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貿易と海の街シーバ
11 みさき家の手伝い2-2
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急いで食事を済ませた男を、フィリスとメルリアの二人で見送る。
男は「遅くまですみません」と頭を下げた後、少しずつ賑わいはじめる街の中へと消えていった。
普段より遅い昼食を五人で済ませ、片付けを終えると、グレアムは仕入れに、フィオンは仕事に街へ、テレーゼは家事を片付けるために二階へ向かう。店に残ったのはメルリアとフィリスの二人だけだった。
営業準備の前にと、フィリスはおもむろに二つ折りの紙を広げる。
「メルリア。明日からの予定だけど」
そこには、灯台祭のスケジュールと書かれた紙があった。縦線が三本が引かれており、灯台祭におけるみさきの家のスケジュールが記載されている。フィリスはキャップを着けたペンを指し棒代わりに、それぞれの説明をはじめる。
「まずは初日。鬼のように忙しい。この日の営業時間は普段と同じ」
フィリスは淡々と説明を続ける。鬼のように忙しい、という言葉に、メルリアは背筋が伸びるような、身が引き締まるような思いを感じていた。
「次に二日目。これまた忙しい。この日は昼が少し長くて、夜営業の開始が遅くなるから、営業前に食事を済ませたい」
営業時間が書かれた部分をペンのキャップで丸く括りながらフィリスは言う。メルリアは視線を下ろし、それぞれの営業時間を確認した。この時間だけ変則的に短い。その事をメルリアが指摘すると、フィリスは一瞬口ごもった。が、しかしすぐに口を開く。メルリアとは視線を合わせなかったが。
「まあ、簡単に言うと私のわがままなんだけど……」
フィリスはペンの先でコツコツとテーブルを叩きながら、灯台祭に使う明かりについて簡単に説明した。
灯台祭では、毎日夜の五時に灯台に明かりを灯している。祭りの開催期間中、奇数日は自然におこした火を使い、偶数日は魔術の火を使って明かりを灯す。灯台祭で火をつける係ができるのはとても名誉なことで、街に貢献した人物や影響力の高い人物などでなければその役割につくことはできない。しかし、偶数日となれば話は別だ。一定以上の魔力を持ち、火の魔術が扱える人間は限られている。ある程度の身分が保証されていれば抜擢されるのだが――。
フィリスはそれらをかいつまんでメルリアに説明すると、か細い声で付け足す。
「この日はフィオンが灯台に明かりをつける日だから」
役人である人物が適任だろうと、二日目に灯す魔術の明かりはフィオンが担当することになっていた。そもそもの条件が緩いとはいえ、灯台祭の歴史を見るに大抜擢という他ない。役所に勤めて一年足らずで抜擢されたのは、フィオンが初めてであった。
メルリアには、フィリスが照れくさそうに喋っているように映った。やはり二人は仲がいい。であれば、自分は笑顔で送り出すべきだろう。
行ってらっしゃい、と声をかけようと口を開いた途端、フィリスの表情が一気に陰る。
「――出力間違えて灯台ごと燃やさないか不安で」
「え……?」
「いや本当に困るのよ。シーバ付近の街道に現れたイノシシの群れみたいな魔獣を丸焦げにしたことがあったし」
はぁ、とフィリスはため息をつく。
複数の魔獣を黒焦げにするなんて――!
