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第45話 瘴気の沼
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「シェリル!剣に纏った炎に聖属性とスピカ様のお力を上乗せして!」
「はい!」
シェリルはジェシカに言われた通りに実行する。すると炎の剣が光輝く。そのまま魔物を切ると倒したと同時に浄化ができた。しかも周囲を取り巻く瘴気も併せて浄化する。
浄化石が必要ないな・・・。そう思うと顔が自然と笑う。
シェリルは聖属性を使用しての戦い方が楽しくて仕方なかった。
今まで1撃で倒せなかった魔物が倒せる!この大した事のない剣で!戻ってアーマンディから賜った剣を使えばどれほどの威力になるのか‼︎
ジェシカは槍を使って、魔物を退治する。祖父と祖母と4人でしか戦っていない。実はジェシカが参戦する場合には、軍は足手まといだから連れて来ないそうだ。その為、荷物を運ぶ馬だけを連れて、少数で動く。
ジェシカの槍捌きは洗練されている。槍を使用し魔物を串刺しにし浄化していく。さらに聖属性を纏った風の魔法を使い次々と現れる魔物を退治する。
祖父母も強いがジェシカには敵いそうにない。
「俺の孫は強いし、美人だし、聖女だし最高だな!」
魔物退治がひと段落した所で、祖父のマーロンが感心した様にシェリルの背中を叩く。
「さすが私の孫。私に似て美人だし、強いし、夫は聖女だし、自身も聖女だし、やはり私に似たんだな」
祖母のノワールもシェリルの背中を叩く。
そう言えば子供のころ良く背中を叩かれていたと思い出す。
「シェリルは覚えが早いわ。もう教える事なんてないんじゃないかしら」
ジェシカはクスクス笑う。このかわいらしい人が槍を操り、魔物を倒していたとは目の前で見ていても違和感しかない。
「シェリルはヴルカン公爵家の騎士服が良く似合うわね。ノワールの洋服が着れて良かったわ」
「着ていますが、胸がキツイですね。少し苦しいです」
「シェリル!それは嫌味か?胸のサイズ教えろ!いや、むしろ揉ませろ‼︎」
「お婆様⁉︎なにをするんですか⁉︎変態ですか!」
「・・その反応、シェリル、お前まだ処女なのか?婚約者もいるのに・・」
「・・そうですが・・何か⁉︎」
「なぜ押し倒さない!やり方が分からないなら今やって見せるぞ!私とマーロンで!」
「やめなさーい‼︎」
ジェシカの一言で場が鎮まり帰る。
今までアーマンディやルーベンスが私の言動に引いていた理由が分かる。私はこんなに非常識だったんだ‼︎客観的に見ると酷い‼︎
「シェリル、貴女とアーマンディには貴方達なりのペースがあるわ。この二人を見習っちゃダメよ」
「そう、ですね・・。はい」
今ままでの自分の行いに反省する。アーマンディ様の元に戻れたら、誠心誠意謝ろう。そう心に誓った。
「どちらにして今日はここまでね。ここで夜営しましょう。シェリル、私と一緒のテントで良い?マーロンとノワールと一緒には無理なの。その、理由は分かる?」
「大丈夫です。出来れば祖父母と離れたいです」
「防音だけはバッチリだから大丈夫だが?シェリルも興味があるんだろう?覗いても良いんだぞ?」
「お婆様は想像以上に変態ですね‼︎ジェシカ様、少しどころかいっぱい離れましょう!」
「・・・そうね」
ジェシカがため息混じりに、祖父母を睨んだ。
祖父母のテントからそれなりに離れ、テントを張った。ジェシカが夕飯を作ってくれた。祖父母はいつも夕飯を食べないらしい。
「どうぞ、こんなところだから大したものはできないけど、ポトフよ。温まるわ」
「ありがとう、ございます。料理もできるんですね」
「だって私は貴族ではないもの」
