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第9章:再起編

荒療治

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「さてと、ここじゃなんだし、場所を移そうか。ついてきなよ。それとフェル、サヴラとエルロントが起きたら一緒に私の部屋に来るように」

「分かりました」

 ソールの言葉にびくつきながらもフェルが頷いた。そんな彼女を横目に、スタスタと歩き出したソールの後をジンは付いて行く。兵舎に入り、しばらく進み、重厚な木の扉の前で立ち止まった。扉にはソール・クリーガという名が書かれた札が貼られていた。

「さあ、入って。お茶にしよう」

 ニコリと微笑む彼女の案内で部屋の中に入る。さっとジンは部屋の中の様子を伺う。その部屋はまさに小さな図書館だった。部屋の大きさはそこまででもないが、左の壁と右の壁は天井まで届く本棚が置かれている。正面の壁には窓があり、その前には執務机が置かれているが、窓の左右にもやはりぎっしりと本が詰まった本棚が置かれている。部屋の中央には来客用なのか、1人がけのソファが2つずつ、長方形のテーブルを挟んで計4つ置かれている。そのテーブルにも本が堆く積まれている。

「いやぁ、書物の収集が趣味でね。ビブリオフィリアとまではいかないけど、部屋中に本が置かれてないと、落ち着かないんだ。まあ座ってちょっと待ってて」

 少し恥ずかしそうに言うソールに従い、ジンはソファに腰掛ける。それを見たソールは一旦部屋から出ると5分もしない内にティーポットとカップ、そして茶菓子のケーキを持って戻ってきた。

「さてと、それじゃあ具体的な話を聞かせて貰えないかな?」

 2つのカップに紅茶を入れて、1つをジンの前に置き、もう1つを口に運ぶ。

「ああ、だが話すと言っても特に話す事なんて無いぞ」

 ジンもソールに倣って、カップに口をつけて一口飲む。

「今まで何をしていたのかとか、今後どうするつもりなのかとか、色々あるだろう? 神を殺すって言ってたけど、どうするつもりだい?」

「俺は……」

 口を開こうとして、強い眠気に誘われる。ジンが顔を上げてソールの方を見ると、その口の端が僅かに上がっていた。

~~~~~~~~

「う……」

 薄暗い部屋の中で意識を取り戻す。体を動かそうとするも、右手と両足には枷が嵌められ、壁に張り付けられている。左右の壁には一本ずつ蝋燭が燃え、そのおかげで淡い光が部屋を満たしている。

「ここは……」

「ようやく起きたみたいだね」

 ボソリと呟いたジンの声に反応したのか、暗闇の奥からゆっくりとソールが現れる。

「何のつもりだ?」

「へぇ、怖がらないんだね。まあ、ティファニア様達の所で訓練したならこれぐらい慣れているか」

 ソールの言葉に記憶を呼び起こされる。エデンで鍛えていた頃の地獄の様な日々。毒や傷による痛みや恐怖心を克服する為の耐久訓練。罪の意識に慣れる為の殺人訓練や拷問訓練。相手を嵌める為の詐術や房中術。人間として正しくある為の良心を手放し、ただ敵を倒す為の存在に造り替えられて行く日々。それを思い出し、ジンの顔が少し歪んだ。

「もう一度聞く。何のつもりだ?」

 今度は少し語気を強めて尋ねる。それを聞いたソールは悪びれもせずに言う。

「壊れた君を戻す為の処置さ」

「どう言うことだ?」

「君、本当は神の事なんてどうでもいいんだろう?」

「……」

 ソールの言葉を否定せずに、ジンはただ黙る。そんな彼の様子を見て、ソールは溜息を吐いた。

「やっぱりね。ティファニア様から傑作が出来たって話は聞いていたのに、想像していたのと全然違うんだもんな。君、どれだけ取り繕おうとしても負け犬の目をしているよ」

 彼女はジンに近づくと、彼の右目を強引に大きく開かせて覗き込んだ。

「法魔が恋人の肉体を奪ったって話はラグナ様から聞いている。そのせいで君がやる気を無くしたという事もね」

「そんな事はない」

「口でどれだけ強がろうと、その左腕が証拠じゃないか。無神術は創造の力。それなのに、その腕はどうしたんだ? なぜ戦う意志を持っているのに、いつまでも治さないんだ?」

「それは……」

「わかっているよ。治さないんじゃなくて、治せないんだろう? 戦う気力が湧かなくて。立ち向かう勇気が持てなくて。恋人を殺す覚悟を決められなくて。生きることすら億劫で、不便でも力を使う事も面倒なんだろう」

「……」

「でも安心してくれ。私がその執着を消してやる。元の大志を思い出させてやる。笑いながら最愛の人を殺せる君に戻してやる」

 ソールは知らない。どれだけ辛い事があろうと、人としての優しさを保ち続けてきた、ある意味で狂っているとも言えるジンの善性を。彼女自身、かつてエデンで受けた訓練で心が壊れてしまったのだ。おそらく自分よりも過酷な訓練を受けたジンがまだ壊れていないのだとは想像もしなかった。

 彼が腕を治せないのは覚悟が無いからなどというものではなく、自身の力の根源を嫌悪しているからであるという事も、彼女には知る由もなかった。

「はっ、それであんたは何をするつもりなんだ? 洗脳でもするのか?」

 何も知らないくせにとばかりにジンは鼻で笑う。

「洗脳だなんてとんでもない。結果そうなるかもしれないってだけで、私がするのはあくまでも、君が戦える様になる為の手助けだよ」

 そう言うと、ソールは小さく『雷走』と呟いた。瞬間、細く小さい稲妻が左右の壁を走り、その際発した火花が壁に設置されていた蝋燭に火を灯した。ようやく明るくなった部屋の中で、ジンは眉を顰める。ソールの横の置かれた車輪付きのテーブルの上にある、見覚えのある数々の拷問器具を見つけたからだ。

「さてと、それじゃあまずはその左腕を生やす為の荒療治と行こうか。大丈夫、体に『治さないと死ぬ』という危機感を覚えさせれば、きっとまた使える様になるさ」

 ソールは邪気のない笑みをジンに向ける。

「安心して欲しい。これでも私は木神術の使い手で、治癒には自信があるんだ。流石に無神術のように創ったり生やしたりするのは無理だけど、無神術がまた使える様になるなら、別に死なない程度にやっても構わないよね?」

 返事も聞かずに、彼女は拷問器具の選別を始める。

「まあ、とりあえずまずは2つあるものから行こうか。知っているかい? そこは一つしかなくても機能するんだ」

 楽しそうにソールが取り上げたそれは、くるみ割り機の様な形状をしていた。

「おいおい、それは洒落になんねーよ」

 頬をひくつかせて、ジンは苦笑いをした。

