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第8章:王国決戦編
夢の終わり
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【暫くぶりだな。フィリア様の贄よ】
シオンと同じ顔で、シオンと同じ声で、シオンと違う存在が何かを喋る。
「な……何を、何を言っているんだ?」
信じられずに思わずジンは尋ねる。目の前にいるのが誰なのか、理解する事を頭が拒絶する。
【ふむ、分からないのか?】
そんな彼の様子を見て、勘違いをしたのかレトは不思議そうな顔をする。
【ならば教えてやろう。我が名はレト。法魔を冠する四魔の一角だ】
その意味を理解しながらも、ジンは受け止められなかった。
「違う。そんなはずない」
【何も違わない。この体は既に我の物だ】
「違う! その体は、その体はシオンの物だ。だからお前はシオンなんだ! なあ、俺を揶揄っているだけだよな。冗談にしては趣味が悪いぞ」
【冗談か。お前が現実を受け入れられようが受け入れられまいが、事実として既にあの娘の意識は我の奥深くで眠っておる。もうお前の声は届くまい】
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
ジンは必死になって否定する。だが心のどこかで彼女が発する言葉が嘘ではない事を理解していた。
【諦めよ】
その一言に、ジンの膝から力が抜ける。床に酷く膝を打ちつけるが痛みすら感じなかった。
「私の仮説は正しかった! やはり彼女の中に法魔が残っていたのだ! 私が法魔を復活させたのだ!」
ジンの後ろでは狂ったようにディマンが嗤いながら叫ぶ。
【ふむ、貴様が我を再びこの地へと再臨させたとな】
レトが関心をディマンに向け、ジンの横を通り過ぎて、優雅にディマンの前まで歩み寄る。
「ああ、私だ。私がお前を目覚めさせたのだ!」
ディマンは興奮したようにレトに話しかける。
【そうか。ご苦労】
そう言った瞬間、ディマンの体が何かに押されるように縮み始めた。
「な、これは!?」
どんどん体を丸めていくディマンをつまらなそうにレトは見下す。
「なぜだ! 私はお前のために!」
【だからご苦労と言っただろう】
「ああ、ああああああああ!」
バキバキという骨が折れる音と、圧迫された血液が体内から吹き出すブシュッ、ブシュッという音が聞こえてくる。
「まだ、まだあいつらに私を、父上を認めさせていないのに! 嫌だ、死にたくない! 死にたくない!」
そう叫ぶも、ディマンの体は全方向から圧迫されて、どんどん小さくなっていく。そうして瞬く間に彼は肉団子のようなモノに変化した。彼がいたところには夥しい血液が広がっていた。
【不快な男だ。この我を目覚めさせたとな。傲るのも大概にせい】
汚物でも見るかのように、心底嫌そうな顔で肉団子を見る。実験によって肉体を改造したためか、まるで再生を始めるかのように、肉片同士が蠢き出した。
【禁呪か。汚らわしい】
その醜悪さに、顔を一層しかめつつ、パチンと指を鳴らした。その瞬間、肉団子が燃え始め、一瞬にして炭になった。
【しかし、この体は素晴らしいな。今までにない程力を感じる。何もかもが高水準……うむ?】
手を開いたり閉じたりしながら自分の体を確認していたレトが首を傾げながら自分の腹部をジッと見つめた。
【これは……かかかかか!】
突然心底面白いモノでも発見したかのように嗤い出した。
【なんだこの娘、孕んでおるではないか! 面白い! 妊娠している肉体に憑依したのは初めてだ!】
その言葉がジンの耳に届く。
「……え?」
弱々しく顔を上げて、レトを見つめた。
「今、なんて?」
ジンはボソリと呟く。だが彼の声はレトには届かなかった。彼女は右こめかみを人差し指で突きながら、目を閉じて集中し、シオンの記憶を読み込む。
【……かかかかかかか! なんだ、父親はお前か!】
暫くして目を開けると、嗤いながらジンを見た。ジンの顔に浮かぶ絶望が心の底から嬉しいようだ。
「あ……ああ、ああああああああああああああ!」
ジンは狂ったように叫ぶ。そんな彼をレトは嘲笑った。
~~~~~~~~~