「シルヴェストル公爵家の分家出身と聞いてますが?」
「書面上はそうね。本当は孤児よ。神殿の前に捨てられてたの。親の顔も知らないし、名前は神官様が付けて下さったわ。聖属性の魔法に適性があったから、シルヴェストル公爵家の分家に養子で引き取られたの。有名な話なんだけど、後世では伝わってないのね」
「ですが髪の色と目の色はシルヴェストル公爵家特有のもの・・・」
シェリルは息を呑む。美しく輝いていた金の髪が榛色に変わる。だがその髪色の方が彼女には相応しい感じがし、その美しさにしばし見惚れる。
「魔法よ。瞳は生来の物だから、まったくシルヴェストル公爵家と繋がってないとは言えないけど」
「私は今の貴女の方が好きですよ」
ジェシカは柔らかく笑う。風に靡く榛色の髪が美しく舞う。
「アジタートの力が弱いのは、皆も分かっているわ。それでも私を聖女から下ろさなければいけなかった。出自が怪しいのに、聖女なんてあり得ないでしょう?」
「関係ないでしょう?ジェシカ様はスピカ様に認められている」
「そう言ってくれるのはヴルカン公爵家だけよ。そうね、他には先代の聖女、ウンディーネ家のアーマンディ様」
「アーマンディ様?」
「貴女の婚約者と同じお名前ね。きっと私の知っているアーマンディ様と同じでお美しい方なんでしょうね。私は先代のアーマンディ様から力の使い方を教えて頂いたのよ。アーマンディ様がお亡くなりになってからは、聖女の館でも大聖堂でも私は爪弾き者だったわ。辛かったわ。それを救ってくれたのが、マーロンとノワールよ。必要ないのに私をこうして呼んでくれるの。ヴルカン公爵家の養子になるようにも言って下さるわ」
「来たら良いじゃないですか?部屋は余ってるでしょうし」
「貴女の知る未来の私は、ヴルカン公爵家にいるのかしら?」
シェリルは黙り込む。なぜなら、ジェシカは『聖女の館』で一生を終えたと知っているから。
「やっぱり行ってないのね?私はアジタートを助けるつもりよ。例えアジタートに嫌われていたとしても」
「辛いのに?」
「私は聖女だもの。スピカ様のお力でこの国を守らなければいけないわ。私個人の感情は関係ないのよ」
「聖女の鏡ですね」
「ありがとう」
ジェシカの笑顔は本心からだと思えた。彼女が聖女として、周りから認められる様にシェリルは心から祈った。
◇◇◇◇◇◇
一晩開けて私達は朝食を食べ、瘴気の沼へと向かった。段々と魔物の数も増えてくる。瘴気の沼は近い様だ。
「お婆様はジェシカ様から、槍捌きを習ったんですか?」
「いきなり何の話だ?シェリル」
「私は子供の頃に貴女に戦い方を習ったんです。その時に槍についても教えてもらったんですが、ジェシカ様の動きと、とても似ている」
「あぁ、だから私と剣の使い方が似てるんだな。ヴルカン公爵家らしからぬ戦い方だと思っていた。だが、私は槍は使えないぞ?剣一筋だ」
(ではこれから習うのか)
シェリルは心の中で呟く。今は習っていないが、これから心境の変化がある可能性は大いにある。これ以上言うのも野暮に感じた。
「私は槍の使い方をアーマンディ様に習ったのよ」
話を聞いていたジェシカが槍を片手に参入する。
「先代聖女の?聖女が戦うんですか⁉︎」
「あら?貴女のアーマンディ様は戦わないの?先代のアーマンディ様は槍を持って魔物を退治をしていたのよ」
「戦いとは無縁ですね。剣も持った事がないと思いますよ」
「普通はそうよ。アーマンディ様が変わっていらしたの。と言うよりウンディーネ公爵家が変わっているらしいわ。私もそう聞いただけだから、実際はどうかは分からないのだけど」
「・・・そこは納得ですね」
昔から変わった一族と言われてたとは思わなかった。それを知るとシェリルは少し嬉しくなった。変わり者と言われていたヴルカン公爵家と同じだったとは。道理で馬が合うわけだ。
