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第2話 聖女誕生秘話
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-時は18年前に遡る-
「父上、随分と時間がかかっているが、大丈夫でしょうか?」
「カイゼル、父であるお前が落ち着かなくてどうする。カエンが不安になるぞ」
父に指摘され、ふと足元を見る。ズボンを摘み、大きな目を見開いたまま父を見上げるカエンがそこにはいた。抱き上げると目元にはうっすらと涙が溜まっている。いつからこうしていたのだろう、焦りのあまり周囲を見ることすら、できていなかった。
妻であるアントノーマが分娩室に入って、4時間が過ぎた。長男のカエンの時には、1時間もかからず産まれた事から、油断していたとも言える。聖女であり、祖母でもあるアジタート様も診て頂いている。心配する事はないはずなのに。
「お父様、苦しいです」
カエンの言葉に我に帰る。心配のあまりきつく抱きしめてしまった様だ。
腕を緩めると、大きく息を吐き、ニッコリと笑った。
「お父様は妹と弟、どちらだと思いますか?僕は弟が良いです。一緒に遊んであげます」
「妹でも一緒に遊べるぞ?」
「じゃあ、妹がいいです。守ってあげます」
親子の会話を見守り、ウンディーネ公爵ホノラは目の前にある扉を改めて、見る。時折り聞こえる苦し気な声は、息子の妻アントノーマ。それを励ますのが、聖女アジタートだと分かる。
ウンディーネ公爵家として、2人目の孫の誕生だ。公爵として喜ぶべき所だ。ただ、男と女、どちらの孫が良いかと問われると、一択だ。
-女の子が産まれて欲しいと切に願う-
この世界において、絶対的に必要な存在。
【聖女】
聖なる力を持って、魔を退くもの。
神の力を借り、魔を祓うもの。
この地を大いなる力で守護するもの。
聖女がいなければ、この国は破滅に向かうのみ。
そして現在、このスピカ公国には聖女アジタート以外の聖女はいない。アジタートは御歳70歳。つまり70年間聖女が産まれていない事になる。
頭の痛い事だ、ホノラはそっとため息をつく。
聖女はウンディーネ公爵家を始めとする、3公爵家以外は産まれてこない。
すなわち、
水属性の魔法を得意とするウンディーネ公爵家。
風属性の魔法を得意とするシルヴェストル公爵家。
土属性の魔法を得意とするグノーム公爵家。
この3公爵には、共通点がある。女神スピカの導きによりこの国を起こした建国王には5人の子供がいた。
長男は建国王の跡を継ぎ、王となった。
次男は南へ赴きヴルカン公爵家を起こした。
長女は北へ赴きウンディーネ公爵家を。
次女は東へ赴きシルヴェストル公爵家を。
残る3女は西へ赴きグノーム公爵をそれぞれ起こした。
国の安寧を守る聖女は建国王の子供の女の家系からしか産まれない。それはこの国に住む者なら、子供でも知っている。
だから一縷の望みを掛けて女の子を望む。
もちろん、この70年間に女の子が産まれなかった訳ではない。そもそもホノラの上には姉が2人いる。だが、その2人とも聖属性の力を持っていなかった。
聖女になる為の最低条件、それが聖属性の力の持ち主。
昔はどの公爵家の女の子が聖女になるか争っていたとも聞く。今はその片鱗すら見せない。聖女を産ませる為に、グノーム公爵家では側室を持つ様になった。まるで種馬の様に子供を作る。
我がウンディーネ公爵家では流石にそれはやっていないが、今後もしないとは補償できない。
なぜなら、聖女がいない国は悲惨だ。昼夜問わず魔物が闊歩し、天候は荒れ、植物は枯れていく。隣国のシリウス国は、聖女を亡くし一年がたった今、国としての対面も保てないほど、荒れ果てていると聞く。
