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第9章:再起編
父親
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遺跡から逃げ出して一日後、ジンはカロレの街にいた。先についていたイブリスが話を通していたおかげで、スムーズに上層部に会う事ができ、何が起こったかの報告をする事になった。長机が置かれた会議室には8人の人間が着席していた。ジンとイブリスの他にはミレス戦士団のドワーフの団長ストラティオ・ソルダードとトレガ術師団のエルフの女団長ネフィーク・ドゥーン。それから商業の街ユステの代表である猫人の男性カートル・テンデーロ、農業都市モナークの代表でアトルム人の女性コルトゥーラ・ヴィルトシャフト、ウーインにあるアカデミーの学長である狐人の女性エコール・ルター、そして戦士の街カロレの代表であり二つの団の管理をする犬人の男性ウォル・レーガだ。
「なるほど。しかし、ソール様が倒されたとは。とてもではないが信じられんのう」
ストラティオが長い髭を触りながら呟く。立場上は彼の方が上なのだが、使徒だったソールは特別な存在だ。自然と敬語を扱われていた。
「あの方には人格面で問題はありましたが、実力は確かでした。それなのにたった一撃で、しかも攻撃自体は結界の中から発せられたのですよね」
そうネフィークはジンに再度確認する。
「ああ。確かにあれは結界内から攻撃したものだ」
「つまり、どう言う事なんですかい?」
戦士でないためカートルにはいまいちピンときていなかった。それはコルトゥーラとエコールも同様だった。
「結界内から外部に干渉した攻撃で使徒であるソール様を一撃で殺害したという事は、想像以上に強大な力を持った敵だという事です。それこそ四魔に匹敵するのではないかという程のね」
ウォルが冷静に3人に話す。
「いや、力自体はソールも言っていたが、大した事はない。多分ナガーシカ程度だと思う。だけど、それ以上に得体の知れない力を有している。まるで……そう、まるで世界の理そのものと対峙しているような感覚だった」
ジンはアスルの様子を思い出しながら評価する。冷静になった今思い返せば強さ自体はそれほどでもなかった。だが存在の力とでも言えばいいのか、それが段違いだったのだ。生命体として無条件で降伏したくなるような、そんな気にさせる化物だった。
「ふむ、所で今更なんだが君は一体誰なんだ?」
そこでウォルがジンに質問してくる。
「俺はジン。ジン・アカツキ。……ラグナの使徒だ」
少し逡巡してジンはラグナの使徒だと名乗った。この肩書きはエレミア砂漠において利用できる。ラグナの使徒であるだけで問答無用に優遇されるからだ。しかし彼は今までそれを利用する事は無かった。忌むべき存在の配下だという事を受け入れたくなかったからだ。
だが、事ここに至ってはそのような事は言っていられない。アスルを倒すには多くの助力が必要であり、戦士を動員するのにこの肩書きほど使えるものはない。ラウフ・ソルブの鏡を手に入れるためにも、アスルを倒すためにもジンはラグナの使徒である事を明かした。
「アカツキ……。まさかアカリ様とハヤト様のご子息でしょうか?」
コルトゥーラがジンの名を聞いて尋ねてきた。母親の名前は知っていたがその後に続く名は聞き覚えがなかった。
「アカリは俺の母親の名前だが、ハヤトは知らない。もしかしたら俺の親父なのかも知れないけど」
そういえばアカツキ皇国に2年間もいたものの、自分の親の話を聞いてこなかった事に今更ながら彼は気がついた。ただ、両親が駆け落ちした事と父親は冒険者で任務の最中に生まれたばかりのジンに会う事もなく落命した事だけは知っていた。母親も小さい時に亡くなった為に朧げにしか覚えていなかった。
「知らないとは。まさかお二人はもう……」
「ああ。俺に物心がつく前にな」
その言葉にエコールだけでなく、イブリスを除いてその場にいた全員が悲しそうな顔を浮かべる。
「そうか。あの方々に受けた恩を結局返す事はできなかったのう」
ストラティオの呟きにジンは疑問を持つ。
「恩ってなんだ?」
