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第48話 受け継がれる技

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 目を開けると私の知るお婆様が見覚えのある扉の前で立っていた。

「ふむ。今日来るとおっしゃていたが、まさか本当に来たか!」
「お婆様?」

 確かジェシカ様と瘴気の沼の中で別れたはずだ。もう会えないと思っていたが会えるとは不思議な感じがする。

「この扉は・・」
「知っているのか?」
「今の私の部屋だ。正直に言うと趣味に合わないし、バスタブは小さいし、好きじゃない。だが、母にどれだけ言っても改装してくれないんだ。この部屋だけは何故か譲歩してもらえない」
「アリアンナがこの部屋をお前に、ね。やはりアリアンナは良い嫁だ。私の息子が気に入っただけはある」
「何を言っている?」
「この部屋はは、お前の部屋ではないぞ」
 
 お婆様は扉を開ける。いつものピンクを基調とした部屋が見える。その先のオレンジ色の猫足のソファに座る人物に目を見張る。

「ジェシカ様?」
「シェリル!」
 年は取っているが、榛色の髪と新緑の様な黄緑の瞳。そして柔らかい笑みは変わらない。相変わらずかわいらしい方だ。

「ジェシカ様。ここは将来はシェリルの部屋になるそうだぞ」
「そうなの⁉︎シェリルの趣味じゃないでしょう?お風呂も小さいわよね?」
「気にしてないさ。なぁ、シェリル」

 お婆様のウインクを受け、自然に笑みが溢れる。そう言えば母は大輪の赤い薔薇を好む。小薔薇柄は趣味じゃないはずだ。なぜ、今まで気付かなかったのか。

「気に入ってますよ。私のアーマンディもこの部屋がとても好きです」
「そう?だったら良かったわ」
 微笑むジェシカの膝の上には、黒い髪の子供が寝ている。
「私ですか?」

「そうよ。さっきまで槍の扱い方を教えてたの。やはりとても覚えが良いわ」
「しかし、ジェシカ様は聖女の館で亡くなったと聞いたが・・・」
「シェリル?お前は私がそんな薄情な女だと思っているのか?いつまでもあんな冷たい世界にジェシカ様を置いておけるものか。お前が4歳の時に、アジタートと交渉してジェシカ様をヴルカン公爵家に引き取ったんだ。ジェシカ様は死んだ事にしてな」
「さすがお婆様だ!」
「そうだろう!」と言ってお婆様は私の背中を叩く。さっきまで一緒だったのに、もう懐かしく感じる。

「シェリル。これを受け取って」
 ジェシカが差し出す手の中に、淡い光を放つ球体の魔法陣が現れた。

「これは?」
「私がこれまでの人生で得た聖属性の力をこれに記したわ。貴女のアーマンディに渡して」

 シェリルが手を差し出し、ジェシカの手に触れると、その球体はシェリルに手に吸い込まれる様に消えた。

「消えましたが?」
「大丈夫よ」
「ジェシカ様が言うなら大丈夫でしょう。分かりました。アーマンディに渡します」

「私からはこれをやろう」
「ありがとうございます。お婆様。騎士服ですね」
「胸がキツイとか言ってたからな。さぁ着替えて見せてくれ!」

 シェリルは浴室に行き、着替える。見覚えのある猫足の浴槽に笑みがこぼれる。

「似合うじゃないか!」
「本当に良く似合うわ」

 ヴルカン公爵家の赤い騎士服。襟や袖口には濃い蒼の刺繍がされている。胸に並んだボタンは銀でサファイヤが埋め込まれている。

「私はアーマンディ様の特徴を言ってないが・・・」
「貴女のアーマンディが産まれた時に、スピカ様と一緒に見たわ。とても美しい子だったわ」
「そうですか。・・・今の私の歳は何歳ですか?」
「5歳だ。マーロンなら去年死んだぞ?私も、もう長くないのだろう?今の内に色々教えておく。安心して還りな」

 シェリルは目を閉じる。
 祖母が亡くなったのは私が6歳の時。そして私はこの部屋を7歳から使い始めた。つまりジェシカは・・・。

「何も言わずに行け。シェリル。人は死ぬが技術は受け継がれる。私はそれで良い」
「私の技術も貴女と貴女のアーマンディに受け継がれるわ。私も幸せよ」
「・・・ありがとうございます」
 