~~~~~~~~

 窪んだ右目、削がれた両頬、落とされた左耳、削られた鼻、切り取られた唇、全ての歯が抜かれた口内。切り落とされた右手親指の第一関節から先、人差し指と中指。薬指と小指の爪と皮膚の間に入った太く返しのついた針。皮を剥がれた二の腕と腱を切られた手首、削ぎ落とされた上腕二頭筋と三角筋。体には夥しい数の棘付き鞭の跡。棘の為か、そこかしこが抉れ、捲れ返っている胴体。体内では肋骨が10本、片方の肺、胃、肝臓の一部、腎臓、腸の一部が麻酔無しで摘出されていた。両脚の内、右腿には太い杭が打ち込まれ、左足は膝から下を切断され、切断面は止血の為に焼かれている。それ以外にも至る所に針が刺されたり、皮を剥がれたり、骨が折られたりしている。怪我の数は優に数百は超えるだろう。生きているのが不思議なほどの大怪我だ。

「さあ、そろそろ無神術が使える様になったかな?」

 恍惚とした表情で、ソールはその美しい裸体をジンの前で晒していた。興奮の為か、時折鞭を持っていない方の手を下に伸ばしてほとりを冷ます。

「うぁ……」

 ジンが呻く。

「ふむ、まだ足りないのかな」

 そう言うとソールは鞭を置いて、刃が研がれていないナイフを器具が置かれている台から取り上げた。もう何度も使われたと一目で分かるほど血に塗れている。そして、徐にジンの右胸を優しく撫でる様に触ってから、刃を立ててノコギリの様に動かし始めた。肉が切れる音と共に血が飛び散る。

「があああああああ!!」

 ジンの悲鳴が部屋の中を響き渡る。それを聞いてうっとりした表情を浮かべながら、ソールは切り取った肉片を口に持っていく。滴る血を美味しそうに舐めてから、見せつけるようにジンの前でかぶりつく。クチャクチャという音が部屋の中に響き、しばらくしてそれを飲み込む音が聞こえた。

「ああ、素晴らしいよ。目的を忘れて達してしまいそうだ!」

 だがそう言いながらもソールはすぐに木神術を発動し、最低限の止血をする。

「か……あ……」

「おや、もう気を失ってしまったのかな? まだ5日目は始まったばかりだというのに。まあでも、私も少し熱を収めるとしよう」

 不満そうな顔を浮かべたソールはナイフを台に戻すと、しばらくの間傷だらけのジンの体を舐めたりいじったりして、彼の血をその身につけながら自慰行為に耽り続けた。
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