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第2章:魔物との遭遇
再出発
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再び森の中を歩き始めたジンはピッピに聞くことがあるのを思い出した。
「そういえばティファ様も何度か言ってたけど、森の主っていったいどんなやつなんだ?」
「あー、そっか、お前この森のこと全然知らないんだったな。さて、森の主はどんなやつか、まあ一言で言うと普通のやつよりでかいフォレストコングだな」
フォレストコングとはその名の通り森の中に住むコングである。強靭なに筋肉に覆われたその肉体は木をやすやすと引っこ抜き投げ飛ばしたり、殴っただけでへし折ったりと、とにかく力任せの魔物であった。一般的なものは全長4メートルほどで大きくはあるが、フォレストファングよりも鈍重であるため、逃げるのはたやすい魔物でもあった。しかしその気性は穏やかで、こちらから干渉しない限り、危険性は低かった。マリアから教わった知識を反芻する。
「どれだけでかいの?」
「そうだな、多分普通のフォレストコングのより1.5倍はあるんじゃねえかな。何食ったらあんなでかくなるんだか。それにただでかいだけじゃなくて、めちゃくちゃ凶暴なんだ。体がでかいせいか普段はほとんど寝てんだけど、たまに起きた時とか、縄張りに誰か入ってきた時は起きて、あたりがめっちゃくっちゃになるまで暴れることがある。今あいつが住んでるとこなんてこの森で唯一の更地だしな」
それを聞いてジンはゾッとする。つまりあのままピッピに合わなかったら、知らないうちに森の主の縄張りに入っていたかもしれないからだ。もしそうなっていたら簡単に死んでいたかもしれない。心の中でピッピに感謝する。口に出したらピッピがしたり顔になってウザそうだから決して言わないが。
「それに、こいつの厄介なところはでっかいくせに動きも早いんだよ。多分ファングぐらいのスピード出せるんじゃないかな。まあでかいからそんだけスピードあってもすぐ逃げられるからな」
その言葉にジンの気分はより下がった。
「何言ってんだよピッピ。そんな早いやつからどうやって逃げるんだよ。俺はっきり言って、身体強化してもせいぜいファングぐらいのスピードしか出せないぞ。しかも長距離なんて絶対に無理だし」
ジンの年齢で、身体強化だけでファングと同じスピードを出すことができるというのは、驚くべきことだった。しかしこの森にいる主にはそれは通用しないことが分かり、ジンの心により一層暗い影が落ちた。
「あ!そうか、お前は羽ないんだったな。忘れてた。そうかそうか、じゃあ絶対にテリトリーに入らねえようにしないとな」
しかも相棒のピッピはこの能天気さだ。
『本当に嫌になる』
そんなことをジンは考えながら歩を進めていった。
それから2週間ほど過ぎた。道中ではピッピの先導をもとに、進みやすい道、敵が少ない道を選んで進んでいき、寝床を適度に探しつつ日中は歩けるだけ歩き、日が落ちてからは、寝床で静かに英気を養った。ピッピを連れていくことで生まれたメリットは何と言っても食糧問題が解決したことであった。
ピッピが、どれが食べられて、どれが食べられないかを逐一教えてくれたのである。そのおかげでジンはもう空腹で困らなかった。他にも簡単に水源を確保できたこともありがたかった。ピッピの指示に従えばとりあえずなんとか行くことを理解し、心の中でピッピに感謝した。口に出すのは気恥ずかしいし、言ったらドヤ顔をしてきてうざいからというのも理由であった。