明日は我が身かと思うと、同情より、恐怖がわく。そう思うと、グノーム公爵家を責めれない。
分娩室に続く、小さな部屋で3人で待ち続けるのも限界が来ているようだ。息子のカイゼルが落ち着きなく歩き回り始めたのは、いつからだったか。
何度目かすら分からないため息をつく。
いつの間にか父の手を逃れた孫のカエンが座るホノラの膝に乗る。
「お祖父様、そろそろです」
知っているかの様に、分娩室に続く扉を指差す孫を抱きしめ、希望を込めて前を見る。
大きな産声が部屋に響き、その声を聞いたカイゼル小公爵が安心したかの様に、両手で顔を覆い泣き崩れる。
「お祖父様。あれ、あれ!!」
ホノラの膝を叩き、足をバタバタしながら、興奮した様子でカエンが指を指す。その指し示した先を見た、ホノラは息呑んだ。
窓から光が見える。ただの光ではない。眩く輝く金色の光。孫を抱き抱えたまま、駆け寄り、慌ててテラスに続く扉を開く。屋敷を取り囲む様に天より光の柱が降りている。
今は冬。屋敷の庭園に、花はなかった。さっきまで。だが今は、春の喜びに満ちた様に花々が咲き乱れている。
「これは・・・」
あり得ない現象に戸惑いを見せる。
それを知らず孫のカエンは手を叩きながら、屋敷の上空を指差す。
「お祖父様、見て下さい。綺麗な虹もあります。上です」
見上げたホノラの頭上にあるものは、
「魔法陣。なんて大きい!」
「父上!これは、スピカ様の魔法陣では⁉︎」
いつ来たのか息子のカイゼルも見上げている。
「奇跡が起きた・・・」
落ちる涙。この国は救われる。そう思うと、ウンディーネ公爵家の展望や名誉等、どうでも良い気になってくる。
「カイゼル、孫の名を名付ける。アーマンディだ」
「ありがとうございます。父上。美しい響きです」
「アーマンディなの?じゃあ、僕はいっぱいアーマンディと遊んであげるね」
はしゃぐ息子を抱き上げ、カイゼルは、大地にかかる光を見る。
光は、太陽が雲に隠れるかの様に名残惜しげに消えた。
庭に咲き誇った花々を残して。
「父上、随分と時間がかかっているが、大丈夫でしょうか?」
「カイゼル、父であるお前が落ち着かなくてどうする。カエンが不安になるぞ」
父に指摘され、ふと足元を見る。ズボンを摘み、大きな目を見開いたまま父を見上げるカエンがそこにはいた。抱き上げると目元にはうっすらと涙が溜まっている。いつからこうしていたのだろう、焦りのあまり周囲を見ることすら、できていなかった。
妻であるアントノーマが分娩室に入って、4時間が過ぎた。長男のカエンの時には、1時間もかからず産まれた事から、油断していたとも言える。聖女であり、祖母でもあるアジタート様も診て頂いている。心配する事はないはずなのに。
「お父様、苦しいです」
カエンの言葉に我に帰る。心配のあまりきつく抱きしめてしまった様だ。
腕を緩めると、大きく息を吐き、ニッコリと笑った。
「お父様は妹と弟、どちらだと思いますか?僕は弟が良いです。一緒に遊んであげます」
「妹でも一緒に遊べるぞ?」
「じゃあ、妹がいいです。守ってあげます」
親子の会話を見守り、ウンディーネ公爵ホノラは目の前にある扉を改めて、見る。時折り聞こえる苦し気な声は、息子の妻アントノーマ。それを励ますのが、聖女アジタートだと分かる。
ウンディーネ公爵家として、2人目の孫の誕生だ。公爵として喜ぶべき所だ。ただ、男と女、どちらの孫が良いかと問われると、一択だ。
-女の子が産まれて欲しいと切に願う-
この世界において、絶対的に必要な存在。
【聖女】
聖なる力を持って、魔を退くもの。
神の力を借り、魔を祓うもの。
この地を大いなる力で守護するもの。
聖女がいなければ、この国は破滅に向かうのみ。
そして現在、このスピカ公国には聖女アジタート以外の聖女はいない。アジタートは御歳70歳。つまり70年間聖女が産まれていない事になる。
