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第2章:魔物との遭遇
覚醒
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再びジンが目を開けると、また真っ白な部屋にいた。今度はラグナだけであった。
「あれ?どうしてまたここに…」
『いやー、メンゴメンゴ、君にプレゼントするのを忘れてたよ』
「プレゼント?」
『うん、だっていま君絶賛死にかけ中じゃん。これで起きても、すぐに目の前の奴に殺されちゃうよ。まったくあの程度の魔物に手こずってもらっちゃあ困るんだけどなぁ』
「いいから早く言えよ」
『あらら、お姉ちゃんの前ではあんなに素直で可愛らしい子だったのに…まあいいや時間もないし。そんでプレゼントっていうのはね。一時的に君の中に封印した僕の力を前借りさせてあげるってことさ』
「本当か!?」
『うん、本当だよ。でもね気をつけてもらいたいのは、その力を扱うには君の頭も体も十分に育ってないんだよ。だから下手したら再び死ぬかもしれない。その力が原因でね。でもその時僕は君を救うことができない』
「なんで?これから俺は生き返れるんだろ?ならあんたには人を生き返らせる力があるんじゃないのか?」
『それは違うよ。全く君は本当にラッキーだったよ。君が今持っているお姉さんの形見の指輪にはね。彼女の強い光法術が封印されているんだ。対象が死にかけた時に勝手に発動するやつさ。まあ一回きりだけどね』
『僕には死人の魂に干渉はできても、生き返らせるほどの力はないよ。それに今だって君のために随分力を割いているんだ。まず君の精神をこの世界に呼ぶだろ。次にあの世に行った君のお姉ちゃんを探して連れてくるだろ。それから君の肉体が死ぬ前に話し終えるために、時空間を引き延ばすだろ。そんで君の体につけた封印を解除するだろ。そして最後に君の精神を元に戻すだろ。ほら君のためにこんなにたくさんのことするんだぜ?自慢じゃないけど僕、最弱の神様なんだから。君のお姉ちゃんが治癒を肩代わりしてくれなかったら、もっと大変だったよ』
「…そうか。また俺は姉ちゃんに助けられるのか。…わかった、もう頼らない」
『うん。そうしてくれ。それで君へプレゼントした力なんだけど、肉体を超強化する力だ。そうだね、ざっと今の君なら2、3倍は強化できるかな。君が体を鍛えて、今よりもっと大量の闘気を扱えるようになって、無属性の神術をそれにミックスするコントロールを覚えられたら使えるようになるはずだった力だ』
「それは強いのか?」
『そりゃ強いよ!なんと言っても君が強くなるほどに、力も何倍にもなるんだからね。まあそれでも今の君に目の前の魔物を倒せるかは五分五分だけどね。少なくともチャンスはあるよ。それだけでも十分だろ?』
「うん」
『使える時間はそうだな…長くて5分ぐらいかな。それ以上は君の体が耐えきれずに壊れるだろうからね』
「わかった、気をつける」
『よし。それじゃあ今度こそ起きる時間だ。君にすぐに合わないことを祈っているよ。頑張ってね。たまに大変な時はアドバイスもあげるから、その時はしっかり僕の話を聞きなよ?』
ラグナがそう言ってジンに手を振る。それを見ながらジンは今度こそ本当に意識を覚醒させた。
目がさめると森の主の背中が離れていくところに見えた。どうやらジンが死んだと思い、住処に帰るようだ。目を左に向けてみる。そこには吹き飛んだはずの腕が生えていた。指を動かしてみる。まるで元からくっついていたようにスムーズに動かせた。体全身に活力が漲る。ナギに抱きしめられた感触がまだ残っていた。
『心配させちゃってたのかな』
すでに死んだはずのナギがいたことに素直に驚いた。きっと彼女はジンが心配でわざわざ天界からきてしまったのだ。
『ちゃんと帰れたかな?いや、しっかり者の姉ちゃんなら、きっと帰れたはずだ。…さてと、それじゃあ起きるか』
そう考えて左手を地面について、立ち上がる。
その音を耳聡く聞き取った主が振り返ってくる。そしてジンの姿を確認すると、獰猛な笑みを浮かべた。まるで壊れたおもちゃが治ったことを喜ぶかのように。対峙する一人と一匹の間にひりつくような空気が流れる。そして両者は一気に距離を縮めた。
~~~~~~~~~~~~~~
