World End

nao

文字の大きさ
上 下
35 / 273
第3章:魔人襲来

無神術

しおりを挟む
 黒髪の少年が緑髪の男と組手をしていた。彼らはすでに長い時間の鍛錬を行なって降り、それぞれ汗だくになっていた。やがて男が少年を投げ飛ばすと、腕を締めて関節技をかけた。

「いてててっ、ギブ、ギブ!」

そう言って少年が地面をタップする。男はニヤリと笑って技を解除した。

「これで俺の記念すべき900勝目だな。まだまだだなジン」

「うぅ、また負けた…」

ジンは頭を垂れて、下を向きながら悔しそうに言った。

「攻撃の時と避ける時にまたいつもの癖が出てたぞ。まったく治んねえな、その癖。もっと意識してやれよ。そのせいで攻撃も防御も単調になってんだよ」

それを聞いてジンも言葉に詰まる。最近はあまりやらなくなったが、まだたまに右側から攻める、あるいは避ける、という癖がなかなか抜けなかった。彼がエデンに来てからすでに3年近く経っていた。再び戦えるようになってから毎日一回行うようになった組手も、ついには900戦である。

 エデンに来て最初の試練で、見事再び闘気を操れるようになったジンは渓谷を走破したのち、本格的な修行を開始した。ウィルから体術を、マリアから知識を学び、以前よりも身体的、精神的に成長していた。120センチほどだった身長もすくすくと伸びて、150センチ半ばまで伸びていた。

「それじゃあ、今日の午前のトレーニングはここまでだ。昼飯食ったら今度はマリアの授業だな」

「やだなぁ。あんまり勉強得意じゃないんだよね。やっぱり体を動かす方が性に合ってるよ」

「まあそう言うなって。最近マリアが言ってたぞ、ジンもようやく法術の癖がわかって来て、やられる前に動けるようになって来たって」

「そうかなぁ。でもマリアの特訓って怖いんだよね。この前も避けきれなくて火傷したし」

「まあな。あいつは加減ってもんを知らねえからな。俺よりよっぽど脳筋ゴリラだぜ」

「確かに」

2人して声に出して笑っていると、

「ふーん、一体誰の話をしているのかね」

ウィルとジンはその声を聞いて背筋が凍る。ギギギとなるように、ゆっくりと振り返ると、青筋を立てたマリアがニッコリと笑っていた。

「マ、マリア!いや、いかにお前が強くて、美しいかについて話していたんだよな、ジン?」

「いや、ウィルがマリアのことを脳筋ゴリラって言うから、俺は仕方なく話に合わせていただけで…」

「あっ、テメェずりいぞジン!」

「ウィルが変なこと言うからだろ。俺はマリアのことはいつも綺麗ですごくかっこいいと思っているのに…」

「いや、お前だって笑ってただろ!」

2人して醜い争いを繰り広げる。それを見ていたマリアはニッコリと笑い続けたまま、

「ウィル、後で話があるから、飯食ったらちょっと裏庭まで来な。それとジン、今日は私のすごくかっこいいところをたっぷり見せてやるから、覚悟しておきな」

 昼食後、裏庭に連れて行かれたウィルの悲鳴が聞こえると、すっきりした顔でマリアが出て来た。ボロボロになったウィルを片手で掴んでズルズル引き摺っている。どう見ても190センチほどの巨体を片手で引き摺るその様はゴリラと称するのにふさわしい。ウィルの方は完全に意識を失い、ところどころに焦げ目がついていた。どうやらマリアに炙られたらしい。ジンの口元が引き攣った。

