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第6章:ギルド編

ギルドマスター

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「魔人だ、魔人が現れた!」

 ギルドのドアをバンッと乱暴に開くとジンが叫んだ。周囲の視線が一斉にジンに集まり、すぐに興味をなくした様に元に戻った。誰もジンの言葉を信じている様子は無い。それが分かりジンは歯噛みするが、気を取り直して受付に走る。列を成しているのは、やはり美人の受付嬢がいる窓口だ。

 幸運なことにあの無愛想な男性職員、エミリオのところには誰も並んでいなかった。ジンとミーシャは迷わず彼のところに向かった。

「おっさん、ギルドマスターに取り次いでくれ。緊急事態だ」

 エミリオはジンをジロリと睨むと、

「事実か?」

 と、短く確認の言葉を口にした。それはギルドに入った時に叫んだ言葉の真偽を確かめるためだろう、とジンは推測した。

「ああ、ここから歩いて1日ほどのところにある村の近くの森でな」

 ジンは簡潔に何があったかを説明した。その話にエミリオは徐々に眉をひそめていき、目を一旦瞑って少し何かを考えてから立ち上がった。

「来い」

 再びボソリと呟くと、エミリオはジンとミーシャをギルドマスターの部屋へと案内した。しかし彼がドアを開けても、中には誰もいなかった。

「っ、マスターはどこにいるんだ!?」

 ジンが焦った様に怒鳴ると、エミリオは無言で誰もいない部屋の奥にある椅子に向かって歩き、座った。

「さてと、具体的な話を聞かせてもらおうか」

 無愛想な受付のエミリオではなく、元Aランク冒険者のモガル・エミリオンがそこには居た。

「あんたがマスターなのかよ!なんで受付に?」

「ああ、まああれは趣味みたいなもんだ。それよりもどんな魔人だったのか、詳しく話せ。時間がないんだろう?」

「あ、ああ」

 ジンは冷静になって、自分が戦闘の中で手に入れた情報を細かく説明する。時折モガルが不明瞭な点を質問しつつ、30分ほどで説明をし終えた。

「なるほど、オーガから魔人、しかも融合体か。術は光線しか使っていないので未知数ということか。まずいな」

 モガルは真剣な顔を浮かべると、手元にあったボタンを押した。ベルの様な音がなり、すぐに黒縁の無骨な眼鏡をかけた妙齢の赤髪の美しい女性が入ってきた。

「お呼びですか、マスター?」

「ムイ、緊急事態だ。全職員、及び現在ギルドにいる冒険者をかき集めろ。そんで冒険に出ている奴らも『水鏡』で呼び寄せろ」

 法術の『水鏡』はただ遠方の情報を写すのではなく、音声を届けることもできる。つまり神術でいう所の『氷鏡』と同じだ。大抵の場合、上位の冒険者チームは水法術を使える者がいるため、ギルド職員の誰かと連絡がとりあえる様になっている。

「分かりました。それでは『天華』、『神の盾』、『七星』を呼び戻せばよろしいでしょうか?」

 この三つのチームはそれぞれBランクのチームだ。個々ではなくチームで力を発揮し、多くの難敵を打ち破ってきた実績がある。しかしジンの情報から推測するに、彼らではいささか心許ない。

「そいつらは何日ぐらいで戻る?」

「数日前にクエストを受けていたので、おそらくですが早くても2、3日はかかるかと」

「くそっ、それじゃあ『剣神』は呼び戻せるか?」

 『剣神』とはチームではなく、個人を指す。卓越した剣技により、いつの間にかそう呼ばれる様になった女性だ。この街で唯一のAランク冒険者だ。

「いえ、彼女は水法術が使えないので連絡が取れません。それに確かオリジンの方でも問題が発生したとかで、そちらの方に向かって数ヶ月前に行ってしまったので、少なくとも途中で何かあって戻ってきていない限り、連絡が取れたとしてもこちらに来るまでかなり時間がかかるかと」

 彼女がいないだけでもかなりの損失だ。正直剣技のみならば使徒を含めても国内で一、二を争う強者だ。他の三つのチームも素晴らしいが、卓越した個というのは時として群を上回る。