「瘴気が濃くなってきたわ。沼はすぐね」
「ええ、部下の報告だとこのすぐ先です」
マーロンが指差す先に4人で進む。木々を抜けるとその先に、黒い瘴気の沼があり魔物を次々に産み出していた。
「シェリル!瘴気の沼に入るわよ。一番初めに教えた事を覚えてるわね?」
「本当に飛び込むんですね。分かりました。ジェシカ様」
シェリルは聖属性を身体に纏う。それを見てジェシカも同じ様に身に纏い、シェリルの手を繋ぎそのまま瘴気の沼に走り出す。
マーロンとノワールは前に出て、魔物を手早く倒し2人の道を切り開く。
そしてシェリルはジェシカと瘴気の沼へ飛び込んだ。
(気持ち悪い感触だ)
シェリルはそう思い、周囲を見回す。
見回した周囲は闇と言うより、雑に塗り潰された黒い空間の様だった。魔物に囲まれると思ったが、魔物はいない。足が地についている様でいない。浮いている様で浮いていない。歩いている様で歩いていない。すぐ側に壁がある様でない。上を見上げても上もない。
「シェリル?大丈夫?」
「声が聞こえる?・・・話せるのか?」
ジェシカの声を聞き、前を向くがジェシカは見えない。
「ジェシカ様、どこですか?」
「シェリル、思い出して。貴女は私と手を繋いでここに来てるのよ」
「・・・手」
シェリルは左手を見る。
そう言えば左手が温かい。何かと繋がっている感じがする。この温かさは、ジェシカ様?
認識したと同時に、微笑むジェシカと目が合う。背の低い彼女はシェリルを見上げて微笑んでいる。
随分と近くにいたのか、とシェリルは安堵した。
「見えたみたいね。ではシェリル、あの人も見える?」
「あの人?」
ジェシカが指差す先を見る。
確かにそこには人がいた。
長い長い髪。髪に隠れて顔は見えない。ただその華奢な姿から女性という事は分かる。この黒く塗り潰された空間の床を、彼女の髪が埋め尽くしている。
「誰だ?」
「さぁ、分からないわ。分かっているのは可哀想な人だという事」
「可哀想?」
「声が聞こえない?」
ジェシカの言葉に耳を澄ますと、嗚咽混じりの声が聞こえた。
(・・あの人が憎い)
(でも憎めない)
(拒絶できない)
(逃げれない)
(逃げたい)
(受け入れたい)
(受け入れたくない)
(大嫌い)
(でも愛してる)
「随分と矛盾してるな」
「人は矛盾する生き物よ。シェリルにはそんな感情はないかしら?」
「やるべき事をやるまでです。悩んでいたら前に進めない」
「シェリルらしいわ。でも全ての人がそうじゃないわ。悩む人にも優しくしてあげて。貴女と他人は別の人だから・・・」
「ジェシカ様?」
ジェシカを見る。哀しげに微笑む彼女の姿に心が痛み、その顔を覗き込む。するとジェシカはいつもの様に微笑んだ。
「あの人を救ってあげましょう。シェリル。私達にできるのは、ここに留まり前にも進めない彼女を解き放つ事だけ。女神スピカ様のお力を借りて」
「浄化ですか?」
「浄化?彼女はただ哀しんでいるだけ。哀しくて泣いてる人を浄化するのはおかしいわ。私達にできるのは、解き放ち、前に進める様に応援するだけ。その先に歩む道を祝福するだけ」
「祝福・・・。まだ、それだけは教わっていませんね」
「ええ、祝福に必要なのは愛す心。貴女が1番愛おしいと思うのは、アーマンディ様でしょう?アーマンディ様を愛す様に、この世界の全てを愛して」
ジェシカがシェリルの両手取る。そして手を絡め、シェリルを見上げる。ジェシカの手から温かい力を感じ、シェリルは目を閉じる。
女神スピカ様の力を感じる。心を溶かす様な温かい柔らかい力。この力を持って、全てを愛す・・。
そもそも愛とは何なのか。ただ性欲を満たすだけなら、言葉も不要だし、お互いの理解も必要ない。だがそれでは獣と同じだ。
では愛し合うとは?
