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第4章:学園編
遭遇
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「それ」に気がついたのは意外なことにエルマーだった。休憩中に闘気を部分的に集中させる訓練をしていた彼は、500メートルほど視線の先にいる黒い巨大な物体を発見したのだ。
「なんだろうあれ?ねえジンくんあれ何かな?」
「ん?どれどれ…」
ジンも目を凝らしてエルマーが指差す方を眺める。それは巨大な黒い蜘蛛だった。
「あー、ありゃまずいな。多分マグヌスアラネアだ」
「マグヌスアラネア?」
「ああ、最大20メートルぐらいになるやつで猛毒の牙と鋼鉄並みに硬くて切れにくい糸を持ってる。多分俺らじゃ確実に勝てねえ。少しシオンと相談してくる」
「あ、うん」
ジンはシオンに早速エルマーが発見したものを報告する。
「…っていうことで俺は迂回するべきだと思う」
「分かった。お前の判断に…」
「それは困りますね」
後ろでいつのまにか二人の話を聞いていたアイザックが口を挟んでくる。その顔には獲物を見つけたとでも言わんばかりの喜びが浮かんでいた。
「何言ってるんだ!ジンが言うには、あれはゴブリンやウルフなんかとは違って本物の化け物なんだぞ」
「そもそも彼の言っていることが正しいのかわからないじゃないですか」
「なっ!?」
「だってEクラスのやつですよ?自分が勝てないから、怖いから大げさに言っているんじゃないですか?」
アイザックは見下した視線をジンに向ける。
「実際に彼のおかげで戦闘は少ないですが、その代わり弱い魔獣からも逃げてばかりじゃないですか。そんなんで彼の言葉を信用しろと言われてもね。それに先ほどの戦闘を見た限りじゃ、彼…ジンくんでしたっけ?ジンくんはあまり戦いが得意じゃないように感じましたよ?」
「そんなことは関係ない!」
ジンが口を出す前にシオンがアイザックに反論する。
「こいつが強かろうが弱かろうが関係ない。この隊の隊長は僕だ。僕の決定には絶対に従ってもらうぞ」
「はあ、いい加減うんざりなんですよ。あなたはクズどもの安否を気にかけているせいで逃げる決断しかしないじゃないですか。そんなに嫌なら…」
「おい!まずいぞ、見つかった!」
「何!?」
ルースがシオンたちの元に報告しにくる。
「どう言うことだ、まだ結構距離があるだろ!」
「シオン、それよりも移動するぞ!なんか変だ、普通の個体にそんな知覚能力はないはずだ。嫌な感じがする!」
「わ、分かった。アイザック話は後だ、皆すぐに荷物をまとめてここから離れるぞ!」
シオンの号令に皆が一斉に動き出す。
「ジン、先頭は任せる。他はいつもの隊列を組んで各自担当の方面を警戒してくれ!急げ!」
シオンたちは懸命になってジンの先導を元に走り続けた。だが彼らの判断は遅すぎた。
~~~~~~~~~~~~~
「——————————————————!!!」
金切り声のような咆哮とともに森の奥から現れたのは身の丈10メートルにはなる巨大な蜘蛛だった。
目の前にいる化け物の口元からポタポタと、赤いどろりとした液体が溢れている。先ほどまで何かを食べていたことは明白だ。よく見れば牙の先には衣服のようなものの切れ端がこびりついている。また身体中にまぶたのような切れ目があり、それらは全て閉じている。さらには8本ある足のうちの2本が人間の手の形をしており、歪さを感じさせる。その右薬指には濃赤色の花の意匠を凝らしたヘアゴムのようなものが付けられていた。
「あ、あれは!?」
エルマーが慄きながら叫ぶ。
「嘘…だろ」
ジンは唖然とする。
「ジン、こいつがさっき言ってたやつなのか!?」
シオンはジンの様子に気づかずに武器を構えながら声を上げて尋ねる。目の前の化け物から片時も目を放すことはできない。油断すれば一瞬でやられることは目に見えている。
「違う!こいつは、こいつは多分合成獣だ!」
「な、なんだよ合成獣って?」
「複数の魔核を一つの体に入れた化け物だ。それから…」
ジンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「素体は人間だ…」
「じゃ、じゃああれが元々人間だったってこと?」
「ああマルシェ、とにかく逃げるぞ。俺たちの敵う相手じゃない!」
ジンたちが逃げようとしていることを察した目の前の化け物はその身体中にある全ての目を開いた。ぎょろぎょろと動くそれはやがて彼らに焦点を当てた。
「急げ!」
ジンの掛け声で凍っていた体が一斉に動き出す。だが相手の方が圧倒的に早かった。すぐに追いつかれて前に回られてしまう。
「くそ!俺が囮に…」
「僕が囮になる!皆その隙に逃げてくれ!」
「はあ!?」
「『岩檻』!」
シオンは地面に手をついて術を発動する。巨大な岩の檻が化け物を覆う。
「急げ!これで少しは持つはずだ!」
「だけど!」
シオンの言葉にジンは食い下がる。いくら才能はあっても少女なのだ。囮として引きつけながら逃げるにしても圧倒的に経験値が足りない。
「落ち着け!この中で一番強くて生存できる確率が高いのは僕だ。君たちは急いで先生を呼んできてほしい。ジンはこのまま先頭で皆を連れて行ってくれ」
「そんなの無茶だ!」
ジンはシオンに掴み寄る。それを眺めていたアイザックが彼らに近寄りながら剣を抜き放った。
「何をうだうだ言っているのかよく分かりませんが認めましょう。あれは凄まじく危険だ。しかし時間を稼ぎたいならこうすれば解決するじゃないですか。なあ君、私たちのために囮になってください」
そう言って彼はルースの足の腱を背後から切り裂いて地面に蹴飛ばした。
「があっ!」
「なっ!」
地面に転がるルースはその痛みに顔を歪める。突然の凶行に全員が言葉を失う。彼らの後ろではガンッガンッと化け物が岩にぶつかり続ける音が聞こえてくる。小さな舌打ちの音とともにアルが壁に向かって走る。
「さあ、彼の尊い犠牲のおかげで時間が少しできるはずです。今のうちに逃げましょう!…どうしたんですか皆さん?」
アイザックが歪んだ笑みを浮かべながら周囲に呼びかけたが、ジンたちがそれを無視してルースの様子を確認したために訝しげな表情を浮かべる。
「黙ってろクソ野郎!おいルース、大丈夫か?」
「…ああ。でも足の腱が切られてるみてえだ。すぐには動けそうにねえ」
「マルシェ!」
「う、うん!」
あまりの状況に硬直していたマルシェにジンは呼びかける。この隊の中で最も回復系の術に秀でているのは彼女だ。彼女は固まっていた体を強引に動かしてルースの状態を確認する。
「これ…」
「どうだ、すぐに治せそうか?」
「…む、無理!私じゃ走れるようにするまでに10分以上はかかっちゃう!」
彼女は泣きそうな顔を浮かべながらジンに告げる。
「皆さん、もう無駄なことはわかったでしょ?それを置いてさっさと行かないとあの化け物に追いつかれてしまいますよ?」
「あ、あんた何考えてんの!」
リーナがアイザックに躙り寄る。
「次は君ですか?」
「なっ!」
アイザックは剣を彼女に向ける。それを見て彼女の顔から血の気が失せる。
「うるさい黙ってろ!」
ジンはアイザックに向けて殺意のこもった視線を浮かべる。それに同調するように周囲も敵意を浮かべて彼を睨みつける。自分のためならば味方をも切り捨てる行動を容赦無く取るのだ。仮にアイザックとともに行ったとしても次にルースのようになるのは自分かもしれない。
「はあ、まあいいでしょう。それなら私は勝手に行かせてもらいますよ。せいぜい私のために時間を稼いでくださいね」
アイザックはそのまま彼らに背を向けるとさっさと走り去ってしまった。
「シオンどうするっ!」
先ほどとは状況が変わってしまった。この状況での最善策はルースを切り捨てて時間を稼ぐことである。
「ぼ、僕は…」
シオンは現状を上手く把握できずに混乱していた。自分が残るならば簡単な話だった。しかし誰かを切り捨てれば皆が救われる可能性が出てきたのだ。ジンとしてはその残酷な決断を彼女には背負わせたくなかった。だがあくまでこの隊の隊長は彼女だ。勝手な行動は全員を危険に晒してしまうというのを彼は理解していた。