「さてと、それじゃあ始めるよジン」

「お、お手柔らかにお願いします…」

 その後夕食まで、マリアによる猛烈な扱きを受けたジンは心身ともに疲れてテーブルに突っ伏していた。

「まだまだ修行が足りないねぇ。たかだか5時間でそんなに疲れてちゃ、これから戦っていけないよ、ねぇウィル?」

「ああ、特にお前の場合は体の強度が直で関わってくるんだろ。この程度で根をあげてちゃ、世話ねえぞ」

「…そんなことわかってるよ。でも痛いものは痛いし、疲れるのだってしょうがないじゃん」

ジンがぼそぼそと文句を言う。

「馬鹿野郎、男がグチグチ言ってんじゃねぇよ。痛いのは我慢、疲れたら根性!」

「そうそう、どんなにあんたの体調が悪くても、相手は待ってくれないんだからね。でも痛い時はちゃんと言いなよ?変な怪我していたら困るからね」

「…うん」

渋々頷いたジンを見て、

「かぁー、相変わらずお前はジンに甘いんだよ。本当の男はな、痛いと思っても我慢するもんなんだよ!」

「なに言ってんだい!あんたそれで前にジンが骨折していたのに気がつかなかったじゃないか!」

「あ、あれは、その、偶然気づかなかっただけだろうが!」

「それじゃあ、あたしが気づかなかったら、どうなってたと思ってるんだ!」

「…それは、その、お前が気づいたんだからいいじゃねぇか!」

「あんたは馬鹿かい!いや、馬鹿だったね。この脳筋ゴリラ!」

「なんだと、この垂れ乳!」

「なんだと!」

「なんだよ!」

お互いに睨み合いを続ける2人を余所に、ジンは部屋に戻って寝ることにした。

『『表出ろ!』』

食堂から聞こえて来た声に耳を傾けていると、徐々に眠くなって来たのでベッドに潜り込んだ。そしてすぐに寝息を立て始めた。

 翌朝彼が起きると、家の前にはウィルが木の檻に入れられて白目をむいて倒れていた。朝食はマリアが見た目は普通の激辛料理を作ってしまったので、ジンは自分の分も含めて、ウィルの檻の前に置いておいた。そして自分はこっそりとパンをくすねて食べた。しばらくしてウィルの叫び声が聞こえて来たが、無視することにした。

「今日はジンの力について確認してみたいと思っている」

 朝食後、尻を気にしているウィルがジンにそう言った。

「どういうこと?いつもみたいに力を強くすればいいの?」

「いや、ラグナはお前に無神術が使えるって言ったんだろ?それで何ができるのかと思ってよ」

ラグナに与えられた力は無神術と呼ばれる、無属性の神術である。ジンの知っている範囲では、無神術は《じゅーりょく》という力を扱うことができるという。ティターニアの昇降機に使われていたのが無神術だった。

「どうして急に?」

「急にっつうか、前からマリアに言われてたんだよ。そろそろ本格的に神術について教えるべきじゃないかってな」

「まあいいや、教えてくれるなら。確か無神術って《じゅーりょく》とかいう力が使えるんだよね。でもそれってなんなの?」

「重力か、なんて言やあいいかな。物にかかる重さって感じかな。それが軽いと浮くし、重いと沈む」

「ふーん、じゃあ無神術って、それを操ればいいってことだよね」

「多分な。でも他にもなんかあるかもしれねえ」

「どういうこと?」

「今までに無神術に適性があったっていう使徒はほとんどいなかったらしい。だからいまいちどういう術かわかってねえんだよ」

「ラグナは教えてくれなかったの?それにほとんどってことは少しはいたってことでしょ。その人たちはどうなったの?」

「ラグナの野郎にはこっちからじゃ一切コンタクトできねえからな。それと無神術の使い手は数百年前にあった戦争で死んだっていう話だ。ティファニア様でさえどんな術なのかほとんど知らねえらしい。少なくとも重力が扱えるっていうことと、それを用いてなんかすげえ技があったらしいぐらいしかわかってねえ」

「それじゃあ全く意味ないじゃん!」

「だーから確かめるって言ってるんじゃねえか」

「わかんないのにどうやって発動すればいいんだよ!」

「知るか!なんかこう…なんか…イメージしてやるんだよ!」

「意味がわからないよ、ウィルは法術とか神術とかはどうやってるの?」

「フィーリングだ!気合いでやるんだよ!」

「もっと意味がわからないよ!」

ぎゃあぎゃあと2人でしばらく騒ぎ合っていると、呆れた顔してマリアがやってきた。

「あんたら何してんだい?」

「いや、ウィルが…」

「いや、ジンが…」

2人同時に話そうとして互いに睨み合う。

「まあ大体のことは遠くからでも聞こえたからね。ウィル、この子は今まで法術が使えなかったんだ。いきなり発展的な内容を教えようとしたところで無理に決まっているだろう?」

