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第4章:学園編
授業
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「えー、この世界には二柱の男神と女神がいた。んで男の方が狂って、人間を魔物に変える呪いと、魔獣を世界にぶち撒けた。それをぶっ殺すために女神フィリアが俺たちに法術を与えて、大結界張って、オルフェとその眷属たち、まあ俗に言う亜人とか魔人とかだな。を、この人間界から切り離した。けどまだ呪いが残ってるから、皆大変ですねって言うのがこの世界の神話な」
黒板の前ではベインが気だるそうにしながら教科書を開き、教卓に付属してある椅子に座ってそれを読んでいる。それは生徒たちにとってごく当たり前の話だ。人間界ではこのおとぎ話を聞いて育ったものがほとんどだからだ。
「そんじゃあ、この後どうなったか知っているか?」
と言う質問に対して何人かが手を挙げる。
「じゃあそこのお前」
適当に指した生徒は立ち上がると自信満々に答えた。
「はい、それ以降は使徒たちとともに人間界に潜んでいるオルフェの眷属を討伐していきました。特に有名なのは使徒アッカウスによる巨狼フェンリルの討伐です」
「んー、10点。あ、百点満点中な」
「え!?」
「他にいるか?」
今度はその質問に対してナザル以外誰も手を挙げなかった。
「んだよ、一人しか手ぇ挙げねえのかよ。じゃあ委員長」
「はい、大結界構築後オルフェと戦うために組まれた連合が崩壊しました」
「原因は?」
「利権争いや弱っている国を併合するために争いが起こったと言われています」
「他には?」
「その結果として大国間同士での争いが勃発し、現在の我が国を含む複数の大国の原型が構築されました」
「じゃあ、その結果何が起こった?」
「小国家の滅亡と疫病などの蔓延、さらに移民の大量流入による治安の低下や貴族の下克上などです」
「この状況はなぜ回避できなかったと思う?」
「なぜ…ですか?」
「そう、なぜだ?この視点は重要だぜ?もし同じことが起こった時にこの問題について深く理解していれば対応も変わってくるだろ?」
「そう…ですね。多分権力闘争などにより国内のあらゆる分野が停滞または後退したためでしょうか?」
「まあそれもあるがもっと単純な話だ。要は疑心暗鬼だ」
「疑心暗鬼…ですか。」
「ああ、お前昨日までのダチが今日魔物に変化したらどうする?」
「それは…」
「今でこそ呪いを封じるための法具なんかがあるが、当時それが人々全員に行き届いていたわけでもねえ。何よりこいつらは目の前で変化する人間を見すぎた。結果、隣人を恐怖する状況に陥り、少しでも怪しいと思われたやつはぶっ殺された。それで有力な貴族が死んだり、国が仕組んで隣国の王を嵌めたりしまくったつーわけだ」
ベインは一息つくと話を続けた。
「まあこいつは俺の持論だが人間つーのはクソ愚かで不完全な種族なんだよ。他の生き物より賢いって勘違いしてるけどな。でも思い込みで戦争始めるし、思い込みで人ぶっ殺すし、知ってるか?大した理由もなく同族殺しまくるのなんざ人間ぐらいらしいぜ?」
生徒たちは皆ベインの話に集中する。
「つーわけでそこんところを理解するのが人間を理解する第一歩だ。で、今日授業で話すこともうないから終わりな」
終業まで10分ほど残っていたがベインは教材をまとめるとさっさと教室から出て行ってしまった。
「なんつーか想像以上にまともな授業だったな」
ルースが話しかけてくる。
「確かに!いつもの先生っぽくなかったね。なんかこうお前ら教科書読んでろーみたいな感じで授業するのかと思ってた」
「まあ流石に給料分は働くってことじゃねえかな?」
三人で他愛のない話をしていると次の授業の教師が入って来た。
「じゃあ、また後でな!」