愛が伝わらずに、泣く者もいるだろう。思いを伝えようとして、相手の気持ちを汲み取れず強硬に及ぶ者もいるだろう。運良く通じ合っても、時には喧嘩し、譲歩し、育んでいかなければならない。
「シェリルには難しいかしら?」
ジェシカの言葉に我に返る。どうやら、私には理解ができない力の様だ。そもそも全てを愛す事などできはしない。人は愚かで残酷だ。
「そうですね。私には全てを愛す事などできそうもありません」
「では、今の言葉を貴女のアーマンディ様に伝えて。そして、シェリルも私の言葉を時々思い出して。今は分からなくても、分かる時が来るかもしれないわ」
ジェシカはシェリルの手を離し、嘆く女性に向き合う。手を組み祈りを捧げると、空間に光の粒が現れる。
防御する際の光の粒とは違う、空気を清浄化する様な光の粒子。淡く儚く、だが女神スピカを感じる優しく柔らかい光が徐々に増え、黒く塗り潰された空間に広がる。そしてこの空間は光によって変えられていく。
(この光には見覚えがある。アーマンディが『聖女の儀』で起こした奇跡の光)
空間が眩い光によって白く染まる。
目を開けていられずシェリルは目を瞑り、光の本流に身体を預ける。身体が溶けていく様な不思議な感覚。
恐らく、この為にここに来たのだと思い、最後に挨拶をできずに還る事だけを心残りだと感じた。
「ジェシカ様・・・」
「還るのね?シェリル」
「ええ、ありがとうございました。祖父母にも伝えてください」
「また、会えるわ。それまでさようなら。シェリル」
最後に見たジェシカの微笑みはやはり美しかった。
「はい!」
シェリルはジェシカに言われた通りに実行する。すると炎の剣が光輝く。そのまま魔物を切ると倒したと同時に浄化ができた。しかも周囲を取り巻く瘴気も併せて浄化する。
浄化石が必要ないな・・・。そう思うと顔が自然と笑う。
シェリルは聖属性を使用しての戦い方が楽しくて仕方なかった。
今まで1撃で倒せなかった魔物が倒せる!この大した事のない剣で!戻ってアーマンディから賜った剣を使えばどれほどの威力になるのか‼︎
ジェシカは槍を使って、魔物を退治する。祖父と祖母と4人でしか戦っていない。実はジェシカが参戦する場合には、軍は足手まといだから連れて来ないそうだ。その為、荷物を運ぶ馬だけを連れて、少数で動く。
ジェシカの槍捌きは洗練されている。槍を使用し魔物を串刺しにし浄化していく。さらに聖属性を纏った風の魔法を使い次々と現れる魔物を退治する。
祖父母も強いがジェシカには敵いそうにない。
「俺の孫は強いし、美人だし、聖女だし最高だな!」
魔物退治がひと段落した所で、祖父のマーロンが感心した様にシェリルの背中を叩く。
「さすが私の孫。私に似て美人だし、強いし、夫は聖女だし、自身も聖女だし、やはり私に似たんだな」
祖母のノワールもシェリルの背中を叩く。
そう言えば子供のころ良く背中を叩かれていたと思い出す。
「シェリルは覚えが早いわ。もう教える事なんてないんじゃないかしら」
ジェシカはクスクス笑う。このかわいらしい人が槍を操り、魔物を倒していたとは目の前で見ていても違和感しかない。
「シェリルはヴルカン公爵家の騎士服が良く似合うわね。ノワールの洋服が着れて良かったわ」
「着ていますが、胸がキツイですね。少し苦しいです」
「シェリル!それは嫌味か?胸のサイズ教えろ!いや、むしろ揉ませろ‼︎」