「…置いていけ」
そんな彼らを見て、マルシェの治療を受けていたルースが言った。
「あ、あんた何馬鹿なこと言ってんの!?」
マルシェはその言葉に唖然とする。
「早く行け!」
いつものふざけた調子は一切ない。ただただ真剣な目で彼らを見つめる。それを見てシオンは覚悟を決めた。
「皆、ルースを連れてってくれ。最初言った通り僕が囮になる」
「何言ってんだ!」
ジンはシオンに掴みかかる。シオンはその手首を握る。
「ジン、頼むから聞いてくれ。それに…頼らせてくれるんだろ?」
シオンは恐怖で手を震わしながら、精一杯の虚勢を張って彼に微笑みかける。
「くそ、今それを言うんじゃねえよ!俺はそんなつもりで言ったんじゃねえ!」
「なんでもいいから早くしてくれ、もう壁が持たないよ!」
シオンたちの意識がルースに向かっている間に、シオンが作り上げた岩壁をいつのまにか補強し続けていたアルが悲鳴のような叫び声をあげる。
「ほら、行ってくれ」
「………」
「大丈夫、危なくなったら絶対逃げるからさ。だから……行ってくれ」
シオンの気持ちを汲み取ったジンは唇から血が出るほど噛みしめてから、1つ大きく深呼吸して頷いた。
「……わかった。絶対に戻れよ」
「はは、わかってるって、死ぬつもりなんかないよ」
シオンから向けられた笑顔を見て胸が締め付けられそうになる。
「行くぞ!」
ジンは未だ固まっている面々に声をかける。
「全員荷物になる物は装備以外全部捨てろ!イーサン!ルースを背負ってくれ、リーナはその補助を!アルは先頭に、俺が最後尾になる。さっさと動け!エルマー、クラン、死ぬ気で走れ!」
「お、おうよ!」「任せて!」「ええ!」「う、うん!」「は、はい!」
各々が彼の指示に返事をする。その横でマルシェがシオンに駆け寄って抱きつく。
「シオンくん絶対死んじゃダメだよ!」
「わかってるって、さあ行って」
シオンは柔らかくマルシェに向かって微笑む。
「隊長すまねえ、本当にすまねえ」
ルースは何度もすまないと謝り続ける。そんな彼をイーサンが背負い、ようやく彼らは進み始める。決して後ろは振り向かない。そんな彼らを誇らしく思いつつ、シオンは深呼吸をしてから今にも壊れそうな岩の檻に向かい合った。
「なんだろうあれ?ねえジンくんあれ何かな?」
「ん?どれどれ…」
ジンも目を凝らしてエルマーが指差す方を眺める。それは巨大な黒い蜘蛛だった。
「あー、ありゃまずいな。多分マグヌスアラネアだ」
「マグヌスアラネア?」
「ああ、最大20メートルぐらいになるやつで猛毒の牙と鋼鉄並みに硬くて切れにくい糸を持ってる。多分俺らじゃ確実に勝てねえ。少しシオンと相談してくる」
「あ、うん」
ジンはシオンに早速エルマーが発見したものを報告する。
「…っていうことで俺は迂回するべきだと思う」
「分かった。お前の判断に…」
「それは困りますね」
後ろでいつのまにか二人の話を聞いていたアイザックが口を挟んでくる。その顔には獲物を見つけたとでも言わんばかりの喜びが浮かんでいた。
「何言ってるんだ!ジンが言うには、あれはゴブリンやウルフなんかとは違って本物の化け物なんだぞ」
「そもそも彼の言っていることが正しいのかわからないじゃないですか」
「なっ!?」
「だってEクラスのやつですよ?自分が勝てないから、怖いから大げさに言っているんじゃないですか?」
アイザックは見下した視線をジンに向ける。
「実際に彼のおかげで戦闘は少ないですが、その代わり弱い魔獣からも逃げてばかりじゃないですか。そんなんで彼の言葉を信用しろと言われてもね。それに先ほどの戦闘を見た限りじゃ、彼…ジンくんでしたっけ?ジンくんはあまり戦いが得意じゃないように感じましたよ?」
「そんなことは関係ない!」
ジンが口を出す前にシオンがアイザックに反論する。
「こいつが強かろうが弱かろうが関係ない。この隊の隊長は僕だ。僕の決定には絶対に従ってもらうぞ」
「はあ、いい加減うんざりなんですよ。あなたはクズどもの安否を気にかけているせいで逃げる決断しかしないじゃないですか。そんなに嫌なら…」
「おい!まずいぞ、見つかった!」
