幾望の色

西薗蛍

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貿易と海の街シーバ

09 そこは貿易と海の街3-1

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 みさきの家はまもなく昼の開店時間を迎える。

 フィリスはメルリアに、客席、厨房と、店の中を一通り案内して回った。

「料理は私、洗い物とその他雑用は父さんが、会計は母さんがやるから、メルリアには接客を頼みたい。確か……」

 経験あるんだったわよね、と微笑みかけようとしたが、その問いは言葉になる前に消えた。
 接客経験者優遇! オレ偉い! と、フィリスの頭の中で父の脳天気な声が繰り返される。開いていた右手を思わず強く握り直した。

 グレアムとメルリアが街道を行き、シーバに向かう最中のことだ。道中、グレアムは喋りっぱなしだった。

 話題の内容は主に店と家族のこと。特に目立ったのはフィリスの話である。グレアムの娘自慢は話題の八割を占めていた。
 普通の人間ならばもうお腹いっぱいというほどであったが、メルリアは終始興味深くグレアムの話を聞き続けていた。
 その中で、セイアッド灯台祭のこと、祭りの最中はどうしても人手が足りない事情を聞き、バイトとして雇われるとを決めたのだった。

 つまり、提案を受け入れたのも、やらかしたグレアムに救いの手を差し伸べたのも、メルリア本人の意思である。

 フィリスから見たグレアムは何もしていない。むしろ相手の好意に甘えてばかりだというのに、我が物顔で言う態度にフィリスは苛立ちを覚えていた。
 胸の中にモヤモヤとしたすっきりしない気持ちを抱えつつ、咳払いを一つした。グレアムのしたり顔を忘れるためだ。

「確か、接客の経験があるんだったわよね?」
「はい。とはいっても、このお店よりも少し小さいんですけれど」

 メルリアは客席の方を見た。

 ベラミントでメルリアが働いていたエプリ食堂はみさきの家と役割が近い。
 利用客は主に農業を営む地元の人達。顔なじみの常連がよく足を運び、稀に村の外からやってきた人が利用する程度。みさきの家も主に地元の漁師が利用する店というところは似ている。だが、客席の数や規模は大きく異なっていた。エプリ食堂の客席はここの半分程度だし、繁忙期というものが存在しなかったからだ。

 フィリスは客席に視線を向ける。そして、メルリアに近寄ると、声をひそめて言った。

「母さん、人並みに動ける方じゃないから。気遣ってくれると助かる」

 メルリアはフィリスの言葉を聞き、静かに頷いた。具体的な言葉はなくても、テレーゼの体があまり強くない、もしくは病気がちであるとの想像はついたからだ。
 メルリアの真剣な表情を確認すると、フィリスは彼女と距離を取る。

「そうだ。父さん、どうせ灯台祭の話ちゃんとしてないでしょ。説明しましょうか?」
「お願いします」

 話題を切り替えようと、フィリスは極めて明るい声で言う。メルリアも普段通りを意識して答えた。

「シーバの巨大な灯台……セイアッドの灯台っていうんだけどね。簡単に言えば、その灯台の設立を祝うお祭り」

 フィリスはブラインドを開けた窓の外へ視線を向ける。
 メルリアも彼女につられて外を見ると、そこには丸みを帯びた大きな建物があった。それこそが、シーバの街のシンボルであるセイアッドの灯台だ。灯台は船が向かう場所、そして帰る場所を確実に示してくれる貴重な存在。漁業や貿易が盛んなシーバにとって、なくてはならない建物だ。

 灯台の設立記念日は、シーバのどの祭りよりも大々的に行われる。日数は設立日を始点とした五日間。国内の客はもちろん、シーバから五時間程度で到着する島国・ユカリノからの客も押し寄せ、一年を通して一番活気のある時期だ。

 フィリスが一通り灯台祭の説明を終えると、改めてメルリアに向き直った。

「働き手が減っちゃったし……あなたが手伝ってくれるなら助かるけど、本当に大丈夫? 相当忙しいわよ」

 真面目な声色で尋ねるフィリス。その言葉を受け、メルリアはゆっくりと頷いた。

「大丈夫です。旅先でお仕事をいただけるのは、ありがたいことですし」

 この先どんなことがあるか分からない。
 祖母との約束の花が国内で見つかるとは限らないし、突然大金が必要になる場合だってあるかもしれない。
 該当する花の数が多すぎて、絞り込めずあちらこちらの町や村を回ってしまうかもしれない。
 現に今、彼女は当初の目的とは異なる場所にいた。約束を果たす前に手持ちの金が尽きてしまうケースは充分に考えられる。

 だからこそ、働き手を募集する声があれば受けておきたかった。

「それに、お部屋まで貸していただけるなんて、勿体ないくらいです」

 ……とはいえ、彼女の中で必要以上の対価は受け取れない性質である。
 住み込みで働くという提案も最初は断ったのだが、祭りの期間の間に空いている宿などどこにもないと言い含められてしまった。そのため、仕事を引き受ける以上相手の厚意に甘えるしかなくなったのだった。

「ご迷惑にならないよう、精一杯頑張りますね」

 フィリスはメルリアの言葉を消化しきれないまま受け取り、しばらく考え込む。

 返事がないことを疑問に感じたメルリアがフィリスの表情を窺うと、フィリスは難しい顔をしていた。

 かと思えば、眉間にしわを寄せ、怒りに近い表情を浮かべる。次の瞬間には引きつった笑顔。
 フィリスのコロコロと変わる表情をメルリアは恐る恐る見つめていた。

 やがて、あー、と低い声を出し、フィリスは慎重に尋ねる。
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