「そうか。幼い頃にお亡くなりになられたのなら知らぬのも無理ないか。今から25年ほど前になるか。この砂漠に『砂漠の悪魔』と呼ばれる魔獣が現れた。丁度その当時、ソール様はエデンに戻られており不在だった。そのため優秀な戦士達500名による討伐隊が組まれたものの、385人が死に115人が重軽傷を負った」
当時を振り返るように虚空に目を向けながらストラティオは話し出した。
「昆虫のような見た目で、デザートスコルピオのように凶悪な鋏を携え、毒の棘がついた尾を有し、剣を通さぬ硬い外殻を持ち、ナガーシカのように巨大でありながら、その速度は鍛え抜かれた戦士達を遥かに超えていた。また身体中には至る所に人のような目があり、そこから得られる情報を処理できるように脳が頭部、腹部、そして尾部にそれぞれ一つずつ、合計3つあった。鎌のように鋭い足が10本ついており、それで戦士達を貫いた。顔には巨大な虫のような複眼が二つついており、強靭な顎門で戦士達を喰い散らかした」
「それを俺の両親が倒したのか?」
「正確に言えば、ハヤト様が単身で倒したのだ。アカリ様はその治癒の力で死に瀕していた者達を死の淵から救い出した。かく言うわしもその一人だ。あのお方のおかげで今もこうして生きておる」
ストラティオの言葉にジンの中で新たな疑問が生まれる。
「そんな危険な魔獣だったのに、親父はなぜ単独で倒せたんだ?」
「あなたの父ハヤト・アカツキ様はあなた同様ラグナ様の使徒だったからよ」
ネフィークがストラティオに代わりジンの質問に答える。
「何? 本当なのか?」
「ええ。彼は超一流の剣士であったのと同時に、火、水、土、風の4属性の法術と氷、雷、木、金の4属性の神術、つまり8属性を操る術師だったわ。最強という言葉は彼にこそ相応しいと思ったものよ」
通常人間でありながらラグナの使徒の場合、少なくとも3属性以上を扱う事ができる。使徒に選ばれる程の高い能力を有する者は元々2属性以上の法術を扱える。さらにラグナの力によって神術を扱えるようになるのでその扱える属性はさらに増える。実際、ジンの育ての親であるマリアは火、風、光、氷、木の5属性を、ウィルは水、土、雷、金の4属性を扱えた。
それを踏まえた上で、特異系統である光、闇、無以外全て扱えたというのは確かに破格の力だったのだろう。だがそれ以上にジンは何故そんな父親がたかがギルドの依頼で命を落としたのか、疑問に思えてならなかった。
「話が逸れたな。今は昔の事よりもアスルとやらの対策を考えなければならない」
ウォルがそう言うとジンに目を向けた。
「君がラグナ様の使徒だという事は信じよう。それで、何か策はあるかい?」
「この砂漠で結界あるいはそれに準ずるものは何かあるか?」
「掘の外側からさらに結界を張るという事かしら?」
エコールがすぐにジンの意図に気がつき、ジンは彼女に頷いた。
「はい。あいつは人間の生命エネルギーを吸収して強さを取り戻しているようでした。まだソールの結界が機能していますが、これ以上強くならないためには人を近づけないようにしなければなりません。それが出来なければ多分誰も勝てないような存在が誕生する事になり、この砂漠どころか世界すら消え去ると思います。あいつの存在意義はこの世界を創った神達への復讐だ。きっと碌な事にはならない」
「結界とは違いますが、うちのアカデミーには電流網という、触れれば雷神術が流れるという網があります。それを張れば人が近寄るのは困難になると思いますが如何でしょうか」
エコールの提案にジンは首を振った。
「ダメだ。それだけじゃ足りない。ソールを一撃で殺した術が外に漏れ出ないようにしないと」
「しかし私たちには半径2キロの球形を覆えるほどの巨大な結界を作り出す力などありません」
だが即座にネフィークがジンの言葉を否定する。
「術師団全員でも無理そうなのかしら?」
モナーク代表のコルトゥーラがネフィークに聞く。しかしネフィークの答えは否だった。
「そもそも物理的な結界以外は法術だと光と闇、神術だと無属性によって生み出されます。だけど光と闇の法術はフィリアに感知される可能性があるため使えず、無神術を扱える人間がどこにいるか分からないわ。実際、ソール様が張った一つ目の結界は結界の無神術が封じられた封術具によって行われました。けれどそれもせいぜい半径50メートル程の範囲だと言います。半径2キロなど到底不可能です」