「ちっ、仕方ない。取り敢えず、Cランクまでの冒険者を総動員し、Dランク以下は街の防衛として待機させる。あと、ヴァルデルに連絡して衛士を動かすように言え。住民をシェルターに避難させて、外壁の防備を強化させるんだ」

「了解しました」

「頼んだぞ」

 モガルの言葉にお辞儀すると、ムイはすぐに部屋から出て行った。

「さてと、お前らは少し休め、酷ぇ顔色だ。いつ魔人が来るか分からないんだ、それまでに回復しておけ。部屋はこのギルドの近くにある『踊る子鹿亭』ていう宿屋を使え。この印と俺の名前を出せば部屋を用意してくれるはずだ」

 モガルは机の引き出しから金色のギルドの紋章が入ったコインを取り出して、ジンに手渡した。それを受け取るとジンとミーシャは彼に言われた通りに『踊る子鹿亭』に向かった。宿屋の主人はモガルの名前とコインですぐに部屋を用意してくれた。

「じいとクロウが心配だけど、取り敢えず少し休みましょう。流石に……ジン!?」
 
 ミーシャが振り返ると、ジンは崩れ落ちる様に倒れた。

~~~~~~~~~~~~~~

 コンコンとノックの音が聞こえた。モガルはそちらに顔を向ける。彼には誰が来たかは想定済みだった。

「ムイか。入れ」

「失礼します」

 予想通り、部屋の中に先ほどの女性が入ってきて、そのままモガルのいるテーブルの前まで近寄った。

「それで、お前はどう思う?」

「どう、とは?」

「あの二人だ」

「それは彼らの情報がということですか?それとも……」

「後者の方だ」

 モガルは彼らの力を測りかねていた。持っている情報があまりにも具体的すぎる。つまり彼らは魔人と接触し、戦闘したということだ。『カンナヅキ』は悪名高くて有名だ。実力はあるものの任務失敗が多いという意味で。一方彼が気になっているのは『ジン』という少年だった。経歴が全く不明であり、唯一分かるのは『アカツキ』という名前だけだ。彼にはその名に覚えがあった。

「そうですね。少し観ただけであまり正確には言えませんが、恐らく少年の方はマスターが考えている通りかと」

「使徒……か」

 モガルは背もたれに深く寄り掛かり、大きく溜め息をついた。

「厄介と言えばいいのか、幸運と言えばいいのか」

「そうですね」

 ムイも同様に溜め息をついた。使徒は本来ならば神の使いであり、祝福されるべきものだ。しかし、歴史を見るに使徒が現れる場所では大きな厄災が訪れることが多かった。つまり言い換えるなら、使徒が災いを引き連れているのではないか、というのが彼らの個人的な見解だった。事実、この街にかつて使徒が現れた際、強大な魔人が現れ、街を蹂躙したことがあった。今から20年ほど前の話だ。その際の使徒が『アカツキ』という名であったのだ。当時、第一線で活躍する冒険者であった彼は、未だにあの惨劇をしっかりと覚えている。街に在中していた兵や冒険者の半数以上が全滅したのだ。最終的にはその使徒が魔人を倒したのだが。ちなみにモガルは知らないことだが、ジンが最初に報告した男もその時を生き抜いた者であった。だからこそジンの言葉は疑いつつも、街に入るために待機していた人々の列に並ばせることなく、優先して通してくれたのである。

 モガルにしろ、その衛兵にしろ、真偽はともあれ魔人という名が出ただけで、ここまで迅速に行動したのはその恐怖を嫌という程に知っていたからであった。例え嘘だとしても、警戒をしすぎて損はないと彼は考えている。どう考えても、この話が真実であった場合の損失の方が遥かに大きい、いや、大きすぎる。まず住民の大半が死に絶え、街の建物という建物が崩壊するだろう。兵士たちと冒険者という前線に立つ者達の多くが確実に命を落とし、魔獣達の間引きも出来なくなるため、数が増えるのを止められず、街が壊滅することは目に見えている。

「それで、どの様になさるおつもりですか?」

 ムイの言葉に、モガルは思案する。本来魔人とはAランク冒険者たちが束になって戦って、漸く僅かに勝てる可能性が見えてくるという馬鹿げた存在だ。それも多くの犠牲を払ってである。それなのに、今この街にいる戦力になりそうな者はたった十数人だ。しかし既に位置情報を入手しているのだ。可能な限り、街から遠ざけた場所で戦闘することも、不意を衝くことも可能かもしれない。もちろん相手の移動速度にもよるのだが、希望的観測は絶望的な状況の推測と同様に必要であるということをモガルは長い冒険者時代の経験から理解していた。

