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第9章:再起編

ストラティオの回想1

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 その頃の儂はまだ20歳の若造じゃった。自分の力を過信し、過度な自信で無茶ばかりをしておった。ミレス戦士団には序列制度というものが存在し、儂は5000人以上いる団員の中で上位100人の中に入っておった。そのせいか、いつの間にか増長し、驕り高ぶっていたのじゃ。

 そんな自信が打ち砕かれたのはある日受けた任務じゃった。それは砂猿と呼ばれる魔獣の討伐任務でのう。100名からなる部隊の一員として選ばれた儂は敵を深追いした結果、いつの間にか孤立しておった。だが大した任務ではないと高を括っていた儂はその事を深く考えずに追撃したのじゃ。実際に砂猿は数は多かったもののあまり強くなかったからのう。

 しかし一人で100匹ほど殺した頃、砂猿達の群れを統率する魔物が現れた。砂漠猩猩と呼ばれるその魔物の強さは儂の想像を遥かに超えておった。軽く振ったその腕は儂には視認できないほどに素早く、たった一撃で儂の臓腑は破裂し、瀕死の重傷を負った。さらに追い打ちをかけるように砂猿が儂に襲い掛かり、儂を生きたまま喰い始めた。この左手の中指はその時に喰われたものじゃ。

 そうして死を覚悟した時、あの御方が二人の少女を引き連れてふらりと儂の前に現れたんじゃ。

~~~~~~~~

「よう、ドワーフの兄さん。困ってるかぃ?」

 派手な赤い着物を右側だけ脱ぐという変わった着方をする、黒に近い暗い灰色の髪の20歳ほどの男が飄々とした調子で儂に尋ねてきた。儂は砂猿達に齧られる痛みに耐えながら、何とか頷いた。

「まあ、面倒臭ぇが仕方ねえ。助けてやるよ」

 そう言うと、あの御方は何かを呟いた。その瞬間、全ての砂猿達が氷漬けになった。予備動作もなく、あっという間の事じゃった。ハヤト様の術に警戒心を示した砂漠猩猩はすぐに戦闘態勢に入りおった。少し前に儂で遊んだ時とは異なり、本気の様子じゃった。

「おぅおぅ、生きがいいねぇ。まあ、悪いな。遊んでやりたいのも山々なんだけど、俺ぁそんなに優しくねぇんだ」

 次の瞬間、飛び跳ねようとした砂漠猩猩の足が砂に拘束され身動きが取れなくなった。そんな猩猩に歩み寄ると、あの御方を突き放そうと猩猩が両手を振り回した。しかし目と鼻の先で振り回される凶悪な腕を容易く回避すると、あっさりと持っていた見たことのない細長い剣……刀というそうじゃ。それを抜いて首を刎ね飛ばした。時間にして30秒といった所かのう。

 そうして、あの御方は剣の峰で右肩をポンポンと叩きながら、一人の少女に声をかけた。まだ16歳ぐらいの、しかしとても美しい御方だった。ハヤト様とは異なり、砂で少し汚れた白いシャツに紺色のホットパンツと膝上まである黒い靴下、それからブーツを履き、ハヤト様の着物と同じ色の赤いマントを羽織っておった。

「おい、アカリ。そこのドワーフの兄さんを治癒してやれぃ」

 アカリ様はそれを聞いて少し頬を膨らませて言った。

「もう、ハヤト兄様ったら私の事、便利屋か何かと勘違いしてませんか?」

 そんな愚痴をこぼしながらも、アカリ様は儂を治療してくださった。温かい光に包まれ、儂の傷は少しずつ治っていった。

「悪ぃ悪ぃ。まあ、なんだ、お前のおかげでいつも助かってるよ。だからそんな顔すんな。かわいい顔が台無しだぜ?」

「も、もう! そんな事言っても許しませんからね。今回だって砂漠が面白そうっていう理由でこんな所まで来るんだから!」

 アカリ様は急に褒められて顔を赤くしながら、そう言っておった。そんな彼女の頭をポンポンと叩きながらハヤト様は破顔した。

「まあ、そう言うな。旅っていうのは行き当たりばったりだからこそ面白ぇんじゃねぇか」

「ハヤト様、それでも少しは計画性を持って行動してください」

 二人の後ろに控えていたもう一人の少女が溜息を吐きながらそう言った。銀色の腰まである長い髪で、アカリ様と同じような服装に彼女とは異なる茶色のマントを羽織っておった。アカリ様が可愛らしいのに対し、その方、ツクヨ様は凛として美しかった。二人を並べると思わず見惚れるほどじゃった。

「まあ、そのうちな。さてと、ドワーフの兄さん、そろそろ動けるかぃ?」

 気づけば痛みは引き、体が動くようになっておった。

「ごめんなさい。その指だけは治せなかったの」

 アカリ様は本当に申し訳なさそうに儂に謝罪してくれた。

「いえ、本当に救っていただきありがとうございました」

 そんな彼女に儂も深く頭を下げた。

「まあ、無事でよかったよ。そんじゃあ、ついでに近くのオアシスに案内してくんねぇか? もうかれこれ二日も迷子になってんだ。このままじゃ死んじまう」

 屈託のない笑顔のハヤト様は少しだけ幼く見えた。

「全くもう! ハヤト兄様のせいで大変な目に遭ったんですからもっと反省してください!」

「悪かったって。あんまり興奮してそんなおっかない顔してっと、嫁の貰い手がなくなるぜ?」

 そんな事を言うハヤト様をアカリ様は真っ赤になってポカポカと叩いておった。ツクヨ様はそれを見てやれやれと呆れたふうに首を振っておった。

 聞けばハヤト様とアカリ様は従兄妹で、ツクヨ様はアカリ様の付き人だと言っておった。ハヤト様が故郷を飛び出した時にアカリ様が追いかけたそうじゃ。

「全く、お前の無鉄砲さには呆れるぜ」

「その言葉はそっくりそのまま兄様にお返しします!」

 従兄を放って置けないからと言っておったが、アカリ様がハヤト様に懸想しておる事は一目で分かった。ハヤト様はそれに全く気づいておらなかったがのう。ツクヨ様はそんな二人に巻き込まれてうんざりしておった。

