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オカン公爵令嬢は潜入する。

3話 美麗な父は苦悩する (2)

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「拐われたって……誰に?あんなのでも一応ハイスペック王太子アダルベルトじゃない」

「そうだね、中身はゆとり教育世代で、運動神経も画才もなかった咲夜だけど、今世では王太子教育も受けて、体術も受けてるから、危機には身体が反応するはずだよ」

「咲夜君も反応はしてたんですけど、なぜか拐われちゃったんです……。シルクハットを被った、タキシード仮面様みたいな人に……」

「え?タキシード仮面様?」 
「んん?」
 ワントーン高くなる燈子さんの声に被る様に僕も思わず声が出る。

(タキシード仮面?誰だ?)

「え?タキシード仮面様を麗ちゃんは知って……るの?」
「再放送で見ました!タキシード仮面様……素敵でしたよね……」
「そうね、私も年甲斐もなくときめいちゃったもの。素敵だったわ~」

「ま……待って、待って!」

 思わず声をあげる。ふたりの会話がまったく分からない!しかも燈子さんまでときめくってなんだ‼︎

 ふたりが僕をじっと見る。僕の言葉を待つ様に……。

「まずは整理させて欲しい。咲夜はその……タキシード仮面?にさらわれたって事かな?そのタキシード仮面というのは、この世界の住人かな?それとも何かのゲームのキャラクターなのかな?」

「「タキシード仮面様を知らないの⁉︎」」
 ふたりの声が鼓膜に響く。そんな有名人なのか……。そしてやっぱり『様』付けだ。

「タキシード仮面様は前世の漫画のキャラよ。これ以上は割愛するけど、黒いシルクハットとタキシードに、裏地が赤いマントを翻して主人公がピンチの時に現れる素敵な人なの」

 頬に手を当てて、うっとりする燈子さん。
 どうしよう、想像するけど素敵さが分からない。

「仮面をつけてるんです。こういうの……」

 麗ちゃんがスラスラと絵を描く。うますぎる。咲夜とは大違いだ。

(やっぱり、知らない!そして僕には格好良さが分からない‼︎)

 とは言えないから、大人の態度を貫こう。

「そう……とにかくこういう人が咲夜を拐ったんだね。もちろん王城でだよね?フォルトゥーナ王国の王都には結界が張られていたよね?強力な……それも破られたのかな?」

「そうなんです!王都の結界が風船が破裂したみたいにパァンって割れて、咲夜君が私がやったみたいに睨むから頭に来ちゃった!」
 
 麗ちゃんには前科があるからね……とは言わないでおこう。話がまた逸れる。
 燈子さんと麗ちゃんの会話はすぐに違う方向に行ってしまうから大変だ。しかも突っ込み役の咲夜もいないし……。

 僕は暴走する女性陣ふたりと、制御しようとして頑張る咲夜を、安全圏で見るのが何よりも好きなのに。あの極上のコントのような光景は、少し離れた所から見るから良いんだ。できれば当事者咲夜にはなりたくない!

 だが咲夜がいない今、僕が頑張るしかないのだろう。

「あの結界を壊せる人間は限られているね。ちなみにそのマントの人には見覚えは?」
「仮面をつけていたから、顔はちょっと…でもマントに紋章がありました。えーっとこんなの?」

 麗ちゃんがさらさらと描く絵を見つめる。これは……。

「これは……ルーナ国の紋章だね。僕達の国がある大陸の南西にある大小5つからなる島国だよ」

「マントに国の紋章に掲げるって……タキシード仮面様はバカなの?」
「燈子さん!タキシード仮面様はバカじゃありません!素敵な紳士です!訂正して!」

 まずい!このままではまた脱線する!
 僕は冷静なフリをしてコホンと咳をし、ゆっくりと優雅に笑って見せる。ここで必要なのは自分の顔に絶対的な自信を持つことだ。今の僕の顔は自慢じゃないが妖艶な魅力を持っている。
 そして僕は当然のようにふたりの視線を惹きつけつつ、言葉を紡ぐ。 

「では、仮称月光仮面とでもしておくかい?この国にはピエナ学園という、男子校があるんだよ?イタリア語でルーナは月。ピエナは満月だからね」

 キザったらしく言いつつも、自分の発言には苦笑しかない。月光仮面とは我ながらセンスがない。その証拠に麗ちゃんの頬が爆発寸前だ。更に目にも涙が溜まってきた。これは大笑いされそうだ。

「ピエナ学園……?」
 だけど燈子さんは麗ちゃんとは正反対に青い顔をする。そして一言漏らした。

「ムーンバタフライ?」

 また知らない単語が飛び出した。
 僕と、口を手で押さえ、笑いを我慢している麗ちゃんは、燈子さんをジッと見た。
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