私の方こそ、お仕事と場所を用意してくださって……、ありがとうございます」
「いやいやいやいや……」
グレアムはわずかにメルリアの口ぶりから遠慮を感じ取り、なんとか否定の言葉を述べようとした。
が、特にそれらしい言葉は出なかった。全く駄目だなぁとグレアムは首にかけたタオルで顔全体を雑に拭く。
「そういや、前々から思ってたんだけど……。注文よく取り違えないな、おじさんびっくり。何か秘訣とかあるの?」
極めて明るい口調で尋ねるグレアムの言葉を聞き、メルリアは少し考え込んだ。
「特には……」
「記憶力がすごいんかね? おじさん、昨日の夕飯すら思い出すの厳しい時もあるんだがなぁ」
冗談交じりでグレアムは言いながら、昨日の夕飯を思い出そうと頭をひねった。
出なかった。
「昨日ですか? こういう時は麺類だーって、フィリスちゃんがお蕎麦……? でしたっけ、灰色の。あれをいただきました」
「あ……あーあー! そういえばそうだったよな、うんうん」
グレアムが十秒程度悩んでも一向に出る気配がなかった答えを、メルリアは即座に思い出した。
若いっていいなぁと細い目を更に薄くしながら、グレアムは一人感心したように頷く。
「『よく覚えてるね』って言われることは多いです。自分じゃそうは思わないんですけど」
メルリアは苦笑交じりに先ほどの問いを返した。
よく覚えているね――メルリアが生きてきた中で、何度も聞いた言葉だった。言葉の感情は様々である。驚きであり、感嘆であり、尊敬であり、嫌味であり、恐怖でもある。
一週間分の食事を全て言い当てることができたり、少し喋っただけの人の顔を覚えたり、一度見ただけのレシピを再現できたり、会話の詳細を覚えていたり。今のグレアムの会話しかり、先日店に顔を出した青年の顔しかり。
数年前の記憶がまるで昨日のことのように鮮明に思い出せるメルリアは、それが当たり前のことだと思っていた。
周囲の当たり前は自分の認識と違うらしいと薄々気づき始めたのは、祖母が他界した後のことだった。
「そっかそっか。若いって素晴らしいな。オレ最近忘れっぽいし、若い脳が欲しいわ……っと、よし。ありがとさん、一段落ついたからそろそろ休憩しよう」
メルリアが顔を上げると、そこには一回り小さくなった木の板があった。四角く切り取られていた板の四隅は丸みを帯びた形へと変わっており、無骨だった最初の頃と比べると、どこか可愛らしくも見える。
「直射日光浴びるのは健康にいいけど、長時間は疲れるからなぁー」
グレアムは大げさに腕を伸ばすと、店の方へ歩いて行く。
木の板の残骸を興味深そうに眺めながら、メルリアもその後に続いた。
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