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第8章:王国決戦編
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法魔はハンゾーをジンに向かって放り投げる。まるで最後の別れの時間を与えるかのように。否、彼女にとってその行いはまさにそのためのものだった。今この瞬間も、フィリアが彼女とジンの戦いを覗き見ている事を、彼女は知っている。自分の役割はフィリアの為に面白い劇を生み出す事だと、彼女は十分に理解しているのだ。だからこそ、少しでも盛り上がる様に、フィリアが楽しめる様に行動する。それが彼女が造られた時に与えられた存在意義だからだ。
特に前回と今回宿った肉体はどちらも目の前のラグナの使徒である『贄』と深い関係にあった人物だ。こんな悲劇的な戦いを放置するほど、彼女の創造者は優しくない。
「おい、ハンゾー。しっかりしろ!」
ジンは急いで抱き上げてハンゾーの状態を確認する。身体中が切り裂かれてグチャグチャだった。右肩から左の肋まで深々とした傷があり、骨どころかその下の肺や心臓まで露出している。右腕は千切れかけており、腹部からは切れ切れになった内臓が飛び出している。左腕にはヒビが伸びており、その先の手はすでに砂の様にハラハラと崩れて溢れている。両足は切断されており、体のそこかしこから血が出ている。
「今治すから死ぬんじゃねえぞ!」
治癒の短剣ではとてもでは無いがこれほどの傷を治す事は出来ない。ハンゾーに必要なのは回復ではなく修復だ。失われた箇所を造り直すしかない。他人を治した事はないが、幸いな事に無神術の真髄は創り出すことだった。自分の腕に行った事をハンゾーにすればいいだけだ。そう考えたジンは急いで術を発動する。ジンの狙い通り、徐々にハンゾーの肉体が元に戻り始めた。
「ジン……さ……」
「喋るんじゃねえ! いいから黙って治療されていろ!」
だがジンの予想に反して、ハンゾーの肉体にどんどんヒビが広がっていく。
「クソっ! なんだこれ……なんなんだよ! 止まれ、止まれぇぇぇ!」
すでに大きい怪我は修復し終えた。しかし治した所が次々とヒビ割れていく。さらには砂の様に崩れ始めた。
「ジン様、良いのです」
治療のおかげか話す事ができる様になっていた。しかしその声には疲労の色が濃く含まれていた。
「良くねえ!」
「これは『紅気』を使った反動によるものです。生命力を使い果たしてしまえば怪我とは違って元には戻りませぬ」
それでもジンは治そうと力を行使しようとした所で、ハンゾーが残った右手でジンを制する。
「これ以上、死にかけのジジイにお力をお使いしますな。それはこれからの戦いに取っておきますように」
「……わかった」
そう言うと、ジンは術をとめた。最低限食い止めていた力も無くなり、ハンゾーの肉体はどんどん砂の様に崩れていく。ジンは顔を歪めて唇を強く噛み締める。血が一筋溢れた。
「それで良いのです。ジン様、死に行くジジイの願いをお聞きくださいますでしょうか?」
静かに首肯すると、ハンゾーは嬉しそうに笑った。
「どうかあの娘を、儂の孫を殺し、悪しき魂から、宿命から救い出してください。死ぬ事すら出来ず、人を喰らう悪鬼に落ちるなどあの者も望みますまい」
孫という言葉に目を丸くするも、ジンはハンゾーの言葉に耳を傾け直した。
「あの者の弱点は恐らく腹です。魔核がそこにあるのでしょう。先程儂が腹に向けて攻撃した時に過剰に反応しておりました。それから目に注意して下さい。先程の術の発動条件は目、手印、呪言の3つ。視覚から外れれば防ぐ事ができます」