森の主は驚いた。完全に壊したはずだった。腕が取れて、体からあれほどおびただしい量の血が流れていたのだ。今までのおもちゃなら、そんな傷をつければ二度と立ち上がらなかった。しかし目の前の小さな戦士は、今もなお不死鳥のように立ち上がっている。ならば今度こそ壊れるまで遊びつくそう。どうやらこのおもちゃは簡単には壊れないようだ。ならどんな遊びをしようかな?そんなことを考えていると、自然と口がつり上がった。
一気に接近した両者は、互いに驚いた。ジンの動きがあまりに早かったからだ。攻めようと思っていた手前、魔獣の体勢は前傾になり、とっさに防御姿勢をとることは叶わなかった。十分に足に力を込めてジンは飛び上がり、主の脇腹に闘気で増強し、さらに神術を混ぜ合わせることで倍加した重いこぶし突き刺した。
ドスッという鈍い音とともに主の体がのけぞる。カウンターの要領で入ったそれは、確実にダメージを与えた。
『すごい!これならいける!』
そう思って、追撃をしようと一気に詰め寄ろうとするが、乱雑に振り回された右腕に一旦立ち止まらざるを得なくなる。主は体が大きい分だけタフだった。そのためジンの攻撃にダメージをもらいつつも、痛みはあるが耐えられないほどのものではなかった。
先ほどと違うジンの動きに、主は一層警戒心を高める。遊び相手だったはずが、いつの間にか戦士となり、それでも小さな牙しか持っていなかった相手がついに自分を殺しうる爪を持ったのだ。これほど嬉しいことはこの数十年の間、主にはなかった。ひりつくような空気が主に過去の戦闘の記憶を呼び起こさせた。それはまだ彼が森の王に君臨する前のこと、さらにはあの女性とともにいた頃に味わっていたもの。その知識が、経験が彼の体の中を、高揚感とともに駆け巡っていった。
爪を立てて、牙をむき出し襲いかかってくる敵を前にして、ジンはひどく落ち着いていた。自分の体に広がる力はこの前の敵を倒しうる可能性を秘めていることが直感的に理解できた。素早く目を配り、吹き飛ばされた二本のナイフを探した。そしてそれを回収すべく動き出す。
彼には5分間という時間の縛りがあった。そのためには早急に相手にトドメを刺さなければならない。トントンと左足のつま先で地面を叩き、一気に足に力を入れて走り出す。そのスピードに目の前にいる怪物は追いつけなかった。姿勢を低くしながら一本目のナイフに近づき、そのままスピードを落とさずに、拾い上げる。そしてすぐさまもう一本のところに駆け寄ると、今度は化け物の後ろに回りこみ、背後から相手の左膝裏に狙いをつけて後ろから飛びかかる。
矢のようなスピードと神術が体重の軽い彼の攻撃に重さを与える。今まで歯が立たなかった攻撃は森の主の膝裏に深々と突き刺さり、そこを一気にぐちゃぐちゃと振り回す。ナイフという短い得物の不利を消すように、その攻撃は化け物に大きなダメージを与えた。そして刺された左ヒザを地面に下ろした。その痛みに主は唸り声を上げる。
痛みにより苦悶の表情を浮かべている化け物がようやく見せた隙を、逃さないと言うかのごとく、ジンは背中を駆け上り、首の後ろを突き刺す。そして再度そこを引き裂こうとしたところで怪物が、ジンを捕まえようと手を伸ばしてきた。その手に捕まりそうになるも、手のひらを思い切り切りつけて回避し、地面に飛び降りる。
『体がさっきまでと全然ちがう。あんなに怖かった、今は全然怖くない』
自分の体の動きが全く違うことに興奮し武者震いする。
「行くぞ化け物!」
姿勢を低くして、足元に入り込む。上から降ってくる巨大な拳をかわしながら、ナイフでやたらめったら細かい傷をつけていった。
「—————————————————!」
主が痛みに吠える。近づいていたジンはそのあまりの音に一瞬体が硬直した。その隙を逃さず化け物の右手のなぎ払いが彼に迫ってきた。
「しまっ!」
左側に強烈な衝撃が走り、体が猛スピードで吹き飛ばされた。そして勢いをそのままに、数十メートルほど吹き飛びようやく壁にぶつかって、動きが止まった。しかし彼の体はその衝撃にも四散せずに耐えきっていた。
「痛っ」
だがさすがに無傷とは言わず、左側を見やると、手が折れていることがわかった。あまりの痛みに涙が出てくる。意識が朦朧とするもその痛みが、彼の正気を保ってくれた。そのおかげでまだジンは相手から目を離さずに済んだ。そこにいる森の主は彼が傷つけた痛みのためか、距離を取り、追撃をしてこようとはしなかった。
『助かった。今攻撃されてたら…』
ラグナが言っていたことを思い出す。自分がどんなに強くなった気でいても、相手に勝つ確率は五分五分なのだ。つまりこちらのスピードが相手に勝っても、その一撃を食らえば、このように一瞬で片が付いてしまうだろう。目に見えるほどに強さを実感したためにできた慢心で死にかけたことを思い、冷や汗が流れる。
そんなジンの気持ちを知ってかしらずか、目の前の獣は近くに転がっていた岩を掴むと、こちらに投げつけてきた。怪我の影響か先ほどよりも勢いのない攻撃は、それでもなお彼にとって致死的なものだった。
身体中の痛みに耐えながら、ジンは急いで立ち上がって、それを右側に避けてかわす。しかし相手もそれを読んでいたのか、第二、第三の岩が次々に飛んできた。そしてその連続攻撃はジンの周囲をまるで取り囲むかのように投げられ、気がつけば彼は岩に囲まれていた。
抜け出ようと思えば簡単に抜けられるはずだ。しかし今の彼は先ほどの攻撃のダメージが抜けきっておらず、動き回ることが難しい。どうやってこの現状を打破するかを考えていると、足を引きずりながらも、残った手足で俊敏に移動する化け物の動く音が聞こえてきた。そしてそれは徐々に大きくなりついには岩に囲まれたジンを上から覗き込むように主が現れた。
ジンは相手が手でつかみかかってくるのかと思い警戒したが、相手はそんな彼の予想に反する攻撃をしてきた。彼の目の前にあった岩を外から思いっきり殴り飛ばしてきたのだ。
散弾のような岩が彼に襲いかかる。咄嗟のことで体が硬直するも、すぐさま体をひねって、即死に繋がる巨大な塊のみをかわしていく。なんとか第一陣を乗り越えた彼はそのまま、二個目の岩を殴りつけようとしていた森の主を横目に見ながら、目の前に開いた隙間に飛び込み、外に出ることで回避した。交わせなかった破片が所々に突き刺さりはしていたが、動きに支障が出るものはなかった。
一旦距離を開けようとジンは考えるが、すぐにその考えを否定する。彼にはあまり時間が残されていなかったからだ。
『ラグナが言ったのは5分、今何分経ったんだ』
いつリミットが来るかわからない状態では、安易に距離を取ることもできない。だから彼はすかさず敵を見やる。ふとジンに目の前の魔獣に、隙があることに気がついた。それは彼が首の後ろ側を切りつけ、さらに左膝を使い物にならなくしたことで、体を反転させる動きに支障がきたしていたのである。
『これなら!』
相手はすぐさまジンに手を伸ばしてきたが、それをギリギリのところで懐に潜り込みながら躱し、一気に跳躍し、眉間に強化した腕でナイフを思い切り振り下ろす。額が大きく割れ、大量の血が吹き出る。だがガキンという音が鳴り響く。頭蓋骨が、ナイフを体に入れることを拒み、その勢いで一本折れてしまった。
しかし時間の関係上、ここで追撃を止めることはできない。だから彼は再度跳躍して、そのままもう一本のナイフを同様に、できた傷を狙って一気に突き立てた。先に折れて突き刺さっていたナイフに見事にあたり、それをさらに奥まで進めた。するとそのナイフが何かにぶつかった気がした。
「っーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ジンがナイフを突き立てると、突然森の主がもがき始めた。ジンは慌ててその場から離れるが、ナイフを回収できず、相手の頭にそのまま突き刺さったままになってしまった。彼の目の前では、その怪物が地面の上でのたうち回っていた。首を攻撃した時も、足を攻撃した時もそこまでの苦しみ方をしなかった。そしてそれが彼にとって一層不気味に思えた。
『あのナイフはどう考えても、大して深く刺さってない。なのになんであんなに苦しんでるんだ?』
やがて徐々に動きが止んでいき、ついには完全に止まった。胸に一抹の不安を覗かせながらも、この好機を狙うしかないとジンは一気に近寄り、頭のナイフを引き抜きにかかる。だがジンがいくら近寄っても相手には何の動きも見えなかった。そしてついに森の主の頭からナイフを引き抜くことに成功したジンはそれを今度こそ完璧に殺すために、より深く突き刺さるように気をつけながらその喉元めがけてナイフを振り下ろすことにした。だが。
「うぅ、ここは一体…」
自分の頭上から聞こえてきた声に、彼の体は硬直した。ジンが視線を向けた先、森の主の割れた額から白髪の老人の顔が、それに続いて上半身が浮かび上がってきていた。
「あれ?どうしてまたここに…」
『いやー、メンゴメンゴ、君にプレゼントするのを忘れてたよ』
「プレゼント?」
『うん、だっていま君絶賛死にかけ中じゃん。これで起きても、すぐに目の前の奴に殺されちゃうよ。まったくあの程度の魔物に手こずってもらっちゃあ困るんだけどなぁ』
「いいから早く言えよ」
『あらら、お姉ちゃんの前ではあんなに素直で可愛らしい子だったのに…まあいいや時間もないし。そんでプレゼントっていうのはね。一時的に君の中に封印した僕の力を前借りさせてあげるってことさ』
「本当か!?」
『うん、本当だよ。でもね気をつけてもらいたいのは、その力を扱うには君の頭も体も十分に育ってないんだよ。だから下手したら再び死ぬかもしれない。その力が原因でね。でもその時僕は君を救うことができない』
「なんで?これから俺は生き返れるんだろ?ならあんたには人を生き返らせる力があるんじゃないのか?」
『それは違うよ。全く君は本当にラッキーだったよ。君が今持っているお姉さんの形見の指輪にはね。彼女の強い光法術が封印されているんだ。対象が死にかけた時に勝手に発動するやつさ。まあ一回きりだけどね』
『僕には死人の魂に干渉はできても、生き返らせるほどの力はないよ。それに今だって君のために随分力を割いているんだ。まず君の精神をこの世界に呼ぶだろ。次にあの世に行った君のお姉ちゃんを探して連れてくるだろ。それから君の肉体が死ぬ前に話し終えるために、時空間を引き延ばすだろ。そんで君の体につけた封印を解除するだろ。そして最後に君の精神を元に戻すだろ。ほら君のためにこんなにたくさんのことするんだぜ?自慢じゃないけど僕、最弱の神様なんだから。君のお姉ちゃんが治癒を肩代わりしてくれなかったら、もっと大変だったよ』
「…そうか。また俺は姉ちゃんに助けられるのか。…わかった、もう頼らない」
『うん。そうしてくれ。それで君へプレゼントした力なんだけど、肉体を超強化する力だ。そうだね、ざっと今の君なら2、3倍は強化できるかな。君が体を鍛えて、今よりもっと大量の闘気を扱えるようになって、無属性の神術をそれにミックスするコントロールを覚えられたら使えるようになるはずだった力だ』
「それは強いのか?」
『そりゃ強いよ!なんと言っても君が強くなるほどに、力も何倍にもなるんだからね。まあそれでも今の君に目の前の魔物を倒せるかは五分五分だけどね。少なくともチャンスはあるよ。それだけでも十分だろ?』
「うん」
『使える時間はそうだな…長くて5分ぐらいかな。それ以上は君の体が耐えきれずに壊れるだろうからね』
「わかった、気をつける」
『よし。それじゃあ今度こそ起きる時間だ。君にすぐに合わないことを祈っているよ。頑張ってね。たまに大変な時はアドバイスもあげるから、その時はしっかり僕の話を聞きなよ?』
ラグナがそう言ってジンに手を振る。それを見ながらジンは今度こそ本当に意識を覚醒させた。
目がさめると森の主の背中が離れていくところに見えた。どうやらジンが死んだと思い、住処に帰るようだ。目を左に向けてみる。そこには吹き飛んだはずの腕が生えていた。指を動かしてみる。まるで元からくっついていたようにスムーズに動かせた。体全身に活力が漲る。ナギに抱きしめられた感触がまだ残っていた。
『心配させちゃってたのかな』
すでに死んだはずのナギがいたことに素直に驚いた。きっと彼女はジンが心配でわざわざ天界からきてしまったのだ。
『ちゃんと帰れたかな?いや、しっかり者の姉ちゃんなら、きっと帰れたはずだ。…さてと、それじゃあ起きるか』
そう考えて左手を地面について、立ち上がる。
その音を耳聡く聞き取った主が振り返ってくる。そしてジンの姿を確認すると、獰猛な笑みを浮かべた。まるで壊れたおもちゃが治ったことを喜ぶかのように。対峙する一人と一匹の間にひりつくような空気が流れる。そして両者は一気に距離を縮めた。
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森の主は驚いた。完全に壊したはずだった。腕が取れて、体からあれほどおびただしい量の血が流れていたのだ。今までのおもちゃなら、そんな傷をつければ二度と立ち上がらなかった。しかし目の前の小さな戦士は、今もなお不死鳥のように立ち上がっている。ならば今度こそ壊れるまで遊びつくそう。どうやらこのおもちゃは簡単には壊れないようだ。ならどんな遊びをしようかな?そんなことを考えていると、自然と口がつり上がった。
一気に接近した両者は、互いに驚いた。ジンの動きがあまりに早かったからだ。攻めようと思っていた手前、魔獣の体勢は前傾になり、とっさに防御姿勢をとることは叶わなかった。十分に足に力を込めてジンは飛び上がり、主の脇腹に闘気で増強し、さらに神術を混ぜ合わせることで倍加した重いこぶし突き刺した。
ドスッという鈍い音とともに主の体がのけぞる。カウンターの要領で入ったそれは、確実にダメージを与えた。
『すごい!これならいける!』
そう思って、追撃をしようと一気に詰め寄ろうとするが、乱雑に振り回された右腕に一旦立ち止まらざるを得なくなる。主は体が大きい分だけタフだった。そのためジンの攻撃にダメージをもらいつつも、痛みはあるが耐えられないほどのものではなかった。
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爪を立てて、牙をむき出し襲いかかってくる敵を前にして、ジンはひどく落ち着いていた。自分の体に広がる力はこの前の敵を倒しうる可能性を秘めていることが直感的に理解できた。素早く目を配り、吹き飛ばされた二本のナイフを探した。そしてそれを回収すべく動き出す。
彼には5分間という時間の縛りがあった。そのためには早急に相手にトドメを刺さなければならない。トントンと左足のつま先で地面を叩き、一気に足に力を入れて走り出す。そのスピードに目の前にいる怪物は追いつけなかった。姿勢を低くしながら一本目のナイフに近づき、そのままスピードを落とさずに、拾い上げる。そしてすぐさまもう一本のところに駆け寄ると、今度は化け物の後ろに回りこみ、背後から相手の左膝裏に狙いをつけて後ろから飛びかかる。
矢のようなスピードと神術が体重の軽い彼の攻撃に重さを与える。今まで歯が立たなかった攻撃は森の主の膝裏に深々と突き刺さり、そこを一気にぐちゃぐちゃと振り回す。ナイフという短い得物の不利を消すように、その攻撃は化け物に大きなダメージを与えた。そして刺された左ヒザを地面に下ろした。その痛みに主は唸り声を上げる。
痛みにより苦悶の表情を浮かべている化け物がようやく見せた隙を、逃さないと言うかのごとく、ジンは背中を駆け上り、首の後ろを突き刺す。そして再度そこを引き裂こうとしたところで怪物が、ジンを捕まえようと手を伸ばしてきた。その手に捕まりそうになるも、手のひらを思い切り切りつけて回避し、地面に飛び降りる。
『体がさっきまでと全然ちがう。あんなに怖かった、今は全然怖くない』
自分の体の動きが全く違うことに興奮し武者震いする。
「行くぞ化け物!」
姿勢を低くして、足元に入り込む。上から降ってくる巨大な拳をかわしながら、ナイフでやたらめったら細かい傷をつけていった。
「—————————————————!」
主が痛みに吠える。近づいていたジンはそのあまりの音に一瞬体が硬直した。その隙を逃さず化け物の右手のなぎ払いが彼に迫ってきた。
「しまっ!」
左側に強烈な衝撃が走り、体が猛スピードで吹き飛ばされた。そして勢いをそのままに、数十メートルほど吹き飛びようやく壁にぶつかって、動きが止まった。しかし彼の体はその衝撃にも四散せずに耐えきっていた。
「痛っ」
だがさすがに無傷とは言わず、左側を見やると、手が折れていることがわかった。あまりの痛みに涙が出てくる。意識が朦朧とするもその痛みが、彼の正気を保ってくれた。そのおかげでまだジンは相手から目を離さずに済んだ。そこにいる森の主は彼が傷つけた痛みのためか、距離を取り、追撃をしてこようとはしなかった。
『助かった。今攻撃されてたら…』
ラグナが言っていたことを思い出す。自分がどんなに強くなった気でいても、相手に勝つ確率は五分五分なのだ。つまりこちらのスピードが相手に勝っても、その一撃を食らえば、このように一瞬で片が付いてしまうだろう。目に見えるほどに強さを実感したためにできた慢心で死にかけたことを思い、冷や汗が流れる。
