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第8章:王国決戦編
勇者2
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「ジン様は……」
ハンゾーがジンの方に顔を向ける。
「ああ、兄さん。死んでしまうなんて」
その言葉に弾かれたようにハンゾーは顔を元に戻す。そこには半裸の少女がヘルトの首を抱えて座り込んでいた。口を開いたままの顔に唇を近づけ、貪るようにキスをする。その狂気に、ハンゾーは気圧される。周囲にいた人間が一斉に少女に目を向けた。
「お主は一体……っ!?」
ハンゾーの質問に少女が顔を上げて、目を合わせた瞬間、ハンゾーは背筋が凍るような感覚に包まれ、思わず距離をとった。
「あなたが兄さんを殺したんですか?」
突然現れた少女を、ハンゾーはヘルト以上に警戒する。白磁のような肌を血に染めた彼女を、ウェネー、エリミス、アリーネが呆然と見つめる。ウェネーが呟く。
「ね、ねえ、あれあの子よね?」
「ああ、た、多分」
そうエリミスが同意した。いつもの彼女の様子とは異なっており、自分でそう言いつつも、エリミスは確信を持てなかった。
「ど、どこから出てきたの?」
アリーネの質問を受けて、セルトがゆっくりと彼女達の方に顔を向ける。
「せっかく兄さんの娯楽と肉壁の為に雇ってあげたのに。役立たず」
いつの間にか立ち上がっていたセルトの手には神剣マタルデオスが握られていた。
「なぜそれを持てる!?」
ハンゾーが叫ぶ。ジン達を除く、その場にいた全員が驚愕する。マタルデオスは神に選ばれた者しか持つ事が出来ないはずだった。それなのに彼女の手に収まったそれから溢れ出す力の波動は、ヘルトが持っていた時よりも強まっている。
「死んじゃえ、バーカ」
次の瞬間、エリミスの首が斬り落とされた。50メートル近く離れていた距離が一瞬で詰められていた。まるで最初からその場所にいたかのように、気がつけば彼女はエリミスの後ろにいたのだ。その動きを、誰も影さえ捉える事が出来なかった。
「は?」「え?」
彼女の横に立っていたウェネーとアリーネが驚く。彼女達にエリミスの首から吹き出した血が飛び散った。
「ひ!?」「い、いや!」
すぐに状況を悟った二人は逃げようとして、足が動かず倒れる。
「な、なんで!」
ウェネーが足に目を向けると、その先からは血だけが流れており、少し先に切り離された足が転がっていた。
「いやあああああ! わ、私の足が! 足があああああ!」
アリーネも自分の状況に気がつき悲鳴を上げる。
「ふふふ、兄さんを見殺しにした人達を見逃すわけないじゃないですかぁ」
いつものおどおどした雰囲気と全く異なるセルトに、二人は痛みすら忘れて息を呑む。その蠱惑的な笑みに背筋が凍りついた。
「ああ、でもアリーネさんには一応感謝してるんですよ? いつも兄さんと私が愛し合えるようにお手伝いをしてくれたから」
「じゃ、じゃあ!」
ヘルトがセルトを犯す時、常に傷ついたセルトを治療してきたのがアリーネだ。その言葉に助かるのではないかと一瞬期待して、アリーネが顔を輝かせた。
「でも、だーめ」
その瞬間にアリーネの頭に深々とマタルデオスが突き刺さる。体をビクンと震わせて、そのままアリーネは絶命した。
「兄さんが愛してくれた証を、いくら兄さんの命令だからって、毎回毎回綺麗に消しちゃうんだもん。許せるわけないじゃない」
残念そうな声で話しながら、セルトは自分の体を抱きしめる。
「あ、あんた、あいつを、ヘルトを恨んでたんじゃないの?」
唾を飲み込みながらウェネーが尋ねる。少しでも時間を稼いで、必死に生き残る術を探す。
「恨む? なんで?」
不思議そうにセルトが聞き返した。
「だ、だって、婚約者を目の前で殺されたんでしょ! そ、それに毎日あんなに殴られて、犯されて……」
「うん? それの何が問題なの?」
「え? だ、だって……」