シオンがジンの子供を妊娠している事を、ハンゾーは知らなかった。だから法魔の行動の意味が異なる可能性を示している事など頭になかった。だがジンはハンゾーの言葉を聞いて確信した。まだシオンの意識が法魔の中で戦っている事を。ならば、彼がすべき事は一つだけだ。
「悪いなハンゾー。俺はあいつも、お前の曽孫も死なせる気はねえ。必ず救ってみせる」
ジンはハンゾーに笑いかける。ハンゾーはジンの言葉にぱちくりとまたたいてから静かに笑った。
「左様ですか。それならばこれ以上野暮な事は言いますまい。勝ってください。勝って……全てを……取り戻し……くださ……」
ヒビは身体中に広まり、ついにハンゾーの舌まで届き、彼は言葉を失った。だがその目にはまだ強い意志が込められていた。
「ああ、そのつもりだ」
ジンは彼に向かって力強く、安心させるために頷いた。どんどん軽くなっていくハンゾーに、ジンは宣言する。
「必ず救ってみせる。だからお前は見ていてくれ」
その言葉にハンゾーは動きづらくなった顔でニコリと笑う。そして砂となってジンの腕から零れ落ちた。
空っぽになった彼の服を強く握ってから立ち上がると、法魔の方を睨みつけた。
「最後の別れを待ってくれるなんて、随分優しいんだな」
皮肉った言葉に法魔は嗤う。
【なに、我らの至上の命題はフィリア様を喜ばせる劇を生み出す事。お前達の哀れな別れは、あの御方もさぞお悦びになるだろうて】
「はっ、相変わらず悪趣味なクソ女神だ。それより、お前さっきシオンはもう起きないって言ったよな」
【ああ、決してな】
「じゃあなんで腹の子を庇ってんだ?」
【なに?】
「分かってた事だったんだけどさ。あいつはそう簡単にお前に操られる玉じゃねえんだよ」
【馬鹿な事を。四魔の侵食に耐えられる魂など、この世に存在せぬ】
そうは言うものの、レト自体先程の跳躍の意味が分かっていなかった。実動時間はそれほどでもないが、それでも今までに憑依した肉体の経験を、魂を吸収する事で学習してきた法魔は知識や精神の面で、戦闘経験が豊富である。それなのに、そんな自分が高速で動く相手の前で足を失う選択をするなど理解し難かった。腹など切られた側から修復すればいいのだから。だが自分の行動にシオンの精神が干渉しているのなら納得できる。
【存在せぬが、そうであるならば徹底的に喰らうまでよ】
レトからすれば至極当然の結論である。だがそれを簡単に許すジンでは無い。
「時間なんかやるかよ!」
ジンは一気に肉体を最大限まで強化すると、さらに権能を解放する。黒い闘気が彼の肉体を包んだ。そして一気に接近する。
【馬鹿が、あのジジイの言葉を何も理解していない様だな】
すぐさま手印を組むと呪言を発しようとする。しかし、ジンは持っていたハンゾーの上着を法魔に向けて投げた。まるで風に押されている帆のように広がると、その影にジンは隠れる。
【『止』】
直後、言葉がジンの所に届く。しかし服が壁となり、ジンの代わりにその場に停止した。法魔は眉を顰めるも、すぐにジンの出方を見る。
突如頭上が暗くなり、上からジンが短剣を振り下ろしてきた。
【くっ!】
後ろに下がってそれを回避すると、ジンはピッタリと張り付いて相手が術を発動しようとする隙を与えない。何かを放とうとする素振りを見せた瞬間に右腕を切り飛ばした。
「術を使わせるわけねえだろ!」
距離を取れないと理解すると、レトは肉体を硬化させてジンの剣戟を防ごうとする。しかしその程度、最大限まで肉体を強化した今のジンにとっては大したものではない。あっという間にレトを切り刻んだ。
【くはっ】
「おいシオン! 目ぇ覚まさねえとガキごと叩っ斬るぞ!」
ジンがそう叫んで、彼女の腹に向けて横薙ぎの一撃を放つ。レトは驚きながらもなんとか後退してそれを回避した。
【速さが今まで以上に増しているな。それにしても貴様、自分の子供を殺す気か?】
「当然だ。俺はシオンが表に出てくるならなんだってやってやる。たとえあいつに恨まれたとしてもな」
