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第3章:魔人襲来

偵察

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『マリア、ウィル、開けて!』

 スタンピードが終わって、帰宅してから3日ほど経った雨の日の夜、ドンドンとドアをノックする音とともに必死な女性の声が聞こえた。

「はいはい、ちょっと待ってね、今開けるから。って、ミリエルじゃないかい。そんなに慌ててどうしたんだい?」

マリアは目の前にいたダークエルフの女性、ミリエルに破顔しながらそう言った。

「ハリマが、ハリマが!」

真っ青な顔をしたミリエルがマリアに掴みかかった。

「ちょっとちょっと、落ち着いて。一体何があったんだい?とりあえず座って話そう?」

興奮しているミリエルをマリアがなだめつつ、家の中に招き入れた。やがてようやく落ち着いたミリエルはゆっくりと、何があったのかを彼らに話し始めた。

 アーカイアの森で見た光景、謎の魔人の存在、ハリマとの別れ、要領の得ない説明をマリア達は根気強く聞き続けた。そして話を終えるとすぐにミリエルは力尽きたように眠ってしまった。

「本当に疲れていたんだろうねえ。ハリマのやつも多分死んじまったっていうし」

「…もしかしたら四魔人クラスの化け物かもしれねえな」

 ミリエルの話を聞いたウィルがそう言った。確かに状況を確認してみると、今回のスタンピードの原因はおそらくその魔人である。あの魔獣達の数から推測するにかなりの範囲の魔獣達が一斉に逃げ出したということになる。それこそ下手したら数十キロ範囲のレベルかもしれない。

「四魔人ってあんた…」

 四魔人とはかつて人間世界を恐怖のどん底に陥れた、四体の魔人である。彼らは同時期に出現しては暴虐の限りを尽くす。

龍の化身であり、その力で大陸そのものを消し去ったとされるドラゴン達の王、龍魔王。

すべての魔獣たちを操り、人間すらも強制的に魔物へと変化させ、多くの国を獣の餌場に変えた獣魔王。

不死と言えるほどの回復力を持ち、殺した人間をグールに変えて死人の国を作ったとされる死の支配者、死魔王。

すべての魔人の中で唯一全属性の法術を使い、世界の理にすら干渉したという法魔王。

 これらは時代の節目に現れては、使徒の中から選抜された聖剣の勇者と戦い、倒される。だがその魂はフィリアの下に昇天し、その後現世に復活するのだ。それが今まで何度も何度も繰り返されてきた。数百年前に四魔人が出現した時は人間界の人口は全体の4分の1にまで減少したという。

「だってそうだろ?今回の大規模スタンピードといい、ハリマの件といい、どう考えても通常の魔人のレベルをはるかに超えているぜ。ハリマは強え、それをたった20分ぐらいでって何の冗談だよ」

「…確かにそうかもしれないねえ」

 ウィルの言葉にマリアが頷く。何度か魔人とやりあった経験がある彼らにとっても今回の魔人は想像をはるかに超えるものであると、状況証拠から容易に想定できた。

「とりあえず俺たちで連絡取れるやつには取ろう。少なくても10人は欲しいな」

「そうだね。でも仮に四魔人クラスだとしたら10人いても確実に負けちまうよ」

「ああ、だがそれでも何とかするしかねえだろ。俺たちが負けることはエデンが終わることにも繋がるかもしんねえからな」

「うん、あたし達でどうにかしなきゃいけないね。あたしアーカイアの森まで行ってみるよ。どんな状況か少しでも知っておきたいし。それになんか虫の知らせっていうのかね。嫌な予感がするんだよ」

