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第5章:ファレス武闘祭

予選前

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 ジンが学校に行くとマルシェが彼の顔を見て目を光らせた。彼が教室に入ってくるのを自分の席で待っていたのだ。その顔を見てジンは朝の温かい気持ちを忘れ、早速寮に帰りたくなってきた。思わず荷物も置かずに回れ右して教室を出ようとするが、一体どこにそんな力があるのかわからないほどガッチリと肩を掴まれた。先ほどまで距離があったはずなのに一瞬で席からジンの背後に移動したことに驚愕する。

「ジ~ン~く~ん、どこ行くの?」

「ひっ!い、いやちょっとトイレに…」

「じゃあなんで荷物も持って行くの?」

 マルシェの笑顔が持つ圧力に、ジンは思わず気圧される。

「い、いやお腹、そうお腹が痛くて。あいたたた」

 態とらしい態度で逃げようとするがマルシェの手は肩から剥がれない。

「お腹痛いだけなら荷物は置いて行っても大丈夫でしょ。いいから来なさい」

「…はい」

 結局観念してマルシェにズルズルと席まで引っ張られて行った。

「ねえ、ジンくん。私が何を聞きたいか分かる?」

「…いや全然」

 おそらくは昨日のことを聞きたいのだろうが、それをいちいち答える義理もない。その答えに彼女は一層顔をしかめる。

「もう!なんで昨日シオンくんとデートしたのに、あんな色気も何にも無い話で終わっちゃったのよ!?」

「なっ、つけていたのか!?」

「そんなことはどうでもいいのです」

「いや、良くは…」

「それよりも私はもっとこう、甘酸っぱい感じの展開を期待していたのです」

「いや、だから…」

「だからも何もありません!男の子なんだからもっとグイグイ行ってくれないと。せっかくシオンくんが女の子っぽくなって来ておもし…もとい可愛くなって来たのに、相手のジンくんがそんなんだと全然おも…関係が進まないじゃない!」

