World End

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第3章:魔人襲来

出現

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 ジンはその光景を見ていた。短剣の効果から徐々に視界と思考が明瞭になってきていた。そして彼は思う。都合よく救ってくれる人はいないと。都合よく新しい力が覚醒してくれることはないと。

 ただ純然たる力の違いが目の前に存在している。逃げることはできない。逃げられる可能性もない。逃げたくもない。だが生き残らなければならない。生きて願いを叶えなければならない。だから進むしかない。だから倒すしかない。その意思が彼の身体中を駆け巡った。

 そうして彼は立ち上がった。裂帛の気合いの咆哮とともに。少年はボロボロになった体で悪魔を見据え、そして放った。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 彼の視線の先にはウィルに伸びる右腕があった。その空間が暗く揺らめく。次の瞬間、突然発生した極小の黒い球体が文字通りレヴィの右腕の中程を消失させた。力を失ったその先端はそのままウィルの横に薄皮一枚切り裂いて、地面に突き刺さった。

「はっ?」

 呆然としているレヴィが自分の右腕を覗き込む。肘周りだけが消失していることがわかった。レヴィはその視線をウィルにではなくジンに向けた。その顔には禍々しい感情が渦巻いていた。

「おい、お前が今何かしたのか?」

 右腕を抑えながらレヴィがジンに話しかける。だがジンにはそれに応えるほどの気力は残っていなかった。そのまま彼は地面に崩れ落ちた。

 少年の気迫のこもった叫び声を聞いた時、ウィルはそちらに目を向けた。そして信じられないものを見た。おおよそ少年は立ち上がれるような状態ではなかった。炎に焼かれた体は未だにあっちこっちが黒く染まっている。恐らく炭化しかけているのだろう。また、いまだ全身に広がる火傷は致命傷である。だがそれでも立ち上がり、立ち向かう少年の姿は男の心と体を強く鼓舞した。

 だから男も立ち上がることに決めた。もう諦めないと、最後まで戦い抜くことを決めた。そして再び自らの体を『蒼気』で包み込んだ。そのまま全身の筋肉を使って器用に起き上がると、その流れでレヴィの顔面に左拳を叩き込んだ。

「うらぁぁぁぁ!」

 グチャッという肉が潰れるような音と空気を切る轟音がその威力を物語っていた。しかしそれを食らってもなお、レヴィはその場から一歩も動かなかった。

「邪魔だよ父さん」

 無造作に振り払われた左手がウィルにぶつかる。咄嗟に拾い上げた大剣で再びその攻撃を防ぐが、威力に耐えきれず、踏鞴を踏んでしまった。そうした一瞬が致命的であると、ウィルは知っていた。だから自身を包む『蒼気』をさらに強化させた。

 だが想定していた攻撃は一向に来る気配がなかった。態勢を素早く整えつつ、レヴィを見やると、その目は倒れているジンに向けられていた。

「ねえ父さん、『あれ』、何?」

 レヴィが初めてジンに関心を持ったようにウィルに話しかけてきた。

「はっ、教えたら見逃してくれんのかよ?」

「いや、それはないけど、質問に答えてくれると嬉しいかな」

 右腕から血が流れ出ているのにレヴィは何も痛みを感じていないようだった。ニコニコと笑いながらウィルに質問する。

「バーカ、てめえに教えるわけねえだろうが!」

「そう、それじゃあ、『あれ』に直接聞くからいいよ」

 そう言ってレヴィはジンに向かって歩き始めた。

「行かせねぇよ!」

 ウィルは左手に大剣を携えて、地面を思いっきり蹴る。一瞬にしてレヴィを追い抜いた彼はジンとの間に立ちふさがった。

「邪魔だなぁ。いいからさっさとそこを退いてよ」

「そんなことするわけね…」

 ウィルが言い切る前にレヴィの左手が伸びてきた。それをウィルは片手を器用に扱って剣の腹を使って弾き飛ばす。そんな攻防が何度も何度もジンの目の前で繰り広げられる。どちらも片腕を失っているとはいえ、レヴィの方が圧倒的にウィルよりも格上である。ウィルは徐々に押され始めてきていた。

 軽く意識を失っていたジンは、その剣戟の音に気を取り戻した。そしてすぐに現状を理解した。ウィルが自分を守って立ち向かっていることを。そしてもう間も無くレヴィの攻撃がウィルに致命打を与えるであろうことを。だからジンは倒れ伏しながら、右手をレヴィに向け、なけなしの気力を振り絞って叫んだ。

「くそったれぇぇぇぇ!」

 瞬間ウィルに飛びかかろうとしたレヴィの体が沈む。

「なっ!?」

 突如重くなった体に混乱したレヴィの動きが鈍る。

「だらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その隙を見てウィルは右下から左上にかけて剣を切り上げた。深々とレヴィの体が剣に切り裂かれる。

「グギャァァァァァ!」

 痛みに声を上げるレヴィに向かって流れるように剣を斬り下ろし、左腕を肩の付け根から切り飛ばした。そしてそれを見たところでジンはついに意識を完全に失った。

 両腕を失ったレヴィの眼が煌々と輝き出す。

「クソがっ!よくも…よくも俺の腕を!この下等生物どもが!殺す、殺してやる!」

 怒りのためか、口調が変わる。さらに人型をしていたレヴィは徐々にドラゴンの形に戻り始めた。黒い鱗が体を包み込み始め、口が前に突き出し始めた。徐々にその歯は鋭さを増していき、背中から禍々しい羽が、腰のあたりから尻尾が伸びる。額からは三本の黒い角が生える。体も肥大化し始める。

 だがそこでレヴィの口からまったく別の声が周囲に響き渡った。

【待てレヴィ。其奴らを殺してはならん】

 その声はレヴィの幼さの残った声とは違い、威厳に満ちた音を含んでいた。

「なんだよ、ノヴァ。邪魔するんじゃねぇよ!」

【落ち着け、これは頼みではない。命令だ】

「はぁぁぁ!?ふ、ふざけんじゃねえよ!」

【はぁ、仕方あるまいか】

 その声がそう告げると、突如レヴィは顔を下に向け、苦しみ始める。

「く、ぐぅぅぅぅ」

 さらに彼の体の変化が止まった。それどころかその動きが完全に止まった。そして数秒ほど時間が流れたところでおもむろに顔を持ち上げた。その表情は先ほどまでの幼さを残したあどけない表情でも、怒りに包まれた憎しみの表情でも、相手を嘲笑する表情でもなかった。何の感情もその顔には浮かんでおらず、まるで無機質な何かに向かい合っているようにウィルは感じられた。だがその眼は理知的で、レヴィよりも底がしれない深い闇を孕んでいた。

「はっ!誰だよ、てめぇ」

 そのウィルの言葉に邪悪な、レヴィの顔で、レヴィよりも醜悪な笑顔を浮かべて、返答した。

【お初にお目にかかる、我が宿主の父君よ。我が名はノヴァ・メウ。かつてラグナの使徒となり、今はフィリア様に忠節を誓った者。そして人界で龍魔王と恐れられたものだ】

 獣人達が崇める、神話の中の『勇者』がウィルの目の前に現れた。
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