そんなこんなでこの2週間を過ごしていった。もちろん何度かゴブリンやコボルド、フォレストファングにコングといった魔物に遭遇することがあった。しかしたいていの場合が3匹から4匹であった。おかげで庇護の指輪を使ったり、地形を利用して、相手を分断して倒したりと、頭とティファニアからもらったアイテムを巧みに使いながら先へ先へと進んでいったのだ。
そんな感じでピッピに教えられた比較的安全な道を歩いていると、ゴブリンの一軍をその先に発見した。遠目から見ても10匹はいそうだ。さすがにこんな数を相手にすることは今のジンにも無理だろう。そう考えた彼は回れ右をして、別の道を行くことにした。
「なあピッピ、他の道に行きたいんだけど。海まで早くつけて、歩きやすい道ってないかな?」
ジンが贅沢な質問をすると、
「ん?あるよ?他にも三つ道があるんだけど、でも多分この道が一番安全だよ?」
「なんで?」
「ひとつはフォレストファングの群れがたむろってる所で、あそこにいるゴブリン達の少なくとも倍以上入るだろうな。もうひとつはキラービーの巣があってこの時期は産卵の時期だから、50メートル以内に近づいたら速攻で襲われるはず。」
キラービーとは体長30センチほど、その尾の付け根にある極太の針を加えると70センチはある巨大な蜂である。一匹一匹が少し刺されただけで即死するような猛毒の針を持ち、ウィルとマリアから、場合によってはファングやゴブリン以上に気をつけなければいけないと注意されている魔物であった。
「…じゃあ最後の道は?」
「うん。森の主のフォレストコングの縄張りにかかってる。だからたまにそこに出没していることもある」
どの道もジンにとって危険すぎる道であった。ファングの住処なら、駆け抜けようにも追いつかれるだろう。むしろ獲物を追いかけ続ける習性上、ジンの体力が先に尽きるかもしれない。そうなったら最後死ぬだけだ。
ではもうひとつの道はどうか。繁殖期のキラービーは神術が使えたとしてもなかなかの脅威だとウィルとマリアは言っていた。ならばティファからもらった庇護の指輪で、結界を張ってみるか。それも難しいかもしれない。なんと言っても結界を張っていられるのは3分間だけだ。それが過ぎるまでに確実に抜けきれないだろう。
最後の道は言うまでもない。化け物みたいな森の主に会敵したら確実に殺されるだろう。それならばやはりゴブリン達のいるこの獣道を行くほうがいい気がする。
「じゃあピッピ、近くなくていいから、遠回りでいいから安全な道ってないの?」
「んー、ジンが飛べるならあるんだけどなー。でも無理だろ?そうすっとやっぱりこの4本の道しかないと思うぞ」
「………わかった」
そうしてジンは覚悟を決めた。
「それじゃあこのまましばらく待って、ゴブリン達がいなくなりそうになかったら真っ直ぐ行くぞ」
茂みに腹ばいになって隠れ、見張ることにした。しかしゴブリン達はいつまでも動こうとしなかった。それもそのはず、ジンが知る由もないが、彼らは先日、寝起きで暴走した森の主に住処を追い出されていたのだ。そのため彼らはこの獣道の近くに新たな住処を作ろうとしていたのである。だから彼らは何かが来た時に備えて周囲を警戒していたのだ。
一向に動こうとしないゴブリン達にしびれを切らして、辺りが暗くなったことを確認して、いよいよジンは動き出すことにした。そっと草の根がなるべく立たないように立ち上がる。
「ピッピ、いくぞ」
「おうとも」
匍匐前進でゆっくりと進む。獣道を迂回して、森の中を歩くために、少しガサガサとなることに肝を冷やしながら、進んでいった。ようやくゴブリン達の前を通過できそうなところで、想定外のことが起こった。暗い中で草むらを進んでいたために目の前にあった草に思いっきり顔を突っ込んだのだ。そしてそれが紙縒りのように鼻に入り、ジンは一つくしゃみをした。その音を聞いて10匹のゴブリンが一斉にこちらを向いた。
「なんであんなところでくしゃみなんかしたんだよ!?」
「仕方ねえだろ!鼻に草が入るとか不可抗力だ!」
