World End

nao

文字の大きさ
上 下
47 / 273
第3章:魔人襲来

偵察

しおりを挟む
『マリア、ウィル、開けて!』

 スタンピードが終わって、帰宅してから3日ほど経った雨の日の夜、ドンドンとドアをノックする音とともに必死な女性の声が聞こえた。

「はいはい、ちょっと待ってね、今開けるから。って、ミリエルじゃないかい。そんなに慌ててどうしたんだい?」

マリアは目の前にいたダークエルフの女性、ミリエルに破顔しながらそう言った。

「ハリマが、ハリマが!」

真っ青な顔をしたミリエルがマリアに掴みかかった。

「ちょっとちょっと、落ち着いて。一体何があったんだい?とりあえず座って話そう?」

興奮しているミリエルをマリアがなだめつつ、家の中に招き入れた。やがてようやく落ち着いたミリエルはゆっくりと、何があったのかを彼らに話し始めた。

 アーカイアの森で見た光景、謎の魔人の存在、ハリマとの別れ、要領の得ない説明をマリア達は根気強く聞き続けた。そして話を終えるとすぐにミリエルは力尽きたように眠ってしまった。

「本当に疲れていたんだろうねえ。ハリマのやつも多分死んじまったっていうし」

「…もしかしたら四魔人クラスの化け物かもしれねえな」

 ミリエルの話を聞いたウィルがそう言った。確かに状況を確認してみると、今回のスタンピードの原因はおそらくその魔人である。あの魔獣達の数から推測するにかなりの範囲の魔獣達が一斉に逃げ出したということになる。それこそ下手したら数十キロ範囲のレベルかもしれない。

「四魔人ってあんた…」

 四魔人とはかつて人間世界を恐怖のどん底に陥れた、四体の魔人である。彼らは同時期に出現しては暴虐の限りを尽くす。

龍の化身であり、その力で大陸そのものを消し去ったとされるドラゴン達の王、龍魔王。

すべての魔獣たちを操り、人間すらも強制的に魔物へと変化させ、多くの国を獣の餌場に変えた獣魔王。

不死と言えるほどの回復力を持ち、殺した人間をグールに変えて死人の国を作ったとされる死の支配者、死魔王。

すべての魔人の中で唯一全属性の法術を使い、世界の理にすら干渉したという法魔王。

 これらは時代の節目に現れては、使徒の中から選抜された聖剣の勇者と戦い、倒される。だがその魂はフィリアの下に昇天し、その後現世に復活するのだ。それが今まで何度も何度も繰り返されてきた。数百年前に四魔人が出現した時は人間界の人口は全体の4分の1にまで減少したという。

「だってそうだろ?今回の大規模スタンピードといい、ハリマの件といい、どう考えても通常の魔人のレベルをはるかに超えているぜ。ハリマは強え、それをたった20分ぐらいでって何の冗談だよ」

「…確かにそうかもしれないねえ」

 ウィルの言葉にマリアが頷く。何度か魔人とやりあった経験がある彼らにとっても今回の魔人は想像をはるかに超えるものであると、状況証拠から容易に想定できた。

「とりあえず俺たちで連絡取れるやつには取ろう。少なくても10人は欲しいな」

「そうだね。でも仮に四魔人クラスだとしたら10人いても確実に負けちまうよ」

「ああ、だがそれでも何とかするしかねえだろ。俺たちが負けることはエデンが終わることにも繋がるかもしんねえからな」

「うん、あたし達でどうにかしなきゃいけないね。あたしアーカイアの森まで行ってみるよ。どんな状況か少しでも知っておきたいし。それになんか虫の知らせっていうのかね。嫌な予感がするんだよ」

「勘か、お前の勘はよく当たるからなぁ。そんじゃあ俺も一緒に…」

「ダメダメ、あんたはまだ体調も万全じゃないし、それにジンの面倒を見なきゃいけないだろ」

「だけどよぉ…」

「まったくそんななりして心配性だねぇ。大丈夫下手なことはしないさ。様子の確認だけ。そんですぐに帰ってくるよ」

そんな風に彼女はたしなめるようにウィルに言った。

「…わかったよ。本当に大丈夫なんだな?」

「大丈夫だって、まあ心配してくれるのは嬉しいけどね」

「珍しく殊勝なこと言うじゃねえか」

マリアの言葉に目をパチクリさせる。

「たまにわね。あたしだって礼儀知らずじゃないさ」

「はっ、いつもその通りならいいんだがよ。それでいつ行くんだ」

急に真面目な顔になるとウィルが尋ねた。

「明日の朝早くには行こうかと思ってる」

「そうか…」

 ウィルはそれ以上なにか言うはやめた。長年連れ添ってきた自分の妻は、確かにいついかなる状況でも無事に戻ってきたからだ。

「それじゃあ今日は景気付けにお前の好きなもんを山ほど作ってやるよ。ちょっと待ってな」

「ふふ、山ほどは困るよ。これでも乙女だからね。食べ過ぎて太ったらどうしてくれるんだい?」

「何言ってんだ、今更乙女とか、歳考えて言えよ」

 マリアは無言でウィルの腹を思いっきり殴った。ウィルの叫び声が辺り一面に広がった。

           ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 翌日早朝にマリアは、案内としてミリエルを連れて偵察に出ることにした。

