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第7章:再会編

目覚め

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 投げつけたナイフは正確にナギの額に刺さる。勢いに押され、ナギは大きくのけぞり、ビクンと一度震えるとゆっくり姿勢を元に戻した。突き刺さったままのナイフが盛り上がってきた肉に押し出される様に徐々に抜けていき、やがて地面に落ちてカランという音をたてた。彼女の額から流れていた血は蒸発するかの様に、一瞬で消え去った。

「もー、お姉ちゃんに向かって、いきなり何するの?」

「あ……ああ…あああああああ!!!」

 ジンは即座に無神術で両手にナイフを作り出すと、強く握りしめ、ナギに斬りかかった。

「悪戯はダメよ」

 だが、刃が彼女に辿り着く前に、彼女から衝撃波が発生し、ジンの体が背後の壁まで吹き飛ばされた。

「がはっ」

 意識が一瞬遠のき、両手に持っていたナイフを落としかける。しかし必死に意識を手繰り寄せ、ナイフを再度力を込めて握った。

「お姉ちゃんにナイフを向けるなんて、そんな子に育てた覚えはないよ?」

「違う! お前は姉ちゃんなんかじゃねえ!」

 その言葉にナギは困惑した表情を浮かべる。まるでジンの方が間違っているのではないかと錯覚しそうになる顔を見て、ジンの心は掻き毟られた。

「どうしてそんな酷い事を言うの? 私はこんなにジンが大好きなのに」

「絶対にお前は姉ちゃんじゃない! 姉ちゃんは確かにあの時俺が殺した……殺したんだ!」

 ジンはもはや泣きそうな顔を浮かべて、必死になって目の前の現実を否定しようとしていた。姉を殺した事は、彼にとって最大のトラウマだ。そして、それが今まで彼が生きてきた原動力でもあった。それなのに、その全てをぶち壊す存在がいるのだ。気が狂いそうだった。

「私はあなたのお姉ちゃんだよ。あっ、もしかして、この羽のせい? こんなのが付いてるから信じられないのかな。うーん、どうしたら分かってもらえるかな……そうだ! 私とジンしか知らないジンの秘密だってちゃんと覚えているよ」 

 そう言うとナギは、ジンと彼女しか知らないはずの話を彼に披露した。いくつまで寝小便をしていたかとか、ジンが隠し持っていた秘密のお宝の隠し場所だとか、些末な事を次々と流れる様にジンに話す。その発言全てが、目の前の女性がナギである事を示していた。

「……これぐらいで信じてくれたかな?」

「………」

 ジンは絶句し、言葉が何も出て来なかった。考えが纏まらず、状況を受け止め切れなかった。そんな彼にナギが近寄ってくる。ジンは呆然と立ち尽くしていたが、反射的に僅かに後ずさる。しかし、それ以上動く事は出来なかった。硬直状態にある彼の前まで来ると、ナギは少し顔を上げて記憶の中にある笑顔を見せる。

「いつの間にか、こんなに大きくなったんだね」

「ね……えちゃん」

 蚊の鳴くような声で囁くジンをナギはそっと抱きしめた。

「うん。お姉ちゃんだよ」

「姉……ちゃん? 本当に、姉ちゃんなのか?」

「はいはい、お姉ちゃんですよ」

 その途端、ジンの瞳から涙が溢れ出し、足に力が入らなくなり、崩れ落ちる。ジンを支えながら、彼の頭を優しく撫でる。ナギの胸に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくるジンを見て、ナギは微笑む。

「ふふふ、大きくなっても甘えん坊なのは変わらないね。ああもう、本当に嬉しいなぁ。ようやくあなたの事を喰べる事が出来るなんて」

「え?」

 次の瞬間、ジンの肩をナギが喰い千切った。血が辺りに飛び散る。

「ぐっ、がああああああああ!」

 激痛に思わずナギを引き剥がそうとするが、万力の様な力で抱きしめられて、まともに動く事も出来ない。

「こらこら、あんまり暴れちゃったら、上手く食べられないでしょ? 食事の時はお行儀良くって、ちゃんと教えたでしょ」

 的外れな事を言いながら、再度ジンに噛みつき、咀嚼する。

「ぐああああああああ!」

 ジンの悲鳴が洞窟の中に響き渡る。

「ああ、本当に美味しい。エルマーよりも、レイよりも、ザックよりも、ミシェルよりも! ジンが1番美味しい!」

 恍惚とした表情を浮かべながら、ナギはさらにジンに噛み付いた。大量の血液とともに、ついに肩の骨が剥き出しになる。

「もっと、もっとちょうだい! きゃはっ、きゃははははははははははははは!」

 悲鳴を上げ、苦痛に顔を歪め続けるジンを見ながら、ナギが狂ったように笑い出す。そしてもう一度彼に噛みつこうとした瞬間、彼女の頭が斬り飛ばされた。拘束が緩んだ瞬間に、誰かがジンをナギから奪い取った。続いて、炎球が飛び、地面に転がる頭と、力なく倒れた体を包み込み、ゴウゴウと激しく燃え上がる。

