World End

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間の章

見えない高み

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「はあ!」

 黒い気を纏ったジンの拳を軽くいなし、お返しとばかりにゴウテンの蹴りが顔へと飛んでくる。それをしゃがんで躱し、足を払おうと蹴りを繰り出す。ゴウテンは器用に蹴りの勢いを使って軸足で地面を蹴ると、すぐに着地し、今度はしゃがんだジンの顔を蹴ろうと足を振りかぶる。ジンはすぐさま軸足にタックルを敢行すると、その瞬間体に纏っていた黒い気が消える。ゴウテンは蹴るのを止めて、彼の頭に手を乗せて、上から押さえつける。地面に押さえつけられたジンがその手を払おうと動いたところで、ゴウテンの拳が彼の頬を掠めて地面に突き刺さった。

「俺の勝ちだ」

 その言葉とともにゴウテンは力を緩めてジンを解放する。ジンはむくりと起き上がると頭を掻きながら溜息をついた。

「また負けたか」

 修行を始めてすでに3ヶ月が過ぎた。力のコントロールを覚えてからは既に1ヶ月ほどだ。ただしそれも不完全であるため、先ほどのように突然消えてしまうこともあるのだが。今までは自らの意思によって暴走させる形で力を纏っていた。しかしそれでは反動が大きすぎた。この3ヶ月は能力を抑えつつ、力を解放する術を学び続け、漸くある程度形になってきた。しかし戦闘になるとどうしても意識がブレてしまう。1週間ほど前から始めたゴウテンとの実戦形式の訓練でも何度も失敗していた。

「何度も何度も言っているけど意識を一つに集中しすぎなんだよ。いい加減直せ。それに攻撃も単調だし、スピードに反応が追いついていない。だから躱されるし、俺の動きに咄嗟に対応できない」

 イライラとした様子のゴウテンはなんだかんだ言って付き合ってくれている。その上アドバイスも中々的確だ。ハンゾーがジンの指南役に選んだのも頷ける。理論的な技術の理解度が高く、どうすれ力のコントロールができるのかの説明はハンゾーやクロウよりも格段に分かり易かった。しかしそれでもジンは未だに能力を扱い切れていない。

「もう一回最初から頼む」

「いい加減にしてくれよ! 俺にだって色々しなきゃいけないことがあるんだ!」

 ゴウテンは親の仕事を継いで領地の運営を行っている。生来の生真面目な性格のためか、他人に仕事を任せることを嫌い、自分がすべきことは自分ですべきということを信条にしている。そのため長時間修行に費やすことができないのだ。

「あとはハンゾー様とクロウ様に手伝ってもらえよ」

 ジンは渋々彼の言に従うことにした。体術等の実力で言えば彼らの方が強い。しかし立場の関係上、彼らはジンに対して本気を出そうとしない。一方、最初の印象からジンに敵意を抱いているゴウテンは全力で立ち向かってくれる。

「はあ、まあわかったよ。じゃあまた今度頼む」

「ああ、時間があったらな」

 そう言うとゴウテンは第六修練場から出て行った。その後ろ姿を眺めてからジンは座禅を組むと瞑想を始める。自身の内にある大きな力のうねりを感じながら、能力のコントロールに取り組む。

 突然誰かが近づいてくる物音に気づき、そちらに目を向けるとハンゾーがいた。いつの間にか数時間経っており、修練場には茜色の光が差し込んできていた。

「いかがですかな?」

「まだまだだ。今日も勝てなかったよ。それに力も維持できなかった」

「ふむ、しかしジン様を覆う闘気の流れは格段に見違えましたぞ」

「そうか?」

「ええ。勝てない理由は単純に技術と情報処理能力の問題が大きいのではないでしょうか。体術に関してはあやつは小さい頃から鍛錬を積んできました。もちろんジン様もでしょうが、闘気を操ることに長けた我ら一族は体術を主に鍛えます。そのため彼奴のほうに一日の長があるのでしょう。それに情報処理能力ですが、おそらくジン様の力と認識との間にズレがあるのでしょう。だから相手の動きが見えていても、反応が難しい。いや反応し過ぎてしまうと言うのが正しいでしょうな」

「それってどうやれば改善できるんだ?」

「鍛錬しかありませんな。蒼気を操り始めたばかりの者によくあることです」

「でも今まではこんなことなかったぞ?