メルリアは耳を疑った。
メルリアは魔獣の姿を本でしか見たことがない。物語や伝え聞く話によると、とても凶暴で人間を襲う存在だという。見た目は動物の形を模しているが、影のように不確か。その上、野生動物に比べて好戦的、丈夫で退治するのにも一苦労ときた。そんなものと対峙する職業がいかに大変なことであるかは、子供心にずしんと重くのしかかっていた。
魔術が使えるのは、やっぱりすごいだけじゃないのかな――。
メルリアがぼうっと考えると、フィリスは一つ咳払いをした。
「三日目と四日目は人が少ないから、父さんをフルで働かせれば昼営業だったら休めるはずよ。私とメルリア交互で休もうと思ってるけど、あなたはどっちがいい?」
「私は後からでいいよ」
「そう。それじゃ、そうしましょうか」
悩む間もなく、メルリアは答えた。フィリスは紙の開いた部分に、それぞれの休みを明記していく。
メルリアは昔からあまり休みは得意ではなかった。ずっと何かに夢中になっていた方が楽だし、突然なにをしてもいいと言われると、なにをしていいか判らなくなってしまうからだ。やりたいことといえば祖母と約束した花探しだが、シーバには図書館がない。本屋ならばこの街に二店舗ほど存在しているが、お金はなるべく節約したい。彼女の財布の紐は堅かった。休みであろうと、知らない街でであろうと、祭りであろうと、何かを買う気にはならない。約束の花がいつ見つかるか見当がつかないからだ。
「で、肝心なのは五日目ね。この日は一日目くらい忙しいわ」
五日目と書かれた部分をペンでトントンと指し、フィリスは言う。
祭りの最終日といえば閑散としたイメージがあるが、シーバの灯台祭は訳が違う。シーバ一の祭りである灯台祭は、シーバ一休みが多い。そのため、シーバの外やユカリノ国へ旅行に出かけていたシーバの人間が街へ戻ってくる日でもある。その上、ギリギリ滑り込みで灯台祭を楽しもうというよその客が少なくないため、なんだかんだで五日目も一日目と変わらないくらい忙しくなる見込みだった。
二人はもう一度最初から日程を確認する。復習を終えると、フィリスはペンをテーブルの脇に置いた。
「……よし、それじゃあ明日からよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
店の奥に消えるフィリスの足音を聞きながら、メルリアは窓の外に目を向けた。
人々がせわしなく道を行き来していた。その数は昨日より格段に多い。明日はこれと比べものにならないくらいの人が押し寄せるのだろう。客船が、うすぼんやりと霞む向こうの島――ユカリノ国と、ヴィリディアン国のシーバとを往復する様が見えた。
明日から灯台祭が始まる。
男は「遅くまですみません」と頭を下げた後、少しずつ賑わいはじめる街の中へと消えていった。
普段より遅い昼食を五人で済ませ、片付けを終えると、グレアムは仕入れに、フィオンは仕事に街へ、テレーゼは家事を片付けるために二階へ向かう。店に残ったのはメルリアとフィリスの二人だけだった。
営業準備の前にと、フィリスはおもむろに二つ折りの紙を広げる。
「メルリア。明日からの予定だけど」
そこには、灯台祭のスケジュールと書かれた紙があった。縦線が三本が引かれており、灯台祭におけるみさきの家のスケジュールが記載されている。フィリスはキャップを着けたペンを指し棒代わりに、それぞれの説明をはじめる。
「まずは初日。鬼のように忙しい。この日の営業時間は普段と同じ」
フィリスは淡々と説明を続ける。鬼のように忙しい、という言葉に、メルリアは背筋が伸びるような、身が引き締まるような思いを感じていた。
「次に二日目。これまた忙しい。この日は昼が少し長くて、夜営業の開始が遅くなるから、営業前に食事を済ませたい」
営業時間が書かれた部分をペンのキャップで丸く括りながらフィリスは言う。メルリアは視線を下ろし、それぞれの営業時間を確認した。この時間だけ変則的に短い。その事をメルリアが指摘すると、フィリスは一瞬口ごもった。が、しかしすぐに口を開く。メルリアとは視線を合わせなかったが。
「まあ、簡単に言うと私のわがままなんだけど……」
フィリスはペンの先でコツコツとテーブルを叩きながら、灯台祭に使う明かりについて簡単に説明した。