「婚約者はただ兄さんが私に興味を持ってくれるかなって思って、適当に見繕っただけだし。殴られたり、犯されたりって言うけど、あれは兄さんなりの愛情表現なんだよ? むしろ愛されている証なのに、なんで恨む理由になるの?」
心底ウェネーの疑問を理解出来ないと言うように、セルトは怪訝そうな顔を浮かべた。
「で、でも、ヘルトにどうして人を殺すのかって、聞いてたじゃない! それに複製体の事だってあんなに嫌がってたのに!」
「ああ、あれは兄さんがそんな風に振る舞って欲しいだろうと思ったから、そう演技していただけだよ。私はこれでも尽くすタイプだから、兄さんが望むことはなんでもしてあげたかっただけ。それに複製体? 何言っているの? 当たり前じゃない。兄さんと私は二人で一人。本当にあの人を愛していいのも、あの人に愛されていいのも私だけ。いくら私から作り出されたものだからって、私の顔で兄さんに愛されるだなんて許せるわけがないじゃない」
「く、狂ってる……」
「そう? 私はただ愛した人が双子の兄さんだっただけだよ。それよりも、これ以上聞きたい事は無い? それなら……」
「ま、待って、待ってよ! なんで私を! あの爺さんが殺したのに、なんで私を殺すのよ!」
半狂乱になってウェネーが叫ぶ。
「もちろん殺すけど、だってあなた、兄さんの事、ヘルトって名前で呼んだよね。それに、兄さんと寝たよね? あ、別にその事についてはあまり怒ってないよ。英雄色を好むっていうし、兄さんが望むことはなんでも叶えてあげたかったから。でもやっぱり名前で呼ぶ事だけは許せなかったかな」
「い、いや!」
必死になって腕で地面を這いながら逃げようとする。草や石のせいで、腕が傷だらけになり、血が流れてそこら中に飛び散る。
「バイバイ」
マタルデオスを斜めに振り上げると、セルトはウェネーの首を切り飛ばした。それから、ハンゾーとゴウテンの方に顔を向けると、セルトはニコリと笑う。
「次はあなた達だよ」
~~~~~~~~~~
『ひゃあ、妹ちゃんの方がよっぽど狂ってるね』
そう呟くと、フィリアが嬉しそうに笑う。
『ええ、ええ、そうでしょう? 彼女には私も期待しているの』
『でも、一体どういうカラクリなのかな? マタルデオスって、おばさんの許可がないと使えないはずじゃないの?』
『ああ、それはね、あの子も言っていたけど、あの子達は元々一つだったの。だから、肉体も魂もあの子達は同一だったって事。ヘルトが死んだ事で、欠けていた魂と力がセルトに流れ込んだのよ』
『ああ、なるほどなるほど、ナギとシオンの天然版みたいなものか。まあ確かにヘルトは今までの勇者と比べると雑魚だったしね』
『そういう事』
『しっかし、狂いすぎてない? あの子、まともに四魔とか使徒とかジン君とかと戦えるの?』
『それは私の腕の見せ所ね』
そう言うと、フィリアはその芸術品のように美しい顔を綻ばせた。
『へぇ、期待してるよ』
~~~~~~~~~
研究所には人々を押し込めた檻が多くあった。中にはこの先の事を想像して恐怖する人々や、実験台にされて死にかけの人々が一緒くたにされていた。
そして、それは突然起こった。
「な、なんだこれは!?」
一人の男の前で、死にかけの老人が光に包まれ、次の瞬間、体から光の球体が浮かんできた。それと同時に、老人から生気が失われた。同じ現象が同時にさまざまな部屋に置かれていた人々の入った檻で起こった。
「これは一体?」
その騒ぎを聞きつけて、外で始まった戦いの様子を見に行くのを止めて、ディマンが様子を見にきた。すると彼は光の玉が壁をすり抜けてどこかに飛んでいくのを見つけた。すぐに彼はその方向に誰がいるのか理解した。
「まさか、始まったのか!」
ディマンは慌てて彼女がいる部屋へと向かう。案の定、扉を開けると、彼女の周囲には無数の光の玉が浮かび、次々に彼女の体に取り込まれていった。
「おお、おお、美しい! ひひ、ひはは、ひははは、ひははははははははははは!」
その光景を見て、ディマンは狂ったように笑う。虚な瞳を宙に向けて、ナギの記憶を追体験し続けるシオンは、自分の身に今まさに起ころうとしている事に気がつかないままだった。