 頬に伝わる涙を感じた時、また身体が光に溶けていく感触を感じる。

「さようなら」
 手を振ると二人は幸せそうに笑い、大きく手を振った。


-シェリル。お帰りなさい-


 スピカ様の声が聞こえ、私はアーマンディの元へ戻れる事を理解した。



◇◇◇◇◇◇


「皆下がれ!後は俺がやる‼︎」
 号令しつつ、無理だなと心の中で呟いた。

 シェリル姉が一人で倒せないと言っていた。それを目の当たりにして、笑いが込み上げてくる。人はいつか死ぬと分かっているのに、明日があると思って先延ばしにする。こんな事なら、メイリーンともっと色々話しておくべきだった。

「三つ目ではなく一つ目か。聞いていたより小さいから、そこに賭けるか」

 瘴気の沼から次々出てくる魔物を倒し続け、瘴気の沼の動きが止まったと思ったら、巨人が現れた。ミネラウパを囲む外壁よりはかなり小さい。2階建の建物くらいだ。シェリル姉が倒したのが4階建以上だと比較すると、なんとかなる気もしてくる。
 
 剣の浄化石を交換し、更に腕にも追加する。姉に習ったばかりの炎の柱を発動させる。

「しくじった!」

 3本出る予定が、2本しか出なかった。だが、ないよりはマシと巨人に向けて動かす。巨人が怯んだ隙に、得意の炎の矢を発動させた。炎の矢は巨人の上下左右を隙間なく取り囲む。数で勝負とばかりに、巨人に向けて発射させる。炎の柱と弓で一気に畳み掛ける。

 周囲に熱風が飛び交う。ルーベンスはミネラウパと騎士団を守るため、大きく防護の膜を張る。

 大地は焦げ付き黒く染まる。併せて瘴気を吸い込みルーベンスの浄化石も次々と染まっていく。

「やったか⁉︎」
 騎士の一人が叫ぶ。

(倒れていてくれ!)
 ルーベンスは心の中で叫ぶ。もう魔力も尽きた。剣を振る体力もない。浄化石の予備もない。
 
 炎の爆炎で生じた煙が風に流され、そこにいる巨人の姿が見えた。存在はかなり薄くなっている。だが、確実に姿は見える。

 巨人の口が大きく開き、その中に魔法の気配を感じる。
 ルーベンスは咄嗟に結界を張る。だが、これでは耐えれないと理解する。

 その時、上空から頼もしい声が聞こえた。

「ルーベンス!剣を投げろ‼︎」

 ルーベンスは咄嗟に指示の通りに剣を投げる。併せて、剣を受け取った声の主を見る。
「遅えよ。シェリル姉・・・」
 安堵から涙が溢れる。

 シェリルは空中で身を翻し、巨人に向けて剣を振る。炎の刃が大量に出現し巨人を次々に切り裂いていく。
 そしてシェリルが地面に降り立った際には、巨人の存在は瘴気に変わっていた。

「ルーベンス!大丈夫か?」
「シェリル姉!それはこっちの台詞だよ!」
 涙を拭い、シェリルの元へ駆け出す。
 シェリルはいつもの様に飄々とした風で、ルーベンスに剣を返した。

「シェリル姉。反則的な強さだな」
「強くなる為に修行に行ってたからな。ついでに浄化もできてるぞ。お前の浄化石も、もう浄化できてるはずだ」
 
 ルーベンスは剣と腕の浄化石を見る。確かに浄化されている。

「あれは騎士団か。ヴルカン公爵家と、ウンディーネ公爵家の」
「ああ、守れなくて怪我をさせてしまった」
「死んでないから大丈夫だ」

 シェリルが両手を組むと、空中に光の粒が生じる。

「シェリル姉、これは?」

 光の粒は騎士団とルーベンスにまとわりつく。そしてシェリルが指を鳴らしたと同時に弾けた。
 
「え?怪我が・・・」
 かすり傷ではあったが、治っている。ルーベンスは騎士団を見る。足が折れた者は跳ねている。手が無くなった者も生えている。瀕死の状態だった男は起き上がって、周りの人間と抱き合ってる。

「シェリル姉・・・」
「アーマンディ様の所に行きたいのだが、どこにいるか分かるか?」
「ミネラウパ王城だと思うけど、でもここ以外の門からも、火の玉が上がった。たぶん、他にも巨人がいるはずだ!」
「カイゼル様がいるから大丈夫だろう。だから王城に向かうぞ。ルーベンス」
「・・・分かった。行こう‼︎」

 ルーベンスが頷いたのを見て、シェリルはルーベンスを肩に担ぎ上げた。
「え‼︎シェリル姉⁉︎ちょっと・・・」
「行くぞ‼︎」


 ルーベンスは勝手ない速度で移動するシェリルの力を感じ、自分の必要性を疑問に思った。
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