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第38話 魔塔

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 空を焼き尽くそうとする様な炎があがり、瘴気の沼から現れる魔物を次々と焼き尽くす。

 その横では巨大な吹雪が現れ、瘴気の沼から現れる魔物を凍らせ、次々と粉々にしていく。
 
 今いる場所は、魔塔の管理する実験場。四方を高い壁に囲まれた、とても広い土地だ。魔塔の魔法使いにより特殊な結界が張られている為、ここの中での出来事は外で窺い知る事はできず、また中でどれほどの爆発が起きても問題ないと言われている。

 この実験場では現在、シェリルとカエンの二人によって瘴気の沼を動力とする旧水晶玉の処理が行われている。
 やり方は単純で、水晶玉を壊し、中から溢れる魔物を二人が倒し、魔物から出る瘴気をアーマンディが浄化する。その繰り返しである。

 その光景をメイリーンとアーマンディは離れた所から見ている。

「小兄様、私ね。申し訳ないと思ってたの。だって、危険な作業でしょ?シェリル様だけには任せておけないと思って、大兄様を頼ったのよ?」
「メイリーンの気持ちはシェリルも分かってるよ?」
「でもいらなかったよね?」
「そう?シェリルは兄様と競えて楽しそうだよ?」
「危険な作業をなんで楽しむのよ?」
「メイリーンには楽しそうに見えない?」

 メイリーンは遠くで戦う2人を見る。次々に現れる魔物が気の毒になっていく位の速度で倒していく。
 
 ウンディーネ公爵領では魔物討伐のために軍を起こす事がなかった。だから、瘴気の沼はないと思っていた。だが、本当は瘴気の沼は定期的に発生していた。それをカエンは一人で倒しに行っていたらしい。ウンディーネ公爵家では、代々当主が一人でいく事が当たり前だったそうだ。
 知らないのは、アーマンディとメイリーンだけだった。

 だから、カエンは一人で瘴気の沼の魔物を全滅させる。シェリルもそれに負けずと全滅させる。結果、旧護都市水晶玉は次々と処理されていった。

「昨日、ヴルカン公爵家の旧御領水晶玉を破壊したんだよね。また巨人が出てきたよ」
「え⁉︎聞いてないわ!」
「僕もスピカ様の力をお借りして、浄化しようと思ったんだけど、2人で倒しちゃったんだよね」
「え⁉︎だって、以前は苦戦したでしょう?」
「シェリルは新しい剣のお陰で、問題ないって言ってたよ。ところでメイリーン。兄様の剣はカステリンが造ったって知ってた?」
「知らないわ」
「カステリンのお陰か分からないけど、兄様もも問題ないって言ってたよ」
「あの2人が規格外なのか、実はカステリンがすごいのか分からなくなってきたわ」
「僕が思うに両方かもよ?あ、終わったみたいだね」

 メイリーンが前を向くと、カエンとシェリルがこちらに歩いてくる姿が見えた。その周りの瘴気は次々に浄化されている。これだけの瘴気を当たり前の様に浄化するアーマンディも規格外だと、メイリーンは感心する。



「シェリル嬢はもう疲れている様だね。今日はここで止めたらどうだろう?」
「まだ、平気だ。そう言うカエン様こそ疲れているのではないか?」
「貴女は他人の魔力量を読めない様ですね。私はまだ大丈夫です。ですが、貴女は半分を切ってます。しかも体調も良くない。休む事も必要ではありませんか?足手まといは戦いの場では、邪魔ですよ」
 
 シェリルが黙り込んだところで、カエン達はアーマンディ達に合流した。カエンはアーマンディに事情を話し、シェリルを休ませ、踵を返した。まだまだ、戦えると一言を残して。


「大兄様はタフね」

 メイリーンの言葉に、シェリルはカエンの後ろ姿を見る。旧護都市水晶玉を破壊し、水の魔法を駆使し、出てくる魔物を手際良く倒している。こうして見ていると、自分が横にいたせいで気を遣って、戦いの手加減をしていたのが分かる。
 昨日瘴気の沼から出た巨人を倒した時も、カエンに助けられていた。ここまで実力の差があると、逆に凹む。