「ぐ、む、確かにそうだな」

ウィルが押し黙るとマリアがジンに顔を向けた。

「ジン、ウィルの説明は下手だけどね、まずはイメージすることが大事っていうのは正しいことなんだよ。そうだね、無神術が重力を操るっていうなら、例えば物を軽くしたり重くしたりするっていうイメージを練るところから始めるといいと思うよ。明確なイメージが出来たら、今度はそれを直接何かにぶつける感じでやってごらん。それで何か反応があれば、その感覚を忘れないようにひたすらに訓練するんだ」

「うん、わかった。やってみる。ウィルもこれくらいわかりやすく説明してくれればいいのに」

「馬鹿野郎、大抵のことは気合いがあればなんとか出来るんだよ」

腕を組んで踏ん反り返りながらそう言うウィルの頭をマリアが叩く。

「馬鹿なこと言ってんじゃ無いよ。神術みたいな高度な技が気合いでどうこうなる人間がいるわけないだろ!」
ウィルは言い返そうと口を開けたが、マリアの鋭い視線に怯んだらしい。静かに口を閉ざした。

 ジンは物体を軽くすると言うイメージを頭に思い浮かべた。

『物を軽くするイメージ、イメージ…』

だが全く思い浮かばなかった。

「マリア、全然イメージができない…」

「うーん、そうだ!それじゃあちょっと待ってて」

そう言ってマリアは家の中に戻ると羽ペンを持って来て、それを地面においた。

「まずは実際の物を見てイメージしてごらん」

「うん、わかった!」

ジンは今度は羽ペンが浮かび上がるイメージを始めた。

「多分できたよ、マリア!」

「そうかい、それじゃあ今度はそれを実際にやってみよう。そうだね、何か合言葉みたいなのを決めようか。言葉にすればより明確なイメージが作れるからね」

「それって、『水弾』とか『土璧』とかってこと?」

「そうそれ。言葉と思考は密接に関わっているからね。頭の中にあるアイディアを事象として表現するためのスイッチを作るってことさ」

「わかった!それじゃあ、どうしようかな…」

「そうだねぇ…」

2人してウンウン唸っていると、それまでジンとマリアに放置されて縮こまっていたウィルが

「簡単に『浮かべ』とか『落ちろ』でいいんじゃねえか?まずは重力をコントロールする練習なわけだし」

と言って来た。

「まあ最初のところはそれでやってみようか」

「うん、わかった」

ジンは再度頭の中で空中に浮かび上がる羽ペンをイメージする。そして具体的な形になったところで、両手を前に突き出して力一杯叫んだ。

「浮かべ!」

しかし、羽ペンは全く動きもしなかった。

 それから2時間、ジンは何度も何度も、イメージしては叫び、イメージしては叫び続けた。何かしらのポーズが必要なのではと思って、それを考えるのに時間を使ったり、せっかくかっこいいと思ったものをウィルに馬鹿にされ、あろうことかマリアにまで笑われたりと散々な目にあった。ついには集中しすぎて、頭が痛くなって来た。いつの間にか夕暮れ時になっていた。

「ジン、今日はこれぐらいにしよう」

ウィルが声をかけてくる。

「え、でも俺まだ全くできてないよ?」

「こればっかりは一朝一夕でできるもんじゃないからさ。しょうがないよジン、また明日頑張ろ?」

マリアまでジンを止めようとして来た。

「で、でもコツもなんか掴めて来た気がするし、もう少しだけお願い!」

「嘘つけ、全く動かねえじゃねえか」

ウィルが呆れ顔で言ってくる。

「う、あと少し、あと少しだけお願い!」

「仕方ねえなぁ。そんじゃあ30分だけだぞ。マリアみといてくれ、飯作ってくる」

「はいはい。そんじゃあお願いね」

だが結局それから二週間、何の進展もなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...