「お婆様⁉︎なにをするんですか⁉︎変態ですか!」
「・・その反応、シェリル、お前まだ処女なのか?婚約者もいるのに・・」
「・・そうですが・・何か⁉︎」
「なぜ押し倒さない!やり方が分からないなら今やって見せるぞ!私とマーロンで!」
「やめなさーい‼︎」
ジェシカの一言で場が鎮まり帰る。
今までアーマンディやルーベンスが私の言動に引いていた理由が分かる。私はこんなに非常識だったんだ‼︎客観的に見ると酷い‼︎
「シェリル、貴女とアーマンディには貴方達なりのペースがあるわ。この二人を見習っちゃダメよ」
「そう、ですね・・。はい」
今ままでの自分の行いに反省する。アーマンディ様の元に戻れたら、誠心誠意謝ろう。そう心に誓った。
「どちらにして今日はここまでね。ここで夜営しましょう。シェリル、私と一緒のテントで良い?マーロンとノワールと一緒には無理なの。その、理由は分かる?」
「大丈夫です。出来れば祖父母と離れたいです」
「防音だけはバッチリだから大丈夫だが?シェリルも興味があるんだろう?覗いても良いんだぞ?」
「お婆様は想像以上に変態ですね‼︎ジェシカ様、少しどころかいっぱい離れましょう!」
「・・・そうね」
ジェシカがため息混じりに、祖父母を睨んだ。
祖父母のテントからそれなりに離れ、テントを張った。ジェシカが夕飯を作ってくれた。祖父母はいつも夕飯を食べないらしい。
「どうぞ、こんなところだから大したものはできないけど、ポトフよ。温まるわ」
「ありがとう、ございます。料理もできるんですね」
「だって私は貴族ではないもの」
「シルヴェストル公爵家の分家出身と聞いてますが?」
「書面上はそうね。本当は孤児よ。神殿の前に捨てられてたの。親の顔も知らないし、名前は神官様が付けて下さったわ。聖属性の魔法に適性があったから、シルヴェストル公爵家の分家に養子で引き取られたの。有名な話なんだけど、後世では伝わってないのね」
「ですが髪の色と目の色はシルヴェストル公爵家特有のもの・・・」
シェリルは息を呑む。美しく輝いていた金の髪が榛色に変わる。だがその髪色の方が彼女には相応しい感じがし、その美しさにしばし見惚れる。
「魔法よ。瞳は生来の物だから、まったくシルヴェストル公爵家と繋がってないとは言えないけど」
「私は今の貴女の方が好きですよ」
ジェシカは柔らかく笑う。風に靡く榛色の髪が美しく舞う。
「アジタートの力が弱いのは、皆も分かっているわ。それでも私を聖女から下ろさなければいけなかった。出自が怪しいのに、聖女なんてあり得ないでしょう?」
「関係ないでしょう?ジェシカ様はスピカ様に認められている」
「そう言ってくれるのはヴルカン公爵家だけよ。そうね、他には先代の聖女、ウンディーネ家のアーマンディ様」
「アーマンディ様?」
「貴女の婚約者と同じお名前ね。きっと私の知っているアーマンディ様と同じでお美しい方なんでしょうね。私は先代のアーマンディ様から力の使い方を教えて頂いたのよ。アーマンディ様がお亡くなりになってからは、聖女の館でも大聖堂でも私は爪弾き者だったわ。辛かったわ。それを救ってくれたのが、マーロンとノワールよ。必要ないのに私をこうして呼んでくれるの。ヴルカン公爵家の養子になるようにも言って下さるわ」
「来たら良いじゃないですか?部屋は余ってるでしょうし」
「貴女の知る未来の私は、ヴルカン公爵家にいるのかしら?」
