幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
15 / 197
貿易と海の街シーバ

11 みさき家の手伝い2-2

しおりを挟む
 急いで食事を済ませた男を、フィリスとメルリアの二人で見送る。
 男は「遅くまですみません」と頭を下げた後、少しずつ賑わいはじめる街の中へと消えていった。

 普段より遅い昼食を五人で済ませ、片付けを終えると、グレアムは仕入れに、フィオンは仕事に街へ、テレーゼは家事を片付けるために二階へ向かう。店に残ったのはメルリアとフィリスの二人だけだった。
 営業準備の前にと、フィリスはおもむろに二つ折りの紙を広げる。

「メルリア。明日からの予定だけど」

 そこには、灯台祭のスケジュールと書かれた紙があった。縦線が三本が引かれており、灯台祭におけるみさきの家のスケジュールが記載されている。フィリスはキャップを着けたペンを指し棒代わりに、それぞれの説明をはじめる。

「まずは初日。鬼のように忙しい。この日の営業時間は普段と同じ」

 フィリスは淡々と説明を続ける。鬼のように忙しい、という言葉に、メルリアは背筋が伸びるような、身が引き締まるような思いを感じていた。

「次に二日目。これまた忙しい。この日は昼が少し長くて、夜営業の開始が遅くなるから、営業前に食事を済ませたい」

 営業時間が書かれた部分をペンのキャップで丸く括りながらフィリスは言う。メルリアは視線を下ろし、それぞれの営業時間を確認した。この時間だけ変則的に短い。その事をメルリアが指摘すると、フィリスは一瞬口ごもった。が、しかしすぐに口を開く。メルリアとは視線を合わせなかったが。

「まあ、簡単に言うと私のわがままなんだけど……」

 フィリスはペンの先でコツコツとテーブルを叩きながら、灯台祭に使う明かりについて簡単に説明した。

 灯台祭では、毎日夜の五時に灯台に明かりを灯している。祭りの開催期間中、奇数日は自然におこした火を使い、偶数日は魔術の火を使って明かりを灯す。灯台祭で火をつける係ができるのはとても名誉なことで、街に貢献した人物や影響力の高い人物などでなければその役割につくことはできない。しかし、偶数日となれば話は別だ。一定以上の魔力を持ち、火の魔術が扱える人間は限られている。ある程度の身分が保証されていれば抜擢されるのだが――。

 フィリスはそれらをかいつまんでメルリアに説明すると、か細い声で付け足す。

「この日はフィオンが灯台に明かりをつける日だから」

 役人である人物が適任だろうと、二日目に灯す魔術の明かりはフィオンが担当することになっていた。そもそもの条件が緩いとはいえ、灯台祭の歴史を見るに大抜擢という他ない。役所に勤めて一年足らずで抜擢されたのは、フィオンが初めてであった。

 メルリアには、フィリスが照れくさそうに喋っているように映った。やはり二人は仲がいい。であれば、自分は笑顔で送り出すべきだろう。
 行ってらっしゃい、と声をかけようと口を開いた途端、フィリスの表情が一気に陰る。

「――出力間違えて灯台ごと燃やさないか不安で」
「え……?」
「いや本当に困るのよ。シーバ付近の街道に現れたイノシシの群れみたいな魔獣を丸焦げにしたことがあったし」

 はぁ、とフィリスはため息をつく。

 複数の魔獣を黒焦げにするなんて――!
 メルリアは耳を疑った。
 メルリアは魔獣の姿を本でしか見たことがない。物語や伝え聞く話によると、とても凶暴で人間を襲う存在だという。見た目は動物の形を模しているが、影のように不確か。その上、野生動物に比べて好戦的、丈夫で退治するのにも一苦労ときた。そんなものと対峙する職業がいかに大変なことであるかは、子供心にずしんと重くのしかかっていた。
 魔術が使えるのは、やっぱりすごいだけじゃないのかな――。
 メルリアがぼうっと考えると、フィリスは一つ咳払いをした。

「三日目と四日目は人が少ないから、父さんをフルで働かせれば昼営業だったら休めるはずよ。私とメルリア交互で休もうと思ってるけど、あなたはどっちがいい?」
「私は後からでいいよ」
「そう。それじゃ、そうしましょうか」

 悩む間もなく、メルリアは答えた。フィリスは紙の開いた部分に、それぞれの休みを明記していく。

 メルリアは昔からあまり休みは得意ではなかった。ずっと何かに夢中になっていた方が楽だし、突然なにをしてもいいと言われると、なにをしていいか判らなくなってしまうからだ。やりたいことといえば祖母と約束した花探しだが、シーバには図書館がない。本屋ならばこの街に二店舗ほど存在しているが、お金はなるべく節約したい。彼女の財布の紐は堅かった。休みであろうと、知らない街でであろうと、祭りであろうと、何かを買う気にはならない。約束の花がいつ見つかるか見当がつかないからだ。

「で、肝心なのは五日目ね。この日は一日目くらい忙しいわ」

 五日目と書かれた部分をペンでトントンと指し、フィリスは言う。
 祭りの最終日といえば閑散としたイメージがあるが、シーバの灯台祭は訳が違う。シーバ一の祭りである灯台祭は、シーバ一休みが多い。そのため、シーバの外やユカリノ国へ旅行に出かけていたシーバの人間が街へ戻ってくる日でもある。その上、ギリギリ滑り込みで灯台祭を楽しもうというよその客が少なくないため、なんだかんだで五日目も一日目と変わらないくらい忙しくなる見込みだった。

 二人はもう一度最初から日程を確認する。復習を終えると、フィリスはペンをテーブルの脇に置いた。

「……よし、それじゃあ明日からよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 店の奥に消えるフィリスの足音を聞きながら、メルリアは窓の外に目を向けた。
 人々がせわしなく道を行き来していた。その数は昨日より格段に多い。明日はこれと比べものにならないくらいの人が押し寄せるのだろう。客船が、うすぼんやりと霞む向こうの島――ユカリノ国と、ヴィリディアン国のシーバとを往復する様が見えた。


 明日から灯台祭が始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました

mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。 なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。 不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇 感想、ご指摘もありがとうございます。 なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。 読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。 お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

コインランドリーの正しい使い方

菅井群青
恋愛
コインランドリーの乾燥機をかけた時のふわっと感が大好きで通う女と……なぜかコインランドリーに行くと寝れることに気が付いた男の話 「今日乾燥機回しに行かれるんですよね?」 「いや、めっちゃ外晴れてましたけど……」 コインランドリーの魔女と慕われ不眠症の改善のためになぜか付きまとわれる羽目になった。 「寝させてください……」 「いや、襲われてる感出すのだけはやめようか、うん」

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!

神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話! 『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください! 投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!

番認定された王女は愛さない

青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。 人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。 けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。 竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。 番を否定する意図はありません。 小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...