World End

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間の章

ルースとマルシェのとある一日

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 力がついてきたって思うたび、あの戦いを思い出す。そうして自分の未熟さを再確認し、また訓練に励む。そんな毎日の繰り返しだ。2年前より身長も幅もデカくなったし、法術も鍛えて、今ではなんとか2属性目も実戦で扱えるほどになってきた。剣術だって体術だって、今の俺がいるクラスでは上から数えた方が早い位のレベルだろう。

 だけどまだ足りない。全然足りない。もっと上に、もっと上に、そう思って昨日も、今日も、明日も俺は鍛え続ける。そうしないと、消えたあいつに追いつくことはできないから。あいつが今何をしているか知らない。だけどきっと、あの時よりも、もっと強くなっているはずだ。それだけは確信して言える。だってあいつの敵は笑っちまうくらい強大で凶悪だからな。だから今度は俺が、俺たちがあいつの助けになってやるんだ。二度も命を救ってくれたやつに恩を返さないなんてダサい男になりたくねえから。

~~~~~~~~~~~~

「……ス、ルース! いい加減に起きてってば!」

 誰かに体を揺さぶられる。うっすらと目を開けると見知った顔の少女だ。

「早く起きてって言ってるでしょ!」

 ゴツンと頭を殴られる。痛くはないが、それではっきり覚醒した。

「なんだよマルシェ。俺は疲れてんだよ。だいたいここ男子寮だぞ?」

 周囲を見回すと筋トレ用道具とか法術関係の本とかが無造作に部屋中に置かれている。そろそろ掃除をしないとなとそんなことをぼぅっとしながら考える。

「あんた、今日私の買い物に付き合ってくれるって言ったじゃない! 約束の場所でかれこれ2時間待ったんだよ!」

 その言葉に頭をボリボリかきながら、カレンダーを見て、日付を確認する。今日の枠のところに無理矢理花丸が書かれていた。一週間前にこいつがつけていったものだ。

「ふぁぁ、悪い悪い。寝落ちしちまったみたいだ」

 俺としてもこいつと遊ぶのは楽しみにしていたが、まさか寝坊するとは。マジで失敗した。そんなことを思いつつ、プリプリ怒って小言を言うマルシェの言葉を受け流す。2年前と比べてこいつは大分可愛くなったと思う。流石にシオンやテレサさん程とは言わないが、それでも学校全体では上位に入ると個人的に思っている。

 クラスメイトにはたまに俺とマルシェが付き合ってるのかと聞かれることがある。こいつは基本的に誰とも仲がいいが、一緒に買い物をしたり、遊んだりする男友達は俺くらいだからだ。だけど俺たちはそんな関係じゃない。こいつも俺のことは憎からず感じてくれているとは思うし、俺もこいつのことは一年の頃から好きだ。だけど俺たちはあの時のシオンを見てしまった。ジンがいなくなり、ひどく取り乱していた彼女の前で、俺が、俺たちだけが幸せであっていいのかと思っちまった。それだけ、数ヶ月の付き合いでしかなかったジンはシオンにとっても、マルシェや俺にとっても大切な存在になっていたのだと思う。

「なあ、マルシェ。今から付き合うから許してくれよ」

 申し訳なさそうな顔を浮かべて頭を下げる。腕を前に組んで、そっぽを向いていた彼女に必死に頼み込むと、漸くこちらを向いてくれた。

「次すっぽかしたら、ただじゃおかないからね。全額おごってもらうから」

「は、はい」

 絶対に約束を守ろうと誓った。いったいいくら使うか分からなくて怖いからという訳では決してない。

~~~~~~~~~

 ルースを見るたびになんとなく小突きたくなる。必死に修行している姿を見ていると、なんだか悲しくなってくる。私の中にあるこの感情に名前をつけるのだとしたら、まあなんとなくわかる。けど認めるのはなんか癪だ。なんで私があいつに、という感情があって、なんとなくちょっかいをかけてしまう。

 ジンくんは短い間だけど、私たちに大きな影響を残した。中でもシオンくんとルースに。シオンくんは元々人付き合いが得意という訳ではなかったけど、ジンくんがいなくなってからの落ち込み様は酷かった。こっちが泣きそうになるくらい、酷かった。だからだろうか、なんとなくルースにこの思いを告げる気が起きなくなったのは。

 それはともかく、今私はあいつと約束した、街の噴水前で待っている。すでに2時間ほど。あんなに念を押したのに忘れるとか本っ当にありえない。イライラが限界まで達した私はあいつの部屋まで押しかけることにした。




 部屋の中に入ると案の定あいつはイビキをかいて寝ていた。手元には本が落ちていることから、きっと遅くまで勉強していたのだろう。一年生の夏前のルースではありえない光景だ。それだけこいつにとってあの事件は大きかったのだろう。あれ以来、こいつは本当に頑張った。苦手だった法術のコントロールも克服し、風属性も身につけた。剣術も体術もかなり訓練していたし、今やこいつは学校の中でも上位に入る実力者だ。たまにこいつの話をしている女子もいるほどだ。確かに身長も伸びて、顔も精悍になってきた。実力もあるし、何よりもストイックな感じがたまらないんだとか。その上、去年のファレス武闘祭では本戦まで進んだ。そのおかげで今こいつはAクラスにいる。

 それでもこいつはまだ足りないって思っているらしい。私はこいつのそんなところをかっこいいと思うと同時に理解できない。だって、あんな化け物と普通の人間が戦えるはずないから。こいつは強くなった。でもとてもじゃないけどあんな化け物に勝てる訳がない。それを理解していて、それでも訓練するこいつを少し怖く思う。いつか潰れてしまうんじゃいかって。その時こいつはどうなってしまうんだろうって。

