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第3章:魔人襲来
悪夢
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部屋の中は一面血まみれだった。壁に飛び散る血飛沫が、床に広がる血の海が、そしてあたりに転がる喰い散らかされた肉片が、その空間に生命の存在を喪失させていた。血と汚物の匂いが充満し、あまりの臭さに鼻が曲がりそうなほどだった。
そんな中で両足の膝から下を切断されて、泣き叫びながらこちらを見上げてくる子供に目を向ける。凄惨な光景に脳が麻痺してしまっていたが、その声のおかげで醜い現実を受け入れて、その子に手を差し伸べて助けようと薄暗い部屋に足を踏み入れた。すると彼の横には小さな黒いドラゴンがいた。それは彼の背中に片足を乗せると大きく口を開けた。シュー、シューという呼吸音が聞こえる。
大きな叫び声をあげて、止めに入ろうとする。その姿を横目で見ながら、それは子供の頭を捥ぎ取った。大量の血が駆け寄った自分の顔に浴びせかけられる。それを見たドラゴンは醜悪な顔で確かに笑っている様に思えた。絶望が心の中を埋め尽くし、体から力が抜けていく。ガクガクと震えるために足が縺れて、血の海の中に倒れこむ。身体中を血が包み込み、そこで意識が途切れた。目が覚めた時には化け物はいなくなり、ただ喰い散らかされた残骸だけが残っていた。理由はわからなかったが、自分が見逃されたのだということは理解できた。
子供達の肉片を見つめる。身体中に巻きついた赤く生々しい血を眺める。思わず胃の腑にあるものすべてを吐き出す。床に手をつくとそこはやはり血に染まっていた。涙は全く出なかった。ただ残酷な現実を認めたくなくて、頭の中に靄がかかっていた。震える両手で息子達と娘の肉片を拾い始める。
そして少女の半分喰われかけの頭を見つける。息子達のものはないかと周囲を見渡すが、食い尽くされたのだろう。それらしい残骸はどこにもなかった。それを胸に抱きしめてペタリと床に座り込む。いつの間にか部屋に入ってきていた、自分の最後の家族に声をかけられる。やっと涙が両目からこぼれ落ち、狂ったように泣き始めた。そして復讐鬼が誕生した。
~~~~~~~~~~~~~~
「くそっ、嫌なことを思い出しちまった」
呟く様に言ったその声を聞くものは誰もいなかった。
その光景は未だに心の中にどす黒いものとして残り続けている。あまりの鮮烈な光景が子供達との幸せな記憶も塗りつぶしてしまったのか、思い出せることがほとんどない。それを頭の中で反芻することで、女神への復讐心が何度でも何度でも燃え上がった。今自分にはその力がないことが口惜しい。もしあったならすぐにでも殺しに行きたい。
だが残念ながらそれはできない。恐らくは今後も。自分の中に新しく芽生えた力はどう考えてもあの女神には届かないだろう。だからラグナに感謝した。自分を超える力の持ち主を作り出したことに。そしてそのものに牙を与えたことに。まさか自分がその子供を育てることになるとは思っても見なかったが。
彼の将来を心配に思いながら、彼の復讐心を利用している自分がいることが浅ましく、滑稽であった。彼に対しての愛着が増すたびに自分を苛む気持ちが強くなっていった。それでもその心のうちにある憎しみは決して消えることはないだろう。
今日の光景を思い起こす。彼の力を恐ろしく思った。そして同時に好ましくも思った。これならば、これならばきっとフィリアに届きうるのではないか、そう感じさせるほどに圧倒的な力だ。なるほど『無』神術とは言い得て妙だった。『神』を『無』くす『術』とは、どうして気づかなかったのかと思えるぐらい安直な名である。彼に与えられた役割が羨ましく、妬ましかった。そう思う自分がたまらなく惨めだった。
立ち上がりタンスの前に立つと一番下の段に隠してある、ドス黒く染まった3つの布を取り出した。子供達が最後の日に着ていた衣服の切れ端にはまだ彼らの温もりが残っているような気がした。そして彼らの遺灰の入ったツボも。末の息子の肉片だけは見つけられなかった。
