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最恐ドラゴンが、恋愛指導をする時。

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「汚い!」

蔑むような瞳でこちらを睨む女性……アストリッド・ドリス・エーゲシュトランド様にヘコヘコと情けなくお辞儀をする。

アストリッド・ドリス・エーゲシュトランド、最強賢者。魔物新聞に載っていた、魔王を皆殺しにした怖い人間。近づきたくないと思っていた人が、なぜか俺の目の前で、俺の作ったクラムチャウダーを飲んでいる。野菜たっぷりだけど、大丈夫かな?

「これも上手いな、お前、ドラゴンの癖に料理がうますぎだろう?」

「え?えへへ、ありがとうございます」

褒められ慣れてないから、更に嬉しい。

それにしてもこの人があの魔物界で有名な人間とは!どうりで強いはずだ。

魔物界では最強賢者に遭遇した場合の合言葉がある。

『目を合わせるな!』

今現在合ってます。

『姿を隠せ!』

我が家に招きました。

『呼吸を止めろ!』

止めれられる寸前でした。

正直関わり合いたくないけれど、逃げたが最後、捕まって殺されそうだ。こうなったら大人しく『恋愛』を教えるしかない。

「あ……アストリッド様は、今まで男の人に興味は?結婚とか?」

「結婚?それは親が決めるものだろう。時期が来たら呼び戻すからそれまでは自由にしていろと親に言われたから、私はここにいる」

やっぱり良いところのお嬢様なんだ。なんて納得している場合ではない。

まずは恋愛がどんなに良いことか教えないと、俺の命が危ない。

「ご飯を食べたら、プレゼンしますね」

俺はニコリと笑って見せる。食事は美味しく食べるものだ。恐怖からドキドキしながら食べるものではない。




◇◇◇



なぜか、意味が分からないほどに美味しかった食事の後に、私はドラゴンに連れられて部屋を移った。部屋は天井ギリギリまで本棚があり、本がぎっしり詰まっている。本のデザインから見て、発行社順に、しかも作者順に綺麗に並べられている。なんというか圧巻としか言いようがない。

「恋愛をすると、ピシャって雷が落ちたような衝撃が体を走るそうです」

「雷?」

その書庫(?)にあるテーブルに座って、私は講義(?)を受けている。どこかから出したホワイトボードの前で、人の姿に変わったファフニールは指し棒で、恋愛の文字をペシペシと叩いている。

それにしてもレンアイすると、雷?意味が分からない。

「更に胸がドキドキして、その人から目が離せなくなるそうです」

「ドキドキ?」

目が離せなくなるとはどんな状況だろう。強敵と戦う時は、その一挙手一投足から目が離せなくなるが、それと同じだろうか。

「その人と会えないと胸がキューンっとして寂しくなったり、会えたら会えたで目が合わせられなくなって、頭がふわふわしたり……」

ますます意味が分からなくなった。キューンってなんだ?ふわふわとはもっと意味が分からない。

「そんなもどかしい片思い期間を経て、お互いの想いを告白し合った時に、恋愛に発展するんです」

「…………そうか」

返事はしたものの何ひとつ分からなかった。どうやらレンアイとやらは、魔法でもなんでもないようだ。

だがちょうど今は、倒すものもいないから暇だ。暇つぶし半分。こいつの殺し方を探すこと半分で時間を潰すにはいいかも知れない。

「ちなみにお前はそんな思いをしたことがあるのか?」

「え……な、ないですよ。アストリッド様みたいな美人さんとは違って、俺みたいな乱暴なドラゴンはモテないので」

しゅしゅしゅしゅーんっと小さくなるドラゴンを見ていると、本当に最恐ドラゴンかと疑いたくなる。

しかし乱暴だとレンアイはできないようだ。そういえば私も遠巻きに見られるだけで、話しかけられることはない。こいつと同じだと思うと癪に触る。

「この周囲の本は?魔法書とかではないようだな?」
ファフニールの顔が一気に明るくなる。

「これは俺が集めている恋愛小説とか恋愛漫画とかです!胸がキュキュキュキューンってするんで、ぜひ読んでください」

「キュキュキュキューン??」 

「そう、キュキュキュキューンです!そんでもってふわふわふわーんです!」

「ふわ……そうか、まぁ気が向いたらな」

意味が分からない。残念ながら長く生きていても語彙力が増えるわけではなさそうだ。

それにしても面白いのだろうか、少し謎だ。
おそらく読みかけだろうと思う小説が目の前のテーブルには置いてある。

【婚約破棄された公爵令嬢は、大根サラダが好物の辺境伯に溺愛される】

意味が分からない。なぜ大根サラダ?と思いながら手に取って捲る。

『その闇夜を照らし出すほど明るいダンスホールで公爵令嬢ミモザは、婚約者であるシーザーに突き飛ばされた。シーザーの腕の中にはすっぽりと女性が納まっている。彼女の名前はフレンチ。ここ最近、ミモザは仲良くデートをするシーザーとフレンチを目撃していた。フレンチが勝ち誇った顔でこちらを見ている姿すらも……。
「ミモザ!お前はフレンチを度々虐めていたそうだな!そんなお前とは婚約破棄だ!」』

パタンと本を閉じる。なんだこれは?そもそもダンスホールってなんだ?意味が分からない。
視線を感じて顔を向けると、キラキラ目を輝かせているファフニールがいる。これがもしやキュキュキューンでふわふわふわーんなのか?

仕方がないので今度は真ん中辺を開いてい見る。ちょうどしおりが挟まっているところだ。

『辺境伯は公爵令嬢の口に大根サラダを運んだ。1本、2本と詰め込まれる大根サラダはまるで彼の愛の証のようだ。ミモザはそっと目を閉じる。「ミモザ……」辺境伯であるサウザンの重低音の声が心に響く。大好きな大根サラダを、誰にも渡さなかった大根サラダを、自分だけに食べさせてくれていると思うと、ミモザは……』

「……なぜ、大根サラダ?」
「あ、それは辺境伯サウザンが代々の呪いで大根サラダ以外を食すことができないんです」
「…………そうか」

きっともう読むことはないだろう。私は本をぱたんとしめた。
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