シェリルは黙り込む。なぜなら、ジェシカは『聖女の館』で一生を終えたと知っているから。
「やっぱり行ってないのね?私はアジタートを助けるつもりよ。例えアジタートに嫌われていたとしても」
「辛いのに?」
「私は聖女だもの。スピカ様のお力でこの国を守らなければいけないわ。私個人の感情は関係ないのよ」
「聖女の鏡ですね」
「ありがとう」
ジェシカの笑顔は本心からだと思えた。彼女が聖女として、周りから認められる様にシェリルは心から祈った。
◇◇◇◇◇◇
一晩開けて私達は朝食を食べ、瘴気の沼へと向かった。段々と魔物の数も増えてくる。瘴気の沼は近い様だ。
「お婆様はジェシカ様から、槍捌きを習ったんですか?」
「いきなり何の話だ?シェリル」
「私は子供の頃に貴女に戦い方を習ったんです。その時に槍についても教えてもらったんですが、ジェシカ様の動きと、とても似ている」
「あぁ、だから私と剣の使い方が似てるんだな。ヴルカン公爵家らしからぬ戦い方だと思っていた。だが、私は槍は使えないぞ?剣一筋だ」
(ではこれから習うのか)
シェリルは心の中で呟く。今は習っていないが、これから心境の変化がある可能性は大いにある。これ以上言うのも野暮に感じた。
「私は槍の使い方をアーマンディ様に習ったのよ」
話を聞いていたジェシカが槍を片手に参入する。
「先代聖女の?聖女が戦うんですか⁉︎」
「あら?貴女のアーマンディ様は戦わないの?先代のアーマンディ様は槍を持って魔物を退治をしていたのよ」
「戦いとは無縁ですね。剣も持った事がないと思いますよ」
「普通はそうよ。アーマンディ様が変わっていらしたの。と言うよりウンディーネ公爵家が変わっているらしいわ。私もそう聞いただけだから、実際はどうかは分からないのだけど」
「・・・そこは納得ですね」
昔から変わった一族と言われてたとは思わなかった。それを知るとシェリルは少し嬉しくなった。変わり者と言われていたヴルカン公爵家と同じだったとは。道理で馬が合うわけだ。
「瘴気が濃くなってきたわ。沼はすぐね」
「ええ、部下の報告だとこのすぐ先です」
マーロンが指差す先に4人で進む。木々を抜けるとその先に、黒い瘴気の沼があり魔物を次々に産み出していた。
「シェリル!瘴気の沼に入るわよ。一番初めに教えた事を覚えてるわね?」
「本当に飛び込むんですね。分かりました。ジェシカ様」
シェリルは聖属性を身体に纏う。それを見てジェシカも同じ様に身に纏い、シェリルの手を繋ぎそのまま瘴気の沼に走り出す。
マーロンとノワールは前に出て、魔物を手早く倒し2人の道を切り開く。
そしてシェリルはジェシカと瘴気の沼へ飛び込んだ。
(気持ち悪い感触だ)
シェリルはそう思い、周囲を見回す。
見回した周囲は闇と言うより、雑に塗り潰された黒い空間の様だった。魔物に囲まれると思ったが、魔物はいない。足が地についている様でいない。浮いている様で浮いていない。歩いている様で歩いていない。すぐ側に壁がある様でない。上を見上げても上もない。
「シェリル?大丈夫?」
「声が聞こえる?・・・話せるのか?」
ジェシカの声を聞き、前を向くがジェシカは見えない。
「ジェシカ様、どこですか?」
「シェリル、思い出して。貴女は私と手を繋いでここに来てるのよ」
「・・・手」
シェリルは左手を見る。
そう言えば左手が温かい。何かと繋がっている感じがする。この温かさは、ジェシカ様?