灯台祭では、毎日夜の五時に灯台に明かりを灯している。祭りの開催期間中、奇数日は自然におこした火を使い、偶数日は魔術の火を使って明かりを灯す。灯台祭で火をつける係ができるのはとても名誉なことで、街に貢献した人物や影響力の高い人物などでなければその役割につくことはできない。しかし、偶数日となれば話は別だ。一定以上の魔力を持ち、火の魔術が扱える人間は限られている。ある程度の身分が保証されていれば抜擢されるのだが――。
フィリスはそれらをかいつまんでメルリアに説明すると、か細い声で付け足す。
「この日はフィオンが灯台に明かりをつける日だから」
役人である人物が適任だろうと、二日目に灯す魔術の明かりはフィオンが担当することになっていた。そもそもの条件が緩いとはいえ、灯台祭の歴史を見るに大抜擢という他ない。役所に勤めて一年足らずで抜擢されたのは、フィオンが初めてであった。
メルリアには、フィリスが照れくさそうに喋っているように映った。やはり二人は仲がいい。であれば、自分は笑顔で送り出すべきだろう。
行ってらっしゃい、と声をかけようと口を開いた途端、フィリスの表情が一気に陰る。
「――出力間違えて灯台ごと燃やさないか不安で」
「え……?」
「いや本当に困るのよ。シーバ付近の街道に現れたイノシシの群れみたいな魔獣を丸焦げにしたことがあったし」
はぁ、とフィリスはため息をつく。
複数の魔獣を黒焦げにするなんて――!
メルリアは耳を疑った。
メルリアは魔獣の姿を本でしか見たことがない。物語や伝え聞く話によると、とても凶暴で人間を襲う存在だという。見た目は動物の形を模しているが、影のように不確か。その上、野生動物に比べて好戦的、丈夫で退治するのにも一苦労ときた。そんなものと対峙する職業がいかに大変なことであるかは、子供心にずしんと重くのしかかっていた。
魔術が使えるのは、やっぱりすごいだけじゃないのかな――。
メルリアがぼうっと考えると、フィリスは一つ咳払いをした。
「三日目と四日目は人が少ないから、父さんをフルで働かせれば昼営業だったら休めるはずよ。私とメルリア交互で休もうと思ってるけど、あなたはどっちがいい?」
「私は後からでいいよ」
「そう。それじゃ、そうしましょうか」
悩む間もなく、メルリアは答えた。フィリスは紙の開いた部分に、それぞれの休みを明記していく。
メルリアは昔からあまり休みは得意ではなかった。ずっと何かに夢中になっていた方が楽だし、突然なにをしてもいいと言われると、なにをしていいか判らなくなってしまうからだ。やりたいことといえば祖母と約束した花探しだが、シーバには図書館がない。本屋ならばこの街に二店舗ほど存在しているが、お金はなるべく節約したい。彼女の財布の紐は堅かった。休みであろうと、知らない街でであろうと、祭りであろうと、何かを買う気にはならない。約束の花がいつ見つかるか見当がつかないからだ。
「で、肝心なのは五日目ね。この日は一日目くらい忙しいわ」
五日目と書かれた部分をペンでトントンと指し、フィリスは言う。
祭りの最終日といえば閑散としたイメージがあるが、シーバの灯台祭は訳が違う。シーバ一の祭りである灯台祭は、シーバ一休みが多い。そのため、シーバの外やユカリノ国へ旅行に出かけていたシーバの人間が街へ戻ってくる日でもある。その上、ギリギリ滑り込みで灯台祭を楽しもうというよその客が少なくないため、なんだかんだで五日目も一日目と変わらないくらい忙しくなる見込みだった。
二人はもう一度最初から日程を確認する。復習を終えると、フィリスはペンをテーブルの脇に置いた。
「……よし、それじゃあ明日からよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
店の奥に消えるフィリスの足音を聞きながら、メルリアは窓の外に目を向けた。
人々がせわしなく道を行き来していた。その数は昨日より格段に多い。明日はこれと比べものにならないくらいの人が押し寄せるのだろう。客船が、うすぼんやりと霞む向こうの島――ユカリノ国と、ヴィリディアン国のシーバとを往復する様が見えた。
明日から灯台祭が始まる。
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