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第5章:ファレス武闘祭

それぞれの3回戦1

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 ルースは目の前に立つディナという少女を観察する。マルシェによれば昨年のベスト4だという。身長はルースと同じくらいか。目を閉じてニコニコと笑みを浮かべている彼女は、綺麗というよりは可愛らしい。少し明る目な紫の髪は背中のあたりまで伸びている。胸の大きさに思わず目がいってしまう。幼児体型とまではいかないが色々と小さいマルシェや、まな板という表現がふさわしいシオンと比べると悲しい現実に直面する。

「……あるところにはあるんだよなぁ」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもねえよ」

「そうですか。それじゃあおしゃべりするのも何ですし、そろそろ始めましょうか」

「いいぜ、かかってこいよ!」

「あら、親切ですね。それじゃあお言葉に甘えさせていただこうかしら」

 ディナの目が開かれる。切れ長の細めの奥に隠れていた瞳は、彼女の容姿からは想像できないほどの獰猛な獣のそれだった。

「『光線』」

 空中に光る球体が出現したと同時にルースの顔をかするようにして、光の線が通り過ぎた。

「は?」

 何が起こったかわからないが、頰から血が流れている。攻撃されたのだということだけは理解した。慌てて距離を取ろうと背後に飛ぶ。しかし彼女との戦闘において、後ろに下がることだけは愚策中の愚策だ。何せ彼女が得意とするのは圧倒的な術の技量である。

「下がっちゃっていいんですか?」

 ニコニコと笑う彼女にゾッとする。目の前にいるのは昨日戦った二人とは違う、本物の戦士だ。シオンやフォルスと同レベルかそれ以上のような気がする。

「ちっ、『炎弾』!」

「『風円陣』」

 ルースの炎は容易く風の壁に巻き込まれ、ぐるりとディナの周囲を回るとルースに返って来た。ルースは慌てて回避する。

「攻撃返すとかずるくないっすか!」

「ふふ、そんなこと言ってると負けちゃいますよ?」

 風を体に纏い、ルースの動きを観察する彼女に油断はない。たとえルースがEクラスに所属していたとしても、彼女はEクラスが無能集団の集まりであるとは考えていない。彼らは何らかの技能において飛び抜けて秀でている集団なのだ。彼女の知り合いにもそういう生徒が何人かいる。例えば索敵能力のみにおいては随一を誇る者、法術を使うための素体としての能力は低いが術理論に明るく研究分野において在学生にして既に第一線で活躍する者、火力や速さのみに特化している者などなどEクラスは決して油断していいクラスでは無い。

「そんならこれはどうだ!『焦原』!」

 リングを一瞬にして炎が埋め尽くす。まともに立っていることもできず、慌てて審判はリングから飛び降りた。別に期待しているわけでは無いが、少しでも現状を破れるならばそれで良い。だがそんな考えも彼女の前では意味がなかった。

「無駄ですよ」

 『風円陣』によって彼女の周辺には一切炎が近づいていかない。

「その術ずるいっすね。でも……」

 リングが熱に耐えられず徐々に溶け始める。ルースはニヤリと笑う。これが次善策だ。自分も辛いが、まあ耐えられないほどではない。

「熱いのには耐えられますか?」

「そうですね。熱いのは苦手です。だから……『消炎』」

 ディナがそう発した瞬間、ルースの炎が鎮火した。

「は?」

 目の前の光景が信じられず、口を開けて目を見開く。

「な、なんで!?」

「ふふふ、私はあなたと同じ火法術の使い手ですよ?炎のコントロールぐらいできます」

 簡単そうに言うが、そんなことはない。相手の術に介入するには相手が練った力を超えなければならない。その上仮に出来たとしても、完全に消火するなど一体どれほどの技術を要するというのか。つまりそれほどまでにルースとディナの実力には差があるのだ。

「どうします、まだ続けますか?」

 空中に光の玉が浮かんでいる。どうやらルースが驚いている隙に発動させたようだ。おそらく先ほどの攻撃が来るだろう。近づくこともできず、頼みの火法術も、文字通り火力で上を行かれている。覆す手は無い。

「………無理そうっすね。審判、降参っす」

 ルースは諦めて両手を挙げた。一年の差ではあるが、これが昨年ベスト4に入ったという実力者だ。高みに触れることができたことは何よりも得難い経験と言えるだろう。

「勝者ディナ・スキュローン!」

 リングから降りたルースの元にマルシェが駆け寄って来る。

「驚いたよ、てっきり続けるかと思ったのに。どうして降参したの?」

「なんて言やいいか、あの人全然本気出してねえんだもん。ムカつくけどあのまま続けてたって、まぐれすらもありえねえ。だから多分あれ以上意味ねえからな。そんなら他の相手見に行ってジンとアルのために情報収集した方が有益だろ?」

