World End

nao

文字の大きさ
上 下
245 / 273
龍の章

生存戦略

しおりを挟む
 僕にとって闘いとは生きる事と同義だった。一つの体に二つの魂が共存する状態。それが僕だった。生まれる前から僕は奴を認識し、奴を通してあらゆる事を学んだ。しかし同時にその時から、僕は生き残る為の奴との生存競争が始まった。

 ノヴァ。奴は僕の教師であり、最も親しい友であり、そして最も憎い存在でもあった。

 僕が生きる上で必要な術は全て奴から学んだ。奴は僕に優しく接してくれたし、父さんと母さんから逃げ出した僕に親身になってくれた。だけど、今なら分かる。その優しさは全て奴の打算から来ていたという事を。

 僕は今この時も奴に魂を少しずつ喰われている。徐々にではあるが、僕の記憶に空白の時間が増えているのだ。その間、誰が僕の肉体を支配しているのかは考えるまでもないだろう。

 なぜ今更なのかと投げやりに聞いてみたら、四魔は共鳴するように魂が強固になるそうだ。他の四魔が目覚めるほどに魂はより強くなるのだ。つまり今までは乗っ取る事ができるほどの力はなかったらしい。何よりも僕はノヴァとの魂の結びつきが弱く、奪いにくかったらしい。だがこの前全ての四魔が現れた。もう何もノヴァを止める力を持つ者はいない。

「必ずお前の全てを奪う」

 そう何度も告げる僕を奴は嘲笑う。フィリア様も求めているのは僕ではなくノヴァだ。僕に生きる事を望む者も、愛してくれる者もいない。それが狂いそうになる程怖い。そんな気持ちを見透かしてか、精一杯強がる僕の言葉をノヴァは羽虫の囀りだとでも言うように嗤った。

~~~~~~~~~

「この任務を達成したら、僕のお願いを聞いてもらえますか?」

 小間使いのように、フィリア様の命で僕は今様々な所に向かい、そこで任務を実行する。普段はノヴァがあの御方と接するのだが、その日はなぜか僕に譲ってくれた。多分、間も無く僕を喰い尽くせると考えているのだろう。最後の情けという訳だ。

『ああ、私のかわいいレヴィ。いいでしょう。あなたの願いを叶えてあげましょう。それで、何をして欲しいの?』

 優しそうにフィリア様は言った。その真意がなんなのか分からない。フィリア様はとても気まぐれだ。だから今そう言っていても、数分後にはもう考えを変えているかもしれない。それでもその言葉を信じる以外に僕にはもう道がない。

「僕を……僕を息子のように愛してください。誰よりも、ノヴァよりも!」

 彼女のお気に入りになる事が今の僕にできる唯一の生存戦略だった。こんな醜く哀れなところをフィリア様に見せたくはなかった。だけど、それが生き残るために必要ならば、僕は喜んで彼女が望む道化を演じよう。ノヴァよりも上手く、長く愛でてもらえるように。

『ふふふ、面白い事を言うのね。私は今もあなたを愛していますよ。ノヴァとあなたに優劣をつけるだなんて、そんな事はしていないわ』

 多分フィリア様の言葉は正しいのだろう。この御方にとって、下界に住まう者は須く彼女を楽しませるためのおもちゃだ。その中には当然僕も含まれている。それを理解してから時々、僕は僕が殺した母さんを思い出すようになった。僕を無償で愛してくれた存在を。それから父さんも。

 だけどそれ不敬だ。そんな考えを抱く事自体が、彼女の愉悦のために生み出された存在として間違えている。ノヴァもレトも同じようにフィリア様のためだけに行動している。だけど、僕だけは奴らとどこか違う。それがなぜかは分からない。

「確かにあなたの愛は万人に等しく降り注がれています。だけど、僕はあなたの唯一でありたい。ノヴァ達四魔よりも特別な存在として見て欲しい!」

 殺されるかもしれないと覚悟しながらも、僕は叫んだ。その言葉にフィリア様は目を丸くする。

『……いいでしょう。あなたが私の期待に沿う働きをしてみせたら、その時はあなたを私の息子として認めてあげる』

 彼女が何を意図しているのかは分からない。だけどこれで、僕が生き残る術が見つかった。それに安心した。

「ありがとうございます。必ず成功させます!」

『ええ。行ってらっしゃい』

 フィリア様の言葉を背に、僕の意識は肉体へと戻っていった。

~~~~~~~~

『良かったのかい? あんな約束しちゃって』

『あら、来ていたの。まあ別にいいのよ。それにレトちゃんにも子供が出来たじゃない。私も一度くらい子供がどんなものか体験してみようかと思ってね』

『ふーん、でもあの子を子供にするんなら、ノヴァはどうするの?』

『別にどうもしないわよ。どうせノヴァには勝てないだろうから。取り込まれる僅かな時間だけでも一緒にいてあげようと思うの。どう思う?』

『いいんじゃない。おばさんがそれでいいならさ』

 無邪気な笑顔でそう言う彼女を見て、僕は思わず苦笑した。

『それで、与えた任務って何?』

『ああ、アカツキの結界を壊してってお願いしたの』

 彼女の言葉を聞いて僕は思わず目を丸くした。

『正気かい? あれは万全な状態の四魔でも壊せないほど強力なものだよ。何よりも、強い奴が攻撃すればその力が倍になって返ってくるっていう嫌らしい設計だ。何せあれはカムイが僕の権能を用いて張ったもので、僕の力の一部、つまり本物の神の力による結界だからね。神に創られたただの存在が、簡単に神の力を超えられる訳がないだろ』