「馬鹿じゃねえの?こんなとこで意味わかんない理由で死ぬ気かよ!?」
「ええ、ええ悪かったです。ごめんなさい。つーかお前もちゃんと先導しろよ!なんのためにお前を連れてきたと思ってんだ!?」
「知るかよバーカ、バーカ!おいらにどうしろって言うんだよ?逐一進む先に草むらありますよーって言わせるのか?」
「ああ!」
「甘えんな!」
体の全身に闘気を充実させてスピードを上げる。彼の本気の走りはファングのスピードに匹敵するものがある。どんどんゴブリンを引き離していくことができた。そして彼は走りながら小さく『発動』と唱えて、庇護の指輪で自分の体の周りに結界を生成した。
ジンにとって幸だったのはゴブリンの集団の横を通っている最中だったことだ。ゴブリンとの距離が近かったこともあり、全員が武器を構え終わらないタイミングで突っ切ることができた。そして遠ざかっている途中に槍や弓やらが飛んできたが、それは結界に弾かれ、ジンの体を傷つけることはなかった。
「はぁぁぁ、やばかった。死ぬかと思った。つーかティファ様に指輪もらってなかったら確実に死んでた」
「本当に勘弁してくれよ。お前がポカやったらおいらの命だって危ないだぜ?おいら嫌だよ。死因がくしゃみのせいだなんて。そんなんで死んだら死んでも死にきれないよ」
「俺だってやだよ!鼻に草が入って死にましたって、どんな顔して姉ちゃん達に会えばいいんだよ!」
しばしジンとピッピはにらみ合う。やがてピッピは深くため息をついて
「はぁぁぁ、お前もう絶対に匍匐前進禁止な?これ命令だからな」
「ああ。俺も、もう二度としたくない…」
非常に疲れたような表情を見せる二人は一旦落ち着けそうな空間を見つけて、腰を下ろした。
「あ!寝床探してない!」
結局その日は、ジンは眠ることができなかった。ピッピと交代で不寝番をしようにも、ピッピが逃亡する可能性は否めなかったからだ。なにせ彼の行動で死にかけた前科があったのだから。
さらに5日ほど経過した。彼らは今近くにあった小川で骨休めしていた。
「ここらから主の縄張り近くを通るぞ。細心の注意をしておけよ。縄張りに少しでも入ったら、速攻でばれて襲われるからな。それと周辺にフォレストコングがいたら逃げるか隠れるかするぞ」
「なんでだ?」
「この森にいるフォレシトコングのほとんどは、主の配下にいるんだけど、特に主の縄張りの近くにいるやつは、ほとんどが、主に縄張りに入ることを許された、いわば幹部みたいなもんなんだ。見つかったら最後チクられて終わりだ」
「わかった。じゃあ逃げきれなそうだったら?」
「死ぬしかない!でも安心しろ、供養はちゃんと俺がしてやる!」
サムズアップしながら、満面の笑みでそう言ってくるピッピに腹が立ち、ジンはその羽を引っ張ることにした。
慎重に森の中を進んでいく二人は、コングを遠目に見かければ隠れ、他の魔獣を見かけたら、戦闘音を出さないために隠れ、と思うように進むことができず、すでに縄張りの近くに入ってから3日ほどの時間が経過していた。今は大岩がゴロゴロと転がった場所を慎重に歩いていた。大岩の中にはジンの慎重を優に超えるものが多くあり、とても見通しが悪く、より一層集中して進むことを余儀なくされていた。
「なああとどれぐらいで縄張りから抜けるんだ?」
「そうだなぁ、このペースだと何もなかったらあと3日くらいかな。途中でなにかに会いそうになったらもっと伸びるけど。」
「3日!?そんなに主の縄張りって広いのかよ」
「それもあるけど所々にファングとかゴブリンの縄張りとかあってそれを避けていかないといけないから大変なんだよ」
「はぁぁ、さっさとこのピリピリした空気から抜け出したい」
「そういうなよ。おいらだってこんなところからさっさと抜け出したいんだからさ」