「何!?」
ルースがシオンたちの元に報告しにくる。
「どう言うことだ、まだ結構距離があるだろ!」
「シオン、それよりも移動するぞ!なんか変だ、普通の個体にそんな知覚能力はないはずだ。嫌な感じがする!」
「わ、分かった。アイザック話は後だ、皆すぐに荷物をまとめてここから離れるぞ!」
シオンの号令に皆が一斉に動き出す。
「ジン、先頭は任せる。他はいつもの隊列を組んで各自担当の方面を警戒してくれ!急げ!」
シオンたちは懸命になってジンの先導を元に走り続けた。だが彼らの判断は遅すぎた。
~~~~~~~~~~~~~
「——————————————————!!!」
金切り声のような咆哮とともに森の奥から現れたのは身の丈10メートルにはなる巨大な蜘蛛だった。
目の前にいる化け物の口元からポタポタと、赤いどろりとした液体が溢れている。先ほどまで何かを食べていたことは明白だ。よく見れば牙の先には衣服のようなものの切れ端がこびりついている。また身体中にまぶたのような切れ目があり、それらは全て閉じている。さらには8本ある足のうちの2本が人間の手の形をしており、歪さを感じさせる。その右薬指には濃赤色の花の意匠を凝らしたヘアゴムのようなものが付けられていた。
「あ、あれは!?」
エルマーが慄きながら叫ぶ。
「嘘…だろ」
ジンは唖然とする。
「ジン、こいつがさっき言ってたやつなのか!?」
シオンはジンの様子に気づかずに武器を構えながら声を上げて尋ねる。目の前の化け物から片時も目を放すことはできない。油断すれば一瞬でやられることは目に見えている。
「違う!こいつは、こいつは多分合成獣だ!」
「な、なんだよ合成獣って?」
「複数の魔核を一つの体に入れた化け物だ。それから…」
ジンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「素体は人間だ…」
「じゃ、じゃああれが元々人間だったってこと?」
「ああマルシェ、とにかく逃げるぞ。俺たちの敵う相手じゃない!」
ジンたちが逃げようとしていることを察した目の前の化け物はその身体中にある全ての目を開いた。ぎょろぎょろと動くそれはやがて彼らに焦点を当てた。
「急げ!」
ジンの掛け声で凍っていた体が一斉に動き出す。だが相手の方が圧倒的に早かった。すぐに追いつかれて前に回られてしまう。
「くそ!俺が囮に…」
「僕が囮になる!皆その隙に逃げてくれ!」
「はあ!?」
「『岩檻』!」
シオンは地面に手をついて術を発動する。巨大な岩の檻が化け物を覆う。
「急げ!これで少しは持つはずだ!」
「だけど!」
シオンの言葉にジンは食い下がる。いくら才能はあっても少女なのだ。囮として引きつけながら逃げるにしても圧倒的に経験値が足りない。
「落ち着け!この中で一番強くて生存できる確率が高いのは僕だ。君たちは急いで先生を呼んできてほしい。ジンはこのまま先頭で皆を連れて行ってくれ」
「そんなの無茶だ!」
ジンはシオンに掴み寄る。それを眺めていたアイザックが彼らに近寄りながら剣を抜き放った。
「何をうだうだ言っているのかよく分かりませんが認めましょう。あれは凄まじく危険だ。しかし時間を稼ぎたいならこうすれば解決するじゃないですか。なあ君、私たちのために囮になってください」
そう言って彼はルースの足の腱を背後から切り裂いて地面に蹴飛ばした。
「があっ!」
「なっ!」
地面に転がるルースはその痛みに顔を歪める。突然の凶行に全員が言葉を失う。彼らの後ろではガンッガンッと化け物が岩にぶつかり続ける音が聞こえてくる。小さな舌打ちの音とともにアルが壁に向かって走る。
「さあ、彼の尊い犠牲のおかげで時間が少しできるはずです。今のうちに逃げましょう!…どうしたんですか皆さん?」
アイザックが歪んだ笑みを浮かべながら周囲に呼びかけたが、ジンたちがそれを無視してルースの様子を確認したために訝しげな表情を浮かべる。
「黙ってろクソ野郎!おいルース、大丈夫か?」
「…ああ。でも足の腱が切られてるみてえだ。すぐには動けそうにねえ」
「マルシェ!」
「う、うん!」