別にジンは子供が欲しかった訳では無い。子供はシオンを自分のそばに引き止めておくための手段でしか無かった。ジンとしても自分の中でそう思っていた。子供さえできれば、情の深いシオンは決して自分から離れられなくなるはずだと、そう思っていた。
ただ正直な所、子供はいても邪魔だとも思っていた。シオンの愛が子供に向かう事が容易に想像できたからだ。それは彼の望みではない。彼が欲しいと思い込んでいたのは自身と彼女の愛の結晶ではなく、シオンそのものだったからだ。その副産物に関心などなかった。
だからこそ、ジンは自分がレトの言葉で想像以上に衝撃を受けている事に驚いた。副産物と断じていたものこそ、彼が求めていたものだった事に今更ながら気がついたのだ。心の奥底で彼が求め続けていたのは、かつて失った血の繋がった家族だった。
ただ、気づいた時にはもう手遅れだった。
~~~~~~~~~
「ああああああああああああああ!」
【かかかかかかかかかかかかかか!】
ジンの悲痛な叫びが部屋に響き渡る。それと同時に楽しそうに笑うレトの声も部屋を包み込んだ。
やがて、ジンは幽鬼のようにゆらりと立ち上がると、レトに手を伸ばす。
【ふっ】
そんな姿を見て、レトは鼻で笑うと、右手を彼に向けて『風弾』を放った。ジンはそれを腹部に受けて、周囲のものを巻き込みながら壁に叩きつけられ、床に転がる。
【愚かな男よ】
レトがそう言うと、ジンはまたしてもゆらりと立ち上がり、レトに向けて歩き出す。
【哀れだな】
彼女が指を鳴らすと、凄まじい圧力がジンの上から迫ってきた。それを受けてジンはその場に這いつくばる。重圧に動くこともままならないのに、ジンは右手を伸ばす。まだレトの中にシオンの心が残っている事を願って。
だがそんな彼の気持ちを踏み躙るかのように、その手は切断された。
【摘まみ喰いはダメなのだが、折角だ。一部だけでも己が子の養分になるがいい】
そのままレトはジンの腕を喰らう。酷く楽しそうに、喰い尽くし、口元を赤く染めながらジンに笑いかける。その様子を見ながら、ジンの意識は闇に落ちていった。
【さてと、これからどうするか……】
もはやジンに興味をなくしたかのように、彼から目を背け、冷めた目で周囲を窺う。
【まずは食事でもするか】
レトはそう言うと、右手を天井に向ける。その次の瞬間、光が彼女の手から放たれ、瞬く間に地上まで続く巨大な穴が作り出された。さらにレトは宙に浮かぶとそのまま外に出る。
眼下に広がる森の中に、蠢く人の群れを発見し、レトは舌舐めずりをした。
~~~~~~~~~
少女は逃げる事に必死だった。突然上空から襲ってきたモノはかつて彼女が遠目から憧れの目で見た使徒の一人だった。
まず殺されたのは最近追加された屈強そうな男だった。悲鳴をあげる間もなく、男の胸に巨大な穴が空いた。
次に殺されたのは彼の近くにいた自分と同じ年頃の少女だった。頭が弾け飛び、周囲にその中にあったモノが飛び散った。
3番目に殺されたのはいつも親切にしてくれたお爺さんだった。頭から真っ二つに割られ、断面から薄気味悪い中身が飛び出した。
そこでようやく全員が状況を認識した。
「に、逃げろ!」
誰かが叫んだ。少女は弾かれたように走り出した。連続して行われた実験の影響で、精神的にも肉体的にも疲労が溜まりきっていた。その上裸足であるため、そこかしこに転がっている石や枝を思いっきり踏んで、足を傷つけた。それでも必死になって少女は逃げた。
あれは違う。あれは何か別のモノだ。今まで見てきた実験体が可愛く思えるほど、完全に人の形をしたあれは歪で、この世界に存在していいモノではなかった。彼女に埋め込まれた獣の魔核が、そう危険信号を発していた。
いつの間にか、少女の体が人間から乖離し始めた。だが少女はそんなことを気にする時間もなかった。必至になって逃げる以外、彼女の頭の中には選択肢がなかった。
暫くして、疲労が限界になった少女は近くの木の虚に逃げ込んだ。音が立たないように息を潜め、ガチガチという音が鳴らないように、毛むくじゃらの腕に歯を立てた。口の中に血の味が広がる。もはや人間の姿をしていない事に少女はまだ気づいていなかった。
突然暴風とともに辺りの木が吹き飛んだ。当然彼女が隠れていた木もだ。強化された視力が数百メートル先にいる化け物を捉える。目があったと感じた瞬間、すでにそれは目の前にいた。
「い……や……」
少女は叫ぶ事すらできずにその短い生を終わらせた。