ルースはそそくさと自分の席へと戻る。それから始まったのは法術の基礎理論についての授業だった。
そんなこんなで授業は続き、あっという間に放課後になっていた。
「この後どうする?どっか行くか?」
「んー、私は別にいいけど、ジンくんは?」
「あー、すまん。俺ちょっと用事があるんだ」
申し訳なさそうな顔を浮かべて、ジンは両手を合わせて断る。
「そうか、じゃあマルシェどうする?俺らだけでどっか行くか?」
「えー、やだー」
「えっ!?」
「あはは、冗談冗談!そんな顔しないの。別にいいけど他にも何人か誘って行こうよ?」
「そうだな。おーいお前ら…」
ルースは教室に残っていた者に呼びかける。その場にいた何人かがその声に応じて、結局6人でどこに行くかを相談し始めた。それを横目にジンはじゃあなと呟くと教室を出た。
そのまま学校を出て、人目のつかない場所を探す。そして適当なところを見つけると、鞄の中から手のひら大の黒い球体を取り出して話しかける。やがて黒い球体が鈍く怪しい光を発し始めた。
「ジンです。定時報告したいんだけど、誰かいる?」
しばらくすると向かい側から反応があった。
『ジンか、サリオンだ。どうした?』
球体から聞こえて来たのは落ち着いた男の声音だった。
「サリオンさん久しぶり。こっちの様子とか調べたこととかを一応伝えておこうと思って…」
それからジンは今まであったことを彼に話す。受験時に戦った相手の力量や、街や図書館で集めた情報、そして自分の現状についてだ。サリオンはそれに適宜質問を挟みながら聴き続けた。
「…と、今のところはこんな感じです。それで…ウィルの方はどうですか?大丈夫ですか?」
『悪くはない…が良くもない。まだあの様子だと急に死ぬことはないだろうが、それもいつまでかはわからない。容体が悪くなり次第こちらから連絡すると言ってあるだろう?』
「はい…」
『まあそう気を落とすな。あいつには我々ができる限りの治療を施しているからな』
「…ありがとうございます」
『礼はいらん。それじゃあ切るぞ、あまり長時間こいつを使っていると誰かに見られるかもしれんからな』
「わかりました」
『大変だろうが…頑張れよ』
そう言ってサリオンは通信を切った。徐々に光は弱まっていき、完全に元の黒い球体に戻った。ジンはそれに目を落とす。この球体はティファニアによると彼女の国の秘宝の一つで、遠くから相互に連絡しあうための道具らしい。『サラトの球体』と言う名で、ラグナの使徒で無神術を使ったとされるエルフの女王エルミアにより発明されたのだそうだ。連絡手段を持たなかった彼女は、それを解決するためにこれを創ったのだ。
ティファニアは貴重なそれをジンに渡してくれた。いつでもジンの方からウィルの様子が知ることができるように、そして人界の情報をエデンに流すために。
ふとジンの心に棘が刺さったような痛みが走る。現状ではエデンは攻勢に出られる状況ではない。しかしもし将来そうなったら、きっと新しくできた友人たちも戦地に送られ、死ぬことになるだろう。その一因を自分が創り上げていることを悍ましく思う。だがそれでも彼の心には未だ消えないほどの怒りが燃え続けていた。
フィリアを倒す。そのためだけにあらゆる苦痛に耐えてきたのだ。人間と対峙した時に躊躇しないために、罪人とはいえ何人も亜人や捕虜として捉えられていた人間を殺させられた。回復させてもらえるからと何度も死にかけるほどの怪我を負った。痛みに耐えるためにあえて体を切り刻み、毒に対して耐性を得るために致死量ギリギリの毒を服毒した。過酷な状況の中で生き延びるための訓練も行った。やれることならなんでもやった。その全てが彼の心を磨耗させていき、同時に強い信念を抱かせた。
友達と一緒にいることは確かに楽しい。だが彼の優先順位は決して変わることはない。たとえ自分が彼らを処分しなければならない状況になったとしても、彼は必ず成し遂げるだろう。それが、失った家族に対して誓ったものだったからだ。それでもやはり、彼の心は彼を締め付けた。
