10 / 197
貿易と海の街シーバ
09 そこは貿易と海の街3-1
しおりを挟む
みさきの家はまもなく昼の開店時間を迎える。
フィリスはメルリアに、客席、厨房と、店の中を一通り案内して回った。
「料理は私、洗い物とその他雑用は父さんが、会計は母さんがやるから、メルリアには接客を頼みたい。確か……」
経験あるんだったわよね、と微笑みかけようとしたが、その問いは言葉になる前に消えた。
接客経験者優遇! オレ偉い! と、フィリスの頭の中で父の脳天気な声が繰り返される。開いていた右手を思わず強く握り直した。
グレアムとメルリアが街道を行き、シーバに向かう最中のことだ。道中、グレアムは喋りっぱなしだった。
話題の内容は主に店と家族のこと。特に目立ったのはフィリスの話である。グレアムの娘自慢は話題の八割を占めていた。
普通の人間ならばもうお腹いっぱいというほどであったが、メルリアは終始興味深くグレアムの話を聞き続けていた。
その中で、セイアッド灯台祭のこと、祭りの最中はどうしても人手が足りない事情を聞き、バイトとして雇われるとを決めたのだった。
つまり、提案を受け入れたのも、やらかしたグレアムに救いの手を差し伸べたのも、メルリア本人の意思である。
フィリスから見たグレアムは何もしていない。むしろ相手の好意に甘えてばかりだというのに、我が物顔で言う態度にフィリスは苛立ちを覚えていた。
胸の中にモヤモヤとしたすっきりしない気持ちを抱えつつ、咳払いを一つした。グレアムのしたり顔を忘れるためだ。
「確か、接客の経験があるんだったわよね?」
「はい。とはいっても、このお店よりも少し小さいんですけれど」
メルリアは客席の方を見た。
ベラミントでメルリアが働いていたエプリ食堂はみさきの家と役割が近い。
利用客は主に農業を営む地元の人達。顔なじみの常連がよく足を運び、稀に村の外からやってきた人が利用する程度。みさきの家も主に地元の漁師が利用する店というところは似ている。だが、客席の数や規模は大きく異なっていた。エプリ食堂の客席はここの半分程度だし、繁忙期というものが存在しなかったからだ。
フィリスは客席に視線を向ける。そして、メルリアに近寄ると、声をひそめて言った。
「母さん、人並みに動ける方じゃないから。気遣ってくれると助かる」
メルリアはフィリスの言葉を聞き、静かに頷いた。具体的な言葉はなくても、テレーゼの体があまり強くない、もしくは病気がちであるとの想像はついたからだ。
メルリアの真剣な表情を確認すると、フィリスは彼女と距離を取る。
「そうだ。父さん、どうせ灯台祭の話ちゃんとしてないでしょ。説明しましょうか?」
「お願いします」
話題を切り替えようと、フィリスは極めて明るい声で言う。メルリアも普段通りを意識して答えた。
「シーバの巨大な灯台……セイアッドの灯台っていうんだけどね。簡単に言えば、その灯台の設立を祝うお祭り」
フィリスはブラインドを開けた窓の外へ視線を向ける。
メルリアも彼女につられて外を見ると、そこには丸みを帯びた大きな建物があった。それこそが、シーバの街のシンボルであるセイアッドの灯台だ。灯台は船が向かう場所、そして帰る場所を確実に示してくれる貴重な存在。漁業や貿易が盛んなシーバにとって、なくてはならない建物だ。
灯台の設立記念日は、シーバのどの祭りよりも大々的に行われる。日数は設立日を始点とした五日間。国内の客はもちろん、シーバから五時間程度で到着する島国・ユカリノからの客も押し寄せ、一年を通して一番活気のある時期だ。
フィリスが一通り灯台祭の説明を終えると、改めてメルリアに向き直った。
「働き手が減っちゃったし……あなたが手伝ってくれるなら助かるけど、本当に大丈夫? 相当忙しいわよ」
真面目な声色で尋ねるフィリス。その言葉を受け、メルリアはゆっくりと頷いた。
「大丈夫です。旅先でお仕事をいただけるのは、ありがたいことですし」
この先どんなことがあるか分からない。
祖母との約束の花が国内で見つかるとは限らないし、突然大金が必要になる場合だってあるかもしれない。
