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第8章:王国決戦編

対策会議

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「う……ん」

 ルースが目を開けると、晴天の空が目に入ってきた。

「おっ、もう起きたか」

 その声の方に顔を向けると、ジンが体を動かして、型の確認をしていた。

「どんぐらい寝てた?」

「5分ってとこかな」

「……そうか。はっ、まだまだだな」

「いや、そんな事ねえよ。本当に強くなったと思うぜ」

「お世辞はいいさ。お前にあの力どころか、法術まで使わせる事ができなかったからな」

 ルースが自嘲気味に言うと、ジンは不思議な顔を浮かべた。

「あの力?」

 彼が言う力というものに覚えがなかったからだ。

「龍魔王が来たときに使ってただろ、あの黒い闘気みたいなやつ」

「あー、あれか。あれは、えっと、俺でもよく分からねえんだ」

 ようやくルースが何を指していたのかを理解して、ジンは口籠る。その様子にルースはすぐに何かを隠している事を察した。

「まあ言えないならいいさ。それ以上に目標が明確になったよ」

ルースは『届かないならば届くまで修行するだけだ』と考える。いまだジンの足元にも及んでいないが、必ず辿り着く事を彼は胸に誓った。

「はは、頑張れよ」

「うわっ、上から目線かよ」

「ははは、まあな」

「マジで腹たつな!」

 差し伸べてきたジンの手を掴み、立ち上がると、ルースは軽く彼の肩を笑いながら殴った。

~~~~~~~~

「またか」

 アレキウスはスコットから上がってきた報告書に目を通し、頭を痛めていた。

「はい。マティスの報告によると、スラムの住人が一斉に魔物に変化したそうです」

 マティスは元王国騎士団所属の騎士であり、1人の女のために全てを捨ててスラムに住む事にした変わり者である。スコットの話によると、今ではスラムの元締めのような存在らしい。数年前まで荒れていて手がつけられなかったそうだが、最近ではかつてのような性格に戻ったという。

「始まりはまたスラムからか」

 スラムが人間を魔物に変化させる要因であるかは分からない。確実に言えるのは、あそこで変化された場合、発見まで対処が遅れるという事だ。凶悪な魔物が発生する可能性が過分にしてある。何せ敵に見つからない上に餌まであるのだから。

「はい。一応偶然近くにいたシオン副団長が現場に向かい、マティス協力の下、既に対処は完了しております。しかし、これでついにこの街の中で発生が確認されましたね」

 今までは街の外縁部までしか魔物は現れなかった。だがとうとう街にまで現れ始めた。

「ナディアは何と言っている?」

 同じく使徒であり、女神フィリアの神託を受け取る巫女であるナディアならば、今回の件について何か知っているのではないかとアレキウスは考えていた。

「いいえ、特には何も言っていませんでした」

「おはようっす、アレクさん」

 スコットが答える前に、使徒であり、近衛騎士団長のサリカが法術師団長のウィリアムを伴って部屋の中に入ってきた。

「お前たちか」

 アレキウスが目を向ける。生真面目な顔を浮かべているサリカとは対照的に、ウィリアムはヘラヘラと笑っていた。

「何の用だ?」

 ウィリアムの顔に若干苛つきながらも、感情を押し殺してアレキウスは2人に尋ねる。

「陛下がお呼びです」

「分かった。すぐ向かう」

 サリカに頷くと、アレキウスは近くの椅子に雑にかけていた王国騎士団長の証である真っ赤なマントを身につけた。
 
「シオンは?」

「彼女の所にはすでに他の者が向かっています」

「分かった。ではスコット、しばらく任せた」

「はっ!」

 アレキウスに頭を深々と下げるスコットから目を離し、サリカ達と共にアレキウスは部屋を出て、王城へと向かった。