『ええ、そうでしょうね。でもあの子は必ず成し遂げてみせると誓ってくれたわ。子供を信じるのが親の務めなのでしょう?』

『まあ、そうだね。でも下手したらノヴァも死んじゃうよ?』

『その時はノヴァの魂を持った別の子を創り出せばいいだけじゃない』

 不思議そうに僕の質問に彼女は答えた。

『本当に、あなたは人が悪い』

~~~~~~~~

 結論から言えば、僕は失敗した。眼前にあるアカツキの結界はあらゆる攻撃を跳ね返した。弱った僕と交代する形でノヴァが肉体の占有権を得た。そして僕に代わってノヴァがアカツキの結界を破壊しようと試み始めた。

 次に僕が意識を取り戻した時、僕の体はボロボロになり、もはやまともに動く事も出来なかった。どうやらノヴァも失敗したらしい。首を少し動かすと、視界の端に結界が映った。

 だんだん気が遠くなる気がして、僕は目を閉じて、近づいてくる終わりを待った。

~~~~~~~~

 真っ白い空間にレヴィは立っていた。あたり一面には何もない。

「どこだ、ここは?」

 レヴィは呟く。それはノヴァへの質問だった。しかし、答えは返って来なかった。

「どういう事だ? おい、ノヴァ! いるんだろう!」

 いつもノヴァと対面する時とは全く異なる空間ではあるが、それが超越した者に創られたものだという事をレヴィは肌で感じて理解していた。そしてこんな事が出来るのは女神フィリアを除いて、彼が知る限りではノヴァか、法魔しかいない。フィリアも法魔もわざわざこんな事をするとは思えないので、消去法的にはノヴァしかいないと彼は考えた。

『残念! 彼はこの空間にはいないよ』

 後ろから声をかけられた事以上に、レヴィはその存在が自分の背後に突然現れた事に驚愕し、咄嗟に距離をとった。レヴィが声のした方を睨むと、そこにはこの世のものとは思えない程美しい青年がいた。そして、それはノヴァの記憶を見せてもらった時に見た顔だった。

「あんたは……?」

『僕かい? 僕はラグナだ。フィリアおばさんの甥っ子で、ジン君の飼い主のさ。なんてね』

 ラグナが敵対している神だとレヴィは聞いていた。それで彼はすぐに構え、爪を伸ばそうとした。しかしいくら力を使おうとしても、体には何の変化も現れなかった。

『ああ、無駄無駄。この世界は僕が創ったものだから。ルールは僕が決められるんだ。君に僕を攻撃する事は出来ないよ。あ、それとこの空間にはノヴァも入り込めないから、今この瞬間はまさに君一人だけだ』

「……それならあんたの目的はなんだ」

 レヴィは警戒したようにラグナを睨む。

『いやー、君とおばさんの会話を偶然聞いちゃってさ。あ、僕とおばさんはお茶友なんだけど聞いてる?』

「いや」

 突然の真実にレヴィは混乱する。それならばジンは一体何のために闘っているのか。そして自分の本当の両親は何のために命を落としたのか。レヴィは自分の存在の根底を揺るがされた気がした。

『あ、そうなの。まあでも、ノヴァも知らない事だし仕方ないか』

「……僕に何の用だ?」

 何とか持ち堪えて、話を進めないラグナにもう一度尋ねる。すると、ラグナは人懐っこそうな笑みを浮かべてレヴィに提案した。

『君、今ノヴァに取り込まれそうでやばいんだろ。ノヴァに勝つ方法を教えてあげるよ』

「あんたがそれをするメリットは?」

『メリットか、特にはないけど、強いて言えばそろそろ配役に飽きてきたって所かな。おばさんはお気に入りを転生させて何度も使いたがるんだけどさ。僕はやっぱり転生させるのって邪道だと思うんだ。だってそいつにだけ何回もチャンスがあるんだぜ? 万人を愛するなんて標榜してるくせにずるいじゃん。保守的なくせに新しい物語が見たいとか図々しいよね。まあ、だからそろそろ配役も交代かなと思ってさ。レトの方もそうしてみようとしたんだけど、ジン君がドジ踏んで失敗しちゃったよ。いやぁ、参った参った』

 胡散臭さを隠そうともしていないラグナを、レヴィはとてもではないが信じられなかった。

『あ、僕を信じられない? まあ、それはそうだろうけどさ。いいのかい? 君、このまま生き延びたとしても、ノヴァに魂を取り込まれて終わりだぜ?』

 だがラグナの言う事もまた事実だった。その上、任務に失敗したレヴィを、フィリアが愛しはしないであろうという事は彼にも容易に想像できた。つまり結界を破壊出来なかった時点で彼の命運は尽きていたのだ。そんな状況にに今一筋の光が差した。ならば差し出された手を掴む以外の選択肢は、彼にはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...