少女の視界に最後に入ったのは、吹き出す血を浴びながら恍惚とした表情で自らを抱きしめる化け物の姿だった。
シオンと同じ顔で、シオンと同じ声で、シオンと違う存在が何かを喋る。
「な……何を、何を言っているんだ?」
信じられずに思わずジンは尋ねる。目の前にいるのが誰なのか、理解する事を頭が拒絶する。
【ふむ、分からないのか?】
そんな彼の様子を見て、勘違いをしたのかレトは不思議そうな顔をする。
【ならば教えてやろう。我が名はレト。法魔を冠する四魔の一角だ】
その意味を理解しながらも、ジンは受け止められなかった。
「違う。そんなはずない」
【何も違わない。この体は既に我の物だ】
「違う! その体は、その体はシオンの物だ。だからお前はシオンなんだ! なあ、俺を揶揄っているだけだよな。冗談にしては趣味が悪いぞ」
【冗談か。お前が現実を受け入れられようが受け入れられまいが、事実として既にあの娘の意識は我の奥深くで眠っておる。もうお前の声は届くまい】
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」
ジンは必死になって否定する。だが心のどこかで彼女が発する言葉が嘘ではない事を理解していた。
【諦めよ】
その一言に、ジンの膝から力が抜ける。床に酷く膝を打ちつけるが痛みすら感じなかった。
「私の仮説は正しかった! やはり彼女の中に法魔が残っていたのだ! 私が法魔を復活させたのだ!」
ジンの後ろでは狂ったようにディマンが嗤いながら叫ぶ。
【ふむ、貴様が我を再びこの地へと再臨させたとな】
レトが関心をディマンに向け、ジンの横を通り過ぎて、優雅にディマンの前まで歩み寄る。
「ああ、私だ。私がお前を目覚めさせたのだ!」
ディマンは興奮したようにレトに話しかける。
【そうか。ご苦労】
そう言った瞬間、ディマンの体が何かに押されるように縮み始めた。
「な、これは!?」
どんどん体を丸めていくディマンをつまらなそうにレトは見下す。
「なぜだ! 私はお前のために!」
【だからご苦労と言っただろう】
「ああ、ああああああああ!」
バキバキという骨が折れる音と、圧迫された血液が体内から吹き出すブシュッ、ブシュッという音が聞こえてくる。
「まだ、まだあいつらに私を、父上を認めさせていないのに! 嫌だ、死にたくない! 死にたくない!」
そう叫ぶも、ディマンの体は全方向から圧迫されて、どんどん小さくなっていく。そうして瞬く間に彼は肉団子のようなモノに変化した。彼がいたところには夥しい血液が広がっていた。
【不快な男だ。この我を目覚めさせたとな。傲るのも大概にせい】
汚物でも見るかのように、心底嫌そうな顔で肉団子を見る。実験によって肉体を改造したためか、まるで再生を始めるかのように、肉片同士が蠢き出した。
【禁呪か。汚らわしい】
その醜悪さに、顔を一層しかめつつ、パチンと指を鳴らした。その瞬間、肉団子が燃え始め、一瞬にして炭になった。
【しかし、この体は素晴らしいな。今までにない程力を感じる。何もかもが高水準……うむ?】
手を開いたり閉じたりしながら自分の体を確認していたレトが首を傾げながら自分の腹部をジッと見つめた。
【これは……かかかかか!】
突然心底面白いモノでも発見したかのように嗤い出した。
【なんだこの娘、孕んでおるではないか! 面白い! 妊娠している肉体に憑依したのは初めてだ!】
その言葉がジンの耳に届く。
「……え?」
弱々しく顔を上げて、レトを見つめた。
「今、なんて?」
ジンはボソリと呟く。だが彼の声はレトには届かなかった。彼女は右こめかみを人差し指で突きながら、目を閉じて集中し、シオンの記憶を読み込む。
【……かかかかかかか! なんだ、父親はお前か!】
暫くして目を開けると、嗤いながらジンを見た。ジンの顔に浮かぶ絶望が心の底から嬉しいようだ。
「あ……ああ、ああああああああああああああ!」
ジンは狂ったように叫ぶ。そんな彼をレトは嘲笑った。
~~~~~~~~~
別にジンは子供が欲しかった訳では無い。子供はシオンを自分のそばに引き止めておくための手段でしか無かった。ジンとしても自分の中でそう思っていた。子供さえできれば、情の深いシオンは決して自分から離れられなくなるはずだと、そう思っていた。