当然の事だがジンにその気はない。それは対峙しているレトも理解している。だがこのブラフはレトにではなく、その内に眠る彼女への言葉だった。
【そうか。それならばやって……「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然、レトの精神を追いやって、シオンの意識が表層に出てきた。
特に前回と今回宿った肉体はどちらも目の前のラグナの使徒である『贄』と深い関係にあった人物だ。こんな悲劇的な戦いを放置するほど、彼女の創造者は優しくない。
「おい、ハンゾー。しっかりしろ!」
ジンは急いで抱き上げてハンゾーの状態を確認する。身体中が切り裂かれてグチャグチャだった。右肩から左の肋まで深々とした傷があり、骨どころかその下の肺や心臓まで露出している。右腕は千切れかけており、腹部からは切れ切れになった内臓が飛び出している。左腕にはヒビが伸びており、その先の手はすでに砂の様にハラハラと崩れて溢れている。両足は切断されており、体のそこかしこから血が出ている。
「今治すから死ぬんじゃねえぞ!」
治癒の短剣ではとてもでは無いがこれほどの傷を治す事は出来ない。ハンゾーに必要なのは回復ではなく修復だ。失われた箇所を造り直すしかない。他人を治した事はないが、幸いな事に無神術の真髄は創り出すことだった。自分の腕に行った事をハンゾーにすればいいだけだ。そう考えたジンは急いで術を発動する。ジンの狙い通り、徐々にハンゾーの肉体が元に戻り始めた。
「ジン……さ……」
「喋るんじゃねえ! いいから黙って治療されていろ!」
だがジンの予想に反して、ハンゾーの肉体にどんどんヒビが広がっていく。
「クソっ! なんだこれ……なんなんだよ! 止まれ、止まれぇぇぇ!」
すでに大きい怪我は修復し終えた。しかし治した所が次々とヒビ割れていく。さらには砂の様に崩れ始めた。
「ジン様、良いのです」
治療のおかげか話す事ができる様になっていた。しかしその声には疲労の色が濃く含まれていた。
「良くねえ!」
「これは『紅気』を使った反動によるものです。生命力を使い果たしてしまえば怪我とは違って元には戻りませぬ」
それでもジンは治そうと力を行使しようとした所で、ハンゾーが残った右手でジンを制する。
「これ以上、死にかけのジジイにお力をお使いしますな。それはこれからの戦いに取っておきますように」
「……わかった」
そう言うと、ジンは術をとめた。最低限食い止めていた力も無くなり、ハンゾーの肉体はどんどん砂の様に崩れていく。ジンは顔を歪めて唇を強く噛み締める。血が一筋溢れた。
「それで良いのです。ジン様、死に行くジジイの願いをお聞きくださいますでしょうか?」
静かに首肯すると、ハンゾーは嬉しそうに笑った。
「どうかあの娘を、儂の孫を殺し、悪しき魂から、宿命から救い出してください。死ぬ事すら出来ず、人を喰らう悪鬼に落ちるなどあの者も望みますまい」
孫という言葉に目を丸くするも、ジンはハンゾーの言葉に耳を傾け直した。
「あの者の弱点は恐らく腹です。魔核がそこにあるのでしょう。先程儂が腹に向けて攻撃した時に過剰に反応しておりました。それから目に注意して下さい。先程の術の発動条件は目、手印、呪言の3つ。視覚から外れれば防ぐ事ができます」
シオンがジンの子供を妊娠している事を、ハンゾーは知らなかった。だから法魔の行動の意味が異なる可能性を示している事など頭になかった。だがジンはハンゾーの言葉を聞いて確信した。まだシオンの意識が法魔の中で戦っている事を。ならば、彼がすべき事は一つだけだ。
「悪いなハンゾー。俺はあいつも、お前の曽孫も死なせる気はねえ。必ず救ってみせる」
ジンはハンゾーに笑いかける。ハンゾーはジンの言葉にぱちくりとまたたいてから静かに笑った。