該当する花の数が多すぎて、絞り込めずあちらこちらの町や村を回ってしまうかもしれない。
現に今、彼女は当初の目的とは異なる場所にいた。約束を果たす前に手持ちの金が尽きてしまうケースは充分に考えられる。
だからこそ、働き手を募集する声があれば受けておきたかった。
「それに、お部屋まで貸していただけるなんて、勿体ないくらいです」
……とはいえ、彼女の中で必要以上の対価は受け取れない性質である。
住み込みで働くという提案も最初は断ったのだが、祭りの期間の間に空いている宿などどこにもないと言い含められてしまった。そのため、仕事を引き受ける以上相手の厚意に甘えるしかなくなったのだった。
「ご迷惑にならないよう、精一杯頑張りますね」
フィリスはメルリアの言葉を消化しきれないまま受け取り、しばらく考え込む。
返事がないことを疑問に感じたメルリアがフィリスの表情を窺うと、フィリスは難しい顔をしていた。
かと思えば、眉間にしわを寄せ、怒りに近い表情を浮かべる。次の瞬間には引きつった笑顔。
フィリスのコロコロと変わる表情をメルリアは恐る恐る見つめていた。
やがて、あー、と低い声を出し、フィリスは慎重に尋ねる。
フィリスはメルリアに、客席、厨房と、店の中を一通り案内して回った。
「料理は私、洗い物とその他雑用は父さんが、会計は母さんがやるから、メルリアには接客を頼みたい。確か……」
経験あるんだったわよね、と微笑みかけようとしたが、その問いは言葉になる前に消えた。
接客経験者優遇! オレ偉い! と、フィリスの頭の中で父の脳天気な声が繰り返される。開いていた右手を思わず強く握り直した。
グレアムとメルリアが街道を行き、シーバに向かう最中のことだ。道中、グレアムは喋りっぱなしだった。
話題の内容は主に店と家族のこと。特に目立ったのはフィリスの話である。グレアムの娘自慢は話題の八割を占めていた。
普通の人間ならばもうお腹いっぱいというほどであったが、メルリアは終始興味深くグレアムの話を聞き続けていた。
その中で、セイアッド灯台祭のこと、祭りの最中はどうしても人手が足りない事情を聞き、バイトとして雇われるとを決めたのだった。
つまり、提案を受け入れたのも、やらかしたグレアムに救いの手を差し伸べたのも、メルリア本人の意思である。
フィリスから見たグレアムは何もしていない。むしろ相手の好意に甘えてばかりだというのに、我が物顔で言う態度にフィリスは苛立ちを覚えていた。
胸の中にモヤモヤとしたすっきりしない気持ちを抱えつつ、咳払いを一つした。グレアムのしたり顔を忘れるためだ。
「確か、接客の経験があるんだったわよね?」
「はい。とはいっても、このお店よりも少し小さいんですけれど」
メルリアは客席の方を見た。
ベラミントでメルリアが働いていたエプリ食堂はみさきの家と役割が近い。
利用客は主に農業を営む地元の人達。顔なじみの常連がよく足を運び、稀に村の外からやってきた人が利用する程度。みさきの家も主に地元の漁師が利用する店というところは似ている。だが、客席の数や規模は大きく異なっていた。エプリ食堂の客席はここの半分程度だし、繁忙期というものが存在しなかったからだ。
フィリスは客席に視線を向ける。そして、メルリアに近寄ると、声をひそめて言った。
「母さん、人並みに動ける方じゃないから。気遣ってくれると助かる」
メルリアはフィリスの言葉を聞き、静かに頷いた。具体的な言葉はなくても、テレーゼの体があまり強くない、もしくは病気がちであるとの想像はついたからだ。
メルリアの真剣な表情を確認すると、フィリスは彼女と距離を取る。
「そうだ。父さん、どうせ灯台祭の話ちゃんとしてないでしょ。説明しましょうか?」
「お願いします」
話題を切り替えようと、フィリスは極めて明るい声で言う。メルリアも普段通りを意識して答えた。
「シーバの巨大な灯台……セイアッドの灯台っていうんだけどね。簡単に言えば、その灯台の設立を祝うお祭り」
