オカン公爵令嬢はオヤジを探す

清水柚木

文字の大きさ
上 下
2 / 90

2話 乙女ゲーム『愛する貴方と見る黄昏』

しおりを挟む
 俺は今、ベッドの上で頭を抱えてうずくまり、前世の記憶を引き出そうと必死だ。

(まさかの乙女ゲーム)

 なんだっけ……確か攻略対象が5人いるって言ってた。それで、その攻略対象の一人が、アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレ。つまり俺。
 他は確か、教師と枢機卿の息子と宰相の息子と、悪役令嬢の義弟。つまり今現在の彼女の取り巻きという事か。

 正直言うと詳しく知らない。前世の俺の彼女がハマってた。だから少しは知っている。

 俺がさっきまで思い続けてた男爵令嬢の名を思い出す。確か、ラウラ……ラウラ・アイマーロ男爵令嬢。ピンクゴールドのふわふわした髪、黄緑色の大きな目。小柄な体でくるくる動く。この身分至上主義の世界で、それを飛び越えて会話してくる。ボディタッチも多い。

 さっきまでは、その姿をかわいいと思っていた。彼女の望む事はなんでも叶えたい、与えたい、その瞳に映るだけで満足だと……。
 だから、彼女の周りに男が集まっても、なんとも思っていなかった。それが当然だと思っていた。彼女の様な素晴らしい女性には、それが当然だと!
 おかしな話だ。まるで変な魔法に掛けられていたようだ。頭の中を塗り潰される様な、嫌な感覚。

 現在の状況を分析すると、逆ハーレムーエンド。全ての男が恋人という状況だ。
 前世の彼女が言ってた。『全クリした後にできるんだよー』って、笑ってた。点滴に繋がれた細い体で。

 前世の彼女、矢の下うららは病気のせいで、一年中病室にいた。趣味はゲームと読書。今思うと、それしかできなかったんだろうな。

 彼女とはオカンが働いていた病院で出会った。小学生の時、俺が入院した際に同室になった。少し鼻にかかった声で笑うのがかわいくて、退院してからも、学校が終わった後にお見舞と称して遊びに通った。

 中学生の時に告白して、付き合い始めた。
 普通の恋愛と違うから、オカンもオヤジも良い顔はしなかったけど、応援してくれた。
 デートは彼女の病室。彼女がゲームや本の内容を話すのを、いつも聞いてた。
 その中の一つ。『愛する貴方と見る黄昏』そうだ。そんなタイトルだった。

 内容は、幼い頃に両親を亡くし、修道院で働く主人公のもとに、祖父母を名乗る男爵夫妻がやってくる。主人公は男爵令嬢となり、王国の貴族が学ぶ『フォルトゥーナ学園』に通い、攻略対象と会う。
『王子がめっちゃカッコいいの』と笑ってたっけ。

 俺が死んだのが親との高校の卒業旅行。大学に進むために家を出る事になり、その記念に家族で旅行に出かけた。そして事故に合った。

(あいつ、泣いただろうな)

 お土産頼まれてたのに、買ってあげられなかった。帰ってあげられなかった。あいつの病気を治そうと、医者になろうと思って、頑張って勉強して医学部に受かったのに。

 記憶が戻った時は、勝ち組だなんだと明るく考えたけど、こうして改めて思い出すと、あいつのいない人生なんて意味ないな。
 
 ああ、だからラウラ男爵令嬢への愛が無くなったんだ。前世を思い出して、彼女を思い出して、愛する気持ちを取り戻して、そして失った。

 あいつのいない世界なんて意味ないけど、それでもこの世界はゲームの世界じゃない。それは分かる。だから、一人息子で王族である俺は結婚しなきゃいけない。

(麗じゃなきゃ誰でも良い)

 けれど、ラウラ男爵令嬢はダメだ。逆ハー作ってるって言うのもムカつくけど、それだけじゃない。王族として貴族として、特権階級に生きてる人間には義務がある。彼女ではそれを満たすことはできない。
 もちろん前世での記憶がある俺には、人に上下はない事は分かってる。この世界に徐々にその考えが浸透するかどうか、先の事は分からない。
 でも今はダメだ。まだ早い。世界の秩序が乱れてしまう。

 前世の世界を金が支配しているとしたら、今世は魔力が物を言う世界だ。貴族や王族がその魔力で民を守り、恩恵を与える。その為の特権階級だ。
 
 今思うと、言葉使い、礼儀、教養、どれをとっても良いところがない。あるのは愛嬌だけだ。それだって、通じるのは今だけだ。
 
 王子妃教育を受けたエヴァンジェリーナ・サヴィーニ公爵令嬢。彼女は当たり前のことを俺とラウラ男爵令嬢に言っていた。
『未婚の女性が、男性に抱き付いてはいけません』
『婚約者がいる男性と二人きりになってはいけません』
『身分が下の者が上の者に、直接話しかけてはいけません』
『廊下を走ってはいけません』

 ん?最期のは違うか口うるさくてオカンみたいだ。

 彼女となら良い夫婦になれるだろう。

 先触れの手紙を書こう。そして明日会いに行こう。
 これまでの謝罪と、これからの事を相談するために。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。 前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。 恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。 だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。 そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。 「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」 レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。 実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。 女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。 過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。 二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...