総務部長大河原敏行のモフモフ異世界転生日記〜苦労性のおっさんは、世界を渡っても苦労する〜

清水柚木

文字の大きさ
上 下
21 / 33

第21話 現状逃避で逃れたい

しおりを挟む
上司のパワハラに苦しんだ私は、自分はそうならないように注意した。

若い子の話は面白かった。
世代格差を感じることは多々あるが、それでも年上を敬う気持ちは変わらない。こんなおじさんの私と色々な話をしてくれた。

たまに、山根君の上司であることを同情されることもあったが、その時には『山根君は良い子だよ』と笑うことにした。
そう、パワハラ、セクハラをしない上司にならないよう頑張ったのだ。だから飲み会に誘うことはしなかった。食事も誘われない限りはいかなかった。
まぁ、そう誘われることもなかったけれど。

いや、山根君とは週1回、食事に行っていた。
理由は山根君の金欠とか、金欠とか、金欠とかだ。
酷いときは週3回は一緒に行った。そう言えばカラオケに行ったこともある。

『俺、98点取ったことがあるんすよ』と脈絡もなく話され、『聞かせてあげますよ』と言われ、そのまま連れていかれた。
あれは酷かった。なぜなら山根君オンステージだったからだ。
カラオケボックスに入った山根君は、あっという間に20曲予約し、私にマラカスとタンバリンを渡した。
その後の私は、おさるの人形だ。
あ、山根君はおさるの人形を知らなかったな。おさるの人形は私が子供のころ、高確率でどの家にもあったもので、おさるが狂ったようにシンバルを鳴らす人形だ。
思い出すとかなり狂気的な顔をしていたな。ちょっと恐怖だ。
そう、つまり何が言いたいかと言うと、私は山根君の歌に合わせて、ひたすらマラカスを振っていた。20曲終わるまでずっと。

そんな山根君は20曲歌い終わると、『今日は調子が悪いっすね』と言って帰っていった。もちろん支払いは私だ。
悔し紛れに山根君が帰った後に歌った私の歌は99点、曲は米津玄師の花火。実は特技はカラオケだ。

ああ、どうしよう。もうこれ以上現実逃避のネタがない。
ネタ、ネタ、ネタ。
山根君の好きなすしネタはイカ。社長の好きなネタはこはだ。私の好きなネタはイクラ。紗枝ちゃんの好きなネタはトロ。

ねた、ネタ、寝た。紗枝ちゃんの寝顔は天使。だが寝相は悪魔だ。
突如振り下ろされる腕、足。獣の本能でサッと避けることができなければ、潰されてしまう。そんなリスクを背負いながらも一緒に寝るのは、紗枝ちゃんを守るためだ。

山根君似の神様のせいで紗枝ちゃんを、紗那君と優しいご両親から引き離してしまった。
その責任はどう考えても、百歩譲っても、山根君似の神様のせいで、私のせいではないけれど、それでも責任を感じてしまう。
なんて真面目に考えても、もう無理だ。うん、真面目に考えればなんとかなるかと思ったけど、さすがにやはり難しいらしい。

「かわいいでちゅね~。あ~、良い匂い、このぷりぷりしたお腹~。あ~、最高~」

うん、本当に無理だ。もう泣きたい。

「ほ~ら、すりすり、なでなで、きゃわいいでちゅね~。ああ、肉球もぷにぷに、お日様のにおい~」

いや、肉球はぷにぷにしていないよ?アスファルトの上で散歩している私の肉球は、ざらざらしていて硬い。そしてお日様のニオイではない。きっと臭い。これは自覚がある。

油断を誘うために、わざとひっくり返ってお腹を触らせているけど、なんだろう。恥ずかしいし、いたたまれない。

茶太郎として生まれ変わった時、人間の記憶はあったけどそれでも犬だったのだろう。
初めのうちは違和感こそあったが、段々とお腹を触られても、なんとも思わなくなっていた。だって犬だしね。

でもこちらの世界に来ることによって、知能や羞恥心が人並みになったのだろう。

ああ、もう駄目だ。本当に無理。おっさんに触られている現実に、涙が溢れ、心が荒んでいく。
犬の時ならキュンキュン泣いていただろう。だが今はそれもできない。だから無になろうとしたけど、それも無理。
山根くんエピソードで現実逃避しようと思ったけど、現実が痛すぎて、もっと無理。

ああ、どうしよう。
なんとか逃げる方法がないかな。人を傷つけず、自分を守れる手段。もう、アレかな?使っちゃおうかな?魔法じゃなくて神力?

なんて自問自答していた私に、救いの神はやって来た。なんと大きな音を立てて扉が開いたのだ。

「親分!100年の時を彷徨うものサタ・アノ・プラネテスがこちらに向かってるって情報が――あ……何してんですか?」
子分の落胆した顔を見て、親分が真っ赤になって、私を撫でていた手を止めた。

これはチャンスだ!私は思いっきり、親分の膝から飛び降りる。
おじさんだった頃の私とは違う!今の私は足が速い!それこそ愛車のミニより速いのだ!

ダダダっと弾丸のような速さで走る。子分の足をすり抜け、捕まえようとしてきた廊下にいた子分を跳躍することで、避ける。

そしてそのまま――あー!前方に扉!
走り出した犬は止まらない。ぶつかるー!と目を瞑ったら扉は破壊された。
勢いのまま走る。場所は森の中の一軒家だ。帰巣本能に則って紗枝ちゃんの匂いを探すぞ!私は犬!できるはず!

と言うか扉にぶつかっても、壊れたのは扉って。私、頑丈過ぎないか?これも私が規格外だからだろうか。でもだったとしたら規格外の力で紗枝ちゃんの元へ行けるはずだ。

よしよし、なんとかなる気がして来たぞ。
さぁ走るぞ、大河原敏行!じゃなくて茶太郎!
なんとなく東だ!
私には力があると信じるのだ!

走れ!はしれ!
あ――――――――!足元の地面が消えたー!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

処理中です...