「むぅ、あれ?そういえばなんでゴブリン達は主のすぐ近くに住処を作ってんだ?普通なら主が暴れたら困るから、主の縄張りから遠くに作るだろ?」
「あー、ゴブリンの中にもいろんなのがいてな。簡単に言うと主の縄張りの近くに住処を作ってる奴らは、取り巻きみたいなもんなんだよ。虎の威を借る狐ってやつだな。主に忠誠を誓う代わりに、他の部族争いに巻き込まれないようにしてもらうとか、ファングの餌にならないようにとか色々恩恵があるんだよ」
「なるほど」
そんな風に話していて彼らはわずかな時間だが警戒を怠っていた。3日ほど警戒し続けて精神的に疲れが溜まっていたのだ。遠くの岩の陰から一匹のゴブリンが彼らを発見し、それを主に報告しに行ったのだった。
その音は遠くからまるで雷鳴のように轟いた。それを聞いた瞬間ジンはサバイバルナイフを抜き放ち、精神を集中して闘気を体に充実させ、戦闘態勢をとる。そして周囲を警戒する。
「ピッピ、今のはなんだ?」
「わかんねえ。でもおいらなんだかすごく嫌な予感がする。今すぐここから離れたほうがいいと思う」
いつものお調子者の一面は形を潜め、ピッピは恐怖に歪んだ顔をして、顔を震わせている。
「賛成だな。どうする、どこに行く?」
その様子にジンも一層不安になってくる。
「ここからだと、確かこの岩場の先にゴブリンぐらいしか入れない洞穴があったはず…」
「中には何もいないのか?」
「うん。おいらが一ヶ月ぐらい前に見っけた時は何もいなかった」
「じゃあとりあえずそこに行ってみるか」
そう言って急いで岩の群を抜け出して、主の縄張りなど関係なく駆け抜ける。
「あとどんぐらいなの?」
かけながらジンが聞くと
「このスピードならあと5分ぐらい!」
後ろから何か巨大なものバキバキっという音とともに動く音が聞こえてきた。
「わかった!急ごう!しっかり掴まってろ!」
ジンはさらに加速する。木々の合間を抜けただ前に前にと進んでいたところでジンの頭上を黒い陰が通り過ぎた。
「そういえばティファ様も何度か言ってたけど、森の主っていったいどんなやつなんだ?」
「あー、そっか、お前この森のこと全然知らないんだったな。さて、森の主はどんなやつか、まあ一言で言うと普通のやつよりでかいフォレストコングだな」
フォレストコングとはその名の通り森の中に住むコングである。強靭なに筋肉に覆われたその肉体は木をやすやすと引っこ抜き投げ飛ばしたり、殴っただけでへし折ったりと、とにかく力任せの魔物であった。一般的なものは全長4メートルほどで大きくはあるが、フォレストファングよりも鈍重であるため、逃げるのはたやすい魔物でもあった。しかしその気性は穏やかで、こちらから干渉しない限り、危険性は低かった。マリアから教わった知識を反芻する。
「どれだけでかいの?」
「そうだな、多分普通のフォレストコングのより1.5倍はあるんじゃねえかな。何食ったらあんなでかくなるんだか。それにただでかいだけじゃなくて、めちゃくちゃ凶暴なんだ。体がでかいせいか普段はほとんど寝てんだけど、たまに起きた時とか、縄張りに誰か入ってきた時は起きて、あたりがめっちゃくっちゃになるまで暴れることがある。今あいつが住んでるとこなんてこの森で唯一の更地だしな」
それを聞いてジンはゾッとする。つまりあのままピッピに合わなかったら、知らないうちに森の主の縄張りに入っていたかもしれないからだ。もしそうなっていたら簡単に死んでいたかもしれない。心の中でピッピに感謝する。口に出したらピッピがしたり顔になってウザそうだから決して言わないが。
「それに、こいつの厄介なところはでっかいくせに動きも早いんだよ。多分ファングぐらいのスピード出せるんじゃないかな。まあでかいからそんだけスピードあってもすぐ逃げられるからな」
その言葉にジンの気分はより下がった。
「何言ってんだよピッピ。そんな早いやつからどうやって逃げるんだよ。俺はっきり言って、身体強化してもせいぜいファングぐらいのスピードしか出せないぞ。しかも長距離なんて絶対に無理だし」
ジンの年齢で、身体強化だけでファングと同じスピードを出すことができるというのは、驚くべきことだった。しかしこの森にいる主にはそれは通用しないことが分かり、ジンの心により一層暗い影が落ちた。
「あ!そうか、お前は羽ないんだったな。忘れてた。そうかそうか、じゃあ絶対にテリトリーに入らねえようにしないとな」
しかも相棒のピッピはこの能天気さだ。
『本当に嫌になる』
そんなことをジンは考えながら歩を進めていった。
それから2週間ほど過ぎた。道中ではピッピの先導をもとに、進みやすい道、敵が少ない道を選んで進んでいき、寝床を適度に探しつつ日中は歩けるだけ歩き、日が落ちてからは、寝床で静かに英気を養った。ピッピを連れていくことで生まれたメリットは何と言っても食糧問題が解決したことであった。
ピッピが、どれが食べられて、どれが食べられないかを逐一教えてくれたのである。そのおかげでジンはもう空腹で困らなかった。他にも簡単に水源を確保できたこともありがたかった。ピッピの指示に従えばとりあえずなんとか行くことを理解し、心の中でピッピに感謝した。口に出すのは気恥ずかしいし、言ったらドヤ顔をしてきてうざいからというのも理由であった。
そんなこんなでこの2週間を過ごしていった。もちろん何度かゴブリンやコボルド、フォレストファングにコングといった魔物に遭遇することがあった。しかしたいていの場合が3匹から4匹であった。おかげで庇護の指輪を使ったり、地形を利用して、相手を分断して倒したりと、頭とティファニアからもらったアイテムを巧みに使いながら先へ先へと進んでいったのだ。
そんな感じでピッピに教えられた比較的安全な道を歩いていると、ゴブリンの一軍をその先に発見した。遠目から見ても10匹はいそうだ。さすがにこんな数を相手にすることは今のジンにも無理だろう。そう考えた彼は回れ右をして、別の道を行くことにした。
「なあピッピ、他の道に行きたいんだけど。海まで早くつけて、歩きやすい道ってないかな?」
ジンが贅沢な質問をすると、
「ん?あるよ?他にも三つ道があるんだけど、でも多分この道が一番安全だよ?」
「なんで?」
「ひとつはフォレストファングの群れがたむろってる所で、あそこにいるゴブリン達の少なくとも倍以上入るだろうな。もうひとつはキラービーの巣があってこの時期は産卵の時期だから、50メートル以内に近づいたら速攻で襲われるはず。」
キラービーとは体長30センチほど、その尾の付け根にある極太の針を加えると70センチはある巨大な蜂である。一匹一匹が少し刺されただけで即死するような猛毒の針を持ち、ウィルとマリアから、場合によってはファングやゴブリン以上に気をつけなければいけないと注意されている魔物であった。
「…じゃあ最後の道は?」
「うん。森の主のフォレストコングの縄張りにかかってる。だからたまにそこに出没していることもある」
どの道もジンにとって危険すぎる道であった。ファングの住処なら、駆け抜けようにも追いつかれるだろう。むしろ獲物を追いかけ続ける習性上、ジンの体力が先に尽きるかもしれない。そうなったら最後死ぬだけだ。
ではもうひとつの道はどうか。繁殖期のキラービーは神術が使えたとしてもなかなかの脅威だとウィルとマリアは言っていた。ならばティファからもらった庇護の指輪で、結界を張ってみるか。それも難しいかもしれない。なんと言っても結界を張っていられるのは3分間だけだ。それが過ぎるまでに確実に抜けきれないだろう。
最後の道は言うまでもない。化け物みたいな森の主に会敵したら確実に殺されるだろう。それならばやはりゴブリン達のいるこの獣道を行くほうがいい気がする。