認識したと同時に、微笑むジェシカと目が合う。背の低い彼女はシェリルを見上げて微笑んでいる。
随分と近くにいたのか、とシェリルは安堵した。
「見えたみたいね。ではシェリル、あの人も見える?」
「あの人?」
ジェシカが指差す先を見る。
確かにそこには人がいた。
長い長い髪。髪に隠れて顔は見えない。ただその華奢な姿から女性という事は分かる。この黒く塗り潰された空間の床を、彼女の髪が埋め尽くしている。
「誰だ?」
「さぁ、分からないわ。分かっているのは可哀想な人だという事」
「可哀想?」
「声が聞こえない?」
ジェシカの言葉に耳を澄ますと、嗚咽混じりの声が聞こえた。
(・・あの人が憎い)
(でも憎めない)
(拒絶できない)
(逃げれない)
(逃げたい)
(受け入れたい)
(受け入れたくない)
(大嫌い)
(でも愛してる)
「随分と矛盾してるな」
「人は矛盾する生き物よ。シェリルにはそんな感情はないかしら?」
「やるべき事をやるまでです。悩んでいたら前に進めない」
「シェリルらしいわ。でも全ての人がそうじゃないわ。悩む人にも優しくしてあげて。貴女と他人は別の人だから・・・」
「ジェシカ様?」
ジェシカを見る。哀しげに微笑む彼女の姿に心が痛み、その顔を覗き込む。するとジェシカはいつもの様に微笑んだ。
「あの人を救ってあげましょう。シェリル。私達にできるのは、ここに留まり前にも進めない彼女を解き放つ事だけ。女神スピカ様のお力を借りて」
「浄化ですか?」
「浄化?彼女はただ哀しんでいるだけ。哀しくて泣いてる人を浄化するのはおかしいわ。私達にできるのは、解き放ち、前に進める様に応援するだけ。その先に歩む道を祝福するだけ」
「祝福・・・。まだ、それだけは教わっていませんね」
「ええ、祝福に必要なのは愛す心。貴女が1番愛おしいと思うのは、アーマンディ様でしょう?アーマンディ様を愛す様に、この世界の全てを愛して」
ジェシカがシェリルの両手取る。そして手を絡め、シェリルを見上げる。ジェシカの手から温かい力を感じ、シェリルは目を閉じる。
女神スピカ様の力を感じる。心を溶かす様な温かい柔らかい力。この力を持って、全てを愛す・・。
そもそも愛とは何なのか。ただ性欲を満たすだけなら、言葉も不要だし、お互いの理解も必要ない。だがそれでは獣と同じだ。
では愛し合うとは?
愛が伝わらずに、泣く者もいるだろう。思いを伝えようとして、相手の気持ちを汲み取れず強硬に及ぶ者もいるだろう。運良く通じ合っても、時には喧嘩し、譲歩し、育んでいかなければならない。
「シェリルには難しいかしら?」
ジェシカの言葉に我に返る。どうやら、私には理解ができない力の様だ。そもそも全てを愛す事などできはしない。人は愚かで残酷だ。
「そうですね。私には全てを愛す事などできそうもありません」
「では、今の言葉を貴女のアーマンディ様に伝えて。そして、シェリルも私の言葉を時々思い出して。今は分からなくても、分かる時が来るかもしれないわ」
ジェシカはシェリルの手を離し、嘆く女性に向き合う。手を組み祈りを捧げると、空間に光の粒が現れる。
防御する際の光の粒とは違う、空気を清浄化する様な光の粒子。淡く儚く、だが女神スピカを感じる優しく柔らかい光が徐々に増え、黒く塗り潰された空間に広がる。そしてこの空間は光によって変えられていく。
(この光には見覚えがある。アーマンディが『聖女の儀』で起こした奇跡の光)
空間が眩い光によって白く染まる。
目を開けていられずシェリルは目を瞑り、光の本流に身体を預ける。身体が溶けていく様な不思議な感覚。
恐らく、この為にここに来たのだと思い、最後に挨拶をできずに還る事だけを心残りだと感じた。
「ジェシカ様・・・」
「還るのね?シェリル」
「ええ、ありがとうございました。祖父母にも伝えてください」
「また、会えるわ。それまでさようなら。シェリル」
最後に見たジェシカの微笑みはやはり美しかった。
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長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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