黒球をカバンにしまうと日が暮れる前にジンは寮へと足を向けた。それからしばらく、頭の中に浮かび上がった雑念を振り払うために、鍛錬に時間を費やした。
黒板の前ではベインが気だるそうにしながら教科書を開き、教卓に付属してある椅子に座ってそれを読んでいる。それは生徒たちにとってごく当たり前の話だ。人間界ではこのおとぎ話を聞いて育ったものがほとんどだからだ。
「そんじゃあ、この後どうなったか知っているか?」
と言う質問に対して何人かが手を挙げる。
「じゃあそこのお前」
適当に指した生徒は立ち上がると自信満々に答えた。
「はい、それ以降は使徒たちとともに人間界に潜んでいるオルフェの眷属を討伐していきました。特に有名なのは使徒アッカウスによる巨狼フェンリルの討伐です」
「んー、10点。あ、百点満点中な」
「え!?」
「他にいるか?」
今度はその質問に対してナザル以外誰も手を挙げなかった。
「んだよ、一人しか手ぇ挙げねえのかよ。じゃあ委員長」
「はい、大結界構築後オルフェと戦うために組まれた連合が崩壊しました」
「原因は?」
「利権争いや弱っている国を併合するために争いが起こったと言われています」
「他には?」
「その結果として大国間同士での争いが勃発し、現在の我が国を含む複数の大国の原型が構築されました」
「じゃあ、その結果何が起こった?」
「小国家の滅亡と疫病などの蔓延、さらに移民の大量流入による治安の低下や貴族の下克上などです」
「この状況はなぜ回避できなかったと思う?」
「なぜ…ですか?」
「そう、なぜだ?この視点は重要だぜ?もし同じことが起こった時にこの問題について深く理解していれば対応も変わってくるだろ?」
「そう…ですね。多分権力闘争などにより国内のあらゆる分野が停滞または後退したためでしょうか?」
「まあそれもあるがもっと単純な話だ。要は疑心暗鬼だ」
「疑心暗鬼…ですか。」
「ああ、お前昨日までのダチが今日魔物に変化したらどうする?」
「それは…」
「今でこそ呪いを封じるための法具なんかがあるが、当時それが人々全員に行き届いていたわけでもねえ。何よりこいつらは目の前で変化する人間を見すぎた。結果、隣人を恐怖する状況に陥り、少しでも怪しいと思われたやつはぶっ殺された。それで有力な貴族が死んだり、国が仕組んで隣国の王を嵌めたりしまくったつーわけだ」
ベインは一息つくと話を続けた。
「まあこいつは俺の持論だが人間つーのはクソ愚かで不完全な種族なんだよ。他の生き物より賢いって勘違いしてるけどな。でも思い込みで戦争始めるし、思い込みで人ぶっ殺すし、知ってるか?大した理由もなく同族殺しまくるのなんざ人間ぐらいらしいぜ?」
生徒たちは皆ベインの話に集中する。
「つーわけでそこんところを理解するのが人間を理解する第一歩だ。で、今日授業で話すこともうないから終わりな」
終業まで10分ほど残っていたがベインは教材をまとめるとさっさと教室から出て行ってしまった。
「なんつーか想像以上にまともな授業だったな」
ルースが話しかけてくる。
「確かに!いつもの先生っぽくなかったね。なんかこうお前ら教科書読んでろーみたいな感じで授業するのかと思ってた」
「まあ流石に給料分は働くってことじゃねえかな?」
三人で他愛のない話をしていると次の授業の教師が入って来た。
「じゃあ、また後でな!」
ルースはそそくさと自分の席へと戻る。それから始まったのは法術の基礎理論についての授業だった。
そんなこんなで授業は続き、あっという間に放課後になっていた。
「この後どうする?どっか行くか?」
「んー、私は別にいいけど、ジンくんは?」
「あー、すまん。俺ちょっと用事があるんだ」
申し訳なさそうな顔を浮かべて、ジンは両手を合わせて断る。