「シェリル?元気がない?」
 アーマンディの問いに、シェリルはため息を一つ落とし、カエンを臨む。

「そうですね。ここまで実力の差があるとは思いませんでした。正直、悔しいです」
「シェリルがそんな事を言うなんて、珍しいね」
「自分のプライドが高いのは認めます。正直、ウンディーネ公爵家には負けっぱなしですからね。私のプライドはズタズタですよ」
「僕はシェリルに負けてばっかりだよ?」

「貴方にこそ、私は負けっぱなしですよ」と言って笑いシェリルは、席を外す。
 アーマンディはその後ろ姿を見送り、次にメイリーンを見る。

「小兄様じゃなきゃここの浄化はできないわ。私がシェリル様の所に行くから、小兄様はここにいて」

 走ってシェリルを追いかけるメイリーンを見ながら、アーマンディはため息混じりに独りごちる。
「僕にも頼って欲しいのに・・」


◇◇◇


「シェリル様!待って下さい!」

 メイリーンの声に振り返ったシェリルは足を止める。追いついたメイリーンは息を切らせながら、シェリルの前で息を整えた。

「シェリル様、どうしたんですか?今日は、様子が変ですよ?」
「メイリーン嬢、薬を持っているか?」
「生理痛ですか?」
「今日は特に辛くて。おそらくカエン様にはバレているんだろう」
「じゃあ、魔塔の私の部屋に行きましょう。お腹温めて、少し寝ましょう。お薬もありますよ」

 メイリーンはシェリルの手を取ると、転移魔法を発動させた。空間が歪み、眩暈がして目を瞑る。そして、目を開けた時には雲を突き抜けんとする高い塔が目の前にあった。

「ようこそ!魔塔へ!」
 
 メイリーンが塔に入るための扉を開ける。その先には螺旋階段が見える。扉をくぐると、螺旋階段しかない事に気付く。見上げると宙に扉が浮いている。

「部屋は?」
 シェリルの呟きに、メイリーンは答える。
「部屋はあの扉の先です。魔塔の魔法使いはそれぞれ異空間を持っていて、あの扉で繋げてるんです。迷ったら、戻って来れない可能性があるので、私と手を繋いで下さいね」
 差し出されたメイリーンの手を、シェリルは取る。

「エスコートじゃなくて良いのか?私のエスコートのチケット代は高いぞ?」
「その仕事はもう辞めて下さいね。小兄様は嫉妬深いんですから」

 手を繋いだまま、メイリーンが螺旋階段の手すりをもつと、螺旋階段が蛇の様にうねり、水色の扉の前に繋がった。
「シェリル様、私の横に来てもらえますか?」

 シェリルがメイリーンの横に並ぶと、階段が動き、扉の前まで運ばれた。

「メイリーン嬢が運動不足になるわけだ」
「余計なお世話です。ようこそ、シェリル様!メイリーン・ウンディーネの部屋へ!」

 扉を開けた先には、小さなテーブルと椅子、そしてベッドがあった。

「随分と質素なテーブルだな。ベッドも。公爵令嬢の物とは思えないが・・」
「だってここでは公爵令嬢じゃないですもん。天蓋付きベッドでもないですし、大理石のテーブルでもないんです。このベッドとテーブルは魔塔の皆に支給される物なんです。安物ですがこのベッドで良いですか?」

「問題ない。私はどこでも寝れる」
「では、薬を持って来るんで寝てて下さい。この部屋から動いちゃダメですよ。普通の部屋に見えても異空間の部屋なんで」

 メイリーンは部屋に続く扉を開け、その先へ入っていった。開けた先の部屋は実験室の様に見えた。少々物騒な物が見えた気がしたが、シェリルは無視して粗末なベッドに横たわった。

「この時だけは、女である事が嫌になるな」
 ズキズキ痛むお腹を押さえながら、シェリルは目を瞑る。どうしてもこの時は、体力も魔力も落ちてしまう。体もだるくて重い。女である事を恨んでしまう。だけど、女であるからアーマンディと出会えたらなら、良かったと思える。

「シェリル様、お薬ありました。」
 メイリーンが薬とグラスを持って、部屋に入ってきた。シェリルはそれを受け取り、飲む。

「ありがとう。少し休ませてもらう」
「分かりました。無理しないでゆっくり寝てくださいね。私は隣の研究室にいます。くれぐれもこの部屋から出ないで下さいね!」
「分かった。色々ありがとう」
「困った時はお互い様ですよ」

 シェリルは再びベッドに横たわり、メイリーンは研究室に移った。
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