ハンゾーがジンの方に顔を向ける。
「ああ、兄さん。死んでしまうなんて」
その言葉に弾かれたようにハンゾーは顔を元に戻す。そこには半裸の少女がヘルトの首を抱えて座り込んでいた。口を開いたままの顔に唇を近づけ、貪るようにキスをする。その狂気に、ハンゾーは気圧される。周囲にいた人間が一斉に少女に目を向けた。
「お主は一体……っ!?」
ハンゾーの質問に少女が顔を上げて、目を合わせた瞬間、ハンゾーは背筋が凍るような感覚に包まれ、思わず距離をとった。
「あなたが兄さんを殺したんですか?」
突然現れた少女を、ハンゾーはヘルト以上に警戒する。白磁のような肌を血に染めた彼女を、ウェネー、エリミス、アリーネが呆然と見つめる。ウェネーが呟く。
「ね、ねえ、あれあの子よね?」
「ああ、た、多分」
そうエリミスが同意した。いつもの彼女の様子とは異なっており、自分でそう言いつつも、エリミスは確信を持てなかった。
「ど、どこから出てきたの?」
アリーネの質問を受けて、セルトがゆっくりと彼女達の方に顔を向ける。
「せっかく兄さんの娯楽と肉壁の為に雇ってあげたのに。役立たず」
いつの間にか立ち上がっていたセルトの手には神剣マタルデオスが握られていた。
「なぜそれを持てる!?」
ハンゾーが叫ぶ。ジン達を除く、その場にいた全員が驚愕する。マタルデオスは神に選ばれた者しか持つ事が出来ないはずだった。それなのに彼女の手に収まったそれから溢れ出す力の波動は、ヘルトが持っていた時よりも強まっている。
「死んじゃえ、バーカ」
次の瞬間、エリミスの首が斬り落とされた。50メートル近く離れていた距離が一瞬で詰められていた。まるで最初からその場所にいたかのように、気がつけば彼女はエリミスの後ろにいたのだ。その動きを、誰も影さえ捉える事が出来なかった。
「は?」「え?」
彼女の横に立っていたウェネーとアリーネが驚く。彼女達にエリミスの首から吹き出した血が飛び散った。
「ひ!?」「い、いや!」
すぐに状況を悟った二人は逃げようとして、足が動かず倒れる。
「な、なんで!」
ウェネーが足に目を向けると、その先からは血だけが流れており、少し先に切り離された足が転がっていた。
「いやあああああ! わ、私の足が! 足があああああ!」
アリーネも自分の状況に気がつき悲鳴を上げる。
「ふふふ、兄さんを見殺しにした人達を見逃すわけないじゃないですかぁ」
いつものおどおどした雰囲気と全く異なるセルトに、二人は痛みすら忘れて息を呑む。その蠱惑的な笑みに背筋が凍りついた。
「ああ、でもアリーネさんには一応感謝してるんですよ? いつも兄さんと私が愛し合えるようにお手伝いをしてくれたから」
「じゃ、じゃあ!」
ヘルトがセルトを犯す時、常に傷ついたセルトを治療してきたのがアリーネだ。その言葉に助かるのではないかと一瞬期待して、アリーネが顔を輝かせた。
「でも、だーめ」
その瞬間にアリーネの頭に深々とマタルデオスが突き刺さる。体をビクンと震わせて、そのままアリーネは絶命した。
「兄さんが愛してくれた証を、いくら兄さんの命令だからって、毎回毎回綺麗に消しちゃうんだもん。許せるわけないじゃない」
残念そうな声で話しながら、セルトは自分の体を抱きしめる。
「あ、あんた、あいつを、ヘルトを恨んでたんじゃないの?」
唾を飲み込みながらウェネーが尋ねる。少しでも時間を稼いで、必死に生き残る術を探す。
「恨む? なんで?」
不思議そうにセルトが聞き返した。
「だ、だって、婚約者を目の前で殺されたんでしょ! そ、それに毎日あんなに殴られて、犯されて……」
「うん? それの何が問題なの?」
「え? だ、だって……」
「婚約者はただ兄さんが私に興味を持ってくれるかなって思って、適当に見繕っただけだし。殴られたり、犯されたりって言うけど、あれは兄さんなりの愛情表現なんだよ? むしろ愛されている証なのに、なんで恨む理由になるの?」