~~~~~~~~

「へぇ、ここが砂漠の街か」

 ハヤト様は子供のように楽しそうに街を見回しておった。

「はい、この街はカロレといい、戦士達が暮らす街となっております」

 儂は簡単にこの砂漠にある4つの街を説明した。ハヤト様は目を輝かせて子供の様に無邪気にそれを聞いておった。

「おお、学問の街や商業の街なんてぇのもあるのかい。ちょっと行ってみてぇな」

「私もどんなお洋服や装飾品が売られているのか気になります。ねっ、ツクヨ?」

「はい、アカリ様」

 アカリ様ははしゃいでおったがどこか上品で、何となくどこぞの貴族であるというのが想像できた。

「しっかし噂には聞いていたが、この街は本当に黒髪黒目が多いな。アトルム人つったか?」

 儂らの目の前を通り過ぎたアトルム人の戦士を見て、ハヤト様は物珍しげにそう言っておった。ハヤト様自身黒に近い灰色の髪と瞳を持っており、これまでの旅で色々と面倒があったそうじゃ。

「ストラティオ、お前外の者を連れてきたのか?」

 突然後ろから声をかけられた。振り向くとそこには友人でダークエルフのエルロントがおった。あやつは元々奴隷出身でのう。砂漠の外の人間を憎んでおった。だからすぐにハヤト様の格好を見て外の者と判断したのじゃろうな。

「おお、エルロントか。この方々は砂漠によった旅人で儂の命を救ってくれた恩人よ。失礼な態度をすれば、お主であっても許さんぞ」

 その言葉にあやつは不快感を露わにしおった。

「お前も元は奴隷の身。それなのに外の人間を庇うというのか?」

 儂があやつと仲良くなったのも境遇が似ていたからじゃ。苦々しくそう言うあやつの気持ちは分からんでもない。

「人は人。悪い奴もいれば良い奴もおる。それだけの話じゃ」

「お前はいつも甘すぎる! 簡単に外の者を信用するなと何度も言っているだろう!」

 エルロントとはよく酒を飲み交わす仲じゃが、この話だけは平行線でのう。すると儂らの間にハヤト様が入ってきた。

「まぁまぁ、エルフの兄さん。一旦落ち着こう。あんたが何に怒っているかは分からんが、冷静さは大事だぜ」

 人懐っこい笑みを浮かべるハヤト様をエルロントは睨みつけた。今にも殺してやりたいという殺意の篭った目をしておった。後ろでアカリ様が息を呑み、そんな彼女を守るようにツクヨ様が前に出て、クナイという武器を構えた。しかし、ハヤト様はそんな目を向けられても、笑みを崩さなかった。ハヤト様は警戒すらしておらなんだ。そんなハヤト様に対してエルロントは剣を抜いてその首筋に当ておった。

「な? 一旦落ち着こう」

 それでもハヤト様は堂々とした態度を崩さなかった。まるでその険悪な空気など気にしておらなかった。風呂にでも入っているかのようにリラックスして自然体だったのじゃ。儂と同い年くらいだったのに、その肝の座り様は常人の域をはるかに超えておった。

「ちっ!」

 そんなハヤト様の反応を見て、エルロントは舌打ちを一つすると、剣を収めた。薄く斬られた首筋から血が少しだけ流れた。

「ありがとう。剣を収めてくれて」

 ハヤト様は笑いながらそう言った。たった今殺されかけた事など意にも介しておらなかった。

「俺はお前を認めないからな! ストラティオ、さっさとこんな奴らを追い出してしまえ!」

 そう捨て台詞を吐いて、エルロントは歩き去って行きおった。

「兄様、首から血が!」

 アカリ様が慌てて近寄った。

「ん? あぁ、少し斬れてたか。いやぁ、いきなり剣を抜いてくるなんてなぁ。吃驚したぜ」

 アカリ様から治癒の術を施されながら、カラカラとハヤト様は笑っておった。

「儂の友人が大変失礼な事をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 自然と儂はあの御方に謝罪をしておった。殺されかけた事をそんな風に気軽に話せるハヤト様の風格に気圧されておったのかもしれんのう。

「あぁ、まぁ、大怪我したわけでもねぇし構わねぇよ。それにあのエルフの兄さんが言うように、俺たちゃ余所者だからな。亜人たちが砂漠の外でどんな扱いを受けているかも分かってっから、拒絶する理由は理解できる。だからあんま気にすんな」

 そんな風に言って、ハヤト様は笑いながら儂の肩を軽く叩いてくれたのじゃった。
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