「それはおそらく今までの敵に技を使う相手がいなかったからでしょう。技を意識せずとも強引に力を行使するだけでよかった。しかし技を用いる相手にはそうはいかないということです」

「なるほどな」

 確かに『強化』の権能に目覚めてから戦った相手はどれも大した技術を持っていなかった。ゴウテンと戦って勝てない原因はそこにあるようにジンは感じられた。

「まあとりあえず今日はこれくらいにして帰りましょう。あまり無理をしても体を壊すだけで意味はありませんぞ」

「ああ、わかった」

 ジンに残されている時間はあと一年と少し。それまでにできる限り強くならなければならない。アイザックの話によると、あと一年後には学校で何か碌でもない実験が行われるという。それに大切な人たちが巻き込まれないように、ジンは強くならなければいけないのだ。

~~~~~~~~~~

 それからさらに2ヶ月の時が流れた。ジンはようやく第6の試練を乗り越え、第7の試練へと進んでいた。

 両手に短剣を持ってゴウテンに攻撃を仕掛ける。しかしゴウテンはそれを容易く手甲で弾く。ジンはそれを確認した瞬間に煙幕を張り、相手に見えないようにして距離を取ると、右手を突き出して精神を集中させ炎弾を作り、放つ。しかしゴウテンは風を纏うと地面を蹴って矢のような速度で突進して炎弾を貫き、ジンの喉元に刀を添えた。そこでジンは降参とばかりに両手をあげた。この数ヶ月、未だに一勝もしていない。あらゆる工夫をしても、全てにおいてゴウテンが上回るのだ。彼のいる高みはまだまだ遠い。

「また負けたか」

「何度も言ってるけど、お前はスピードに技術が追いついてきていない。だから俺に回避され、俺の攻撃を避けられない。確かにこの2ヶ月で動きは良くなってきたけど、武器を使う段階だとはっきり言って使い物になんねえ。そもそも、武器にその黒い気を纏わせられない時点で、戦いじゃ使えねえ」

 ゴウテンの指摘通り、アイザックとの戦闘時、ジンの武器はすぐにダメになった。しかし、武器に纏わせるという感覚がジンには今一掴めない。これが天才ならばすぐに理解できるかもしれないが、ジンはそうではない。

「それにあの炎弾、あれも実戦じゃ使いもんになんねえ。ビビらせる程度には使えるかも知んねえけどな。タメが長え、スピードが遅え、威力がしょぼい、その他諸々。つまり全然ダメだ」

「うっ」

 彼の指摘は正しい。ジンは自分の能力を知ってから、様々な術を使おうと努力してきた。しかしそれでも未だに自分の力を十分に使いきれていない。

「そもそも術っていうのは、イメージした段階でもう使えていなきゃいけないんだよ。そのレベルで漸くまともに戦えるようになる。はっきり言って、お前には向いてねえ。それよりも肉弾戦を極限まで鍛えた方がまだマシだ」

 小さい時から無意識的に身についているならともかく、ジンの力はある程度の年齢になって突然目覚めたものだ。その為、どうしても感覚が掴めない。イメージしてから発動するまでの工程に時間がかかってしまうのだ。さらにやろうと思えばどんな術でも使えるというのも問題だ。それが可能であるということは、手段が増えることを意味し、『複数ある』最善の選択肢から一つ選ぶというのが困難なのだ。

「とにかくこの第7の試練の目標は武器に力を纏わせて、ゴーレムを撃破する事だ。はっきり言って今のままじゃ何年経ってもクリア出来ねえぞ」

「わかってるよ」

~~~~~~~~~~~~

「修行はどんな感じ?」

 夕食の時間になって、ミコトが話題を振ってきた。ジンはこの城に入ってから常に食事の際はミコトとコウランと共に卓を囲んでいる。

「ボチボチと言いたいところだけど全然だ。ゴウテンに全く勝てる気がしねえ」

「あー、まああいつ同世代じゃ一番強いしね。というよりまともに勝てるのなんてこの国で片手で数える程度しかいないんじゃないかな」

「あいつはミコトちゃんに認めてもらおうと死ぬほど努力していたからなぁ」

「まあ、だからと言って私があいつを好きになるかどうかは違う問題なんだけどね」

「そう言ってやるなよ。というよりあいつ以外の野郎にミコトちゃんを嫁がせるなんてパパは許しません」

「えー」

 コウランはゴウテンの事を息子のように可愛がっている。その為二人の婚約で一番喜んだのも、意外なことだが彼だったという。むしろハンゾーがゴウテンに地獄のような鍛錬を科すようになったのだとか。

「このままじゃ、あと一年でなんて無理かもしんねえな」

 ジンには未だに先が全く見えなかった。時間だけが刻々と過ぎている現状に彼は焦れていた。
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