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第4章:学園編

入学式

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 大講堂に移動するとしばらくして入学式が始まった。壇上で退屈な学長の話、来賓の話などが恙無く進行していく。ジンはそれを眠気と戦いながら辛抱強く聞き続けた。やがて進行役が大声で紹介する。

「それではここで在学生代表より新入生に向けて歓迎の辞が送られます。それでは在学生代表アスラン・レーギスさんよろしくお願いします」

「はい」

 その声とともに視線が一斉に壇上へと向かうのをジンは感じた。優雅に、威風堂々と歩むその姿は『王』という言葉を連想させる。女生徒たちからは慕情の視線が、男子生徒たちからは羨望の眼差しが向けられる。

「やっぱかっこいいなぁ」

「知ってるか?あの人アレキウス団長から直々に騎士団にスカウトされたらしいぜ」

「去年の武闘祭やばかったよな」

 小さな声がぼそぼそとあちらこちらから聞こえてくる。どうやらアスランはこの学校の代表生にふさわしい人物のようだ。

「へぇ、あの人苗字レーギスなんだ。なああの人ってやっぱ貴族なのか?」

 左隣に座っていたマルシェに話しかける。

「え?ああ、多分そうだと思う」

「多分?」

 曖昧な返答でジンは不思議に思う。

「うん、アスラン様の素性ってよくわかってないの。誰も知らないし、聞いてもはぐらかされるんだって。ただ噂だと、貴族の庶子なんじゃないかって言われているわよ。実際にあんの動きや喋り方なんてそこらの平民にはできないでしょ?でもなんでそんなことを?」

「ああ、いやなんとなく思ってな。昨日から話す機会があったけど妙に貴族っぽくなくてな」

「え!アスラン様とお話ししたの!?うそ、なんであたしを呼んでくれなかったの!」

 マルシェがものすごい顔でジンに詰め寄る。席に座っているためにうまく動けず顔が近くなる。

「いや、昨日はお前のことなんか知らなかったって!」

 気恥ずかしさに顔を背けつつジンは答える。

「ちっ、まあいいわ。ただし今度そんな機会があったらあたしを呼びなさいよ?」

「…どうやってだよ?」

「どうにかしてよ!」

 マルシェはまるで肉食獣のような目つきをジンに向け肩を掴み揺らす。

「わ、わかった、わかったよ!」

 たまらずジンがそう答えると、いつのまにか壇上からアスランが降りていく姿が目の片隅に映った。

「はあ、後ろ姿もカッコいい…」

 マルシェは彼を見てぼそりと呟いた。

「なあ、ところで俺たちの代表って誰だ?Sクラスのやつだろうけど」

 アスランを目で追っていたマルシェに尋ねる。

「何よあんた、そんなことも知らないの?シオンくんに決まってるでしょ。あの子入試で打っ千切の一位だったらしいわよ」

 その言葉の通り、司会がシオンの名を呼んだ。

「はい!」

 凛とした姿勢で壇上に向かうシオンだが何処と無く動きが硬いような気がする。

「なんかギクシャクしてないか?」

「あぁ、あの子緊張しいだからね」

「…貴族だろ?」

 ジンのイメージとして、貴族は大勢に注目されるような場に参加することが多いと考えている。毎度あの様子なのだろうかと不思議に思う。

「まあね。でもシオンくん、あんな性格だからそういう催しとかから極力逃げてるのよ。あ、つまずいた!」

 マルシェの声にジンが素早く目を向けると階段でつまずいたのか、よろけているシオンが見えた。持ち前のバランス力で転びはしなかったものの周囲から小さく笑い声が漏れる。それを気にせず今度はしっかりと転ばないように踏みしめながら最後の段を上がる。平静を装っているが耳が真っ赤であった。

「暖かな春が…」

 顔を上げて毅然とした表情を浮かべ、1音1音丁寧に発音していく。だが…

「…学長先生、諸先生方、そして先ぴゃっ…」

 思い切り舌を噛んだ。周囲を静寂が包み込んだ。

「…んん、そして先輩方。ぼ…私たちは今後の学生生かちゅ…」

 再び周囲にえも言われぬ緊張が漂う。

「…生活をより良いものとしていくために努力していきますので、よろしくおにゃ…お願いします」

「ブフッ」

 3度目でついにジンは吹き出した。一斉に視線がジンに向けられる。無音の空間に響き渡るその音をシオンの耳も聞き取り、正確に発信源を見つけ出す。彼女の瞳に怒りと羞恥、そして殺意の色が宿る。完全にジンを捕捉しているというのがよくわかった。

「やべっ」

 ジンが素早く視線を彼女から逸らす。シオンは未だにジンに向けて殺気を放ちながらも、ゆっくりと確実な足取りで席へと戻って行った。

        ~~~~~~~~

 その後しばらくして司会により閉会の辞が告げられ入学式は終了した。生徒たちは再び教室に戻ることとなった。この後今後の予定など諸々の事柄を担任から説明してもらうためである。

「もー、なんであんなタイミングで吹き出すかなぁ。滅茶苦茶恥ずかしかったんだけど」

 マルシェがブツブツと文句を言いながらジンの横を歩く。

「全くだよ。シオンさん絶対切れてたぜ。ぶっ殺すっていう殺意をビシビシ感じたぞ」

 ルースもそれに同調するようにマルシェとともにジンを注意してくる。

「いや、でも仕方ないだろ。あんな真面目な顔して『先ぴゃい』とか、『生かちゅ』とか言うんだぜ?笑わない方が無理だって」

「そんなこと言ってるとシオンくんに本当に殺されちゃうわよ?」

「あー、まあそうならないように逃げるから大丈夫だって。逃げ足には自信があるからさ」

 ジンはパンパンと太腿を叩き、健脚である事を示す。

「ふーん、じゃあ見せてもらおうかな」

「え?」

 ズドンという音とともに右太腿に強烈な痛みが走る。

「ぐぅぅ…」

 ジンが痛みに唸り声をあげながらよろけながら後ろを振り向くと、鬼のような形相のシオンが左拳をジンの顔面に打ち放った。

「ふぎゃっ!」

 キレの良いストレートがジンの顔面に突き刺さると、たまらず彼は距離を取るためになんとか後ろに下がろうとする。しかしそれを読んでいたシオンは離れようとしたジンにそのまま詰め寄り、襟元をガッシリと左手で掴むとそのまま器用に背負い投げをして彼を地面に叩きつけた。

「ぐはっ!」

 ジンの肺から空気が吹き出る。その彼の胸に彼女は右足を乗せた。

「ほらほらどうした、自慢の足で逃げてみなよ?」

 グリグリと体重をかけながらジンを挑発する。

「…し…」

「し?」

「…ろ…」

「ろ?…し…ろ……白!」

 ジンの言葉の意味を理解したシオンはパッと距離を取るとスカートを押さえる。その段階でざわざわと周囲に野次馬が集まりだした。

「くっ、覚えてろよ!」

 涙目になりながら彼女は人が集まりだした事を受けて慌てて踵を返し、しっかりと捨て台詞を吐いてから出来たばかりの人混みを掻き分け走り去って行った。後には呆然とした、マルシェとルース、そして地面に虫の息で倒れているジンの姿が残った。

「お、おい大丈夫かよ?」

 ルースが心配そうに覗き込むと、その横でマルシェはジンの頰を突く。

「し、死んでる…」

「…い、生きてるよ」

 深刻そうな顔をつくってそう言うマルシェに、ジンはなんとかツッコミを入れた。その後数分もの間、背中をしこたま強打した彼は起き上がることができなかった。
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