そこで今まで黙って聞いていたイブリスが手を挙げた。
「少しいいですか?」
一斉に全員がそちらに目を向ける。
「あら、イブリス教授。どうしたのかしら? 何かアイディアでも?」
エコールからの質問にイブリスは頷く。
「ジンくんの協力があれば可能かも知れません。彼は無神術の使い手ですから」
「なるほど。しかし、ソール様が倒されたとは。とてもではないが信じられんのう」
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「あの方には人格面で問題はありましたが、実力は確かでした。それなのにたった一撃で、しかも攻撃自体は結界の中から発せられたのですよね」
そうネフィークはジンに再度確認する。
「ああ。確かにあれは結界内から攻撃したものだ」
「つまり、どう言う事なんですかい?」
戦士でないためカートルにはいまいちピンときていなかった。それはコルトゥーラとエコールも同様だった。
「結界内から外部に干渉した攻撃で使徒であるソール様を一撃で殺害したという事は、想像以上に強大な力を持った敵だという事です。それこそ四魔に匹敵するのではないかという程のね」
ウォルが冷静に3人に話す。
「いや、力自体はソールも言っていたが、大した事はない。多分ナガーシカ程度だと思う。だけど、それ以上に得体の知れない力を有している。まるで……そう、まるで世界の理そのものと対峙しているような感覚だった」
ジンはアスルの様子を思い出しながら評価する。冷静になった今思い返せば強さ自体はそれほどでもなかった。だが存在の力とでも言えばいいのか、それが段違いだったのだ。生命体として無条件で降伏したくなるような、そんな気にさせる化物だった。
「ふむ、所で今更なんだが君は一体誰なんだ?」
そこでウォルがジンに質問してくる。
「俺はジン。ジン・アカツキ。……ラグナの使徒だ」
少し逡巡してジンはラグナの使徒だと名乗った。この肩書きはエレミア砂漠において利用できる。ラグナの使徒であるだけで問答無用に優遇されるからだ。しかし彼は今までそれを利用する事は無かった。忌むべき存在の配下だという事を受け入れたくなかったからだ。
だが、事ここに至ってはそのような事は言っていられない。アスルを倒すには多くの助力が必要であり、戦士を動員するのにこの肩書きほど使えるものはない。ラウフ・ソルブの鏡を手に入れるためにも、アスルを倒すためにもジンはラグナの使徒である事を明かした。
「アカツキ……。まさかアカリ様とハヤト様のご子息でしょうか?」
コルトゥーラがジンの名を聞いて尋ねてきた。母親の名前は知っていたがその後に続く名は聞き覚えがなかった。
「アカリは俺の母親の名前だが、ハヤトは知らない。もしかしたら俺の親父なのかも知れないけど」
そういえばアカツキ皇国に2年間もいたものの、自分の親の話を聞いてこなかった事に今更ながら彼は気がついた。ただ、両親が駆け落ちした事と父親は冒険者で任務の最中に生まれたばかりのジンに会う事もなく落命した事だけは知っていた。母親も小さい時に亡くなった為に朧げにしか覚えていなかった。
「知らないとは。まさかお二人はもう……」
「ああ。俺に物心がつく前にな」
その言葉にエコールだけでなく、イブリスを除いてその場にいた全員が悲しそうな顔を浮かべる。
「そうか。あの方々に受けた恩を結局返す事はできなかったのう」
ストラティオの呟きにジンは疑問を持つ。
「恩ってなんだ?」
「そうか。幼い頃にお亡くなりになられたのなら知らぬのも無理ないか。今から25年ほど前になるか。この砂漠に『砂漠の悪魔』と呼ばれる魔獣が現れた。丁度その当時、ソール様はエデンに戻られており不在だった。そのため優秀な戦士達500名による討伐隊が組まれたものの、385人が死に115人が重軽傷を負った」
当時を振り返るように虚空に目を向けながらストラティオは話し出した。