「勘か、お前の勘はよく当たるからなぁ。そんじゃあ俺も一緒に…」

「ダメダメ、あんたはまだ体調も万全じゃないし、それにジンの面倒を見なきゃいけないだろ」

「だけどよぉ…」

「まったくそんななりして心配性だねぇ。大丈夫下手なことはしないさ。様子の確認だけ。そんですぐに帰ってくるよ」

そんな風に彼女はたしなめるようにウィルに言った。

「…わかったよ。本当に大丈夫なんだな?」

「大丈夫だって、まあ心配してくれるのは嬉しいけどね」

「珍しく殊勝なこと言うじゃねえか」

マリアの言葉に目をパチクリさせる。

「たまにわね。あたしだって礼儀知らずじゃないさ」

「はっ、いつもその通りならいいんだがよ。それでいつ行くんだ」

急に真面目な顔になるとウィルが尋ねた。

「明日の朝早くには行こうかと思ってる」

「そうか…」

 ウィルはそれ以上なにか言うはやめた。長年連れ添ってきた自分の妻は、確かにいついかなる状況でも無事に戻ってきたからだ。

「それじゃあ今日は景気付けにお前の好きなもんを山ほど作ってやるよ。ちょっと待ってな」

「ふふ、山ほどは困るよ。これでも乙女だからね。食べ過ぎて太ったらどうしてくれるんだい?」

「何言ってんだ、今更乙女とか、歳考えて言えよ」

 マリアは無言でウィルの腹を思いっきり殴った。ウィルの叫び声が辺り一面に広がった。

           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌日早朝にマリアは、案内としてミリエルを連れて偵察に出ることにした。

「本当に俺が行かなくてもいいのか?」

「心配いらないよ。昨日から何度も言っているだろ?それに本当にやばそうなら、ささっと帰ってくるから」

「だが…」

「だからあたしのことを心配するならあんたはまずその怪我を治しなよ」

そう言ってウィルの腹を叩く。突然の痛みにウィルが脂汗を流す。

「てめぇ、痛ぇじゃねえか」

「あははは、そもそもそんな様子でどうやってあたしに着いてくるんだい?」

「チッ、わかったよ」

ウィルは舌打ちを一つすると渋々頷いた。

「マリア、気をつけてね」

「はいはい、ジン、ウィルのこと頼んだよ。あたしがいない間にこいつが馬鹿なことしないように見張っていてね」

「わかった。何かあったら、マリアが帰ってきた時に報告するよ」

ウィンクしながらそう言うマリアに、ジンはそう答えた。それからマリアがジンをきつく抱きしめてきたので、

「苦しいよマリア」

と言いつつもしっかりと抱きしめ返した。

「気をつけろよ」

「あんたも心配性だねぇ」

カラカラ笑いながら、今度はウィルに抱きついて耳元でジンに聞こえないように小さく呟く。

「ジンを任せたよ。しっかりと訓練させるんだよ」

「ああ、わかっている」

そう答えたウィルの唇に軽くキスをした。

「それじゃあ、行ってくるよ。3週間ぐらいで戻れると思うから」

「行ってらっしゃい」

「おう、行ってこい」

              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 鬱蒼としたアーカイアの森をミリエルの案内のもとに進むマリアの歩みは軽やかだった。否、軽やかすぎた。

「変だねえ。普通ならこんだけ歩いていれば、魔獣の一匹や二匹出てくるんだけどねえ。全く気配がないや。やっぱりあのスタンピードでバジットに来た魔獣が、この森にいた魔獣のほとんどだったのかねえ」

周囲を見回しながらそう呟く。その静けさが余計マリアの心をざわつかせた。

「そうね、それどころかこの近辺に生物の反応が確認できないわ」

「それってつまり、今この森にいるのは私たちだけってことかい?」

「ええその可能性は大よ」

「本当にこの状況を一体の魔人が作ったのかい?アーカイアってかなりでかい森だよね?」

 アーカイアの森はかつてジンが住んでいた神聖王国よりもさらにひとまわり巨大だった。迷いの森とも呼ばれ、よほど森に慣れていない限り、一度中に入ったら出てくることもできない森である。

「こりゃもしかしたらウィルの言う通りかもしれないねえ」

ぼそりとマリアが呟いた。

「何か言った?」

「いや、なんでもないよ」

              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 二人は周囲を警戒しつつ、恐る恐る歩を進める。だが突然、さらに森の奥へと入っていこうとしたマリアの頭に警鐘が鳴り響く。身の毛がよだつほどの、強大な悪意が前方に渦巻いている。

「マリア」

「わかってる、今確認するよミリエル」

 声を押し殺して、二人は立ち止まって話す。

 視線の先に何かがいる。そう感じたマリアは素早くその方角に向けて遠見の氷神術を発動させる。

「あ…あ、いや…いやああああああああああああああああああああああ!」

数瞬ののち、その先にいる怪物を見た彼女は狂ったように叫び始めた。
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