ただ正直な所、子供はいても邪魔だとも思っていた。シオンの愛が子供に向かう事が容易に想像できたからだ。それは彼の望みではない。彼が欲しいと思い込んでいたのは自身と彼女の愛の結晶ではなく、シオンそのものだったからだ。その副産物に関心などなかった。
だからこそ、ジンは自分がレトの言葉で想像以上に衝撃を受けている事に驚いた。副産物と断じていたものこそ、彼が求めていたものだった事に今更ながら気がついたのだ。心の奥底で彼が求め続けていたのは、かつて失った血の繋がった家族だった。
ただ、気づいた時にはもう手遅れだった。
~~~~~~~~~
「ああああああああああああああ!」
【かかかかかかかかかかかかかか!】
ジンの悲痛な叫びが部屋に響き渡る。それと同時に楽しそうに笑うレトの声も部屋を包み込んだ。
やがて、ジンは幽鬼のようにゆらりと立ち上がると、レトに手を伸ばす。
【ふっ】
そんな姿を見て、レトは鼻で笑うと、右手を彼に向けて『風弾』を放った。ジンはそれを腹部に受けて、周囲のものを巻き込みながら壁に叩きつけられ、床に転がる。
【愚かな男よ】
レトがそう言うと、ジンはまたしてもゆらりと立ち上がり、レトに向けて歩き出す。
【哀れだな】
彼女が指を鳴らすと、凄まじい圧力がジンの上から迫ってきた。それを受けてジンはその場に這いつくばる。重圧に動くこともままならないのに、ジンは右手を伸ばす。まだレトの中にシオンの心が残っている事を願って。
だがそんな彼の気持ちを踏み躙るかのように、その手は切断された。
【摘まみ喰いはダメなのだが、折角だ。一部だけでも己が子の養分になるがいい】
そのままレトはジンの腕を喰らう。酷く楽しそうに、喰い尽くし、口元を赤く染めながらジンに笑いかける。その様子を見ながら、ジンの意識は闇に落ちていった。
【さてと、これからどうするか……】
もはやジンに興味をなくしたかのように、彼から目を背け、冷めた目で周囲を窺う。
【まずは食事でもするか】
レトはそう言うと、右手を天井に向ける。その次の瞬間、光が彼女の手から放たれ、瞬く間に地上まで続く巨大な穴が作り出された。さらにレトは宙に浮かぶとそのまま外に出る。
眼下に広がる森の中に、蠢く人の群れを発見し、レトは舌舐めずりをした。
~~~~~~~~~
少女は逃げる事に必死だった。突然上空から襲ってきたモノはかつて彼女が遠目から憧れの目で見た使徒の一人だった。
まず殺されたのは最近追加された屈強そうな男だった。悲鳴をあげる間もなく、男の胸に巨大な穴が空いた。
次に殺されたのは彼の近くにいた自分と同じ年頃の少女だった。頭が弾け飛び、周囲にその中にあったモノが飛び散った。
3番目に殺されたのはいつも親切にしてくれたお爺さんだった。頭から真っ二つに割られ、断面から薄気味悪い中身が飛び出した。
そこでようやく全員が状況を認識した。
「に、逃げろ!」
誰かが叫んだ。少女は弾かれたように走り出した。連続して行われた実験の影響で、精神的にも肉体的にも疲労が溜まりきっていた。その上裸足であるため、そこかしこに転がっている石や枝を思いっきり踏んで、足を傷つけた。それでも必死になって少女は逃げた。
あれは違う。あれは何か別のモノだ。今まで見てきた実験体が可愛く思えるほど、完全に人の形をしたあれは歪で、この世界に存在していいモノではなかった。彼女に埋め込まれた獣の魔核が、そう危険信号を発していた。
いつの間にか、少女の体が人間から乖離し始めた。だが少女はそんなことを気にする時間もなかった。必至になって逃げる以外、彼女の頭の中には選択肢がなかった。
暫くして、疲労が限界になった少女は近くの木の虚に逃げ込んだ。音が立たないように息を潜め、ガチガチという音が鳴らないように、毛むくじゃらの腕に歯を立てた。口の中に血の味が広がる。もはや人間の姿をしていない事に少女はまだ気づいていなかった。
突然暴風とともに辺りの木が吹き飛んだ。当然彼女が隠れていた木もだ。強化された視力が数百メートル先にいる化け物を捉える。目があったと感じた瞬間、すでにそれは目の前にいた。
「い……や……」
少女は叫ぶ事すらできずにその短い生を終わらせた。
少女の視界に最後に入ったのは、吹き出す血を浴びながら恍惚とした表情で自らを抱きしめる化け物の姿だった。
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