「ご無事ですか!?」

 ジンが顔を声のした方に向けると、心配そうな顔を浮かべたハンゾーと、自分の肩の止血のために患部に結界を張ろうとしているミコト、そして、武器の刀を構えていまだ警戒態勢を解除せず、ナギとジンたちの間に立って炎を睨みつけているゴウテンがいた。

「……お……前ら」

「何もおっしゃられになる必要はございません。まだ治療は出来ておりませんが、ここにいては危険です。急いでこの場から離れましょう」

 ジンが力なくその言葉に頷くと、ハンゾーはジンを背負い、ミコトとゴウテンに声を掛ける。ゴウテンは殿を務めるために彼らの後ろにつき、ミコトは、走る速度を上げる補助として全員に風の法術を掛けた。

「少々揺れますが、どうか辛抱して下さい」

 しかし、ハンゾーたちが走り出した瞬間、背後の炎が鎮火した。

【逃さぬよ】

 その声にゴウテンが即座に振り向き、呆然とする。

「嘘……だろ」

 そこには先ほど首を斬り飛ばし、燃やしたはずのナギが、傷一つない姿で立っていた。確かに魔人を倒せるほどの攻撃ではないが、かつてアイザックと初遭遇した時にジンが黒炎で燃やし、一時的に行動不能にした様に、たとえ魔人であったとしても、普通ならば、少しの間とはいえ回復に時間がかかるはずである。しかし、その姿からダメージを負った様子は一切見受けられない。異なるのは、アッシュグレーだった髪が完全な銀色になり、白かった翼が闇より暗い黒へと変化している事だった。

【感謝するぞ。漸く意識を完全に表層に浮かべる事が出来た】

 先ほどまでの雰囲気とは全く異なるその存在が発する一言一言に、得体の知れない力が込められている様にゴウテン達は感じた。少しでも相手の気に触る事をすれば間違いなく死ぬという事を完全に理解する。

「お、お前は一体?」

 必死に恐怖を抑え、ゴウテンが尋ねる。

【今から死ぬ者に教えて何の意味がある、と言いたい所だが、せっかく我を呼び起こしてくれたのだ。特別に教えてやろう】

 ゴウテンたちはその言葉に息を飲む。

【我が名はレト。法魔の名を冠する四魔の1人だ、とは言っても、まだ忌々しい事に不完全体ではあるのだがな】

 そう名乗り、ナギと同じ顔で酷薄な笑みを浮かべる。その言葉が嘘では無い事に、ハンゾーも、ミコトも、ゴウテンも本能で理解した。

「くそっ、師匠、ミコト様! ジンを連れて逃げて下さい! ここは俺が時間を稼ぎます!」

 ゴウテンが恐怖で体を震わせながら叫ぶ。

「な、何言ってるの!?」

「……任せた」

「ちょっと、じい!?」

 ミコトの声を無視して、ハンゾーが彼女の腕を掴むと強引に走り出した。

「じい!? ゴウテン……ゴウテン!!」

 ハンゾーは一切振り返らず、後ろを向いて叫ぶミコトをグイグイと引っ張って行った。

【時間を稼ぐだと? 面白い事を言うな小僧。それでは体操がてら、少し遊んでやるか】

「そいつは光栄だな。だが簡単にやれるとは思うなよ」

 そう言うと、ゴウテンは蒼気を身に纏う。

【ほう、その歳で蒼気を使うか。ならば少しは楽しめるかな?】

 レトの周囲に風が集まりだす。

【頼むから、簡単には死んでくれるなよ?】

 風がレトを包み込んだこと視認した瞬間、右側から巨大なハンマーで殴られたかの様な衝撃がぶつかってくる。

「ぐはっ」

 蒼気で身を包んでいたおかげで、死は何とか免れたが、その一撃で何本も骨が折れた様だ。肩から下の骨があちこち皮膚から飛び出している。痛みに顔を歪めるも、直ぐにレトを睨む。レトは一歩も動いていなかった。

【どんどん行くぞ】

 またしても巨大なハンマーで殴られたかの様な衝撃が、今度は前方から飛んでくる。

「ぐふっ」

 まるでボールの様に吹き飛ばされたゴウテンは空中で何とか姿勢を整え、着地する。しかし、休む間も無く次の攻撃が来る。刀を振るい、気を練り上げ、何とか対応しようとするも、終わりはすぐにやってきた。

【ほう、6発食らってもまだ生きているとは。なかなかやるではないか。お前のために2分も費やしたぞ】

 素直に驚いているかの様に、ゴウテンに語りかけてくるが、ほとんどの骨が骨折しているゴウテンは微かに動く事すら出来ない。

【さて、殺すか】

 上から風の塊が落ちてきて、ゴウテンに襲いかかる。

「ミ…コ…」

 ゴウテンは微かに口を動かして、愛する許嫁の名を呟いた。

「ゴウテン!」

 それに返答するかの様に少女の声が響き、ゴウテンの体を結界が覆い、風の槌を食い止めた。
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