「あいつらがいればな」

 ふと彼は頭の中に二人の男女を思い出す。かつて共にパーティーを組んだ者たちだ。彼らは『剣神』同様に圧倒的な強さを備え、絶望的な状況を打破してくれるのではないかと周囲の人々に希望を与えてくれた存在だった。しかし、3人の子供を魔物に食い殺されるという悲劇によって彼らは行方をくらませた。モガルはあの皆を鼓舞するほどの強さを持ち、大剣と闘気を用いて数多くの敵を殲滅してきた『闘鬼』と、紅色の髪をたなびかせ、皆を魅了する蠱惑的な美貌、それでいて超一流の法術の使い手であった『紅蓮の美姫』を思い出す。かつての戦いで、彼らは最も危険な囮役を務め、生き延びた。彼の緊張味を帯びた表情の中にはどことなく、懐かしそうな感情が見え隠れした

「あいつらというのは、マスターとパーティーを組んでいたという方々のことですか?」

「そうだ。それで、もう一人の少女の方はどうだ?お前はどんな印象を受けた?」

「印象、ですか。彼女についてはただ分からないとしか言えないですね。前々からギルドで問題行動ばかりを起こしているため、職員間での話題にはよく上がっていますが」

「ああ、そう言えばそうだったな。じゃあなんでもいいから一言で表してくれるか?」

「一言ですか」

 ムイはしばし思案し口を開いた。

「……『神聖性』でしょうか」

 その言葉にモガルは眉間のシワをさらに深めた。しかしムイは人の深淵を見抜くという不思議な力を有している。彼女の言葉は物事の本質を露わにする力があるのだ。先ほどからモガルがムイに執拗に印象を聞いているのはそのためだった。その彼女が言っていることだ。『ジン』が使徒であることは、ムイの言葉を信じるならば確実だろう。しかし、その上さらに厄介事が増えそうだった。モガルはそう考えると思わず溜め息をついた。冒険者一人一人に彼はわざわざ割く時間も興味もなかった。その対応が今この新たな疑問を生み出したのだということを彼は少し反省した。

「とりあえず、あの少女のことは置いておくとして、連絡は取れたか?」

 モガルは軽く頭を振ってから気を取り直して、真剣な表情でムイに視線を向けた。

「はい、ヴァルデル様は現在私兵を動かしていただいております。また周辺の街の貴族宛に書状も書いていただけるそうです。マスター同様、かつての戦いを経験しているためか、迅速に動いて下さっている様です。ただヴァルデル様以外の貴族がどの様に出るかは今の所不明です」

「まあ、あいつは高位の貴族の中でも話が分かる上に性格もまともだからな。とにかく、あいつが有事の際に利用するために作った地下シェルターに住民どもを可能な限り早く避難させる様に伝えてくれ。入り切らなければうちの地下施設を解放する」

「わかりました。それ以外には何かありますか?」

「そうだな……冒険者どもはもう集めているか?」

「はい、とりあえずクエストに出ていなかった者達は全員受付前に集めております。出ている者達には既に帰還するように通達済みです」

「あとはもう戻ってくることを祈るばかりだな。まあ俺なら戻らないがな」

 モガルは苦笑いをする。冒険者は基本的に束縛することができない。彼らには様々な自由が保障されており、その代わりに有事の際には、ある程度の責務を果たさなければならない。しかしそんなものは単なる口約束の様なものだ。よっぽどのことがない限り、彼らは知らぬ存ぜぬという態度を貫くだろう。少なくともかつての自分ならそうしていた。ムイもその美しい顔を少し歪める。真面目な性格の彼女のことだ。自分の言葉を不満に思ったのだろうとモガルは思う。

「それじゃあ、野郎どもに言いに行くか」

 面倒臭そうに重い腰をゆっくりと持ち上げた。椅子がはずみでギシリと鳴る。それからモガルはムイを引き連れて部屋を出て、階下に降りていった。ある意味での死刑宣告をするために。
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