~~~~~~~~

「うえっ」

 朝っぱらから喰い殺された汚物まみれの死体と、腐臭を嗅いだためか、未だに気分が悪く、食べ物をまともに飲み込む事すら出来なかった。

「こんなに精神的に弱いとは思ってなかったなぁ」

 なんだかんだで自分がまだ少女である事を自覚する。

「何かあった?」

「顔色悪いよ?」

「……」

 心配そうな顔を浮かべるテレサとマルシェと、黙々と本に目を落としつつもシオンに意識を向けているアルトワールに、シオンは慌てて答える。

「べ、別に大丈夫だよ。ただ最近任務で嫌なものばっかり見ちゃって。それをちょっと思い出しちゃったんだ」

 スプーンでグレープフルーツのジェラートを突きながら、目の前で血を連想させるような真っ赤なジャムをスコーンに塗っていたテレサに目を向けた。

「何があったか聞きたい所だけど、聞かない方が良いみたいね」

「うん。そうしてくれると助かる」

 こういった細かい気遣いをしてくれるテレサにシオンは感謝する。だがすぐになぜ今回このようなお茶会が開かれたのか、その意図を理解し、シオンは騎士団に直接向かわなかった自分を呪った。

「それで、ジン君とはどこまで?」

「え゛!?」

「ふふふ、逃さないわよ。マルシェ、アルるん」

「合点!」

「……ごめんね」

 逃げようと立ち上がろうとしたシオンの想像を超えるほどの速さで、両脇を押さえ込まれる。

「さあ、話してもらえるかしら?」

「ヒッ!?」

 笑顔を浮かべると同時に圧力をかけてくるテレサに軽く恐怖する。

「さあさあさあ」

「……さあ」

 彼女に続いて、マルシェと、その上アルトワールまでもシオンに話すように要求してきた。

「うぅ……」

「さあ、どこまで? A? B? それともまさか……C?」

 随分と前の流行語を使うテレサだが、その意味はシオンも重々理解している。

「えっと、あの……」

「うんうん」

「それでそれで?」

「……」

 覚悟を決めたような顔をして、シオンが言葉を発しようとする。しかし両手を組んでモジモジさせて、言うのを躊躇う。口を何度かパクパクと開くも、続きが出てこない。そんな彼女を3人が期待を込めた目で見つめ続ける。