フィリスはブラインドを開けた窓の外へ視線を向ける。
メルリアも彼女につられて外を見ると、そこには丸みを帯びた大きな建物があった。それこそが、シーバの街のシンボルであるセイアッドの灯台だ。灯台は船が向かう場所、そして帰る場所を確実に示してくれる貴重な存在。漁業や貿易が盛んなシーバにとって、なくてはならない建物だ。
灯台の設立記念日は、シーバのどの祭りよりも大々的に行われる。日数は設立日を始点とした五日間。国内の客はもちろん、シーバから五時間程度で到着する島国・ユカリノからの客も押し寄せ、一年を通して一番活気のある時期だ。
フィリスが一通り灯台祭の説明を終えると、改めてメルリアに向き直った。
「働き手が減っちゃったし……あなたが手伝ってくれるなら助かるけど、本当に大丈夫? 相当忙しいわよ」
真面目な声色で尋ねるフィリス。その言葉を受け、メルリアはゆっくりと頷いた。
「大丈夫です。旅先でお仕事をいただけるのは、ありがたいことですし」
この先どんなことがあるか分からない。
祖母との約束の花が国内で見つかるとは限らないし、突然大金が必要になる場合だってあるかもしれない。
該当する花の数が多すぎて、絞り込めずあちらこちらの町や村を回ってしまうかもしれない。
現に今、彼女は当初の目的とは異なる場所にいた。約束を果たす前に手持ちの金が尽きてしまうケースは充分に考えられる。
だからこそ、働き手を募集する声があれば受けておきたかった。
「それに、お部屋まで貸していただけるなんて、勿体ないくらいです」
……とはいえ、彼女の中で必要以上の対価は受け取れない性質である。
住み込みで働くという提案も最初は断ったのだが、祭りの期間の間に空いている宿などどこにもないと言い含められてしまった。そのため、仕事を引き受ける以上相手の厚意に甘えるしかなくなったのだった。
「ご迷惑にならないよう、精一杯頑張りますね」
フィリスはメルリアの言葉を消化しきれないまま受け取り、しばらく考え込む。
返事がないことを疑問に感じたメルリアがフィリスの表情を窺うと、フィリスは難しい顔をしていた。
かと思えば、眉間にしわを寄せ、怒りに近い表情を浮かべる。次の瞬間には引きつった笑顔。
フィリスのコロコロと変わる表情をメルリアは恐る恐る見つめていた。
やがて、あー、と低い声を出し、フィリスは慎重に尋ねる。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
集団召喚⁉︎ ちょっと待て!
春の小径
ファンタジー
楽しく遊んでいたオンラインゲーム(公開四ヶ月目)。
そんなある日発表された【特別クエスト】のお知らせ。
─── え?
ログインしたら異世界に召喚!
ゲームは異世界をモデルにしてたって⁉︎
偶然見つけた参加条件で私は不参加が認められたけど、みんなは洗脳されたように参加を宣言していた。
なんで⁉︎
死ぬかもしれないんだよ?
主人公→〈〉
その他→《》
です
☆他社でも同時公開しています

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
前世は冷酷皇帝、今世は幼女
まさキチ
ファンタジー
2、3日ごとに更新します!
コミカライズ連載中!
――ひれ伏せ、クズ共よ。
銀髪に青翡翠の瞳、人形のような愛らしい幼女の体で、ユリウス帝は目覚めた。数え切れぬほどの屍を積み上げ、冷酷皇帝として畏れられながら大陸の覇者となったユリウス。だが気が付けば、病弱な貴族令嬢に転生していたのだ。ユーリと名を変え外の世界に飛び出すと、なんとそこは自身が統治していた時代から数百年後の帝国であった。争いのない平和な日常がある一方、貧困や疫病、それらを利用する悪党共は絶えない。「臭いぞ。ゴミの臭いがプンプンする」皇帝の力と威厳をその身に宿す幼女が、帝国を汚す悪を打ち払う――!

王命って何ですか?
まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる