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第2章:魔物との遭遇
魔物
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「え?」
その姿を見たジンの頭が一瞬で凍りついた。目の前にいる化け物は一体なんなのか。なぜ人間の顔が出てきたのか。どうして人語を発するのか。魔獣から人間が出てくるなど聞いたことがない。そんな疑問が彼の頭の中を素早く過ぎっていった。
「お前は…」
男がジンに気付き、声をかけてきた。
「ここはどこだ?それになんでお前は俺の上にまたがってんだ?」
頭が混乱しているのか、男はそんなことを聞いてきた。
「あ、あんたはなんなんだ?どうして人の言葉を話せるんだ?」
しかしジンの頭も混迷を極めていた。先ほどまでの敵が途端に人間に見えてきたのだ。次から次へと浮かび上がる「なぜ?」という疑問。そしてそれに応えるかのように、再起動した彼の脳裏に最悪な答えが浮かび上がってきた。
『目の前にいるのは魔獣なんかじゃない?呪いでこうなった?これが魔物なのか?』
その考えが頭の中によぎるや否や、彼の手は震えだした。
『じゃあ今まで俺が殺そうとしてたのって…』
そこでようやく彼はラグナが《魔獣》ではなく、対峙する敵のことを《魔物》と呼んでいたことに気がついた。
彼の手にこびりついた赤黒い血が唐突に戦いの中で味わっていた高揚感から、ジンを現実に引き戻した。
「あぁ?何言ってんだ?人間が人間の言葉を話すことの何がおかしいんだよ?」
ジンはその答えに無言の返答をした。自分の想像通りの真実に対して、脳が理解することを拒んだ。それは同時に、これから倒すであろう多くの魔物が、元は人間であるという現実を含んでいたからだ。
化け物を殺す覚悟はあっても、同族を殺す覚悟を、彼はまだ持ち合わせていなかった。そして一度でも人間と認識してしまった彼は、目の前にいる化け物が姉と同じ、フィリアの被害者にしか見えなくなった。彼は自分の腕からナイフを持つ力がどんどん抜けていくように感じた。
男はジンの反応を訝しみ、状況を把握しようとしたのか周囲を見回した。そして彼は気付いた。
「な…んだこれは。なんで俺、こんなにでかくなってんだ。なんだこの手?足は?これじゃあまるで…」
自分のからだが全く別物に変化していることに気がついた男は悲鳴をあげた。
「あぁ…そんな…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ。そんなわけない!ゆ、夢だ、これは夢なんだ!」
顔に皺を幾重も刻み、男は嗚咽する。
ジンはそんな男の反応をただ眺め続けていた。世界にはびこる呪いのことは知っていた。そのつもりだった。しかし目の前にいる『結果』を眺めることで、漸く自分が何も知らなかったこと。そして敵対しようとしている存在の強大さを理解できた気がした。
ジンがそんなことを考えていると、突然男が自分を殴りつけた。バキッという大きな音がした。
「痛ってぇぇぇ…嘘だ。夢だ。こんなことあるはずない。俺がこんなことになるはずない!」
だがその痛みは男により残酷な現実を突きつけた。自分が化け物になったしまったということを。
「あぁ、そんな…馬鹿な。違う!俺は殺してない、あれは現実じゃない!あんなこと俺がするはずない!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
男の脳裏にかすかに残っている記憶が、感触が、味が、匂いが湧き上がってくる。家族を殺したことを。その肉塊を喰らったことを。その脳に焼きつくほどに甘美な味わいを。その全てが自分の罪の証左であることを男は必死に否定しようとした。
その男は傭兵だった。子供の頃から乱暴者だった彼は、剣で一旗揚げようとした。そして周囲の抑止も聞かずに兵士になった。だが結局生来の乱波な性格は治らず、除隊させられた。その後、彼は食い扶持を稼ぐために、傭兵の道を選んだ。それ以外に生活する術を知らなかったからだ。
いつ死ぬともわからないような戦いに身を置き、腕っ節で多くの戦場を渡り歩いてきた。金を稼ぐこと、その金で女を買い、酒を呑み、享楽に耽ることを楽しみとしていた。
やがて男は気まぐれに故郷に戻り、そこで幼馴染の女を妻に娶り、子供達とともに幸せに暮らすことになった。彼は家族ができると命を失うことが怖くなった。だから男は傭兵をやめ、不器用ながらもどうにか職につき、愛する家族のために必死で働いた。しかしその日は唐突に訪れた。
男の目の前が真っ暗になった。体が燃えるように熱く、体の節々が痛んだ。まるで体の内側から溶かされて、もう一度作り直されているような感覚だった。途切れ途切れにある意識の中で男が見たのは、自分の目の前に積み重なる死体だった。
気がつけば家の中にいた男の足元には一面血の海が広がり、目から生気が失われた妻と子供たちの顔があった。そして自分の口と爪には何かの肉片がこびりつき、歯の間に髪が挟まっている。その全身を茶色い毛皮が包んでいた。それを見て男は自分の理性を手放した。現実を認識することを彼の脳が拒絶した。
そして頭の中に鳴り響く声に駆り立てられるながら、自分の住む街を、人を、目に付いたものを壊し、魔界に向かった。魔物に変貌した男は記憶を失っていった。しかし彼にはもうそれがわからなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「クソッ、クソッ!なんで俺がこんな目に、ふざけんな!」
男の怨嗟の声が辺りに響き渡る。男が頭を抱えようとして自分の手を持ち上げた。しかしそこで自分の手が見知ったそれではないこと、そして手を載せようとした頭が自分の上にあることを認識させた。
呆然とその光景を眺めていたジンはふっとあることに気がついた。化け物の額から飛び出ていた男の体が徐々に埋もれ始めたのだ。そしてそのことに男も気がついた。
「ああ、そんな。嫌だ。もう嫌だ!化け物なんかになりたくない。頼む坊主、俺を殺してくれ。もうこんな体で、生きたくない。苦しみたくない。だから俺を早く殺せぇぇ!」
充血して真っ赤になった瞳をジンに向け、魔物の額から出てきた、白髪の老人がそう懇願した。そこでようやくジンは理解した。姿が変わろうとも目の前の男は人間なのだ。ジンと同じように生き、笑い、悲しみ、多くの感情を持っている人間なのだ。
「早く!俺の意識があるうちに早く頼む!」
しかしジンにはその人間がナギに重なってしまった。手を動かすことができなかった。ナイフを持つ手が震えている。足が鉛のように重い。体が動く気がしない。目の前の男の嘆願を受け入れなければならないと頭で理解してはいても、体がそれを拒否していた。
「くっ、ぐあぁぁぁぁっ!助けてくれ、助けてくれ助けてくれ助けて…」
その叫びとともに、再び胸の前にいた男は体の中に取り込まれていった。最後に彼が剥けてきた瞳に映る絶望の色が、ジンをまっすぐに見据えていた。彼はその向けられた目に射すくめられて、まるで蛇に睨まれたカエルのように金縛りにあった。そして男の顔が完全に埋もれると、ジンの目の前には醜悪な化け物がいた。その目にはもう人間の理性は残っていなかった。しかし彼にはもうそれが人間としてしか見られなかった。
その姿を見たジンの頭が一瞬で凍りついた。目の前にいる化け物は一体なんなのか。なぜ人間の顔が出てきたのか。どうして人語を発するのか。魔獣から人間が出てくるなど聞いたことがない。そんな疑問が彼の頭の中を素早く過ぎっていった。
「お前は…」
男がジンに気付き、声をかけてきた。
「ここはどこだ?それになんでお前は俺の上にまたがってんだ?」
頭が混乱しているのか、男はそんなことを聞いてきた。
「あ、あんたはなんなんだ?どうして人の言葉を話せるんだ?」
しかしジンの頭も混迷を極めていた。先ほどまでの敵が途端に人間に見えてきたのだ。次から次へと浮かび上がる「なぜ?」という疑問。そしてそれに応えるかのように、再起動した彼の脳裏に最悪な答えが浮かび上がってきた。
『目の前にいるのは魔獣なんかじゃない?呪いでこうなった?これが魔物なのか?』
その考えが頭の中によぎるや否や、彼の手は震えだした。
『じゃあ今まで俺が殺そうとしてたのって…』
そこでようやく彼はラグナが《魔獣》ではなく、対峙する敵のことを《魔物》と呼んでいたことに気がついた。
彼の手にこびりついた赤黒い血が唐突に戦いの中で味わっていた高揚感から、ジンを現実に引き戻した。
「あぁ?何言ってんだ?人間が人間の言葉を話すことの何がおかしいんだよ?」
ジンはその答えに無言の返答をした。自分の想像通りの真実に対して、脳が理解することを拒んだ。それは同時に、これから倒すであろう多くの魔物が、元は人間であるという現実を含んでいたからだ。
化け物を殺す覚悟はあっても、同族を殺す覚悟を、彼はまだ持ち合わせていなかった。そして一度でも人間と認識してしまった彼は、目の前にいる化け物が姉と同じ、フィリアの被害者にしか見えなくなった。彼は自分の腕からナイフを持つ力がどんどん抜けていくように感じた。
男はジンの反応を訝しみ、状況を把握しようとしたのか周囲を見回した。そして彼は気付いた。
「な…んだこれは。なんで俺、こんなにでかくなってんだ。なんだこの手?足は?これじゃあまるで…」
自分のからだが全く別物に変化していることに気がついた男は悲鳴をあげた。
「あぁ…そんな…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ。そんなわけない!ゆ、夢だ、これは夢なんだ!」
顔に皺を幾重も刻み、男は嗚咽する。
ジンはそんな男の反応をただ眺め続けていた。世界にはびこる呪いのことは知っていた。そのつもりだった。しかし目の前にいる『結果』を眺めることで、漸く自分が何も知らなかったこと。そして敵対しようとしている存在の強大さを理解できた気がした。
ジンがそんなことを考えていると、突然男が自分を殴りつけた。バキッという大きな音がした。
「痛ってぇぇぇ…嘘だ。夢だ。こんなことあるはずない。俺がこんなことになるはずない!」
だがその痛みは男により残酷な現実を突きつけた。自分が化け物になったしまったということを。
「あぁ、そんな…馬鹿な。違う!俺は殺してない、あれは現実じゃない!あんなこと俺がするはずない!」
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男の脳裏にかすかに残っている記憶が、感触が、味が、匂いが湧き上がってくる。家族を殺したことを。その肉塊を喰らったことを。その脳に焼きつくほどに甘美な味わいを。その全てが自分の罪の証左であることを男は必死に否定しようとした。
その男は傭兵だった。子供の頃から乱暴者だった彼は、剣で一旗揚げようとした。そして周囲の抑止も聞かずに兵士になった。だが結局生来の乱波な性格は治らず、除隊させられた。その後、彼は食い扶持を稼ぐために、傭兵の道を選んだ。それ以外に生活する術を知らなかったからだ。
いつ死ぬともわからないような戦いに身を置き、腕っ節で多くの戦場を渡り歩いてきた。金を稼ぐこと、その金で女を買い、酒を呑み、享楽に耽ることを楽しみとしていた。
やがて男は気まぐれに故郷に戻り、そこで幼馴染の女を妻に娶り、子供達とともに幸せに暮らすことになった。彼は家族ができると命を失うことが怖くなった。だから男は傭兵をやめ、不器用ながらもどうにか職につき、愛する家族のために必死で働いた。しかしその日は唐突に訪れた。
男の目の前が真っ暗になった。体が燃えるように熱く、体の節々が痛んだ。まるで体の内側から溶かされて、もう一度作り直されているような感覚だった。途切れ途切れにある意識の中で男が見たのは、自分の目の前に積み重なる死体だった。
気がつけば家の中にいた男の足元には一面血の海が広がり、目から生気が失われた妻と子供たちの顔があった。そして自分の口と爪には何かの肉片がこびりつき、歯の間に髪が挟まっている。その全身を茶色い毛皮が包んでいた。それを見て男は自分の理性を手放した。現実を認識することを彼の脳が拒絶した。
そして頭の中に鳴り響く声に駆り立てられるながら、自分の住む街を、人を、目に付いたものを壊し、魔界に向かった。魔物に変貌した男は記憶を失っていった。しかし彼にはもうそれがわからなかった。
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「クソッ、クソッ!なんで俺がこんな目に、ふざけんな!」
男の怨嗟の声が辺りに響き渡る。男が頭を抱えようとして自分の手を持ち上げた。しかしそこで自分の手が見知ったそれではないこと、そして手を載せようとした頭が自分の上にあることを認識させた。
呆然とその光景を眺めていたジンはふっとあることに気がついた。化け物の額から飛び出ていた男の体が徐々に埋もれ始めたのだ。そしてそのことに男も気がついた。
「ああ、そんな。嫌だ。もう嫌だ!化け物なんかになりたくない。頼む坊主、俺を殺してくれ。もうこんな体で、生きたくない。苦しみたくない。だから俺を早く殺せぇぇ!」
充血して真っ赤になった瞳をジンに向け、魔物の額から出てきた、白髪の老人がそう懇願した。そこでようやくジンは理解した。姿が変わろうとも目の前の男は人間なのだ。ジンと同じように生き、笑い、悲しみ、多くの感情を持っている人間なのだ。
「早く!俺の意識があるうちに早く頼む!」
しかしジンにはその人間がナギに重なってしまった。手を動かすことができなかった。ナイフを持つ手が震えている。足が鉛のように重い。体が動く気がしない。目の前の男の嘆願を受け入れなければならないと頭で理解してはいても、体がそれを拒否していた。
「くっ、ぐあぁぁぁぁっ!助けてくれ、助けてくれ助けてくれ助けて…」
その叫びとともに、再び胸の前にいた男は体の中に取り込まれていった。最後に彼が剥けてきた瞳に映る絶望の色が、ジンをまっすぐに見据えていた。彼はその向けられた目に射すくめられて、まるで蛇に睨まれたカエルのように金縛りにあった。そして男の顔が完全に埋もれると、ジンの目の前には醜悪な化け物がいた。その目にはもう人間の理性は残っていなかった。しかし彼にはもうそれが人間としてしか見られなかった。
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