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オカン公爵令嬢は潜入する。
36話 決戦(6)
しおりを挟む「おお、咲夜や、こんなところで死んでしまうとは、なんて情けない……」
力尽きて横たわる俺の耳に、良く響きわたる声が聞こえる。重低音の渋い声。だけど癒される声。威厳のある声。
「そなたにもう一度機会を授けよう……だったかな?違う?」
そんな素敵な声の持ち主がふざけたように微かに笑う。
「ああ、咲夜はゲームをしないんだったね?面白いのにね。実に残念だ」
しかもなんかがっかりされた。
「いつまで寝ているんだい?それとも王子様はキスをしないと目覚めないのかな?」
イミワカラン!アホか‼︎オカンみたいに俺をからかって、オヤジみたいに嫌味くさい!そう思ってガバッと立ち上がる。
すると目の前には圧倒されるほど美しい存在がいた。
「……試練の……神さ…ま?」
頷く存在の圧倒的なオーラに心が乱される。
試練の神の顔は、目元が涼やかだとか髪の色がどうとか長さがどうとか、具体的に表現はできない。それはまるで冬の夜空に浮かぶオーロラを見るような、雲間に光る稲光を見るような、山間い深い森の中で木々の美しさに圧倒されるような、なんとも言えない畏怖すべき美しさだ。
(言ってる言葉はヘンテコなのに…)
「ふふ……ヘンテコか。咲夜は辛口だね」
「へ⁉︎」
読まれた心の中の呟きを訂正すべく慌てて立ち上がる。すると自分の身体の軽さに驚愕する。まるで羽根が生えたようだ‼︎
「死んだ?」
「まだギリギリ死んでないよ。周りを見てごらん」
言葉に従い周囲を見回すと、喧嘩してたオカンとオヤジの慌てた顔が……止まってる?その向こうには手を口に当てて慌ててる麗と、絶望した表情で地上を凝視するレオポルド。これも止まってる。
「そう言えば、地上への攻撃‼︎」
麗とレオポルドの攻撃が俺の奮闘虚しく地上へと到達するのを確認する前に意識が途絶えたんだった‼︎
這いつくばるように地上を見ると、攻撃が地上スレスレで止まっている。
「時が……止まってる?」
ストップボタンを押したビデオみたいだ。そう言えば物音ひとつしていない。
「そうこのままだとこの世界は壊れちゃうからね。私の方で止めてみた」
「さすが神様ですね」
試練の神は試練以外もできるんだって思って気付く。そうだ……心の中を読まれるんだった。
「そうだね。これだけの力が行使できたのは君のおかげだよ。ありがとう……咲夜でもありアダルベルトでもある者よ」
そんな風に感謝されると誇らしいと同時に恥ずかしくなり、ついつい照れ笑いになってしまう。俺が今まで受けていた苦労も無駄ではないということだ。
「さて!では次に試練行こうか!」
朗らかに、そしてあっけらかんと放たれた神の言葉に俺の笑顔は凍りつく。
「いやいや待ってください!なんでここでまた試練なんですか⁉︎後は神様の方でなんとかして終わるんじゃないんですか⁉︎俺はもう限界ですよ‼︎」
どうせ心を読まれるんだ!こうなったら言いたいことを言ってやる!
「なぜ?私は試練の神だよ?試練を与える神の私がなぜ君を助けなればいけないんだ?」
「だって、今、現在、助けてくれているじゃないですか!」
「ああ、時を止めたのは君に死なれたら困るからだよ。君は素晴らしい。今まで私の加護を受け試練を受けた者はたくさんいたけれど、最後は心を病む者が多かった。だけど君はどんなに試練を与えてもケロッと立ち直ってくれる。そして頑張ってくれる。不屈の精神の持ち主とはまさに君のことだ。そんな希少な存在の君に死なれては困るじゃないか。だから時を止めたんだよ」
心を病むってなに⁉︎って突っ込みたいけど我慢だ!そんな場合じゃない!
「そんな……でもこのままだったらこの世界は滅んじゃうかも知れないんですよ?そうなったら試練の神様だって困るんじゃないですか?」
「そう?壊れたらまた創れば良いだけだよ。でもまた創ったところで君がいるとは限らないしね。それに……君の伴侶も愛の神に愛されている。あれだけ愛の神が執着するのも珍しい。そういう意味では確かに希少だね」
いや、また創るって適当すぎる!って突っ込みたいけどまたまた我慢だ!頑張れ‼︎俺‼︎
「では――助けて――
「だから君がなんとかすれば良いんだよ!」
……食い気味に無責任なこと言われた。
「大丈夫!君ならできるよ」
……しかも適当だ。絶対何も考えていない人がいう言葉だ。
「応援しているよ。なんてったって私は君の守護神だからね!」
……だったら助けてよ!と言いたいけど無駄なことが分かる。どうして俺の周りはこんなのばかりなんだろう。
「さて、ではここまで言ったら君に与える試練の内容はわかるね?」
……心が読めてるはずなのに、俺の言葉は全く無視してる。そのスルースキルが羨ましい。
「答えを言えばヒントをあげよう」
……しかもくれるのはヒントだって。優しすぎて涙が出るよ。
「……滅びたい?」
「…………………………この世界を救います」
「良くできました!」
おめでとう~と拍手をされてもちっとも嬉しくない。どうして俺だけいつもこんななんだろう。そう思うと涙が出そうになったので堪えることにした。
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