「へぇ、意外と考えてるんだね」

「意外とってなんだよ、意外とって!」

「あははは、それじゃあ一緒にアルるんの応援に行こうよ」

「おう」

「ルース」

「なんだ?」

「お疲れ様!」

「……おう」

 悔しいが今の自分の実力はこの程度だ。だがまだ一年だ。これから強くなっていけばいい。マルシェとルースはそのまま隣のリングで待機しているアルの元へと向かった。

~~~~~~~~~

 アルは本を読んでいた。本は良い。彼女を煩わしい世界から別の世界へと連れて行ってくれる。あるいは新たな知識を与えてくれる。だからこんな面倒な大会はさっさと終わらせて、家に帰って積んである本に手をつけたい。

「……た……くの……ですか?」

 誰かが近づいてきて何か言っているが、どうせ面倒臭いことだ。無視して文字に目を落とし続ける。その態度が悪かったらしい。突如本から火が噴いた。

「な!?熱!」

「まったく僕を無視するとは良い度胸ですね」

 驚いて床に落としてしまった本がどんどん燃えていく。

「ああ…」

 急いで消そうと土法術で素早く砂を生成すると、本にぶちまける。おかげで消火することには成功したが、砂と火のせいで本はボロボロだ。まだ読み終わっていない小説だった。絶版されたもののため、なかなかに値が張った本だ。恨みがましく顔を上げると、目の前にはまだあどけなさを残した少年が立っていた。

「Eクラスのくせに僕を無視するなん……」

「お前がやったのか?」

 アルの瞳に殺意が宿る。その鬼気迫る様子に少年は少し怯んだ。今まで公爵家の自分にこのような目を向けて来る者はいなかったのだ。

「そ、そうですよ。僕はあなたの次の対戦相手です」

「そうかわかった。ぶっ殺す」

 何が分かったのか、パチンと指を鳴らした音が聞こえたと思った瞬間、少年の目の前は真っ暗になった。

「な、何をした!?」

 突然のことに混乱している少年に、ゆらゆらと幽鬼のように虚ろな瞳をしたアルが近寄っていく。

「あの本はな、私がしたくも無いバイトをして、食事を切り詰めて、必死になって探し回ってようやく見つけたもんなんだよ……ぶっ殺す!」

「ひい!?」

 飛びかかろうとするアルに恐れをなして、逃げようとバランスを崩し尻餅をつく。頭の上を何かが通り抜ける音が聞こえた。追撃を恐れ体を丸くする。だが一向に攻撃は来ない上に、唸るような声とドウドウとなだめる声が聞こえてきた。やがて術の効果が切れたのか視界が戻ると、目の前には目を血走らせた先ほどの少女と、それを後ろから必死に抑えている少年と少女がいた。

「お、落ち着けアル!」

「ア、アルるん落ち着いて!」

「てめえら放せ!あのクソガキぶっ殺す!」

「おい、お前さっさと逃げろ!」

 ルースが叫ぶ。その声にようやく体が動き始めて少年はその場から逃げ出した。少年の名前はフラーテル・イル・キリアン。ジンの一回戦の相手、ディアス・イル・キリアンの実の弟である。組み分けの運でここまで勝ち残って来れた少年だ。

 逃げたのを確認したルースが恐る恐るアルトワールの様子を確認する。その目は怒りに燃え、今にも爆発しそうである。おそらく今手を放せばあの少年を追いかけに行くだろう。その後しばらくの間、暴れる彼女をマルシェと二人で引き止め続けたのだった。

~~~~~~~~~~

「絶対にぶっ殺す」

 未だに据わった目をしているアルトワールに少し怯えつつも、ルースとともになんとかなだめることに成功したマルシェは彼女の豹変ぶりに驚愕していた。確かに重度の本好きだというのは知っていたが、まさかあそこまで別人のように変わるとは。

「なんか慣れてるみたいだったけどルースはアルるんがあんな風になるのって知ってたの?」

「ん?あー、まあな。前に俺があいつの本を誤って川に流した時にちょっとな」

 ルースの体が微かに震えている。いったい彼女に何をされたというのだろうか。

「まあ、マルシェも気をつけろよ。あいつ切れたら見境無くなるからな。マジであのガキ御愁傷様って感じだな」

「う、うん気をつけるよ」

「なんか言った?」

「「いえ、何も」」

 アルの鋭い視線に思わず二人同時に返事をする。そうこうしているうちに一つ前の試合が終わり、アルトワールと対戦相手の名前が呼ばれた。

「あれ、そういや『イル・キリアン』って確か…」

「うん、ジンくんの一回戦の相手の弟だよ」

「へぇ、三回戦まで勝ち上がったってことは、兄貴より優秀なのか」

「いや、そんなことはなかったと思うよ。むしろ一回戦でアルるんが戦った子の方が強いはず」

「つまり、組み合わせに恵まれたってことか」

「多分ねー」

「そんなことはどうでもいい。あいつはぶっ殺す」

「お、おう」

「う、うん。頑張って」

 鼻息を荒くしてリングへ向かうアルを見て、ルースとマルシェはすでにリング上で待機し、僅かに震えている少年に哀れみの目を向けた。

 案の定勝負は一瞬だった。開始早々、フラーテルの足元に土法術を用いて落とし穴を作って落とし、そのまま一気に穴の中を砂で埋め始めたのだ。慌てて逃げようと風法術を発動しようとした少年の上に巨大な岩を生成し、穴そのものに蓋をかぶせた。結果僅かに開いた隙間から徐々に砂が入っていく。徐々に砂に埋もれていく恐怖にかられ、必死に岩を叩く少年の泣き声が周囲に響き渡った。

「ごめんなさい、僕が悪かったです!出して下さい、出してぇぇぇぇぇ!!」

「あはははは、本の仇だクソガキ!」

 その様子を見て笑っているアルに審判共々、見ていた観客が引いている。それから1分後、砂に胸まで埋まってぐったりしているフラーテルが穴から引き上げられた。

「………ルース」

「………なんだ?」

「私、アルるんの本だけは触らないようにするよ」

「ああ、そうしてくれ」
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