「本当に俺が行かなくてもいいのか?」

「心配いらないよ。昨日から何度も言っているだろ?それに本当にやばそうなら、ささっと帰ってくるから」

「だが…」

「だからあたしのことを心配するならあんたはまずその怪我を治しなよ」

そう言ってウィルの腹を叩く。突然の痛みにウィルが脂汗を流す。

「てめぇ、痛ぇじゃねえか」

「あははは、そもそもそんな様子でどうやってあたしに着いてくるんだい?」

「チッ、わかったよ」

ウィルは舌打ちを一つすると渋々頷いた。

「マリア、気をつけてね」

「はいはい、ジン、ウィルのこと頼んだよ。あたしがいない間にこいつが馬鹿なことしないように見張っていてね」

「わかった。何かあったら、マリアが帰ってきた時に報告するよ」

ウィンクしながらそう言うマリアに、ジンはそう答えた。それからマリアがジンをきつく抱きしめてきたので、

「苦しいよマリア」

と言いつつもしっかりと抱きしめ返した。

「気をつけろよ」

「あんたも心配性だねぇ」

カラカラ笑いながら、今度はウィルに抱きついて耳元でジンに聞こえないように小さく呟く。

「ジンを任せたよ。しっかりと訓練させるんだよ」

「ああ、わかっている」

そう答えたウィルの唇に軽くキスをした。

「それじゃあ、行ってくるよ。3週間ぐらいで戻れると思うから」

「行ってらっしゃい」

「おう、行ってこい」

              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 鬱蒼としたアーカイアの森をミリエルの案内のもとに進むマリアの歩みは軽やかだった。否、軽やかすぎた。

「変だねえ。普通ならこんだけ歩いていれば、魔獣の一匹や二匹出てくるんだけどねえ。全く気配がないや。やっぱりあのスタンピードでバジットに来た魔獣が、この森にいた魔獣のほとんどだったのかねえ」

周囲を見回しながらそう呟く。その静けさが余計マリアの心をざわつかせた。

「そうね、それどころかこの近辺に生物の反応が確認できないわ」

「それってつまり、今この森にいるのは私たちだけってことかい?」

「ええその可能性は大よ」

「本当にこの状況を一体の魔人が作ったのかい?アーカイアってかなりでかい森だよね?」

 アーカイアの森はかつてジンが住んでいた神聖王国よりもさらにひとまわり巨大だった。迷いの森とも呼ばれ、よほど森に慣れていない限り、一度中に入ったら出てくることもできない森である。

「こりゃもしかしたらウィルの言う通りかもしれないねえ」

ぼそりとマリアが呟いた。

「何か言った?」

「いや、なんでもないよ」

              ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 二人は周囲を警戒しつつ、恐る恐る歩を進める。だが突然、さらに森の奥へと入っていこうとしたマリアの頭に警鐘が鳴り響く。身の毛がよだつほどの、強大な悪意が前方に渦巻いている。

「マリア」

「わかってる、今確認するよミリエル」

 声を押し殺して、二人は立ち止まって話す。

 視線の先に何かがいる。そう感じたマリアは素早くその方角に向けて遠見の氷神術を発動させる。

「あ…あ、いや…いやああああああああああああああああああああああ!」

数瞬ののち、その先にいる怪物を見た彼女は狂ったように叫び始めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D
ファンタジー
異世界召喚。 おなじみのそれに巻き込まれてしまった主人公・花散ウータと四人の友人。 友人達が『勇者』や『聖女』といった職業に選ばれる中で、ウータだけが『無職』という何の力もないジョブだった。 ウータは金を渡されて城を出ることになるのだが……召喚主である国王に嵌められて、兵士に斬殺されてしまう。 だが、彼らは気がついていなかった。ウータは学生で無職ではあったが、とんでもない秘密を抱えていることに。 花散ウータ。彼は人間ではなく邪神だったのである。 

魔力無しだと追放されたので、今後一切かかわりたくありません。魔力回復薬が欲しい?知りませんけど

富士とまと
ファンタジー
一緒に異世界に召喚された従妹は魔力が高く、私は魔力がゼロだそうだ。 「私は聖女になるかも、姉さんバイバイ」とイケメンを侍らせた従妹に手を振られ、私は王都を追放された。 魔力はないけれど、霊感は日本にいたころから強かったんだよね。そのおかげで「英霊」だとか「精霊」だとかに盲愛されています。 ――いや、あの、精霊の指輪とかいらないんですけど、は、外れない?! ――ってか、イケメン幽霊が号泣って、私が悪いの? 私を追放した王都の人たちが困っている?従妹が大変な目にあってる?魔力ゼロを低級民と馬鹿にしてきた人たちが助けを求めているようですが……。 今更、魔力ゼロの人間にしか作れない特級魔力回復薬が欲しいとか言われてもね、こちらはあなたたちから何も欲しいわけじゃないのですけど。 重複投稿ですが、改稿してます

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

二度目の転生は傍若無人に~元勇者ですが二度目『も』クズ貴族に囲まれていてイラッとしたのでチート無双します~

K1-M
ファンタジー
元日本人の俺は転生勇者として異世界で魔王との戦闘の果てに仲間の裏切りにより命を落とす。 次に目を覚ますと再び赤ちゃんになり二度目の転生をしていた。 生まれた先は下級貴族の五男坊。周りは貴族至上主義、人間族至上主義のクズばかり。 …決めた。最悪、この国をぶっ壊す覚悟で元勇者の力を使おう…と。 ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。

風ノ旅人

東 村長
ファンタジー
風の神の寵愛『風の加護』を持った少年『ソラ』は、突然家から居なくなってしまった母の『フーシャ』を探しに旅に出る。文化も暮らす種族も違う、色んな国々を巡り、個性的な人達との『出会いと別れ』を繰り返して、世界を旅していく—— これは、主人公である『ソラ』の旅路を記す物語。

処理中です...