そんなジンの気持ちを知ってかしらずか、目の前の獣は近くに転がっていた岩を掴むと、こちらに投げつけてきた。怪我の影響か先ほどよりも勢いのない攻撃は、それでもなお彼にとって致死的なものだった。
身体中の痛みに耐えながら、ジンは急いで立ち上がって、それを右側に避けてかわす。しかし相手もそれを読んでいたのか、第二、第三の岩が次々に飛んできた。そしてその連続攻撃はジンの周囲をまるで取り囲むかのように投げられ、気がつけば彼は岩に囲まれていた。
抜け出ようと思えば簡単に抜けられるはずだ。しかし今の彼は先ほどの攻撃のダメージが抜けきっておらず、動き回ることが難しい。どうやってこの現状を打破するかを考えていると、足を引きずりながらも、残った手足で俊敏に移動する化け物の動く音が聞こえてきた。そしてそれは徐々に大きくなりついには岩に囲まれたジンを上から覗き込むように主が現れた。
ジンは相手が手でつかみかかってくるのかと思い警戒したが、相手はそんな彼の予想に反する攻撃をしてきた。彼の目の前にあった岩を外から思いっきり殴り飛ばしてきたのだ。
散弾のような岩が彼に襲いかかる。咄嗟のことで体が硬直するも、すぐさま体をひねって、即死に繋がる巨大な塊のみをかわしていく。なんとか第一陣を乗り越えた彼はそのまま、二個目の岩を殴りつけようとしていた森の主を横目に見ながら、目の前に開いた隙間に飛び込み、外に出ることで回避した。交わせなかった破片が所々に突き刺さりはしていたが、動きに支障が出るものはなかった。
一旦距離を開けようとジンは考えるが、すぐにその考えを否定する。彼にはあまり時間が残されていなかったからだ。
『ラグナが言ったのは5分、今何分経ったんだ』
いつリミットが来るかわからない状態では、安易に距離を取ることもできない。だから彼はすかさず敵を見やる。ふとジンに目の前の魔獣に、隙があることに気がついた。それは彼が首の後ろ側を切りつけ、さらに左膝を使い物にならなくしたことで、体を反転させる動きに支障がきたしていたのである。
『これなら!』
相手はすぐさまジンに手を伸ばしてきたが、それをギリギリのところで懐に潜り込みながら躱し、一気に跳躍し、眉間に強化した腕でナイフを思い切り振り下ろす。額が大きく割れ、大量の血が吹き出る。だがガキンという音が鳴り響く。頭蓋骨が、ナイフを体に入れることを拒み、その勢いで一本折れてしまった。
しかし時間の関係上、ここで追撃を止めることはできない。だから彼は再度跳躍して、そのままもう一本のナイフを同様に、できた傷を狙って一気に突き立てた。先に折れて突き刺さっていたナイフに見事にあたり、それをさらに奥まで進めた。するとそのナイフが何かにぶつかった気がした。
「っーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ジンがナイフを突き立てると、突然森の主がもがき始めた。ジンは慌ててその場から離れるが、ナイフを回収できず、相手の頭にそのまま突き刺さったままになってしまった。彼の目の前では、その怪物が地面の上でのたうち回っていた。首を攻撃した時も、足を攻撃した時もそこまでの苦しみ方をしなかった。そしてそれが彼にとって一層不気味に思えた。
『あのナイフはどう考えても、大して深く刺さってない。なのになんであんなに苦しんでるんだ?』
やがて徐々に動きが止んでいき、ついには完全に止まった。胸に一抹の不安を覗かせながらも、この好機を狙うしかないとジンは一気に近寄り、頭のナイフを引き抜きにかかる。だがジンがいくら近寄っても相手には何の動きも見えなかった。そしてついに森の主の頭からナイフを引き抜くことに成功したジンはそれを今度こそ完璧に殺すために、より深く突き刺さるように気をつけながらその喉元めがけてナイフを振り下ろすことにした。だが。
「うぅ、ここは一体…」
自分の頭上から聞こえてきた声に、彼の体は硬直した。ジンが視線を向けた先、森の主の割れた額から白髪の老人の顔が、それに続いて上半身が浮かび上がってきていた。
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