あまりの状況に硬直していたマルシェにジンは呼びかける。この隊の中で最も回復系の術に秀でているのは彼女だ。彼女は固まっていた体を強引に動かしてルースの状態を確認する。
「これ…」
「どうだ、すぐに治せそうか?」
「…む、無理!私じゃ走れるようにするまでに10分以上はかかっちゃう!」
彼女は泣きそうな顔を浮かべながらジンに告げる。
「皆さん、もう無駄なことはわかったでしょ?それを置いてさっさと行かないとあの化け物に追いつかれてしまいますよ?」
「あ、あんた何考えてんの!」
リーナがアイザックに躙り寄る。
「次は君ですか?」
「なっ!」
アイザックは剣を彼女に向ける。それを見て彼女の顔から血の気が失せる。
「うるさい黙ってろ!」
ジンはアイザックに向けて殺意のこもった視線を浮かべる。それに同調するように周囲も敵意を浮かべて彼を睨みつける。自分のためならば味方をも切り捨てる行動を容赦無く取るのだ。仮にアイザックとともに行ったとしても次にルースのようになるのは自分かもしれない。
「はあ、まあいいでしょう。それなら私は勝手に行かせてもらいますよ。せいぜい私のために時間を稼いでくださいね」
アイザックはそのまま彼らに背を向けるとさっさと走り去ってしまった。
「シオンどうするっ!」
先ほどとは状況が変わってしまった。この状況での最善策はルースを切り捨てて時間を稼ぐことである。
「ぼ、僕は…」
シオンは現状を上手く把握できずに混乱していた。自分が残るならば簡単な話だった。しかし誰かを切り捨てれば皆が救われる可能性が出てきたのだ。ジンとしてはその残酷な決断を彼女には背負わせたくなかった。だがあくまでこの隊の隊長は彼女だ。勝手な行動は全員を危険に晒してしまうというのを彼は理解していた。
「…置いていけ」
そんな彼らを見て、マルシェの治療を受けていたルースが言った。
「あ、あんた何馬鹿なこと言ってんの!?」
マルシェはその言葉に唖然とする。
「早く行け!」
いつものふざけた調子は一切ない。ただただ真剣な目で彼らを見つめる。それを見てシオンは覚悟を決めた。
「皆、ルースを連れてってくれ。最初言った通り僕が囮になる」
「何言ってんだ!」
ジンはシオンに掴みかかる。シオンはその手首を握る。
「ジン、頼むから聞いてくれ。それに…頼らせてくれるんだろ?」
シオンは恐怖で手を震わしながら、精一杯の虚勢を張って彼に微笑みかける。
「くそ、今それを言うんじゃねえよ!俺はそんなつもりで言ったんじゃねえ!」
「なんでもいいから早くしてくれ、もう壁が持たないよ!」
シオンたちの意識がルースに向かっている間に、シオンが作り上げた岩壁をいつのまにか補強し続けていたアルが悲鳴のような叫び声をあげる。
「ほら、行ってくれ」
「………」
「大丈夫、危なくなったら絶対逃げるからさ。だから……行ってくれ」
シオンの気持ちを汲み取ったジンは唇から血が出るほど噛みしめてから、1つ大きく深呼吸して頷いた。
「……わかった。絶対に戻れよ」
「はは、わかってるって、死ぬつもりなんかないよ」
シオンから向けられた笑顔を見て胸が締め付けられそうになる。
「行くぞ!」
ジンは未だ固まっている面々に声をかける。
「全員荷物になる物は装備以外全部捨てろ!イーサン!ルースを背負ってくれ、リーナはその補助を!アルは先頭に、俺が最後尾になる。さっさと動け!エルマー、クラン、死ぬ気で走れ!」
「お、おうよ!」「任せて!」「ええ!」「う、うん!」「は、はい!」
各々が彼の指示に返事をする。その横でマルシェがシオンに駆け寄って抱きつく。
「シオンくん絶対死んじゃダメだよ!」
「わかってるって、さあ行って」
シオンは柔らかくマルシェに向かって微笑む。
「隊長すまねえ、本当にすまねえ」
ルースは何度もすまないと謝り続ける。そんな彼をイーサンが背負い、ようやく彼らは進み始める。決して後ろは振り向かない。そんな彼らを誇らしく思いつつ、シオンは深呼吸をしてから今にも壊れそうな岩の檻に向かい合った。
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