「そうか、じゃあマルシェどうする?俺らだけでどっか行くか?」
「えー、やだー」
「えっ!?」
「あはは、冗談冗談!そんな顔しないの。別にいいけど他にも何人か誘って行こうよ?」
「そうだな。おーいお前ら…」
ルースは教室に残っていた者に呼びかける。その場にいた何人かがその声に応じて、結局6人でどこに行くかを相談し始めた。それを横目にジンはじゃあなと呟くと教室を出た。
そのまま学校を出て、人目のつかない場所を探す。そして適当なところを見つけると、鞄の中から手のひら大の黒い球体を取り出して話しかける。やがて黒い球体が鈍く怪しい光を発し始めた。
「ジンです。定時報告したいんだけど、誰かいる?」
しばらくすると向かい側から反応があった。
『ジンか、サリオンだ。どうした?』
球体から聞こえて来たのは落ち着いた男の声音だった。
「サリオンさん久しぶり。こっちの様子とか調べたこととかを一応伝えておこうと思って…」
それからジンは今まであったことを彼に話す。受験時に戦った相手の力量や、街や図書館で集めた情報、そして自分の現状についてだ。サリオンはそれに適宜質問を挟みながら聴き続けた。
「…と、今のところはこんな感じです。それで…ウィルの方はどうですか?大丈夫ですか?」
『悪くはない…が良くもない。まだあの様子だと急に死ぬことはないだろうが、それもいつまでかはわからない。容体が悪くなり次第こちらから連絡すると言ってあるだろう?』
「はい…」
『まあそう気を落とすな。あいつには我々ができる限りの治療を施しているからな』
「…ありがとうございます」
『礼はいらん。それじゃあ切るぞ、あまり長時間こいつを使っていると誰かに見られるかもしれんからな』
「わかりました」
『大変だろうが…頑張れよ』
そう言ってサリオンは通信を切った。徐々に光は弱まっていき、完全に元の黒い球体に戻った。ジンはそれに目を落とす。この球体はティファニアによると彼女の国の秘宝の一つで、遠くから相互に連絡しあうための道具らしい。『サラトの球体』と言う名で、ラグナの使徒で無神術を使ったとされるエルフの女王エルミアにより発明されたのだそうだ。連絡手段を持たなかった彼女は、それを解決するためにこれを創ったのだ。
ティファニアは貴重なそれをジンに渡してくれた。いつでもジンの方からウィルの様子が知ることができるように、そして人界の情報をエデンに流すために。
ふとジンの心に棘が刺さったような痛みが走る。現状ではエデンは攻勢に出られる状況ではない。しかしもし将来そうなったら、きっと新しくできた友人たちも戦地に送られ、死ぬことになるだろう。その一因を自分が創り上げていることを悍ましく思う。だがそれでも彼の心には未だ消えないほどの怒りが燃え続けていた。
フィリアを倒す。そのためだけにあらゆる苦痛に耐えてきたのだ。人間と対峙した時に躊躇しないために、罪人とはいえ何人も亜人や捕虜として捉えられていた人間を殺させられた。回復させてもらえるからと何度も死にかけるほどの怪我を負った。痛みに耐えるためにあえて体を切り刻み、毒に対して耐性を得るために致死量ギリギリの毒を服毒した。過酷な状況の中で生き延びるための訓練も行った。やれることならなんでもやった。その全てが彼の心を磨耗させていき、同時に強い信念を抱かせた。
友達と一緒にいることは確かに楽しい。だが彼の優先順位は決して変わることはない。たとえ自分が彼らを処分しなければならない状況になったとしても、彼は必ず成し遂げるだろう。それが、失った家族に対して誓ったものだったからだ。それでもやはり、彼の心は彼を締め付けた。
黒球をカバンにしまうと日が暮れる前にジンは寮へと足を向けた。それからしばらく、頭の中に浮かび上がった雑念を振り払うために、鍛錬に時間を費やした。
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