頭の痛い事だ、ホノラはそっとため息をつく。
聖女はウンディーネ公爵家を始めとする、3公爵家以外は産まれてこない。
すなわち、
水属性の魔法を得意とするウンディーネ公爵家。
風属性の魔法を得意とするシルヴェストル公爵家。
土属性の魔法を得意とするグノーム公爵家。
この3公爵には、共通点がある。女神スピカの導きによりこの国を起こした建国王には5人の子供がいた。
長男は建国王の跡を継ぎ、王となった。
次男は南へ赴きヴルカン公爵家を起こした。
長女は北へ赴きウンディーネ公爵家を。
次女は東へ赴きシルヴェストル公爵家を。
残る3女は西へ赴きグノーム公爵をそれぞれ起こした。
国の安寧を守る聖女は建国王の子供の女の家系からしか産まれない。それはこの国に住む者なら、子供でも知っている。
だから一縷の望みを掛けて女の子を望む。
もちろん、この70年間に女の子が産まれなかった訳ではない。そもそもホノラの上には姉が2人いる。だが、その2人とも聖属性の力を持っていなかった。
聖女になる為の最低条件、それが聖属性の力の持ち主。
昔はどの公爵家の女の子が聖女になるか争っていたとも聞く。今はその片鱗すら見せない。聖女を産ませる為に、グノーム公爵家では側室を持つ様になった。まるで種馬の様に子供を作る。
我がウンディーネ公爵家では流石にそれはやっていないが、今後もしないとは補償できない。
なぜなら、聖女がいない国は悲惨だ。昼夜問わず魔物が闊歩し、天候は荒れ、植物は枯れていく。隣国のシリウス国は、聖女を亡くし一年がたった今、国としての対面も保てないほど、荒れ果てていると聞く。
明日は我が身かと思うと、同情より、恐怖がわく。そう思うと、グノーム公爵家を責めれない。
分娩室に続く、小さな部屋で3人で待ち続けるのも限界が来ているようだ。息子のカイゼルが落ち着きなく歩き回り始めたのは、いつからだったか。
何度目かすら分からないため息をつく。
いつの間にか父の手を逃れた孫のカエンが座るホノラの膝に乗る。
「お祖父様、そろそろです」
知っているかの様に、分娩室に続く扉を指差す孫を抱きしめ、希望を込めて前を見る。
大きな産声が部屋に響き、その声を聞いたカイゼル小公爵が安心したかの様に、両手で顔を覆い泣き崩れる。
「お祖父様。あれ、あれ!!」
ホノラの膝を叩き、足をバタバタしながら、興奮した様子でカエンが指を指す。その指し示した先を見た、ホノラは息呑んだ。
窓から光が見える。ただの光ではない。眩く輝く金色の光。孫を抱き抱えたまま、駆け寄り、慌ててテラスに続く扉を開く。屋敷を取り囲む様に天より光の柱が降りている。
今は冬。屋敷の庭園に、花はなかった。さっきまで。だが今は、春の喜びに満ちた様に花々が咲き乱れている。
「これは・・・」
あり得ない現象に戸惑いを見せる。
それを知らず孫のカエンは手を叩きながら、屋敷の上空を指差す。
「お祖父様、見て下さい。綺麗な虹もあります。上です」
見上げたホノラの頭上にあるものは、
「魔法陣。なんて大きい!」
「父上!これは、スピカ様の魔法陣では⁉︎」
いつ来たのか息子のカイゼルも見上げている。
「奇跡が起きた・・・」
落ちる涙。この国は救われる。そう思うと、ウンディーネ公爵家の展望や名誉等、どうでも良い気になってくる。
「カイゼル、孫の名を名付ける。アーマンディだ」
「ありがとうございます。父上。美しい響きです」
「アーマンディなの?じゃあ、僕はいっぱいアーマンディと遊んであげるね」
はしゃぐ息子を抱き上げ、カイゼルは、大地にかかる光を見る。
光は、太陽が雲に隠れるかの様に名残惜しげに消えた。
庭に咲き誇った花々を残して。
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