「じゃあピッピ、近くなくていいから、遠回りでいいから安全な道ってないの?」
「んー、ジンが飛べるならあるんだけどなー。でも無理だろ?そうすっとやっぱりこの4本の道しかないと思うぞ」
「………わかった」
そうしてジンは覚悟を決めた。
「それじゃあこのまましばらく待って、ゴブリン達がいなくなりそうになかったら真っ直ぐ行くぞ」
茂みに腹ばいになって隠れ、見張ることにした。しかしゴブリン達はいつまでも動こうとしなかった。それもそのはず、ジンが知る由もないが、彼らは先日、寝起きで暴走した森の主に住処を追い出されていたのだ。そのため彼らはこの獣道の近くに新たな住処を作ろうとしていたのである。だから彼らは何かが来た時に備えて周囲を警戒していたのだ。
一向に動こうとしないゴブリン達にしびれを切らして、辺りが暗くなったことを確認して、いよいよジンは動き出すことにした。そっと草の根がなるべく立たないように立ち上がる。
「ピッピ、いくぞ」
「おうとも」
匍匐前進でゆっくりと進む。獣道を迂回して、森の中を歩くために、少しガサガサとなることに肝を冷やしながら、進んでいった。ようやくゴブリン達の前を通過できそうなところで、想定外のことが起こった。暗い中で草むらを進んでいたために目の前にあった草に思いっきり顔を突っ込んだのだ。そしてそれが紙縒りのように鼻に入り、ジンは一つくしゃみをした。その音を聞いて10匹のゴブリンが一斉にこちらを向いた。
「なんであんなところでくしゃみなんかしたんだよ!?」
「仕方ねえだろ!鼻に草が入るとか不可抗力だ!」
「馬鹿じゃねえの?こんなとこで意味わかんない理由で死ぬ気かよ!?」
「ええ、ええ悪かったです。ごめんなさい。つーかお前もちゃんと先導しろよ!なんのためにお前を連れてきたと思ってんだ!?」
「知るかよバーカ、バーカ!おいらにどうしろって言うんだよ?逐一進む先に草むらありますよーって言わせるのか?」
「ああ!」
「甘えんな!」
体の全身に闘気を充実させてスピードを上げる。彼の本気の走りはファングのスピードに匹敵するものがある。どんどんゴブリンを引き離していくことができた。そして彼は走りながら小さく『発動』と唱えて、庇護の指輪で自分の体の周りに結界を生成した。
ジンにとって幸だったのはゴブリンの集団の横を通っている最中だったことだ。ゴブリンとの距離が近かったこともあり、全員が武器を構え終わらないタイミングで突っ切ることができた。そして遠ざかっている途中に槍や弓やらが飛んできたが、それは結界に弾かれ、ジンの体を傷つけることはなかった。
「はぁぁぁ、やばかった。死ぬかと思った。つーかティファ様に指輪もらってなかったら確実に死んでた」
「本当に勘弁してくれよ。お前がポカやったらおいらの命だって危ないだぜ?おいら嫌だよ。死因がくしゃみのせいだなんて。そんなんで死んだら死んでも死にきれないよ」
「俺だってやだよ!鼻に草が入って死にましたって、どんな顔して姉ちゃん達に会えばいいんだよ!」
しばしジンとピッピはにらみ合う。やがてピッピは深くため息をついて
「はぁぁぁ、お前もう絶対に匍匐前進禁止な?これ命令だからな」
「ああ。俺も、もう二度としたくない…」
非常に疲れたような表情を見せる二人は一旦落ち着けそうな空間を見つけて、腰を下ろした。
「あ!寝床探してない!」
結局その日は、ジンは眠ることができなかった。ピッピと交代で不寝番をしようにも、ピッピが逃亡する可能性は否めなかったからだ。なにせ彼の行動で死にかけた前科があったのだから。
さらに5日ほど経過した。彼らは今近くにあった小川で骨休めしていた。
「ここらから主の縄張り近くを通るぞ。細心の注意をしておけよ。縄張りに少しでも入ったら、速攻でばれて襲われるからな。それと周辺にフォレストコングがいたら逃げるか隠れるかするぞ」