「……シ」

「ああ、シオン様、こんな所にいらっしゃいましたか!」

 突然現れた救いの主にシオンたちは一斉に目を向ける。そこには近衛騎士団の制服を身に纏った男性が荒い息を吐いて立っていた。

「ど、どうした?」

 彼の登場をありがたく思いつつ、シオンは尋ねる。

「陛下がお呼びです」

「わ、分かった。すぐに向かう。そういう事だから、皆、また今度ね!」

 そうして、慌ただしくシオンは呼びに来た騎士と共に王城へと向かった。そんな彼女の後ろ姿を見ながら、テレサたちは顔を寄せ合う。

「ねえ、聞いた?」

「うん。しっかりと」

「……ええ」

「「「きゃあああ!」」」

 シオンの答えをしっかりと聞いていた3人は、いつも無口なアルトワールまではしゃぐ声をあげた。その結果、すぐ近くを歩いていた店員が突然の事に驚き、持っていたコーヒーを彼女たちの隣の席に着いて新聞を読んでいた、東方でしか見ない服装の老人に思いっきりかける事となった。

~~~~~~~~~

「皆、よく集まってくれた」

 イースの前には王国の使徒たち全員が円卓に着いていた。

「それで……此度はどのような件で? まあ、聞く必要はないと思いますが」

 アスランが、実父であるイースに尋ねる。

「お前の考える通りだ。既に聞いているとは思うが、早朝、ついに街の中に魔物が発生した」

 その場にいた皆の目が鋭くなる。

「シオンがその場で対処したそうだが、報告書以外で何かあるか?」

「特には。ただ報告書にも書いたと思いますが、魔物は全て不完全な状態でした。つまり、自然発生ではなく人為的に発生したものだと思います。だから上手く対処すれば、発生直後の魔物なら騎士数人で倒す事が出来るかと」

「なるほど。ではこれから街の巡回は班を作って行う必要がありそうだな」

「一ついいですか?」

 イースの呟きにアレキウスが手を軽く挙げる。

「何だ?」

「問題は人材です。この街近辺の調査やら、アルケニア帝国への牽制やらで、これ以上王国騎士団からは割ける人数がありません」

 キール神聖王国の北方に位置するアルケニア帝国は、10年ほど前の天災から回復の兆しを見せ始めてはいるが、未だにキール神聖王国の土壌を狙って、定期的に侵略してきていた。

「同じく法術師団もっす」

「近衛はまだ可能ですが、馬鹿貴族どもが妨害してくる可能性があります」

 近衛騎士団に所属する騎士達の中には貴族の息がかかっている者も少なくなかった。イースとしてもさっさとそう言った連中を処理してしまえれば良かったのだが、如何せん貴族お抱えというだけあって、能力が高く、殺してしまうには惜しい人材が多かったのだ。ゆっくりとではあるが彼らを懐柔している最中だった。そのつけが今来た事に頭を抱えそうになる。

「冒険者達にクエストという形で要請するか」

「これ以上はギルドが文句を言ってきそうですね」

 アスランの言葉に、イースは苦い顔をする。

「くそっ、分かっていた事とはいえどうするか」

 少し前から敵の狙いは大凡読めていた。各地で魔物の被害が起こり、その対処に王国騎士団と法術師団が向かう。その抜けた穴を近衛騎士団が埋め、さらに彼らの補助として冒険者達を雇うという状態だ。明らかにオリジンの警備を手薄にする事が目的である事など、とうに理解していた。

「他国に要請しますか?」

 サリカの質問に、イースの後ろに控えていた、宰相のグルードが首を振って答える。

「いや、まだ明確な脅威が起こっていない状態では無理だ。事実、魔物の発生件数は他の国でも同様に上昇しているらしい。恐らく要請しても断られるのが落ちだろう」

「そういえば、グルード。何か報告があるのだったな」

 そこでイースはふとグルードが2日ほど前に報告書を提出していた事を思い出した。この数日忙しすぎて、まだ目を通せていないが、藁にもすがる思いで彼に尋ねた。

「はい。この現状を打破する事が出来るかもしれない可能性が僅かばかりあるかもしれません」

「何だ?」

「エイジエン、いやアカツキ皇国に協力を要請するのです」

「何だと!?」

 アカツキ皇国という名が出た事で使徒達が一斉に驚く。

「あそことコンタクト出来るのか?」

 鋭い目を向けるイースに、グルードは釘を刺す。

「あくまでも可能性があるというだけです。陛下も覚えておられるでしょうが、ジン・アカツキ。あの青年はアカツキ皇国の皇族である可能性があります。仮にあの男がそうなのだとしたら、あのくそ野郎を利用すれば、もしかしたらあの国を味方に出来るかもしれません」

 ジンの顔を思い出す度に、グルードの顔が険しくなっていった。娘との交際を認めたとはいえ、未だに全てを飲み込めたとはいえない感情が言葉の節々に現れていた。

「……なるほど。あくまでも可能性か。確かにあの国を引き込めるなら、この状況を打破できるかもしれぬ」

「はい。つきましては、東方に位置する転移門を全て解放させていただきたく存じます」

 転移門がなければ、大陸の東端までかなりの時間を要する事になる。

「よかろう。ならば早急に特使を選抜せよ。それからシオン、今すぐジン・アカツキをここに呼べ」

「はっ!」

 その命を受けて、すぐさまシオンは立ち上がると会議室から出て行った。それを見送ると、サリカがグルードに尋ねる。

「それでグルードさん。その可能性ってどれぐらいなんですか?」

「分からない。希望的観測に過ぎないし、相手が勝手に言っている事だからな。だが仮に事実だとすれば、あの青年は利用価値が高い」

「ちゃんと信じないとダメですよ。娘さんの彼氏なんだから」

 ウィリアムの茶茶に、グルードのこめかみに青筋が立った。
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