だからそこには長男と長女の2人分しかない。それらを強く胸に抱く。心の中に広がる闇が自分を包み込んでくれる気がした。あの日からもう15年はたった。それでも自分は子供達の死体の前で誓ったことを果たそう。それが彼らへの最上の弔いになるはずだと思っているから。
そんな中で両足の膝から下を切断されて、泣き叫びながらこちらを見上げてくる子供に目を向ける。凄惨な光景に脳が麻痺してしまっていたが、その声のおかげで醜い現実を受け入れて、その子に手を差し伸べて助けようと薄暗い部屋に足を踏み入れた。すると彼の横には小さな黒いドラゴンがいた。それは彼の背中に片足を乗せると大きく口を開けた。シュー、シューという呼吸音が聞こえる。
大きな叫び声をあげて、止めに入ろうとする。その姿を横目で見ながら、それは子供の頭を捥ぎ取った。大量の血が駆け寄った自分の顔に浴びせかけられる。それを見たドラゴンは醜悪な顔で確かに笑っている様に思えた。絶望が心の中を埋め尽くし、体から力が抜けていく。ガクガクと震えるために足が縺れて、血の海の中に倒れこむ。身体中を血が包み込み、そこで意識が途切れた。目が覚めた時には化け物はいなくなり、ただ喰い散らかされた残骸だけが残っていた。理由はわからなかったが、自分が見逃されたのだということは理解できた。
子供達の肉片を見つめる。身体中に巻きついた赤く生々しい血を眺める。思わず胃の腑にあるものすべてを吐き出す。床に手をつくとそこはやはり血に染まっていた。涙は全く出なかった。ただ残酷な現実を認めたくなくて、頭の中に靄がかかっていた。震える両手で息子達と娘の肉片を拾い始める。
そして少女の半分喰われかけの頭を見つける。息子達のものはないかと周囲を見渡すが、食い尽くされたのだろう。それらしい残骸はどこにもなかった。それを胸に抱きしめてペタリと床に座り込む。いつの間にか部屋に入ってきていた、自分の最後の家族に声をかけられる。やっと涙が両目からこぼれ落ち、狂ったように泣き始めた。そして復讐鬼が誕生した。
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「くそっ、嫌なことを思い出しちまった」
呟く様に言ったその声を聞くものは誰もいなかった。
その光景は未だに心の中にどす黒いものとして残り続けている。あまりの鮮烈な光景が子供達との幸せな記憶も塗りつぶしてしまったのか、思い出せることがほとんどない。それを頭の中で反芻することで、女神への復讐心が何度でも何度でも燃え上がった。今自分にはその力がないことが口惜しい。もしあったならすぐにでも殺しに行きたい。
だが残念ながらそれはできない。恐らくは今後も。自分の中に新しく芽生えた力はどう考えてもあの女神には届かないだろう。だからラグナに感謝した。自分を超える力の持ち主を作り出したことに。そしてそのものに牙を与えたことに。まさか自分がその子供を育てることになるとは思っても見なかったが。
彼の将来を心配に思いながら、彼の復讐心を利用している自分がいることが浅ましく、滑稽であった。彼に対しての愛着が増すたびに自分を苛む気持ちが強くなっていった。それでもその心のうちにある憎しみは決して消えることはないだろう。
今日の光景を思い起こす。彼の力を恐ろしく思った。そして同時に好ましくも思った。これならば、これならばきっとフィリアに届きうるのではないか、そう感じさせるほどに圧倒的な力だ。なるほど『無』神術とは言い得て妙だった。『神』を『無』くす『術』とは、どうして気づかなかったのかと思えるぐらい安直な名である。彼に与えられた役割が羨ましく、妬ましかった。そう思う自分がたまらなく惨めだった。
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だからそこには長男と長女の2人分しかない。それらを強く胸に抱く。心の中に広がる闇が自分を包み込んでくれる気がした。あの日からもう15年はたった。それでも自分は子供達の死体の前で誓ったことを果たそう。それが彼らへの最上の弔いになるはずだと思っているから。
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