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最恐賢者が恋をする時。

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「ここには……いないな」

ポツリと呟くと同時に、泣きたくなるほどの寂寥感に襲われる。

「胸が……痛い……気がする?」

胸の前でぎゅっと手を握ると、ファニーが言っていたことを思い出す。

恋愛をすると、雷が落ちる衝撃があり、動悸が早くなると言っていた。
どんな状態異常だ?と思っていたが、現実に自分に起こった時にそれが事実だと分かった。

まず、彼を見た瞬間に体中に衝撃が走った。
それは4歳の時、親が私に誤って落とした、電撃の魔法と同等の身体を引き裂かれるような痛みと、痺れ。

そして勝手に激しくなる動悸。
それは5歳の時、一人で遊びに出かけた先で50体のガーゴイルに囲まれ、死を間近に感じた時と同じ激しい心臓の動き。
 
ファニーの言う事が良く分かった。
これが恋!
これが一目惚れ‼︎
しかも彼の姿も見れない、でも見たい!
勝手に赤くなる顔。高まる動悸。
冷や汗。止まる思考。このもどかしさ!

回復魔法を試みても、状態異常を回復する魔法を使っても、何一つ効き目がない!

『帰りましょう』と言うファニーの言葉を散々無視し、パーティーが終わるまでいたが、彼に話しかけることすらできなかった。

私は意気地無しだ。

そして私は【隠密】のスキルを使い、彼を捜すために城に来た。城内を隈なく捜したがいないようだ。どうやらあのパーティーの為に臨時で雇われていた者だったらしい。

「と、なると商業ギルドか……」

商業ギルドは冒険者ギルドと違い、戦う以外の一般的な職種の斡旋をしているギルドだ。それは事務職だったり、接客業だったり、作業員の仕事だったり色々だ。

「行くか……」

彼の居場所を探さなければいけない!



◇◇◇




商業ギルドに忍び込み名簿を見て気付く。名前を知らない事に。

仕方がないので、ギルド長を後ろから羽交締めにして、ナイフを首に当て聞き出した。

名前は、レオン。苗字はない。庶民の様だ。出自も不明。辺境育ちという事だ。この地にはまだ未開の地も多い。良くある事だと納得する。

現在の住所を手に入れ向かう。住んでる場所は安い集合住宅。共同の風呂。共同のトイレ。狭い部屋。薄い壁。

商業ギルドで働くレオンの収入は低いらしい。飲食関係でバイトをしながら日銭を稼ぐ日々。悪い子ではないのだが、なぜか職が定着しないらしい。

レオンの住む集合住宅を外から眺める。さすがに部屋に入るのは、ルール違反だろう。

何をするでもなく、ぼーっとしてるとレオンが出てきた。

サラサラした切り揃えられた黒い髪。利発そうな黒い瞳。少し低い鼻。ぷっくりした、たまご型の顔。身長は私と同じくらい。かわいい顔に似合わず颯爽と歩く。隙だらけの様で隙のない歩き方。
 
尾行していると、レオンが後ろを振り返った。目をパチパチと瞬きし、首を傾げた後に再び歩き出す。

びっくりした。見つかったかと思った。いや、私のスキル、『隠密』はレベルはMAXだ。バレるはずがない。

でも一瞬目があった気がした。それだけで心に何かが溢れる。恋という物はちょっとしたことで最高の気分にさせてくれるらしい。

そのまま尾行すると、飲食店に入っていくレオンがいた。

店の名前は『ひまわり食堂』

レオンのバイト先だ。店の入り口には、準備中の文字。

「家に……帰るか」

ひとりで店に入る勇気はない。

これが恋……なんて恐ろしい世界だろう。現実は恐ろしい。
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