 頬をつついてみると、煩わしそうな寝顔を浮かべる。鼻をつまんでみると苦しそうな顔を浮かべて唸った。その反応を見て面白くなるが、そろそろ起こさないと、遊ぶ時間がなくなってしまう。こいつが普段努力している分、私はこいつのストレスの発散役になってあげるべきだと思う。そう思って、私はこいつの頭を殴ることにした。

~~~~~~~~~~~

「そ、それで、今日は何を買うんだよ?」

 前方を楽しげに歩いているマルシェに声をかけると、彼女は振り向いた。

「何言ってんのよ。買い物は何かを買うことを指している訳じゃないのよ」

「いや、意味わかんねえよ」

「まだまだ女心がわかってないねルースは。こうやっていろんなお店を見て回るのが楽しいんじゃない」

 彼女が言うように、すでに10軒近く店に入っては出て、入っては出てを繰り返している。その度に服だったり、アクセサリーだったり、カバンだったりと色々見ては、ルースに意見を求めてくるのだ。適当に返そうものなら、不機嫌になるため、しっかりと批評しなければならず、ストレス発散のために来たつもりが、別のストレスを感じている。

「次は、ここ!」

 新しい店に指を差したマルシェを見てげんなりした顔を浮かべたルースを見て、マルシェはニッコリと笑った。

「まだまだ行くからね」

「勘弁してくれよぉ」

~~~~~~~~~~

「それで、最近調子どう? Aクラスの授業ってどんな感じなの?」

 買い物という名の探索も一息つき、最近評判のカフェに入った2人はかなり遅めの昼食をとっていた。

「ああ、去年いたCクラスと大して変わんねえよ。授業内容もな。ただ違いがあるとしたら、一人一人の能力が高いってところか。あと皆意識が高くて切磋琢磨する環境が整っているのと、貴族が多いんでいけ好かねえ奴が結構いるってところかな」

「うへぇ、やっぱりCクラスに残ってよかったぁ」

 2年前の夏以降、マルシェはテレサの協力の元、法術の才能を開花させた。3属性保持者となった彼女は元々センスがあったらしく、そこからあっという間にCクラスまで上り詰めた。特に元から得意だった治癒術はさらに洗練され、致命傷や病気でない限り、ほぼ全ての怪我を治せるようになった。切断されたとしても、かなり時間が経っていない限りは完治させることができる。その才能と実家が大きな商家であることから、Aクラスに進級してはどうかと言う提案があったのだが、彼女は丁重にお断りしたのだった。

「そういや、最近アルとは会ってんのか?」

「アルるん? いつも一緒にご飯食べてるよ? たまに学校に来たらシオンくんも一緒にね」

「へぇ、相変わらず仲良いな」

 あの夏以降で唯一と言っていいほど対外的に変わらなかったのはアルトワールだ。影ではマルシェとこっそりと鍛えているので、実力はAクラスレベルまで上がっているのだが、とにかく人間関係が煩わしいとか、読書する時間が減るとかで、未だにEクラスの退学ラインギリギリをキープしていた。

「シオンの様子はどうだ?」

「ん~、普通かな。最近は普通に喋るようになったし、なんというか険が取れてきたっていうか、少し明るくなってきたっていうか、前に進もうとしているっていうか。それに、もしかしたらお見合いするかも、って言ってたし」

「マジかよ!?」

「うん。乗り気ではないみたいだけど、流石にそろそろ家としてもねぇ。あの子なんだかんだで、いいとこのお嬢様だから。ただ騎士はやめたくないみたいだから、どうなるか分からないけど」

「はぁ、ここ最近で一番驚いたぜ。テレサさんとアスラン先輩が婚約したことも驚いたけど、それ以上だな。それで、相手は誰なんだ?」

「えっと、確かあんたのクラスの、名前なんて言ったかな。えっと、あっ、そうだ、ディアス・イル・キリアンだ!」

「ああ、あのボンボンか」

 ルースの頭の中で直ぐに顔が浮かんでくる。ことあるごとに彼を見下してくるので、ファレス武闘祭の時に対戦相手になることを切に願っている相手だ。確か少し前に上の2人の兄が行方不明になったり死亡したりで、幸運なことにも継承権を得た男だった。実力はAクラスだけあってまあまあ高いが、所詮は地位で入ったようなレベルだった。

「しっかし、合わないだろ絶対」

「私もそう思うんだけどねぇ、なんか相手から強引に申し込まれたらしいよ。気づいたら逃げ場がなかったみたい」

「へぇ、いい度胸してるな。仮にも相手は使徒だっていうのに」

「でもシオンくんには幸せになってほしいなぁ」

 マルシェがサラダの野菜をフォークで突っつきながらボソリと言う。確かに、とルースは頷いた。

「なんか俺の我儘だし、言っていいことじゃないんだろうけどさ。シオンはジンじゃなきゃダメなんだって、ジンと一緒になってほしいって勝手に思ってたよ」

「うん」

 ルースの言葉にマルシェは野菜を突きながら頷いた。それから気を取り直したように顔を上げると、はしたなく一気に残りの食事を食べ終えるて、マルシェが立ち上がった。

「それじゃあ、行くよ!」

「はぁ? どこに?」

「買い物!」

「はぁ!?」

 ルースの腕をがしりと掴むとマルシェは店から出て、新たなお店を求めて歩き出した。最終的に2人が帰ったのは夜の7時を過ぎていた。ルースはその夜、疲れすぎて日課の訓練もせずに、ベッドに倒れこんでいつの間にか寝ていた。
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