「左様ですか。それならばこれ以上野暮な事は言いますまい。勝ってください。勝って……全てを……取り戻し……くださ……」
ヒビは身体中に広まり、ついにハンゾーの舌まで届き、彼は言葉を失った。だがその目にはまだ強い意志が込められていた。
「ああ、そのつもりだ」
ジンは彼に向かって力強く、安心させるために頷いた。どんどん軽くなっていくハンゾーに、ジンは宣言する。
「必ず救ってみせる。だからお前は見ていてくれ」
その言葉にハンゾーは動きづらくなった顔でニコリと笑う。そして砂となってジンの腕から零れ落ちた。
空っぽになった彼の服を強く握ってから立ち上がると、法魔の方を睨みつけた。
「最後の別れを待ってくれるなんて、随分優しいんだな」
皮肉った言葉に法魔は嗤う。
【なに、我らの至上の命題はフィリア様を喜ばせる劇を生み出す事。お前達の哀れな別れは、あの御方もさぞお悦びになるだろうて】
「はっ、相変わらず悪趣味なクソ女神だ。それより、お前さっきシオンはもう起きないって言ったよな」
【ああ、決してな】
「じゃあなんで腹の子を庇ってんだ?」
【なに?】
「分かってた事だったんだけどさ。あいつはそう簡単にお前に操られる玉じゃねえんだよ」
【馬鹿な事を。四魔の侵食に耐えられる魂など、この世に存在せぬ】
そうは言うものの、レト自体先程の跳躍の意味が分かっていなかった。実動時間はそれほどでもないが、それでも今までに憑依した肉体の経験を、魂を吸収する事で学習してきた法魔は知識や精神の面で、戦闘経験が豊富である。それなのに、そんな自分が高速で動く相手の前で足を失う選択をするなど理解し難かった。腹など切られた側から修復すればいいのだから。だが自分の行動にシオンの精神が干渉しているのなら納得できる。
【存在せぬが、そうであるならば徹底的に喰らうまでよ】
レトからすれば至極当然の結論である。だがそれを簡単に許すジンでは無い。
「時間なんかやるかよ!」
ジンは一気に肉体を最大限まで強化すると、さらに権能を解放する。黒い闘気が彼の肉体を包んだ。そして一気に接近する。
【馬鹿が、あのジジイの言葉を何も理解していない様だな】
すぐさま手印を組むと呪言を発しようとする。しかし、ジンは持っていたハンゾーの上着を法魔に向けて投げた。まるで風に押されている帆のように広がると、その影にジンは隠れる。
【『止』】
直後、言葉がジンの所に届く。しかし服が壁となり、ジンの代わりにその場に停止した。法魔は眉を顰めるも、すぐにジンの出方を見る。
突如頭上が暗くなり、上からジンが短剣を振り下ろしてきた。
【くっ!】
後ろに下がってそれを回避すると、ジンはピッタリと張り付いて相手が術を発動しようとする隙を与えない。何かを放とうとする素振りを見せた瞬間に右腕を切り飛ばした。
「術を使わせるわけねえだろ!」
距離を取れないと理解すると、レトは肉体を硬化させてジンの剣戟を防ごうとする。しかしその程度、最大限まで肉体を強化した今のジンにとっては大したものではない。あっという間にレトを切り刻んだ。
【くはっ】
「おいシオン! 目ぇ覚まさねえとガキごと叩っ斬るぞ!」
ジンがそう叫んで、彼女の腹に向けて横薙ぎの一撃を放つ。レトは驚きながらもなんとか後退してそれを回避した。
【速さが今まで以上に増しているな。それにしても貴様、自分の子供を殺す気か?】
「当然だ。俺はシオンが表に出てくるならなんだってやってやる。たとえあいつに恨まれたとしてもな」
当然の事だがジンにその気はない。それは対峙しているレトも理解している。だがこのブラフはレトにではなく、その内に眠る彼女への言葉だった。
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