心底ウェネーの疑問を理解出来ないと言うように、セルトは怪訝そうな顔を浮かべた。
「で、でも、ヘルトにどうして人を殺すのかって、聞いてたじゃない! それに複製体の事だってあんなに嫌がってたのに!」
「ああ、あれは兄さんがそんな風に振る舞って欲しいだろうと思ったから、そう演技していただけだよ。私はこれでも尽くすタイプだから、兄さんが望むことはなんでもしてあげたかっただけ。それに複製体? 何言っているの? 当たり前じゃない。兄さんと私は二人で一人。本当にあの人を愛していいのも、あの人に愛されていいのも私だけ。いくら私から作り出されたものだからって、私の顔で兄さんに愛されるだなんて許せるわけがないじゃない」
「く、狂ってる……」
「そう? 私はただ愛した人が双子の兄さんだっただけだよ。それよりも、これ以上聞きたい事は無い? それなら……」
「ま、待って、待ってよ! なんで私を! あの爺さんが殺したのに、なんで私を殺すのよ!」
半狂乱になってウェネーが叫ぶ。
「もちろん殺すけど、だってあなた、兄さんの事、ヘルトって名前で呼んだよね。それに、兄さんと寝たよね? あ、別にその事についてはあまり怒ってないよ。英雄色を好むっていうし、兄さんが望むことはなんでも叶えてあげたかったから。でもやっぱり名前で呼ぶ事だけは許せなかったかな」
「い、いや!」
必死になって腕で地面を這いながら逃げようとする。草や石のせいで、腕が傷だらけになり、血が流れてそこら中に飛び散る。
「バイバイ」
マタルデオスを斜めに振り上げると、セルトはウェネーの首を切り飛ばした。それから、ハンゾーとゴウテンの方に顔を向けると、セルトはニコリと笑う。
「次はあなた達だよ」
~~~~~~~~~~
『ひゃあ、妹ちゃんの方がよっぽど狂ってるね』
そう呟くと、フィリアが嬉しそうに笑う。
『ええ、ええ、そうでしょう? 彼女には私も期待しているの』
『でも、一体どういうカラクリなのかな? マタルデオスって、おばさんの許可がないと使えないはずじゃないの?』
『ああ、それはね、あの子も言っていたけど、あの子達は元々一つだったの。だから、肉体も魂もあの子達は同一だったって事。ヘルトが死んだ事で、欠けていた魂と力がセルトに流れ込んだのよ』
『ああ、なるほどなるほど、ナギとシオンの天然版みたいなものか。まあ確かにヘルトは今までの勇者と比べると雑魚だったしね』
『そういう事』
『しっかし、狂いすぎてない? あの子、まともに四魔とか使徒とかジン君とかと戦えるの?』
『それは私の腕の見せ所ね』
そう言うと、フィリアはその芸術品のように美しい顔を綻ばせた。
『へぇ、期待してるよ』
~~~~~~~~~
研究所には人々を押し込めた檻が多くあった。中にはこの先の事を想像して恐怖する人々や、実験台にされて死にかけの人々が一緒くたにされていた。
そして、それは突然起こった。
「な、なんだこれは!?」
一人の男の前で、死にかけの老人が光に包まれ、次の瞬間、体から光の球体が浮かんできた。それと同時に、老人から生気が失われた。同じ現象が同時にさまざまな部屋に置かれていた人々の入った檻で起こった。
「これは一体?」
その騒ぎを聞きつけて、外で始まった戦いの様子を見に行くのを止めて、ディマンが様子を見にきた。すると彼は光の玉が壁をすり抜けてどこかに飛んでいくのを見つけた。すぐに彼はその方向に誰がいるのか理解した。
「まさか、始まったのか!」
ディマンは慌てて彼女がいる部屋へと向かう。案の定、扉を開けると、彼女の周囲には無数の光の玉が浮かび、次々に彼女の体に取り込まれていった。
「おお、おお、美しい! ひひ、ひはは、ひははは、ひははははははははははは!」
その光景を見て、ディマンは狂ったように笑う。虚な瞳を宙に向けて、ナギの記憶を追体験し続けるシオンは、自分の身に今まさに起ころうとしている事に気がつかないままだった。
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