「昆虫のような見た目で、デザートスコルピオのように凶悪な鋏を携え、毒の棘がついた尾を有し、剣を通さぬ硬い外殻を持ち、ナガーシカのように巨大でありながら、その速度は鍛え抜かれた戦士達を遥かに超えていた。また身体中には至る所に人のような目があり、そこから得られる情報を処理できるように脳が頭部、腹部、そして尾部にそれぞれ一つずつ、合計3つあった。鎌のように鋭い足が10本ついており、それで戦士達を貫いた。顔には巨大な虫のような複眼が二つついており、強靭な顎門で戦士達を喰い散らかした」
「それを俺の両親が倒したのか?」
「正確に言えば、ハヤト様が単身で倒したのだ。アカリ様はその治癒の力で死に瀕していた者達を死の淵から救い出した。かく言うわしもその一人だ。あのお方のおかげで今もこうして生きておる」
ストラティオの言葉にジンの中で新たな疑問が生まれる。
「そんな危険な魔獣だったのに、親父はなぜ単独で倒せたんだ?」
「あなたの父ハヤト・アカツキ様はあなた同様ラグナ様の使徒だったからよ」
ネフィークがストラティオに代わりジンの質問に答える。
「何? 本当なのか?」
「ええ。彼は超一流の剣士であったのと同時に、火、水、土、風の4属性の法術と氷、雷、木、金の4属性の神術、つまり8属性を操る術師だったわ。最強という言葉は彼にこそ相応しいと思ったものよ」
通常人間でありながらラグナの使徒の場合、少なくとも3属性以上を扱う事ができる。使徒に選ばれる程の高い能力を有する者は元々2属性以上の法術を扱える。さらにラグナの力によって神術を扱えるようになるのでその扱える属性はさらに増える。実際、ジンの育ての親であるマリアは火、風、光、氷、木の5属性を、ウィルは水、土、雷、金の4属性を扱えた。
それを踏まえた上で、特異系統である光、闇、無以外全て扱えたというのは確かに破格の力だったのだろう。だがそれ以上にジンは何故そんな父親がたかがギルドの依頼で命を落としたのか、疑問に思えてならなかった。
「話が逸れたな。今は昔の事よりもアスルとやらの対策を考えなければならない」
ウォルがそう言うとジンに目を向けた。
「君がラグナ様の使徒だという事は信じよう。それで、何か策はあるかい?」
「この砂漠で結界あるいはそれに準ずるものは何かあるか?」
「掘の外側からさらに結界を張るという事かしら?」
エコールがすぐにジンの意図に気がつき、ジンは彼女に頷いた。
「はい。あいつは人間の生命エネルギーを吸収して強さを取り戻しているようでした。まだソールの結界が機能していますが、これ以上強くならないためには人を近づけないようにしなければなりません。それが出来なければ多分誰も勝てないような存在が誕生する事になり、この砂漠どころか世界すら消え去ると思います。あいつの存在意義はこの世界を創った神達への復讐だ。きっと碌な事にはならない」
「結界とは違いますが、うちのアカデミーには電流網という、触れれば雷神術が流れるという網があります。それを張れば人が近寄るのは困難になると思いますが如何でしょうか」
エコールの提案にジンは首を振った。
「ダメだ。それだけじゃ足りない。ソールを一撃で殺した術が外に漏れ出ないようにしないと」
「しかし私たちには半径2キロの球形を覆えるほどの巨大な結界を作り出す力などありません」
だが即座にネフィークがジンの言葉を否定する。
「術師団全員でも無理そうなのかしら?」
モナーク代表のコルトゥーラがネフィークに聞く。しかしネフィークの答えは否だった。
「そもそも物理的な結界以外は法術だと光と闇、神術だと無属性によって生み出されます。だけど光と闇の法術はフィリアに感知される可能性があるため使えず、無神術を扱える人間がどこにいるか分からないわ。実際、ソール様が張った一つ目の結界は結界の無神術が封じられた封術具によって行われました。けれどそれもせいぜい半径50メートル程の範囲だと言います。半径2キロなど到底不可能です」
そこで今まで黙って聞いていたイブリスが手を挙げた。
「少しいいですか?」
一斉に全員がそちらに目を向ける。
「あら、イブリス教授。どうしたのかしら? 何かアイディアでも?」
エコールからの質問にイブリスは頷く。
「ジンくんの協力があれば可能かも知れません。彼は無神術の使い手ですから」
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