「なあ、今面白いって言った?」

「言ってません。と・に・か・く、私もテレサちんもアルるんももっと甘酸っぱいものを期待していたんです。反省しなさい!」

「理不尽すぎるだろ、それ」

 失言を誤魔化すかのようにバシバシと机を叩くマルシェは口調すら変わっている。その様子にたじろぎながらもジンはなんとか言い返す。だが恋に憧れる少女は強い。

「理不尽じゃありません!きっとシオンくんだってそう思ってます!昨日シオンくんが少しお化粧してたのに気がつきましたか?」

「へ?そうなのか?」

「そうなんです!もう、そんなんじゃいつまでたってもジンくんにはシオンくんを任せられませんよ!」

「いや、そんなことを言われても…」

「返事!」

「は、はい!」

 それからマルシェは事細かに昨日の問題点を挙げ連ねて行く。例えば…

「…制服が少し汚れていましたよ。もっと清潔感を保ちなさい!」

「はい」

「…女の子に自分から座らせるんじゃなくて、席を引いて座らせなさい!」

「は、はい」

「…話の引き出しをもっと作りなさい、いくらなんでも格闘技以外無いなんて酷すぎます!」

「ご、ごめんなさい。でも」

「でもじゃない!」

「は、はい!」

 ホームルームが始まるまでの10分間、ジンはマルシェにいくつもダメ出しを受けた。もはや授業が始まる前からジンの気力は尽きた。

~~~~~~~~~~~

「ジンくん、情報集めてきたよ」

「情報?」

 武闘祭を来週に控えたある日、教室に入ると3人のクラスメイトのが分厚い紙の束を持って駆け寄ってきた。あまり接する機会がないので名前は覚えていない。

「うん、武闘祭に出る選手の情報だよ。先週から集めていたんだけどようやく出場選手のうちの半分だけ集まったんだ」

 どうやらこれが彼らなりの協力のようだ。確かに予備知識が有るのと無いのとでは戦い方も変わってくるだろう。何をしているのか疑問を感じていたが思った以上にクラス連中も本気のようだ。

「ふーん、半分って何人分あるんだ?」

「予選参加者だけで256人よ、だから128人分ね。それでそのうち本戦に出られるのが16人」

「256!?結構出るんだな。ということはえっと…」

 ジンは指を数えて何試合に出なければならないのかを計算する。

「予選突破するには4回、優勝まで行くには8回勝てばいいんだぜ」

「…多すぎないか?予選と本戦って何日間やるんだ?」

「予選は2日間、本戦は4日間だよ」

「つまり予選は1日に2試合で、本戦は1日1試合ってことか」

「そういうことだ。頑張れよ」

「ファイトだよ」

「期待してるわよ。あっ、アルるんよ!」

「本当だ、行こう!」

「おう」

 3人は持っていた紙束の一部をジンに押し付けるとアルの元へと走って行った。3人に囲まれうんざりした顔を浮かべている彼女を一瞥してから手元の紙に目を落とす。自分のクラスの選手を除いても251人も参加者がいる。半分だけとはいえ128人分のデータを全て覚えるのは不可能だろう。というより面倒臭すぎてやりたくない。どうせ自分は本戦まで残るつもりもないのだから。情報を集めてくれたクラスメイトたちには悪いがこの紙束は机の奥底へと沈んで行く運命のようだ。

「あ、ジンくん言い忘れてたけど、3日後にちゃんと覚えているかテストするわよ。アルるんもよろしくね。全部覚えられそうになかったら手伝うから」

 ジンは仕舞おうとしていた紙束を机の中からそっと引き出すと再び目を通し始めた。唯一幸いなことと言えば、重要事項に関しては違う色で書いていてくれたことだけだった。まだ自分の初戦の相手が誰か分からない。そのため全てのメモを覚えなければならないのかと思うと目眩がした。

 とりあえずパラパラと紙束を捲ってみると、何枚か目を引く紙があった。同年代の実力者は一応ジンも知っている。例えばSクラスにいる生徒たちがそうだ。あの中でも倒せそうな者はいるが、シオンともう一人、フォルスは別格だ。全力を出しても無傷では済まないだろう。

 意外なことに同学年に関してのデータはなかなか充実している。中等部の頃の情報や模擬戦、先日の野外訓練における戦闘データなどから分析できることなどが書かれている。例えばフォルスは火、風、土法術を使うが、パワーファイター系で肉弾戦も得意としているらしい。武器は大剣を持ってはいるが、抜かずに徒手で戦うことが多いそうだ。だがメモによると彼は幼少の頃より騎士団長である実父から剣を教わっていたため、技量は推して知るべしだという。つまり剣を抜かせる前に倒すのが最善手だということだ。

 他にもシオンや他のSクラスの面々、Aクラスの中でも上位にいる者、あるいは総合的に秀でているが何かしらの問題からBやCクラスに所属している者など様々な情報がある。他学年においては残念ながらあまりデータが揃っていなかった。唯一はっきりとしたデータがあるのは生徒代表まで務めるアスランについてだ。

 だがどう見てもそれは不完全であるとジンには考えられた。なぜなら明らかに以前向かい合って直接感じたものとそのデータには齟齬が生じているからだ。案の定後ほどクラスメイトたちに確認したところ、データは去年のものらしい。今年に入ってから、アスランは授業の訓練に参加していないのだそうだ。すでに内定を貰っているためか、実際に騎士団の訓練の方に参加しているのだそうだ。

「まあ実力が分かっていたとしても、予選で当たらない限りは気にしても仕方がないだろう」

「あ、アスラン先輩は去年優勝したからシードだよ。だから本戦はあの人を入れて17人」

「……」

 これで憂が一つ減ったがなんとなく複雑な気分だ。本戦に進む気がないので、今年卒業してしまう彼と戦う機会は今後無いということだ。

 さらにページを捲っていると、ある名前を見つけて手が止まる。

「へえ、あいつも出るのか」

 カイウス・レゼルヴ。確か先日の野外訓練の時にそう呼ばれていたはずだ。データによると成績は平凡だが、彼のクラスメイトたちの言葉を借りると底が見えない、違和感の塊のような存在なのだそうだ。Sクラスの生徒よりも強いのではと感じる時もあれば、自分でも容易く勝ててしまうのでは、という時もあると一人の生徒は言っている。能力としては風と火の2属性の使い手のようだ。この資料の中で最も不気味なのが彼かもしれないとジンは感じていた。

~~~~~~~~~~~~~

 それからの一週間は一気に過ぎていった。毎日遅くまで寝ているルースですらここ一週間調整といってどこかの場所で朝から訓練を行っているようだ。試しに一緒に稽古するかと提案してみたところ、手の内は見せられないと断られてしまった。相変わらずなのは一切やる気のないアルだけだ。意外なことに無理やり選ばれたレティシアは、その真面目な性格のためか入念なトレーニングを行っているようだった。レーベンは言わずもがなだ。


「いよいよ明日からだな」

 夕方、ジンがいつもの場所での稽古を終え、腰を下ろしていると珍しくシオンがやってきた。朝方ならともかくこの時間帯は人目につく可能性があるので、なんとなく今まで来なかったのだそうだ。

「ああ」

「僕とやるまで絶対に負けるんじゃないぞ?」

「はは、善処はするよ」

 やる気満々な瞳を向けてくるシオンに苦笑いする。全くどいつもこいつも戦闘狂だなとジンは思う。わずかに高揚している自分もその内の一人だ。

「僕以外に負けたらまた何か奢ってもらうからな」

 シオンは外方を向いてボソリと呟くように言う。

「そんなら俺より先に負けたらシオンがなんか俺に奢れよ?」

 ジンはその様子を見て少し笑いながら答える。その言葉に彼女も笑う。

「バーカ、そんなことあるわけないだろ」

 その自信に満ちた笑顔はただただ眩しかった。そして美しかった。ジンはその笑顔を見て、頬が赤くなったことに気がつく。だが二人を照らす赤い夕日がそれを隠してくれた。彼はなんとか彼女にニヤリと笑い返し、拳を彼女に向ける。彼の意図に気がついた彼女はそれに自らの拳を打つけた。

「もし予選で戦うことになった時はいつもみたいに隠さないで、ちゃんと本気でやるんだぞ?」

「…善処するよ」

 その言葉を聞いて満足したのか、じゃあねと言って去って行った。その後ろ姿を見送りながらドサリと地面に体を投げ出す。

「本気…ね」

 徐々に暗くなっていく中、ポツリと彼は呟いた。
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