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第2章:魔物との遭遇

森の主2

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 森の主は長い年月を生きてきた。おそらく普通のフォレストコングの寿命に比べて、優に3倍以上は生きているだろう。彼はその分だけ大きな体になり、毛も年のためか真っ白になった。しかしその体に流れている活力は未だに、群れの若者には負けていない。むしろ凌駕しているとさえ自分では思っている。

 なぜ自分が他の者たちと違うのかはわからなかった。しかし彼と他の者で二つだけ違ったものがあった。それは記憶と知識である。彼の一番古い記憶の中に、一人の人間の女性がいた。それが誰だったかは、今はもうわからない。しかしその女性を思うと不思議と胸が切なくなった。

 それと同時に疑問に思ったのは、その女性には変わった耳も尻尾もなかったのだ。いや、それよりも彼女の容姿の方が彼にとって普通だったような気がした。否、確信があった。そしてこの風変わりな記憶は、他の群れの者たちとは全く異なっていた。

 さらにこういった疑問を、彼は深く考えることができた。そしてその頭脳は群れの中で遺憾なく発揮された。すぐさま彼はその知恵を使い、当時の群れのリーダーと対峙して勝利を収め、ボスとなった。それから彼は自分の群れに歯向かう者を殺し、奪い、犯し、勢力を拡大していった。

 ついには住み着いた森で他種族から抜きん出て、森の長という地位を手に入れた。知識欲から他種族と交流するために相手の言葉まで覚えた。最初のうちは楽しかったが、それができるようになってからすぐに飽きた。どの種族にも自分と同じぐらい賢いものがいなかったのだ。

 それがわかってからというもの、彼はすべてに退屈した。代わり映えのない日常、日に日に巨大化していく肉体、知能の低い同族や他種族とのコミュニケーション。そのどれもが彼にとって、無為に思えた。肉体的な快楽を貪ろうにも、その体はいつの間にか他の個体よりもはるかに大きくなっており、群れのメスを抱くこともできない。

 そういったすべてに飽き飽きしていた。しかし先日彼の縄張りに化け物が住み着いた。自分よりはるかに小さいそれは、遠い記憶の中の女性に似た容姿で、毛も尻尾もなかった。だがそのうちに秘められた危険な匂いを本能的に嗅ぎ取った彼はすぐさま逃げることにして、新たな住処に移り住んだのだ。

 新たに作った縄張りにはごく稀に、昔どこかで見かけた気がする、尻尾や変わった耳を生やし、二本足でたつ風変わりなおもちゃが来ることを知った。そしてそれを狩るのが彼の楽しみになっていた。そのおもちゃたちは他のものたちよりも脆く、すぐに壊れてしまったが、その分だけ他の低脳なものたちとは違い、知識を持っているような動きをした。不思議な術を操り、あの手この手で自分に攻撃してきたり、群れをなして攻めてきたり、彼らを眺めるのは非常に面白かった。しかし彼らを見かけることもごく稀であった。。

 そうして再び退屈になった主は常に寝て暇つぶしをするようになっていた。たまに起きた時は、溜まっていたフラストレーションを爆発させるように暴れまわった。その後にくる虚しさを理解してはいたが、何かをしなければ気が済まなかったのだ。

 そしてある時配下のゴブリンから素晴らしい報告がもたらされた。あの変わったおもちゃが縄張りの近くを歩いていたのだ。久しぶりに遊ぶことができると思った。だから彼はその話を聞いて一も二もなく慌てて駆け出した。そして精一杯探していると、見つけた。

 それは今まで以上に小さな、小さなおもちゃだった。息を吹きかければ飛んで行ってしまうのではないかとすこし不安になった。しかし同時に驚いたことがあった。それには変わった耳も、しっぽも生えておらず、あの古い記憶の中にあるおもちゃと全く同じ容姿をしていたのだ。

 それが彼を興奮させた。この森に住むようになって初めて見たのだ。だから彼は今まで以上に興奮してじゃれつき、そしてすぐに失望した。たった一発当てただけ。向こうからは何にもしてくれないまま終わってしまった。まさかこの程度では死んではいないよなと、半ば祈るような気持ちで、飛んで行った方向にかけ出した。しかし結局見つけられなかった。

 今日再びゴブリン達が騒ぎ出した。煩わしく思い目を開けると、何匹か殺していたらしく、手に血がこびりついており、寝覚めの気分は最悪だった。しかしゴブリン達の報告を聞いて、体は喜びに震えた。また誰かが縄張りに近づいたのだ。しかもそれは鱗の生えた、トカゲのようなおもちゃだという。彼にはそれがどんなおもちゃかすぐに思い当たった。他のおもちゃより頑丈なやつだ。つまり長く遊べる!どんなことして遊ぼうか?そんなことを考えながら住処を後にした。

 彼は再度歓喜した。数日前に死んでしまったと思っていたおもちゃが目の前に現れたではないか。もっと遊べる。今までのおもちゃとは別のことをしてくれるのではないか。そのおもちゃを壊した時はどんな気持ちがするだろう?あの記憶の中のおもちゃを壊した時のような切ない気持ちになるのだろうか?

 そんな考えを漠然としながら、その小さなおもちゃに近寄った。いつの間にかトカゲのおもちゃが消えていたが、目の前のおもちゃに比べれば瑣末なことであった。だから今度こそ簡単に壊さないように細心の注意を払いながら、遊ぶことにした。

 さらに彼にとって喜ばしかったのは、前回は逃げ腰だった目の前のおもちゃが、今回はやる気で、殺意を込めた視線を自分に向けてきたのだ。いつの間にか味わえなくなっていた、ちっぽけであっても死を感じさせてくれるこの高揚感が彼を包んだ。しかし彼は、自分がこの小さなおもちゃを甘く見すぎていたことを身を以て知った。こんな小さな体にもしかと牙が生えていることを彼は忘れていた。

 だからこの痛みは自分への戒めだ。この本当の殺し合いこそ自分の求めていたものだ。まだ今より少し体が小さく、おもちゃがいっぱい来ていた時に味わえたこの感情をくれた目の前の小さな戦士に敬意を払って本気で戦おう。もしかしたらもっとひどい怪我をするかもしれない。もう片方の目も潰されるかもしれない。そんな恐怖が、長い間退屈し続けてきた彼にとって心地のいいものだった。だからこそ自分の持てる全て、この頭脳も駆使して目の前の戦士を撃破しよう。

 そうして彼の目には、目の前にいるジンがおもちゃではなく、戦士のように見えるようになった。そして彼は小さな戦士を殺すために、何をすればいいか、必要なことはなにかを考え始めた。
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