「なんでだ?」
「この森にいるフォレシトコングのほとんどは、主の配下にいるんだけど、特に主の縄張りの近くにいるやつは、ほとんどが、主に縄張りに入ることを許された、いわば幹部みたいなもんなんだ。見つかったら最後チクられて終わりだ」
「わかった。じゃあ逃げきれなそうだったら?」
「死ぬしかない!でも安心しろ、供養はちゃんと俺がしてやる!」
サムズアップしながら、満面の笑みでそう言ってくるピッピに腹が立ち、ジンはその羽を引っ張ることにした。
慎重に森の中を進んでいく二人は、コングを遠目に見かければ隠れ、他の魔獣を見かけたら、戦闘音を出さないために隠れ、と思うように進むことができず、すでに縄張りの近くに入ってから3日ほどの時間が経過していた。今は大岩がゴロゴロと転がった場所を慎重に歩いていた。大岩の中にはジンの慎重を優に超えるものが多くあり、とても見通しが悪く、より一層集中して進むことを余儀なくされていた。
「なああとどれぐらいで縄張りから抜けるんだ?」
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「それもあるけど所々にファングとかゴブリンの縄張りとかあってそれを避けていかないといけないから大変なんだよ」
「はぁぁ、さっさとこのピリピリした空気から抜け出したい」
「そういうなよ。おいらだってこんなところからさっさと抜け出したいんだからさ」
「むぅ、あれ?そういえばなんでゴブリン達は主のすぐ近くに住処を作ってんだ?普通なら主が暴れたら困るから、主の縄張りから遠くに作るだろ?」
「あー、ゴブリンの中にもいろんなのがいてな。簡単に言うと主の縄張りの近くに住処を作ってる奴らは、取り巻きみたいなもんなんだよ。虎の威を借る狐ってやつだな。主に忠誠を誓う代わりに、他の部族争いに巻き込まれないようにしてもらうとか、ファングの餌にならないようにとか色々恩恵があるんだよ」
「なるほど」
そんな風に話していて彼らはわずかな時間だが警戒を怠っていた。3日ほど警戒し続けて精神的に疲れが溜まっていたのだ。遠くの岩の陰から一匹のゴブリンが彼らを発見し、それを主に報告しに行ったのだった。
その音は遠くからまるで雷鳴のように轟いた。それを聞いた瞬間ジンはサバイバルナイフを抜き放ち、精神を集中して闘気を体に充実させ、戦闘態勢をとる。そして周囲を警戒する。
「ピッピ、今のはなんだ?」
「わかんねえ。でもおいらなんだかすごく嫌な予感がする。今すぐここから離れたほうがいいと思う」
いつものお調子者の一面は形を潜め、ピッピは恐怖に歪んだ顔をして、顔を震わせている。
「賛成だな。どうする、どこに行く?」
その様子にジンも一層不安になってくる。
「ここからだと、確かこの岩場の先にゴブリンぐらいしか入れない洞穴があったはず…」
「中には何もいないのか?」
「うん。おいらが一ヶ月ぐらい前に見っけた時は何もいなかった」
「じゃあとりあえずそこに行ってみるか」
そう言って急いで岩の群を抜け出して、主の縄張りなど関係なく駆け抜ける。
「あとどんぐらいなの?」
かけながらジンが聞くと
「このスピードならあと5分ぐらい!」
後ろから何か巨大なものバキバキっという音とともに動く音が聞こえてきた。
「わかった!急ごう!しっかり掴まってろ!」
ジンはさらに加速する。木々の合間を抜けただ前に前にと進んでいたところでジンの頭上を黒い陰が通り過ぎた。
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これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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