オカン公爵令嬢はオヤジを探す

清水柚木

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オカン公爵令嬢は潜入する。

1話 序章

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 羽ペンを持つ手を止めて目頭を押さえる。目の前にある書類は月次決算の報告書だ。まさかこの額を筆算しなければいけないとは!

 前世の記憶が蘇る前はなんとも思っていなかったのに、思い出した今、パソコンが欲しいとは言わないが、せめて計算機が欲しい!と言ってオカンに愚痴ったら、そろばんでも作る?と言われた。習っていない俺が使えるわけがないのに無茶を言う。

 ぐーーと両手をあげて背筋を伸ばすと、南側のテラスの下から楽しそうな笑い声が聞こえた。ひとつは母の、もうひとつは愛おしい人、今世の名前はコスタンツァ・メルキオルリ、前世の名前は矢の下麗やのしたうららの声だ。

 ちらっと見る。
 執務机にある書類のほとんどは決裁済みだ。

「ちょっとは休憩しないと……」
 なんて言い訳をしながら立ち上がる。

 俺の前世の名前は三角咲夜みすみさくや。現在の名前はアダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ。
 ここフォルトゥーナ王国の王太子。
 フォルトゥーナ王国は勇者が起こした国とされ、その証として王族には金髪、金眼の子供が産まれる。そして勇者の血統であるが故に金髪、金眼以外の子供に王位継承権はない。現国王である父の子供は俺だけ。いとこや親戚の中でも金髪、金眼は俺だけ。つまり唯一の王位継承者だ。

 そんな俺の婚約者がコスタンツァ・メルキオルリ。現メルキオルリ伯爵。前世からの恋人。
 彼女は今世では両親や双子の妹に不当に虐げられ、死ぬ寸前まで追い詰められた。そんな彼女を助けたのが、俺とオカン。

 オカンの前世の名前は燈子すみこ。オヤジの名前は雅也まさや

 俺とオカンとオヤジは、家族で行った卒業旅行で交通事故に合い、死んでしまった。オカン享年50歳、オヤジ52歳、俺は18歳。
 元々身体が弱かった麗は、俺達の死に耐えられず、発作を起こして、俺達を追いかけるように死んでしまった。俺と同じ18歳。みんな早すぎる死だ。

 だが、幸いなことに俺達は、オカンと麗がハマっていた乙女ゲーム『愛する貴方と見る黄昏』に転生することができた。そして色々あったが今はこうして平和に暮らしている。

 オカンは今世の俺の父の弟の子供、つまり俺の従姉妹として転生した。名前はエヴァンジェリーナ・サヴィーニ公爵令嬢。すれ違う人がみんな、振り返るくらいの美女に転生したオカンだが、残念ながら性格はオカンのままだった。
 傍若無人で、人の話を聞かず、暴走する。そんなオカンは今世でも、最愛の人……父を求め、色々違う方向に突っ走って、それでもなんとか出会えて、現在は正式な婚約者になれた。

 父はフォルトゥーナ王国に接する国、ヴェリタ国の国王として転生していた。やはり父も母を求め、あらゆる作戦の元、母と結ばれた。そんな父はムカつくくらいの美しさを備えた姿に転生した。

 俺だってハイスペック王子として、誰もが見惚れる顔だと思うのだけど、父の美しさには負けてしまう。

(悔しく……なんかない!俺だって‼︎)
 
 まずいと思って首をぶんぶん振る。父と顔で争うなんてバカバカしい話だ。お互いに転生して、前世と同じように好きな人と結ばれているのに。

 テラスに続くガラスの扉を開けて、声のする方に歩いて行く。

 美しい彫刻が施された白亜の手すりに手をかけ、下を覗くと思った通り麗と母がいた。ふたりで花を摘んでいる。母と麗は仲良しだ。

「さく……じゃなくてアダル様‼︎」

 相変わらずおっちょこちょいの麗が腕を大きく振る。その後ろにいる今世の母は美しく笑いながら、そっと手を振る。摘んでいる花はマリーゴールドだ。ついつい歌を口ずさみそうになる。こちらの世界では知られていない歌。前世の世界では有名だった歌。

 そんな幸せの空間は、ガラスが割れる様な音で打ち破られる。その音が王都に張られた結界が割れた音だと気付くのは容易かった。

 慌てて見たのは麗だ!麗には王都の結界を割った前科がある。だが、麗は心外だと言わんばかりに首を振る。
 では誰が?そう簡単に破られるはずのない結界だ。俺達、転生組以外では!

「咲夜君!上‼︎」
 麗の声が響いたと同時に、俺の身体に影が落ちた。

 慌てて顔を上げる。太陽の光を遮る様に人が浮いている。

「はぁ?」

 思わずあげた間抜けな声を、なかった事にするために、腰にあるヴィアラッテを抜こうとする。なぜなら、目の前にいるのは敵だ!変な格好をした敵だ!

 だが、ヴィアラッテは俺の意思に反する様に床に音を立てて落ちた。更にテラスから部屋にと滑って行く。

[アダルさま~]
 ヴィアラッテの声が遠くなっていく。そして、突如として重くなる身体。更に自分の中にある魔力が収縮していく。目の前が暗くなり、身体がクラクラして立っていることも難しい。

「咲夜君!」

 麗の声が響く。

 城内ではアダルと呼んでくれ――そんな突っ込みを入れる余裕もなく、ただただ倒れゆく自分を感じながら重くなる瞼に逆らうことはできなかった。
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